2013年12月23日月曜日

祝日は一桁台

寒かったですね、今日の我が家は一桁台。
夕方はなかなか暖まりませんでした。

今日はケーキの準備で、リンゴ煮とブドウ煮をつくってみました。
ブドウ煮は安いラム酒を入れてみました。

あさっては遠くから遊びに来て下さる方がいるので、
明日ケーキを作ります。

今日は必要なものを調達。
寒かったけれど、いい時間でした。

合間合間で少しいろいろ考えたけれど、ひとを思うように動かそうとすること自体、傲慢なことですね。
私は今までそうやって、自分の理想に沿うように相手の気持ちを変えようとしていたんだと思う。
ひとつひとつ、やってしまったことへの借りは返さないと。
つまり、私をコントロールしようとする意図が見えてしまったら、
それがいやなら断って義務でないことならば終わりにすること。
相手に対して上から目線を抱かずに、謙虚に対応することよ。
うん。
それが出来なかったんだよね、私は。
なんせうぬぼれが強すぎたもので。周りが見えなかったの。

2013年12月22日日曜日

心の整理の仕方

私の日常は今、あまり大きな変動はないので、心のぶれが起きたときに、少し考える時間があります。
相変わらず感情はげきじょうがたで、自分のことを感じやすいことには変わりがないのですが。

心理学のリポートを書き上げて、一晩経ち、ちょっと気持ちも落ちついてきました。
直後に起きたさまざまな小さな出来事も、なんとか怒らずに対処できている感じです。


大げさな言い方だけども
この世界には差別もあるし、偏見もある。
相手のことを思っていつも行動出来る人ばかりではないし、精いっぱいになっているとそれをこなすことだけに集中して、相手がそれをされてどう感じるかなんて想像できないことがある。
私も。今もそう。

知らないっていうことは、知らないで無意識で行動しているってことは、ある意味すごい。
その意味を知るまでは、何も気がつかないでいられるということだもの。

そうね。今私は、見ないふりも気付かないふりも出来なくなってしまったから(もちろん気付かないでいることは山のようにまだまだあると確信のように思うけれど)、どう生きていくか、悩むんだと思います。
1つの行動がどんな結果をもたらしても、自分の責任だから。

でもひとつひとつの出来事には、リアクションが大切だよね。
リアクションしない、というリアクションも含めて。

うまく考えられないときもあるけれど、引っかかったことは出来るだけ答えを出すようにはしています。
それがきっと、私のつけた足跡だから。
そして答えが出たら、すっぱり忘れて次の一歩を踏み出してみる。

誰からの評価を求めるわけでなく、ただ感じ、考え、行動する。
孤独を感じたり、憤りや不安があったら、心に何かあったということだから、何が問題なのかをはっきりさせるの。

そうだ、興味のないことに興味があるように行動する必要もないみたい。
これって、いい人になりたいだけだもんね。

2013年12月21日土曜日

気がついたこと

もうすぐ日付が変わってしまいます。
早く寝るはずだったのに。

そう、さっき気がついたことが。
ここ何ヵ月間か、ある予定の前になると立て続けに心を惑わせることが。
なんかこう、心をかき乱されるというか、その流れに冷静になれない私がいます。

やっぱり、心を試されているんだろうか。
これぐらいのこと、対処しなさいと。
冷静に、平和に、過ごせるでしょう、と。

うーん、無理。
まだ無理ですよ、私、修行が足りません。
どうしましょ。この流れ。

2013年12月20日金曜日

雨の合間に

雨が止んで晴れ間の出たいっときに、リポートを出しに行って、平常の生活が戻ってきました。

雨降りの天気も手伝って、こもってパソコンに向かう生活。長らく外に出なかったせいか(3日ぐらいですが)外へ出たとたん地元の郵便局で久しぶりにむっと(^^;)。
小さなことだったんだけれど、腹の虫がまだ治まらないのー。

どうも第4種郵便の取り扱いの認識が違っていたようで。
学校の指示通り必要事項は書いていたのだけれど、私の意見は信用してもらえなかったみたいです。

たぶん、私がむかついているのは、私の行いを信用していないような対応をされたことだと思う。
きっと、ペーパーパックが販売自粛になったり、封書の中身のことを信用しなくなったのかしら。

後味の悪い仕上げになりました。提出を急ぎすぎたかな……。

しかし今回は、えらく小さなことなのにめっちゃむかついてしまいました。でも攻撃はせず、あとで学校の書類を確かめて、「第4種郵便の知識を持って欲しい」電話して意見してみました。
もう速達処理をされた後だと思うし、あまり効果的な行動ではなかったかも。クレームの電話としか思われなかったかも知れませんね。
通信教育を受けている人は多いと思うから、今後あまり変なことが起きないようにと思って行動してみたのですが。

こういうむかつきって、私の心の問題だけかしら。
大げさに反応してしまっただけかしら。
ひょんとしたところで、心が試されるのですよね。

とにかく、今日からは本もドラマもネットも解禁です。
単位、とれるといいですが。ね。


2013年12月15日日曜日

板橋区立美術館 本番

昨日は、美術館で友人と会う日。
ほんとに、下見とかしておいたことがよかったと思えました。

私、方向音痴だし。2回ぐらい往復しただけでは、まじ道案内は無理なんだけども。そんな言い訳せずに下見しておいてよかったよ。一緒に帰れたし、JRまで送れたし。
その分、たくさん話して、たくさん笑いました。

年末にデートが出来るなんて、最高だね。

今から真面目にがっこうのリポート作成に取りかかります。
なのでしばらくブログはお休み。

バイバイキーン

面接授業

2日間の学校おわり。
心理学の実験は面白いけれどパソコン操作が難しい。
あくまで私にとってはだけれど。

認知能力の差を感じてしまいます。ひしひしと。
これは障害から来るのかしら。それとも私の性質の問題かなあ。

今回は2回目の経験なので、わからなくても「あとで資料みてリポート書こう」と思えました。

今回は友だちが出来たし、えらく楽しい時間になりました。
その代わり、首と肩が板のようにかたくなって、なかなかほぐれないの〜〜。

ああ、若くないってこういうことかも。

2013年12月10日火曜日

ノーマル

なんの特別な能力もないし、秀でたものもない。
いっぱい間違うし、先入観ばりばりだし、カッコイイとは言えない。
でも今の私は今の私。ベストをつくして生きるほかに道はない。
人を大切にして、よく考えて、なにげない1日を大げさにならずに自然のまま生きていく。
私が私のままで。
孤独にならずに、孤立せずに、誰かとどこかでつながっていることを忘れず、一期一会に意味を感じながら、生き抜いていくこと。
たぶんそれが今の私の学ぶべき道なのだと思う。

ということを、今日の流れの中で考えました。
多くの罪悪感と思い込みが整理できました。

今の私の日常生活には、暮らしていけるすべてのものが与えられています。
確かに人は、欲張らなければ、暮らしていくための最低限のものはかみさまに与えられているのかも知れません。

私も、ごく普通の感覚を持った、人間の一人なんだ。良くても悪くても、それ以上でもそれ以下でもない。
だからわからないこともたくさんあって、今それを毎日まなんでいる。

アブノーマルなことなんて、一つもない。

生まれてこれたことに感謝を込めて。

2013年12月8日日曜日

今日の夕飯は

久々にオリジン弁当。
はむかつのはいったのりべんでした・

ハムカツがおいしかった〜

フィギアのエキシビジョンをみながら、そうだよなあ、日々努力をしているんだよな…としみじみ思ったりしながら、ハムカツを食べました。
でもテレビのほうを優先に考えていたのか、噛んだり飲み込んだりするのがおろそかに。
今日はそんなに絶好調ではないので、こんな日は何も観ないでごはんに専念することが必要だったかも知れません。

ハムカツ喉につっかえて命落としたくないですものね。

やっぱりカラオケ週1回を義務にするか(^^)
これで嚥下が回復するという根拠はなあんにもないんですけれど、なんとなく歌ったほうがいいような気がしているのでした。

2013年12月7日土曜日

追伸

3ヶ月ぶりに髪を切り、もう新年を迎えられる気分です。
六義園は明日までライトアップ中。時間があるので寄ってみようと思ったけれど、長蛇の列だったのでそく諦めました。

頑張れ、売店のおにいさん。

巣鴨経由、大山まわり。
本日の夕ご飯は手を抜きました。


2013年12月6日金曜日

映画

「マンデラ氏と名もない看守」
ちゃんと見ていなかったので、みました。

逝ってしまったマンデラさん。
今朝のニュースで知りました。

人はなぜ自分本位にしか考えられないのか。
人を殺めていって、ひどい経験をしてもなぜそこが学べないのか。
人は歴史を繰り返し、一度戦争を放棄してもまたそちらに向かおうとする。

自分のことを棚に上げて、私は書いていますが。
私もまだ、自分の内側の戦争を放棄しきれてないように思うから。

どんな状況になっても、平常心を保ち、自分の道を歩き、人に寛大さを持つ。
いつかそう言う心を持ちたいです。

私はまだあと何百回も人生を経験しないとたどり着けないと思うけれど。
諦めないで、学びたい。まず今の人生から。

マンデラさん、安らかに。

2013年12月5日木曜日

はつたいけんの目医者さん

お初の目医者さん。
一人で生活を始めてから20年の今まで、目の病気とは縁がなかったのですが。
ちょっとした違和感と、耳年増な知識が手伝って、行くことにしました。

最寄りの駅前にある眼科は臨時休診だったので、大山に。
バリアフリーのところがあり、ほっとしました。

眼底検査で、老化が始まっていることがわかり、経過観察に。
お付き合いが始まりました。

私の障害で難しかった検査は眼圧検査。脳性まひと問診票に書いたことで、眼球が動いたりしてしまうことを理解していただけたようで、他の検査はとてもスムーズでした。
さすがに眼圧検査は目をつむってしまうので無理。
でも、アテトーゼの威力はすごいね。めんたまも動いているんですね〜。

原因がわかってよかったです。
思い切って行動してもみるものです。

待合室に絵が飾ってありました。
どこかの遺跡のようでした。
サインをみたら、院長先生作のようで…。

良いところでした。よかった。
問診票の病気の欄、[病気・障害] と書かれてあったら、最初から障害名を書けたんですが…。
どうも、脳性まひは「病気」と認識していないものですから、つい書かなかったの。

2013年12月4日水曜日

自然堂の先生に

からだをみていただく日でした。

おなかも首も復帰しました。
いい時間でした。

そういえば、気がついたんですけれども、私は物事を断定的に言い過ぎるみたいです。
一般的に裏付けのないことを、さも自分が正しいことを知っているかのように言う。
本日の私の反省点でございます。

口は災いの元。
ほんとうに気をつけなきゃ。


2013年11月29日金曜日

歯医者さん

私ときたら、長いお付き合いなのにいつも怖がってばかり。あまり感謝を表していないので、ホームページにリンクさせていただくことにしました。

今日の治療はあたらしい虫歯の治療。
軽いうちに見つかったので、今日だけですみました。
なのに私はびくびく。ごめんね、せんせい。

新しいマウスピースも調整せずに口にぴたり。

また半年後に。
お世話になりますね。

御苑で

白いサザンカをみました。
ツワブキの花ももう終わりで。

紅葉も見納めでした。


昼間は暖かく、昨日の天気予報が嘘のよう。
今年も紅葉の写真がとれて、うれしい日でした。

冬はなにげに、やつでも花を咲かせています。
白い、カリフラワーの荒目のようなまるい房が、上に向かって伸びています。
私は今年初めて意識をしました。

御苑にももちろんありました。
誰にも注目されないように、ただなにげなく咲いていました。

2013年11月28日木曜日

くじけないで

映画を観てきました。
柴田とよさんの「くじけないで」。

やさしくて、しずかで、誰も否定しない、えいがでした。

普通に生きるって、大変だけどたくましい。地味だけれどうつくしい。
人を愛しながら生きる、それだけが一人の人間に出来る最善のことなのかも知れないと思いました。

何事が起きたとしても。
未来を不安に思うよりも、今に善をつくす。

しずかに、泣きました。。

2013年11月27日水曜日

映画

武士の家計簿
猪山家を通して幕末の武士の事情が少しわかったように思いました。

黒い十人の女
女優さんたちがとてもきれいでした。

久しぶりにゴースト(アメリカのドラマのほう)を観ています。
今の私には気付くことが多いドラマです。
第5シーズンで打ちきりになったのは残念。

書いていかないと、自分が何を観て何を感じたか忘れちゃう。

アラビアのロレンスを観始めたけれど寝ちゃったから、この映画は後回しにするかも知れません。

映画三昧。ちょっと続くかも知れません。

2013年11月26日火曜日

下赤塚から

赤塚公園まで、歩いてみました。
西高島平からよりも、やはり少し遠かったけれど、比較的わかりやすい道でした。
あたたかな午前中、公園でおにぎりを食べて、帰り際にソフトクリーム屋さんで久しぶりに。
ウエハースのかたさが懐かしい感じでした。今のウエハースってかたいんだな、と改めて。
20代なら2つは食べていたのに、といいながら、わけわけしていただきました。

赤塚は公園やお寺など、観たいものがたくさんあるところ。近いうちに赤塚植物園や東京大仏を観たいなあ。

そうだ、東京大仏の近くに、店頭がモノトーンのセブンがありました。
モノトーンにした意味は、ナンなのでしょう。気になります。

しかし、なんだかツボにはまる、いたばしです。

2013年11月25日月曜日

ダライ・ラマさんの講演会

ダライラマさんの講演会に。
介助の方は初対面という、ひょんな縁になりました。
こういうことも楽しいですね。

席が空いていてもったいなかったな。
月曜の午後だから、仕方ないですね。

宗教を持っているならばそれを真摯に信仰すれば問題は起きない。
自分のことばかり考えている人が多い。人のことを考えて行動しないと人は苦しむ。
あとは、ことばを忘れてしまいました。
普段、学んでいることを改めて宗教的立場から念を押された気がしました。

行けてよかったです。
写真撮影NGということで、私は携帯の電源を落としてしまいましたが、マナーモードならば電源切らなくてもオーケーだったみたいで、
ナイショで写真撮りたかったな(^^)

車いす席は2階席で、3階席のチケットをとっていた私は無条件に2階席に案内されました。
そうなるだろうと思っていましたが。

板橋区立郷土資料館

無料で入れる郷土資料館は、町の歴史を知るにはとてもいい場所でした。休憩室には辞典とかよみものが置いてあって、石ノ森章太郎の「まんが日本の歴史」がそろっていました。
近かったら通うのに。
なんて、図書館で借りたらいいのかな

古民家が裏手にあり、そのまま残っていて、昔の家を知るのには良い場所でした。
残念ながら砂利がひどくて車いすではそばまで行きにくいけれども。

郷土資料館なんて今まで興味なかったけれども、今日は楽しめました。
そんなに板橋っこになっちゃったのかしらん。

2013年11月24日日曜日

えいがざんまい

huluを活用してみることにしました。

今日みたのは
英国王のスピーチ
風が吹くとき(イギリスのアニメ)
60歳のラブレター

風が吹くとき これは静かに怖かった。知識も情報も流れてくるものをそのままオウム返しのように口ずさんで生きているだけでは身は守れない、そんな声が聞こえるようでした。

英国王のスピーチ 観たかった作品でした。自分として自信を持って生きることは、勇気と忍耐と友情が必要、つらい経験は誰もがするものなんだなあと。

幸せな時間でした。

2013年11月22日金曜日

42

東武練馬のイオンで観てきました。

戦後の話しだったのですね。
人の心は複雑。理屈だけでは世界は変わらない。

態度はどんな言葉よりも大切で、どんなときにも客観的に見る姿勢が大事。

そして感情に走らないこと。

大きな困難に向きあった人がいて、その人の生き様をみて変わっていった人たちがいる。

そうですね、心打たれたというよりも、こういう生き方をする必要があるんだと、見せてもらった気がしました。

イオンシネマは良いですね。いけぶくろやしんじゅくやぎんざもいいけれど、私は当分東武練馬にはまりそうです。

2013年11月20日水曜日

下板橋から中宿

覚えた道をたどるように、歩いてみました。

埼京線の板橋駅はエレベーターもエスカルもチェアメイトもない、都内ではめずらしい駅でした。
「車いすは持ち上げます」わ、懐かしい方法。20年前はほとんどの駅がそうでした。
駅舎が古く、建て替えられるときに整備することになるそうです。ちょっと時間がかかりそう。

新撰組の近藤勇の墓碑が、その板橋駅の近くに。
そこから旧中山道を下って、中宿の商店街へ。

マルジュウのカレーパンは絶品でした。癖になりそうです。

道も覚えたので、いつかまたふらふら小さな旅をしてみます。

カレーパン、それにしてもおいしかったな。焼きそばパンもおいしかったけれども。

2013年11月19日火曜日

介助について考えること その○

最近、思ったこと。
「もしかしたら、介助の方に100パーセント寄り添ってもらうこと(ペースをあわせてもらうとか、理解してもらうとか)を、私は求めていたのかも知れないな」
ということ。

たとえ無理だと知っていても、求め方としたら100パーセントだったのかも知れません。

最近、そんな自分に気がつきました。なにげにすべて合わせてもらうことを求めているなって。

たしかに、介助は「障害を持つ人の意志にそって、その人の生活をサポートする」のがお仕事なのですが。

意志にそうと言うことはとても曖昧で、人によって違うので、おこなうほうはイメージがつきにくい場合があること。
私が求めていたことは、すべての人が出来ることではなかったのかも知れないと言うこと。
この二つが気になりだしたのでした。

たしかに、「介助とは何か」を伝えることはとても大切なことだし、
それを伝えていかないと私の生活は壊れてしまうのだけれども。

伝えたことを理解されない場合に、私はその方の何をわかっていないのかということをかんがえなければいけないのかも知れないのでした。

伝わらなかった場合、
それが本当に今の私にとってものすごく大事なことなのか。
もしかしたらそこまで理解を得なくてもいいことなのかも知れません。

なんだか書いていて混乱してきました。
何が書きたかったのか。

20年こういう生活をしてきても、介助という概念に向きあいきれていないのかも知れません。

そう言うことを考え続けている今夜、テレビ番組からこんな言葉が。
「戦後シベリアで捕虜になった期間を、国からのお金で留学していたと考えることにした」

私は、なんだかこの言葉にヒントをもらったような気がしました。
問題とは関係ないけれど、お金をたくさん費やして頂いて、日々実習を受けさせてもらっている、という風に切り替えようと。

そしてこうやって悩むのも、いつかわかりやすい文章にしていくための課程だと思えばいいのかも。
文章に出来るように、こころンなかを平和にしていこうと思います。

ボローニャこども絵本館

行ってきました。
こぢんまりした一室に、原語のほんと翻訳されたほんがぎっしり。
こどもはお座りして読める部屋が用意されていました。

ここの建物は学校だったみたいですね。
古い校舎を活用している感じでした。

もう少し広い部屋に、机を少し置いたら、大人も楽しめるな、なんて思いましたが、配分が難しいのでしょうか。

帰りは中宿商店街に。
よしややカルディやマルジュウをとおりぬけて、大山に出て帰りました。

途中、インドカレーのお店に。
野菜のいっぱい入ったマイルドなカレーと、癖のないナンを楽しんできました。

ライスをのぞいたらうるち米のように見えたけれど、気のせいだったかな。

中宿は気になるお店がそこここに。
ひとつひとつ体験したい感じでした。お弁当屋も多かったし。というか、やっぱり食べること命(^_^)

2013年11月15日金曜日

虫歯みっけ

と、行きつけの歯医者さんに言われまして、しばらく通うことに。
今日はマウスピースの作り直しと、検診でした。

なんだかざわざわと忙しくて、なんでこんなにと思ったら、歯医者に行く前に大学によったからでした。

心理学実験の面接授業、一科目だけ抽選に当たったので手続きに。
これで残りは一課目。地道に(申し込みを)ガンバりまっす。

久しぶりの茗荷谷。行きつけのチョコレート工場で何か買いたかったけれど、せわしくてすっかり忘れてしまいました。
やっばり予定は1日ひとつが無理ないかな。

歯科のあとはバスでゆっくり帰ってきました。

2013年11月14日木曜日

しもいた

板橋本を買って、行ってみたかった下板橋から埼京線の板橋駅に向かって歩いてみました。
児童遊園を歩いていくと、ものすごく近くておどろきました。


史跡探索まではしなかったけれど、おにぎりやさんのぼんごや、ユニクロの店舗を発見できて、満足です。
公園でおにぎりを食べて、ピクニック気分でした。

しもいたの駅、くだりはエスカルしかなくて、駅員さんは申し訳なさそうに、「1番線に行くにはリフト(エスカル)で行くしか方法がなく、えらく時間がかかるんです。一駅先の北池袋まで行って中板まで戻った方が早いんです」とのこと。
確かに、その方が早かったかも。エスカルには乗り損ないましたが。

立派な柳の木があったしもいた駅近くの公園、車いす用のわきに並んで男女兼用のトイレがありました。公園にはよくあった昔のトイレ。女性は入りにくいだろうな。


2013年11月13日水曜日

真夜中の思考回路

昨夜、早めに眠ったら真夜中に目が醒めて、ひさしぶりに家族関係のことを考える時間になりました。
ふと、「今まで思い当たった以外に、何か感情的な思いがあったかしら」
と言う問いかけを、自分にしてしまったからです。

先日、道で偶然妹にあったとき、ほんとうににうれしくて、びっくりするぐらいでした。
自分がもし家族に対してま整理しきれないものがあり、自覚できるものがあるならば、早いうちにやってしまおうとその時考えました。
無意識のままだと、感情は相手にとっていやな作用をしてしまうかも知れないので。

仕方のないことだけれども、扱いが違っているように思えたこと、など、比較できることに対しての怒りがあるようでした。
うらやましかった、みたいですね。
赤ん坊の欲求のような思いです。
あといくつか、抱えていたことがあったようでした。
夜中だったから、少し考えすぎたかも(^^;)

そうですね。人との関係づくりは、誰であっても、家族であっても、時間をかけて、ゆっくりつくり合うものだと思っています。
一緒にいなかった時間、話さなかったときがあるなら、なおさらのこと。
それには私にももちろん責任があります。

だからといって、ピンと来ないことを、思っているようなふりは出来なくなりました。
愛していると思っているとか、そう言うことは、自然にわいてくるのを待つしかないのかも知れません。
誰かに振り向いてもらいたいとか、もらえないとか、もらいたくないとか、そう言うことはもう関係なく、私は今日を生きていく責任があるのです。

小さい頃の欲求についての怒りのようなものをきれいに流して、昨夜は少し涙が出ました。
この怒りは間違った怒り。今まで持ち続けていたのは私がまだ自覚が足らなかったから。
だって、先に生まれたいのちもあとから生まれたいのちも、一生懸命に与えられた環境で生きてきただけで、誰も悪くはないんだもの。
その人が置かれた環境や生きる道は、比べるものではないし、それぞれに乗り越えなくてはならないものと、楽しい思い出があるのですもの。おたがいのものは、双方別々の道筋なのです。

私自身の間違えた思いは、私自身にしか修正できません。

そうして眠ったら、明け方にコントのような変な夢を見ました。
そのはなしは、後日気が向いたときに。

2013年11月11日月曜日

突然の嵐

午後から板橋はすごい突風と雨でした。
冬の通り雨は寒いです。


フィリピンに台風30号が通過し、甚大な被害が出ました。
ワールドニュースはどの国もその話題がトップで、わたしもあまりの光景におどろきました。
朝ご飯の支度をして頂きながら、テレビの解説に耳を奪われ,目が釘付けになりました。

でも、私がそのテレビを観てどんなに動揺していても、
そばにいる人はそれを感じているわけではない、と言うことを,今日は身をもってわかったりもしました。

人はいくら自分の近くにいても、違う世界に住んでいる。という、大事なことに気付いていなかったのでした。

そう、つい、そばにいてくれる人にたいして勘違いしてしまう私。
同じものをみてくれているのではないかって。
だからつい、同意や共感を暗に求めてしまう。
そして、それが違ったときに、憤りがやってくるようです。
無意識に。
それが人の心を傷つけることがある。

確かに、私は生活を支えていただく側にたっているけれど、支える側に立った時、そんなにすべて人により添うことは出来ない。
私がまるで出来ていないように。

そう考えると、今までは、本当に周りの人が私に合わせてくれるような環境で生きてきたんだなあと。
それを求め続けてきたのかも知れないなと。
私のこどもの部分だったのかも知れません。

理解をしてもらうためには,前提や説明が必要だし、一般的に,価値観は一人一人違うから、わかり合うなんてとても難しい。

今の私が置かれている環境で生きることが必要なら、今わからなければならなかったのかも知れません。

つまり、私は自立をする時期だと言うこと。
支えて下さる方々との関係性を見直す時期。

ぶつかることをやめるという意味ではなく、コミュニケーションの方法を変えて、結果的にぶつかったとしても,意見交換が出来るようなコミュニケーションを考えると言うことですね。
一辺倒の主義主張ではなくて、相手の方が理解しやすいように考えて物事を伝えると言うこと。
私に苦手な部分だけれども。

だからといって、私らしさを失わないこと。
相手の方の課題までは引き受けない。
難しいことだけれども。

たぶんこれが,他人に対する愛情を表現すると言うことなのかも知れません。

私が自立をすると言うこと。
つまり、よそ様への認識を改め、きちんと付き合い、見てはいけない部分はながし、わきまえると言うことですね。

もしかしたらそうすることによって、わかることが増えていくかも知れません。
見えなかったことが見えてくるかも知れません。

わかりにくい表現の羅列になってしまいましたが、
私にとってとてもとても 重要なことなので書いてみました。

少し頑張ってみます。
出来なかったことが出来るようになるのは、いいことかも知れません。。

2013年11月8日金曜日

小さな夢を叶える そのに

セブンイレブンで鯖の味噌煮を買いました。
一度買って食べたかったの。
ほねがなくておいしかった。
小さいかな、とは思ったけれども。

そう言えば先月はセブンのコーヒーが飲めたのもよかったなあ。
おいしいってみんなが言っていたものだから、一度試してみたかったのね。
確かにおいしかった。はい。

鯖の味噌煮も、満足しました。
次回買うかは未定でございますが…。

小さな夢を叶える そのいち

ひゃっきんで丈夫そうな植物を買いました。
土もついてなくて,長いビニール袋につつまれて売っているやつ。
この植物、前から育ててみたかったんだけれど、枯らしてしまいそうで踏ん切りがつきませんでした。

おなじひゃっきんでまるいゼリー状のきれいな化学的栄養土みたいなものを買い、(名前がわかんないの)それを青い一輪ざし用のガラス花瓶に入れて、植物を差しました。
これで生きてくれないかなあ。

冬から始めれば落ちついて一緒にいてくれるかしら。
ドキドキしちゃう。

2013年11月6日水曜日

共感してもらうと

あることで共感してもらって、なんだか、肩の力が抜けた。

そうか、他人の目から観ると、私が最近乗り越えた出来事は「ちいさなこと」ではないんだな。
私は「小さな日常の出来事」だと考えていたのだけれど。

ものごとに対して、正しく観て正しく考えると言うことは、とても難しい。
と言うか、どこでどう判断して良いのかが、とてもわからない。

どちらにしても、乗り越えたというか、終わったということは認識してもいいのかも知れない。

大きなことであっても、小さなことであっても、それは過ぎていった。
日常の、普通の、一コマとして。

2013年11月2日土曜日

下北沢 うちゅうのひと

うちゅうのひと という演劇を観てきました。

知人が出演していることもあって、観たかったのでした。


表現するって、なんて良いんだろう。世界があるって、なんていいんだろうと思いながら、その時間を堪能しました。

人が思う思考の空間に入るのって、すてき。
たっぷり味わってきました。

乗換駅の新宿はえらく待たされてしまいました。対応の方に聞いたら、金曜の夜は混んでいるんですって。

私もたくさん書きたくなってきました。
今日の下北沢は,いい刺激となりました。

2013年10月22日火曜日

異文化コミュニケーション

今日は午後からふらふらとHolidayモード。
大山の商店街から新板橋まで歩いてみました。
よくある喫茶店で、本を2冊読みながら,人々が話しているのを聞かずにして聴いてしまったりしていました。
うーん。やはり外で本を読むと、外野の情報も入ってくる…。たまには良いかも。
喫茶店の対応も心地よく、ホットコーヒーにストローをつけてくれるように頼むと、慣れた口調で
「カップは大きめが良いですか」
すこし冷ました,ストローでは飲み頃のコーヒーが、大きめのカップででてきました。

私はタブレットで読書。
タブレットは本を読むには本当に最適です。
ちょっとかっこつけました。

そのうち電子本も古本とかリサイクル本が買えるようになると良いな。
と言うか、まだ無料本にしか手をつけていない私が言うことではないな。

夕方から友人と飲み会〜
見ず知らずのおじさんたちのトークに絡まれてというか構ってもらってというか、おごっていただくやらなんやらで、女性3人組の私たちは濃い〜い時間を過ごしました。
一人ではなかなか行けない(良い子ぶっているわけじゃないけれど)店だったので、めっちゃ楽しかったです。
私は、この間のうち飲みの悪酔いからまだ酔うことへの抵抗が抜けず、酔わないようにしちゃいました。(どうやって(^_^;))

今度は別の店でまた企画しよっと。
いや、でもほんと、酔ったおじさまたちとの会話は、「異文化コミュニケーション」です。私が考えた言葉ではないけれど、言い得て妙でした。

2013年10月12日土曜日

板橋区立美術館

これからちょっと行く予定があるかも知れないので、下見に行ってきました。

場所は東武東上線成増駅から徒歩20分。
そして都営三田線西高島平からは、ネットでは7,8分と確か書いてあったと思います。

実際に行ってみると…。
成増からはもちっと歩いたかな。
住宅街を越えてたどり着いた感じでした。

自称「隠れ家的美術館」…なるほど。

今は佐藤太清の企画展を開催してました。

美術館の建っている公園にはつりが出来る池があり、
池の端に大きな犬がくつろいでいたのですこし近寄ってみると
「さわって行きなよ、大丈夫だから」
横から飼い主のおじさま。
「秋田犬だよ。なかなかさわれないから」
ほんと。初めてみました、秋田犬。
かわいかった。私を気に入ってくれたようでした。

帰りは三田線に行ってみたけれど、うーん、道がわかりづらかった。バイパイを渡るためのトンネルがえらく長いスロープの先にあったり、駅まで行くのに歩道橋を行かなくてはいけないのですが、スロープのある場所がすこし遠かったり、傾斜が急だったり。
区内でちょっとした小旅行でした。

近道、みつけたいけどね…。

あきたいぬに,また会いに行きたいな。

2013年10月11日金曜日

エッセイ

放送大学で学生対象にエッセイを募集していて、もうすぐ締め切り間近。
書いてみたら、展開はいまいちだけどどうにか締め切りに間に合いそう。
でも、応募するかどうか、迷いがでてきました。

書いてみるのはともかく、なんのために応募したいのか。
ちからをためしたい?
多くの人に読んでもらいたい?
うーん。なんのために応募したいと思ったんだっけ

感謝のつもり?
良い対応をしてくれたことに対して?
うーんちょっと違うなあ。

こういう学生もいるんだというアピール?
自分はすごいんだぞ的な?
うーん。それってやる意味あるのかなあ。
エゴイズム的だ(^^;)

障害学生に対していいたかったことなら書く意味あるかも。
いや、でも提言ではなくて、
こんな学生がいたんだ、ああそうだよなあ、的な。
参考資料として。

それのために応募してみようかなあ。

やっぱり自意識過剰かなあ…。

2013年10月10日木曜日

心の整理

引っかかっていたことは、確かめてしまうのに限ります。
今日思い切ってあることを確かめに行き、自分なりに受け入れられるところと受け入れられないことをわけて、受け入れられないことは意見して帰ってきました。

闇雲に怒っていた数年前が嘘みたい。私にとっては今回のことはぜったい怒ると思っていたのに。
ひとの認識はかわれるもの。
それがいい傾向なのかどうかは別にして。

今日ひいたオラクルカードは「優先順位」
何を基準に?ともう一回ひいたら「フリーダム」
自由のための優先順位なんて、すてきな言葉。

私を自由にするために、心から楽しんで生き抜くために
じみちにコツコツ、いきまっせ。

2013年10月8日火曜日

銀座ぶらぶら

銀座から歌舞伎座の前を通って、築地本願寺へ
初めて行きました。
なので、モダンなことにただただびっくり。
知らないということはほんとうに恐ろしい。

パイプオルガンのあるお寺だったなんて。
車いすでももちろん中に入れて、思った以上に長居をしてしまいました。
いい時間でした。

帰りはいつものようにネオ屋台村でお弁当を買って、満足して帰りました。

今日はお弁当以外は何も買わず。
お金を使わないぶらぶらさんぽでした。

2013年10月6日日曜日

その時々

今日はとても貴重な日でした。
うまく書けないけれど。

夕飯は、なかいたの商店街にある中華惣菜屋さんの麻婆なすと、麻婆豆腐の惣菜を半額でゲット。
おいしかったなあ。

その時々に私らしくそこにいることが、役割を果たすと言うことなのかも知れません。
その時々の状況に感動しながら。
何もわからないとしても。

帰り道、介助の方とたわいない世間話にカラカラ笑いながら、
「変にアピールしない自分」
を認識していました。

努力してきてよかったな。
もちろん、まだまだなんですけれど。

2013年10月5日土曜日

プールは絶好調で

よく泳ぎました。

でもちょっと体重が増えつつあり、代謝が悪くなったかなと感じるこの頃です。

この間銀座で買い損なったいろんなものを、池袋で買いそろえました。
これで服は冬を越せるかも!
安かったし、ラッキーでした。

大山のリサイクルやさんや古着屋さん、アジアンブティックを使いこなせば、アウターはきっとうまくいくよね。

問題はパンツ(ズボンよ〜)のほうで、そうね、脱ぎはきを介助の方に頼むのが前提で考えたら、なんでも選んでいいのかも知れないけれど、なんだか心情的にそうもいかなくて…。
やはり楽なものを選んでしまいます。

今回はそんなわけで、ゆるゆるパンツをまとめ買い。
どうしたんだか。思い切りました。

ちょっと安心。よかったです〜。

2013年10月3日木曜日

銀座

岩手のショップとユニクロに行きたくて。
岩手のショップでは買いたいものがなかったので残念でした。

加藤食品工業の板かりんとう、どこに売っているのでしょう。

ユニクロでは冬のパジャマを買ったので、今年も快適に過ごせそうです。

初めて数寄屋橋の交差点を渡り(銀座はよく行くのに、数寄屋橋の方は行ってなかったのでした)、歌舞伎座をみました。
もう少し行くと築地本願寺だったなあ。今度行ってみます。

銀座は、あまり買い物はしないけれど、観るのはとても好きな場所です。

2013年9月30日月曜日

一期一会

たった今、友人から連絡が入り、
M氏が旅立たれたことを知りました。

元職場を通して、お世話になり、いつも相談に乗って下さった方でした。
数年後私が違う道を選んだときも渋々ながら許して下さった方でした。
今の障がい者運動の道をつくられたお一人でもありました。
職場では本当にお世話になりました。

私が職場を離れてからは、手術されたときにご自宅に伺ったり、メールで少しだけやりとりするぐらいのお付き合いしかできませんでしたが、
さまざまな経験をさせていただいて、感謝しております。

今夜はさびしい夜です。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。

2013年9月29日日曜日

うち飲み

大宴会(笑)
楽しくて、あっという間の金曜日でした。
今回私が用意したのは

チジミ
カツオのカルパッチョ(しそ)
ラタトゥユのようなもの
ゆりねとブロッコリーのいためもの

でした。

うちに全員で9人。
動線は考えなくちゃね
ちょっと動きにくそうでした。

それでもって,私は缶ビールを久しぶりに3缶飲み(350mlだったんだけれども汗),つぎの日はダウン。
なぜかダウン。
二日酔いなのか、いつものジリツシンケイケイか。

たぶん、気を許しちゃったんだな。
それぐらいに楽しかったのでした。

2013年9月25日水曜日

行き先の放送

車いすで電車や地下鉄、バスに乗ることが、ここ数年でとても楽になりました。
駅にエレベーターが整備され、バスもノンステップバスの割合が多くなり、乗る乗らないで言い合いになることはほとんどありません(私の場合)。
東京に住んでいるせいもあるかも知れません。

数年前文京区に住んでいた頃、ある時最寄り駅の駅員さんが、私の対応をしながら聞いてくれました。
「行き先の放送は、お客さまがして欲しいかして欲しくないか選べることになりました。どうしたいですか」
当時、駅で対応をしていただくときは、ホームで必ず行き先を放送されていました。
「今度の○番線の電車、お客さま乗車中。どこどこまで」
どこどこには行き先の駅名が入ります。

もう少し前は「お客さま乗車中。」ではなく「車いす乗車中」でした。
少しずつ言葉は変化していっています。

話し戻して。
私は、親切に放送するかしないか聞いて下さった駅員さんに、
「しなくていいのならばしないで下さい」
とお願いしました。
その日から、どの駅に行っても,そのことを最初に告げることにしました。

こんな小さなことで、駅によっては強い言い合い(つまりけんか)になったりしました。
駅員さんに教えてもらったのに、駅によって対応が違うのでした。

私がこだわっているだけなのか。自意識過剰なのか。
私の主張は間違っているのか。
違う視点から見たらこのことは妥当なのか。
ずいぶんちまちまと悩みました。

駅名をホーム全体に流すこと。
目的は車掌さんに伝えるため。
行う意味は車いす使用の乗客のあんぜんをはかるため・

本当にホーム全体に放送することが安全なのか。
私の疑問はそこでした。

地下鉄では行き先の放送をするところはなくなっています。
少し前までは数回そのような駅にも遭遇しましたが。

そんなある時。
一人でたまたま乗り継ぎをすることになりました。
地下鉄でした。

一人エレベーターを待っていると、男性が携帯をいじりながら近づいてきて、エレベーターの前に並びました。
なんとなく近寄りたくない雰囲気の方でしたが、逃げようとしても車いすで動くとオーバーリアクションになるため、知らぬふりで一緒にエレベーターに乗りました。

なるべく目をあわせないようにしました。

が、降りる際焦りがでてしまい、先におりようとした男性にすこしかすってしまいました。
「あ、すみません、申し訳ありません。」
私は急いで出来るだけ丁寧にあやまりました。
すると、
「かわいいから、ゆるしてあげる」
男性はそう言って、私の左の襟元をシュッとさわって離れて行きました。

しばらくホームの先で時折その男性が私を見ていました。
私は平静さを保っているふりをして、目があうと丁寧に頭を下げたりしていました。

ストーカーに狙われる、言いしれぬ恐怖というものは,この感覚に似ているかも知れないと思いました。
この状態では誰にも何も話せません。何もされてないから。

私は丹田に気をためて、気合いを入れて、そのホームにいました。
電車に乗ったときには、その男性は見えませんでした。

「行き先は放送しないで下さい」
このお願いは正しかったと、この日、私は確信しました。
他の人がどう思おうと、私は自分の身を私なりに守らなければいけません。

今は、どの駅でも私のお願いは聞き届けられるようになりました。
出来れば全体放送のシステムは考え直して欲しいなあと思っています。

2013年9月24日火曜日

記念の写真

学校卒業の記念に、友人の写真家さんに頼んで写真を撮っていただきました。
私のお気に入りの場所、文京区内のとある公園と、とあるオフィスビル敷地内で。

なかなか、なかなかですよ、
思わず、うれしくなっちゃったりして。

今はデジタルだから、その場でどんな感じか時々みせて下さるの。
はい。私はナルちゃんです。

とっていただいた写真は、ホームページやSNS,ブログ等のプロフィール写真に使わせていただきます。
もうぜったい、死ぬまで年はとらない予定(プロフィール写真は)

お見合い写真とか、使ってもいいし(今更)

私から「撮って下さい」とお願いして,プロの方に写していただく機会って、一生のうちにそうはないと思うので。

楽しい楽しい、めっちゃ貴重な、テンションの上がったひとときでした。


2013年9月23日月曜日

こだわりを捨てて

昨日の朝、「何が提供できるのか」などとえらそうに書いてみたけれど、
もしかしたらいちにちいちにちベストを尽くすことが、私の出来ることなのかも知れません。
結局それ以外に、「社会に対して」何かをしたいというものは、私の大きなエゴイズムのように思います。
誰かに「この人は頑張っている」「よく考えている」「いい人」と思われたいだけの。

まだそこから抜けていなかったような。

とにかく、やりたいように生きてみるだけでいいのではないか。
なにか「肩書き」がなくても。

詩を書いて、文を書いて、人の話に興味を持って、大切にその時間を過ごせるなら。
知識を身につけ、じみちに実践し、今持つ技量を高める努力をしていくならば。
うまくいかないことも、感情的なわだかまりも、うまく整理できるように試みていくならば。
目立たない私の今のスタンスを選んだのは、私だもの。

私の中に潜んでいるたくさんの欲望が、時々怒りやいらだちになって,むかしの残り香のようにむせるような香りを放ちます。
一進一退、かな。

3歩進んで2歩下がる、状態。(古いか(^_^;))

2013年9月22日日曜日

実現したいことと、提供できること

私は、自分の夢がたくさん叶ったと思っています。

ひとりで暮らしていくことも。
本を2冊出版できたことも。
国内、海外、さまざまなところに行くことが出来たことも。
自分のあり方を問われるような,仕事を持つことが出来たことも。

今、新しい家を借りて、思うように生活して行けていることも。

みんな、夢のひとつひとつ。

やりたいと強く思ったのは私だけれど、多くの人が協力してくれて,実現していったと思っています。
あたりまえだけれど,一人で叶えたものはひとつもない。
仕事でさえも。その環境を周りの方々が提供して下さいました。

それを踏まえた上で、私が提供できることはなんなのだろうと、考えています。
私が私のままで出来ることは

明るい気持ちで生きること
一緒にいてくれるひとにここちよさを提供すること
感謝をすること
話を聞くこと
文章表現すること
ヒーリング技術を駆使すること

なのではないかと思います。

間違えていけないことは、今後、何かをしたいと思ったときに、
なんのためにやりたいのか、ということをはっきり認識する必要があるということです。

たとえば、作家になりたいと思う時、
社会に認められたいという、私の古いエゴイズムのせいではないか、
本当に書きたいのならば、誰のために何を提供したいのか、
またはほとばしるような情熱がそこにあるから書きたいのか、など。

今の私にはそのような情熱は認められません。
エゴイズムは残っているように思います。

認められたいという思いで動くのではなく、私が持っているものを提供できたらと思うのです。
たとえレベルが低くても,勉強してきたことを実践していきたいと感じ、提供していくことに誠実でありたいと思います。

ある意味では私はぎらぎらしなくなった、人から見てつまらない人間になったかも知れません。
それが本来の私だったんだと思います。

2013年9月20日金曜日

トイレの話

私の家は、昭和の家。
トイレは、もちろん水洗ですが、和式です。
なんとなく、このまま和式トイレとお付き合いしていくことになりそうです。

この家を見たとき、あ、和式トイレだ、きしゃべんだ,と一瞬思いましたが、
私のなかで「どうにかなる」と思ってしまい、借りる決心をしたのでした。

実家のトイレがきしゃべんだったから、トイレをしていくイメージがわいたのでした。
でも実家と違うところは、とても狭いところ。膝で床につくとおしりが壁とトイレの間にはまって、下手すると動けなくなるのでした。
いま、和式トイレに後ろ向きに腰掛けて使っています。下手しないように気をつけながら。

引っ越しの数日後、両親がガラス窓のフィルムを貼りに来てくれたときに、ふと持ち上がった改造の話。
調整をしてきましたが、いろいろあって今の段階では白紙に戻りそうです。

どうにも出来ないことはしかたがない。
すこし、というか、がっかりはしてしまったけれど。

トイレのイメージが、とても大変そうだったら、きっと私はこの家を借りませんでした。

でも、出来れば友だちに泊まって欲しいから、
(障害を持つ者にとってこのトイレはスリリングですもの。つまり私にとっても。じゃあなぜこの家を選んだの、といわれそうですが。)
いつか風向きが変わって欲しいな、なんてやっぱり思っております〜

2013年9月19日木曜日

トンネルの出口

思いもよらないうちに、道に迷うことがあります。
私はもともと方向音痴(そういう話しではなくて汗)

今回も知らない間に長いトンネルの中にいたようです。
毎日、その日にやることをこなしながらも、知らない間に疲れをためていた自分がいました。
夏の暑さのせいもあるかも知れません。

でも、病気になる前に心の状態に気がついてよかった。
周りの人のなにげない一言に,多くのヒントが隠されていたように思います。
少しずつセルフケアをして、いい状態に戻そうと思います。

私の今の環境は、今まで生きてきたことの結果でしかありません。
そして、だめだめな弱い自分も私だし、ケアできずにいた自分も私。
いつもかっこよくは生きられません。

いろんな私を私がまず受け入れて、
今日しておきたいことをやっておきたいと思います。

そう、誰に認めてもらわなくても、私のいのちは死ぬまで続いていくし、私には生まれてきた責任があるのです。

ふつうに、ふつうに、生きていく責任があるのです。

2013年9月18日水曜日

駒込さんぽ

髪を切ろうと思い、駒込に久しぶりに降りました。

東口の沖縄物産店に。
小亀(沖縄のおせんべい。今日は梅味を買いました。)を買って、店主さんとちょっと話すこともできました。

じみちでランチ。
じみちは内装が改装されていて、雰囲気が変わっていました。

美容院でカット。
このページの右側にリンクさせていただいているサンノトーレシュシュで。
おかげさまでべっぴんさんに戻りました(自画自賛)

六義園に。
緑が光っていました。
友人も元気そうでよかった。

ほんとは田端銀座でお豆腐や揚げ物やひじきを買いたかったけれど、また今度。
赤とうがらしでおいしい野菜を買いたかったけれど、また今度。


2013年9月15日日曜日

嵐が止んで

嵐なので紫芋のお菓子を作りました。
なかなかもっちりしました。
材料は他に,水切り塩ヨーグルトとホットケーキミックスです
170度のオーブンで30分焼きました。

嵐が止んだので、少し街を歩いて、また水切りヨーグルトを仕込みました〜。

あ、いちお、本も読みました。

嵐はなんか、ペースを乱す。ね。

でもそのあとにいろんなひととメールでやりとりして、
こういう日なんだな、今日は、と思いました。

被害を受けているご家庭もあるというのに、わたしときたら、
「西側の雨戸、締めてもらわなければよかったかな」なんて
静かになった今の時間、少しそんなことを思っています。

2013年9月13日金曜日

ばんごはん

なんの飾りもない晩ご飯でした。

讃岐うどんのつけめん
残り物のスープにきのこと野菜を入れた煮炊き
ノンアルコールビール

介助のかたと二人で食べながら、なんておいしい晩ご飯なのだろうと自画自賛。

私の考えるとっぴなメニューはいつも誰かの手を介して実現し、おいしいおいしいと言い合いながら食べます。

私の食べ方を『気に入っている』人たちもいてくれるのです。

いつもおいしそうで、こっちまでたべたくなる,と。

こんなに、うれしいことちはないな、と、思います。

私の食べる姿が「おいしそう」だなんて。
私のつくる料理が「おいしい」なんて。
若いときの私は、誰かにそんな言葉をもらえるなんて、そんな日が来るなんて、考えもしませんでした。

いろんな方と時間を分かち合ってきてよかったなと思います。
いろんな方と生活してきて、よかったなあと思います。
本当に。本当に。

2013年9月11日水曜日

なりますになります

成増のニトリで、カーテン等身の回りのものを観てきました。
何も買わず、観るだけです、今回は。
もう少し川越街道を歩いたら、埼玉の地に踏み入れるような,境までつつつっと歩いてきました。
めいっぱい歩いて、眠くてぼんやりしています(飲み会の翌日だという性もない理由です。)。

以前の住みか近くでは段差のために入れなかったリンガーハットに入り、皿うどんを食べたのでこれもまた満足。
なんともみたされた時間でありました。

2013年9月9日月曜日

水切り塩ヨーグルト

つくってみました。

明日、クリームチーズの代わりに使ってみようと思っています。

味見してみましたが、クリームチーズの味ではなかったかな。

トマトとはさむとどうなるんだろうと思っています。

明日は友人がごはんを食べに来るので、様子をうかがおうと思います。


つくりかた
コーヒーのドリップに市販のヨーグルトを入れて、約八時間、水が切れるのを待ちます。

水が切れたヨーグルトに小さじ半分の塩を入れて混ぜたらできあがり


越したあとの水は「ホエ」という栄養たっぷりのものです。
日曜のテレビでは,炭酸水とライム、ミントの葉をいれて飲んでいました。

私はダイエットカルピスを混ぜて飲みました。
うんまかったよー。

余談ですが、今日の夕食はカレー。
あり合わせの野菜を小さく切り、麹にんにく付けにした豚こまと一緒に炒めて、
野菜ジュースで煮たあとカレー粉をふたかけ入れてみました。
ごはん少なめにしたけど、2はい食べたねーやはり。

ものの言い方について

先ほど、気がついたことがありまして。
ひとにものを伝えるときは、自分が何を伝えたいかを出来るだけイメージして、その方の立場に立ち、その方に伝わる言葉を選ぶことが大切なんですね。

自分が話したいことを話したい言葉で話すのではなく、相手に伝えたいことを相手に伝わるように話す。

これが会話なんですね。

今さら今頃!心に落ちました。

えっ、みんなわかっていて話しているのー?
すごいなあ。

私は今日から一年生です。

2013年9月8日日曜日

氷川神社のお祭り

板橋には氷川神社がたくさんあって、今日ようやく一番近いところが見つかりました。
今日はお祭り。露店がでていて賑やかでした。

遠回りをすると、ちゃんとお参りするところまで車いすで行けました。
階段が多かったから、最初は諦めかけましたが。

広くて気持ちのよい場所でした。
神楽のおとが心地よかったな。

道を覚えたので、ふらっと行きたいです〜

2013年9月7日土曜日

久しぶりのあたらしいつながり

文京区に越して、当時の職場から介助を受けることになり、制度が措置から契約へ大きく変わったときに介助派遣事業所を職場1箇所にしました。

あれから10年、私は住む区を変えて、今日久しぶりに別事業所から介助派遣を受けました。
あたらしいつながりを持った日でした。

重度障害と言われる私のような人間が自立生活(施設でなく親元でなく,世帯主として選んだ街で生きること。社会福祉制度を活用して生活することになります。)をするときの介助はとても重要なことのひとつです。たくさんの介助時間を要するために、ひとつの事業所では対応が難しいことが多く、多くの人が複数の介助派遣事業所に介助依頼をして生活します。
自分だけの派遣事業所をつくって、個人的に介助者を集めて生活する人もいるようです。
自分で「自立生活センター」という当事者支援組織を作り、その地域の障害を持つ仲間の方たちをサポートしている障害当事者の方もいます。

私も数年前までそのような組織で働いていました。

だからあえて,職場であった事業所だけにして、生活を支えていただいていました。

今日のようなことは10年ぶりなので、少し緊張しました。

でも私のように理屈屋さんになってしまった人間のサポートを引き受けて下さったこと、とても感謝しています。

生活はとても早く変化しています。ついていかないと。ね。

2013年9月6日金曜日

久しぶりの

昔お世話になったかたから、定期的にボディのヒーリング(気功のようなもの)を受けられることになりました。
これからは、身体的な健康維持の相談をすることが出来るので、かなりうれしいです。
しっかり相談して、いい老後に備えようと思います。

10年ぶりの訪問治療。緊張するかなと思ったら、そんなこともありませんでした。
遠いのに、ほんとうにありがとうございました。

やっぱり私は、ああでもないこうでもないとやりとりしながら、自分の体を知っていく方法が好きです。
そして私のぐだぐだに付き合ってくれる方が身体的ケアにまた関わって下さると言うことに、本当に感謝です。

引っ越してよかったな。本当に。

2013年9月3日火曜日

東京国立近代美術館

竹内栖鳳展と、MOMATを観てきました。
見応えがあり、いい時間でした。

竹内氏の絵は、晩年になるにつれエネルギッシュになっていくように感じ、生き抜いていくことへの欲の必要性を学んだように思いました。
生き物の描き方がなんとも優しくて、癒やされました。

MOMATはたくさんありすぎて、満腹になりました。

けさニュースで観て、行こうと決めたのでした。
こんなに自由な時間を、ほんとうにうれしいです。

文京区に住んでいたときも、これぐらい軽やかに美術館とか行けたのに、行かなかったな、なんて想い出しました。
なんとなく誰にともなく遠慮していたし、お尻が重かったみたいです。

東上線沿線に越して、地下鉄にすぐ乗れなくなったのに、おしりは軽くなりました。

東京国立近代美術館は、竹橋駅の近くですが、竹橋にはエレベータはありません。
駅員さんに言えば対応してくれるとは思いますが、九段下駅に興味があったのでそちらから行きました。
帰りは神保町から三田線で。

九段会館、はじめてみました。

それから靖国神社の大きな鳥居もお初でした。

2013年8月31日土曜日

さまざまな自覚のあとで

日々いろんな会話をしていると、いろんなわからなかったことがわかるようになる。

ある会話から、私が他人に与えている少しばかりの影響を知ったとき、
たとえばにおいとか、しぐさとか、言葉の使い方とか。

わかるようになると、それはそれで少し苦しくて、一瞬、昨日までのことが嘘のように感じてしまう。
たぶん、自分が把握していたはずの「自分」が消えてしまうような気がしてしまうのだろう。

その時、相手の存在は一瞬消えて、自分に意識が集中する。
それが私のわるいくせ。
だぃぶ、復帰するのが早くなったけれども。

今日はそれから、
最近自覚したことについての、相手の気持ちを考えていた。

自分の感覚ではない異質な性質を持った人間がそばにいて、
それは愛していくべき存在で、
でもなかなか近づけない存在であったとしたら、
わたしだったら、そばにいつづけられるだろうか。

それがその人の選んだ運命だったとしても。

たぶん私には出来ないことに、挑戦し続けている。

私は、たくさん経験が出来、いろんな感情を抱く機会に恵まれ、今も悩みながら自分の道を一歩一歩踏みしめている。
こういう環境は「とても恵まれている」としか言いようがないことだと思う。
この環境を提供し続けてくれたすべてのことに対して、すべての人にたいして、
私はもっともっと感謝していいはず。
私がしなければいけない経験だったのだもの。

愛する気持ちは心の底からわき起こってくるものだから,愛さなければいけないと思っても愛せないものは愛せない。
私の「愛したい」という気持ちのうらには、まだ「愛されたいから」というものが残っている。

今の私には感謝は出来る。
たくさんたくさん、今の状況に、過去の経験に、感謝したい。

私の奥底からいつか、あたたかな風がわき起こってくることを信じて。

2013年8月30日金曜日

むかしばなし

小さいとき、私はおもちゃをたくさん持っていました。
松本でおもちゃ屋を営んでいた祖父がいたからでした。

祖父は私がいた東京の療育施設にも何度か来てくれました。
小学校に上がって入った寄居町の肢体不自由児施設にはさすがに来られなかったと思いますが。

私が実家で生活するようになったある年に,自分で呼んだ救急車のなかでなくなりました。

一人暮らしをするようになって、個人的に松本にも行けるようになり、祖父がやっていたおもちゃやあとも見にいったりしました。
縄手通りにある神社では、祖父母がそばにいるような気がしたりしました。

なんだか、祖父を思い出すたびに、ああ、がんばろう、と思えます。
最近、よく想い出すのでした。

私が子どもだった頃、施設で生活する子どもたちは、親のある子はみんな会える日を待ちわびていました。
待ちわびて待ちわびて大人になり、面会日のひとときを大人になっても待ちわびていました。

そこにある親子の関係は、互いの思いはどのようなものだったのだろうかとときどき思います。
大人になっていく子どもに、どんな気持ちを抱えて親は逢いに行ったのか。
または会いに来なくなったのか。
子どもはどんな思いで,親を愛し続けていたのか。

私にはちょっと難しい分野です。
その部分が少しひねくれてしまったからか。
それか想像力が欠けているか。
想像力があればいいのに、とも思います。
そういうことをすべて書き表したい、そんな欲があります。まだ言葉がつたなすぎてかけないけれども。

じいちゃんの気持ちはなぜかわかるような気がするのです。
孫という、少し血の薄まった関係だからか、それとも祖父が私を受け入れてくれていたからか。

大好きだったじいちゃん。
今でも大好き。
そう感じられることがうれしい今日でした。

2013年8月28日水曜日

根津美術館

表参道の根津美術館に行ってきました。

9月1日まで、曼荼羅展をやっています。

落ち着きのある、居心地のいい美術館でした。

無知な私は、「表参道にあるのになぜ『根津美術館』なのだろう」なんて思いながら行ったのですが。お名前だったのですね。

これから曼荼羅の解説書を読んでみます。

それにしても表参道はきれい。心がしゃっきりしました。

2013年8月27日火曜日

公園のトイレ

今月行った2箇所の公園。双方多目的トイレに不備があったのですが、2箇所とも修理して下さったようです。

某区立公園のトイレは故意によるものだったらしく、カギがとれて床におかれ、カギのついていた箇所にはゴルフボール大の穴が。
使ったひとが行政に言わないと、なかなか気付かないかも知れません。

もう1箇所は故障中で使えなかったトイレ。
多目的トイレは多くの場合、男性、女性用の区別なく、1箇所に一個だけの設置というところが多いのですが、その公園は男女両方に一個ずつ設置されていました。
なのでこのときは男性用を使わせていただいたのでした。

「修理依頼してもなかなかなおらなくて…」
男性トイレを使わせていただく際にお世話になった公園の方がそうおっしゃっていたので、修繕が早まるといいなと思って公園協会にメールしてみたのでした。

でもメールに対応して下さったのはもしかしたらあの時にお世話になった方かも知れません。返信を読んで、そんな感じを受けました。

書き方はもう少し工夫が必要かも知れないなっしー。

でもとにかく。双方使えるようになってよかったです〜。
それにしても対応早かったですね。ありがたいです。場所が場所だからですかね。

2013年8月23日金曜日

湿気の多い日に

久しぶりに昼間から除湿をかけて、部屋にこもっています。
なんだか過ごしにくい日。
目がしょぼしょぼするのは、この気候と関係ないのかな…。

気付いたことがありまして。
私の行動、ユーモアがものすごく欠けていたのかも知れないと。

確かに、ものごとに向きあって誠実に伝えていくことは大切なことだけれど、対ひとの場合は、その場その場ですこし的をはずれるというか、正面から取り組まないことも必要なのかも知れないとふと思ったのでした。

正面から言ってしまうと言うことは、余裕がないということで、やっぱりいくぶん自分本位なところがあるからなんでしょう。

言ったことは確かに、考えて行動したことだから、罪悪感はないけれど、
あとから誰かにだめ出しされたりすると言うことを考えると、私も関係した相手に対して愛情が足らなかったのかも知れません。
だから人から見て、アドバイスしたくなるような状況をつくっているのかも。
物事を伝えた相手に対してあらたな緊張感を生んでしまっていると言うか。

人との関係づくりに関して、まだまだ私には余裕がなく、相手の様子を察知できないというか、おもんぱかれない状況みたいです。

ユーモアは相手への愛情がないと、難しいのかも知れません。

うーん、感じすぎるまえに、肩の力を抜きましょ(筋緊張する障害もちなので、力は抜けませんが(^^;))

2013年8月22日木曜日

私がしたいことはなんだ

目的を最初に決めてそれに向かうって、とても難しいの、私には。
出来る人ってすごいなあって思います。

私のしたいことは、人との信頼関係を通して、その人の気持ちを味わいたい。
どんなときにその友人が幸せを感じるのか、うれしいのか、癒やされるのか、その瞬間に立ち会いたい。
大切な人と時間を共有して、その人の気持ちにより添いたい。
多くの物事をこころでわかるようになりたい。
感情でものをいわない思考力を出来る限り身につけて、心平和な時間を増やしたい。
大切な人に必要なものを伝えられるくらいの愛情を持てるようになりたい。

私は作家になりたいわけじゃないし、何か一旗揚げたいわけでもない。
食べていけるだけのものがあれば、それ以上の収入は望まないし、誰かから尊敬されたいとか、そういう欲はない。
ただもともと「私を見て!」系の人間だから、ついそういう一面がでちゃうけれど。

書くこともカウンセリングもヒーリング技術も、私のしたいことをやっていくための手段でしかないのかも知れません。
これからどう生きていくか。私の課題ですね、はい。
まじめな話になっちゃった。

2013年8月20日火曜日

テッペン

コニカミノルタ新宿で催されている、富士山の写真展に行ってきました。
力のこもったポストカードを購入。念願でした。
いま私の机の上で、富士山頂からの風景を見ています。
お気に入りの一枚が購入できて、シアワセな気分です。

3枚1セットだったので、あとの二枚は上手に使わせていただこうと思っています。

今日は新宿まで路線バスで行ってみました。
片道50分の小旅行でした。
通り道、意外な場所でバス停と地下鉄や私鉄が隣接していたり、面白い発見もありましたが、暑かったせいかいい感じで船もこいでしまいました。
おかげで路線内の観察、途中は出来ずじまいです。

時間があるときは、路線バスもゆったり出来るなと思いました。

なんだか本当に、遊び人が板についてきました。

今はネットで

簡単な操作で署名が集められるようになりましたね


それにしてもこのニュースはどう理解しようか悩みました。
未来への不安を整理するのが大変でした。

朝のニュースショーのコメンデーターさん、いい意見を言っていた方も多かったけれど、何か行動して欲しいなあとおもいながら、観ていました。

自分に何が出来るかな、と思っていたら、署名が始まっていたみたいなので。

2013年8月18日日曜日

サスペンスを見る代わりに 緒方貞子さんの特集

緒方貞子さんの特集を見つけました。

結婚なんて一度してしまえばずっとできるのよ
結婚のことを考える暇があったら、勉強すること
頭で考えなさい

学生の時に師にこの言葉を言ってもらえたことは、すてきなことだったなあと思いました。
多くを知らなかったので、引き込まれるように観ていました。

論文、図書館で借りられるかしら。読む機会を得ようと思います。

2013年8月15日木曜日

少年H

観てきました。
妹尾河童さんはなんだか性格似ているな、と思いました。

H少年が抱える憤りや納得できないいらだちや、場を見極めずに口にしてしまう心がとてもよくわかって、同じように考える人がいるんだなあと思ったのです。

人間がひょうひょうと生きていくさまを、汚い、嘘ばかりと受けとるか、戸惑いながら懸命なんだと消化しようとするかは、その人次第なのかなと思ったのでした。
私はどちらかというと消化できない側の人間なのだと思います。H少年と同じ中学生ぐらいの精神年齢なのかも知れません。
そういういごこちの悪さがあるこの映画は、私はいい映画だと思いました。
変に大げさでなく、格好もつけてなくて。事実が見えて。
水谷豊さんと伊藤蘭さんの共演が観られたのはよかったです。

最後のシーン、気になっているのは私だけかな…。


2013年8月14日水曜日

みどりのそよかぜ

今日、成増駅に行ったら
童謡の
「みどりのそよかぜ」の詩碑がたっていました。
作者の清水かつら氏が板橋ゆかりの方だったと初めて知りました。

この方は文京区の吉祥寺に眠られているらしく、10年その近くで生活していた私は何も気付かずに吉祥寺の敷地内をふらふらしていたということが判明したのでした。

今日はお初の成増。
相変わらずまずはお店からめぐったいちにちでした。

板橋はなぜか私のツボにはまる街です。
どんなことにはまったのか、本当は詳しく書きたいのですが、とてもわかりにくいと思うのでやめておきます。

友人に話した段階で「ふしぎちゃんになっているよ」ということでしたので。

2013年8月13日火曜日

こげさん ミントさん ぼのさん とらさん

二度目の板橋区立教育科学館。
2階に行くと、昆虫の標本や鳥の剥製が。
とくに蝶の標本はとても多く、圧倒されました。

ミミズクの剥製の横に、カメレオン。
えっ、これも生きていないのかしら…とおもったら、まばたき、かしゃり。
よかった、生きていました。

ミントさん、とらさん、ぼのさん、こげさん。
私はぼのさんが好きです。

ちょこをちょこちょこ

ダークチョコレート(ミルクの入らないチョコレート)を少しずつ食べていると高血圧にいい…というのは今夜の健康系のテレビ番組の受け売りです。
だけど、糖分の調整はどうなるのでしょう。当分懸案事項というところでしょうか。

こうはんは「にんにくが大腸癌に効く」というお話でした。
たまたまミニチョコもにんにくの醤油漬けもおうちにありましたので、双方少しずつ食べました。
なんとも影響されやすい私です。

にんにく塩麹とにんにく味噌はつくってみようと思います。

にんにく味噌は
にんにくと醤油とざらめを3時間煮ると出来るそうです。

にんにく塩麹は
にんにくをみじん切りにし、少しあたため(テレビではレンジで20秒と言っていました。私は極力レンジは使いたくないので、蒸すか、湯煎しようと思っています(^_^;))塩麹とぐちゃぐちゃ混ぜて日陰の常温で一日おくのだそうです。

料理のいい材料になりそうです。


2013年8月12日月曜日

かみなり

とてもすごい雷でした。おもわずパソコンの電源を切りました…。

かみなり、最近はますます怖くなりました。


小さいとき、暮らしていた肢体不自由児施設で、雷を怖がってびーびー泣いていた私に、「怖がっていないで、稲光が見えたら数を数えてみなさい」
といってくれた人がいました。
光の速度と音の速度は違うから、雷が今どこで鳴っているかだいたい距離がわかるよ、と。
その時から雷はそんなに怖いものでなくなったのですが、

施設を出て実家で生活していた頃、すごい近くで雷が鳴ったことがありました。
それまでは「数を数える」魔法が効いていて、本当に怖くなかったのです。
でもその日、
「ビリッ」という聞き慣れない耳障りな音がして、テレビが壊れたのでした。
自然現象は怖いな、甘く見てはいけないなと思いました。

その時から、気をつけようという気持ちが復活して現在にいたっています。

今日は多くの世帯が停電したようです。
復旧されたでしょうか…。

2013年8月11日日曜日

さっきまで観ていた映画

テレビで放映されていた、
「愛しの座敷わらし」

水谷豊さんの演技が暖かくて、
そんなに強烈なシーンもなく、
なんとなく家族がつながりを深めていく感じが伝わってくる映画でした。

それぞれのなんとなく感じる不安や憤りやいごこちの悪さを、緩く包める関係になれたらいいのかも知れない、そんなことを感じながら見終わりました。

自立生活という生き方

実家を出てから、今年で20年。
20年目の春に私は住むところを変えて、行政との関係を位置から作り直すことになりました。
20年前にアパート探しからはじめたときは、障害者団体という、情報をくれて支えてくれる団体と一緒に動いていました。
それでも、私はもしかしたら、「私が決意してやった」という思いのほうが強かったかも知れません。

今回、すむ環境をいちから作り直すことになりましたが、「一人でやった」とは思っていません。
智恵や勇気を下さった方々がいました。
なにより介助を変わりなく受けられたことは幸せなことでした。
もちろん私も努力は惜しまなかったつもりだけれど、私の生活が揺るがなかったのは、たくさんの方々が支えて下さったからだと思います。

私はたぶん、世間的に障害は重いほうです。
重い障害を持つ私は、どうやって生活するかを考えたときに、次のなかから選ぶことになります。

1 家族、身内と一緒に暮らす
2 療護施設等、24時間介護体制がある施設で暮らす
3 公的な制度を活用して、選んだ地域で暮らす

もし公的な制度を使わないでひとりで暮らすと言うことを選択した場合、私の生活は物理的に荒れて、なんらかの福祉的措置を受けざるを得なくなるので、これ以外のものは考えないことにします。

私は3番を選んで生活しています。
他の選択肢は、私にはありません。

制度を活用して地域で生活していくことを「自立生活」と呼んでいます。
私は「自立生活」20年です。

なぜこの生活を選んだのか
自分一人分の人生の生き方を自分で決め、自分一人分の生き方についてだけは責任を持ちたかったからです。
失敗して泣いても、誰かのせいにしたくなかったのです。

なぜ他の選択肢がないのか
物理的になにもできないと見なされる人間が誰かと一緒に住んだり全面的にどこかに日常を託してしまうと、誰もその人自身を責任のとれる人だと認識しなくなると思われるからです。
私にはその環境に幸せを見いだす度量がまだありません。

私の個人的な考えですが、
人はたとえ小さなことでも自分のことを自分で決めて行動し、そこに責任をとっていくことで少しずつ少しずつ満たされていくのだと思っています。
小さな小さな出来事の積み重ねが、明日の幸せをつくっていくのだと考えています。
ささいなことでも考えて決めて実行したことが自信につながるのだろうと。
そして、実は人のことを思って行動できたことであったりしたら、少し昨日よりもすてきな気分になることも、ようやくわかってきました。

この気持ちは、体験しなくては味わえないことなんだと思っているのです。

私はこの20年、ほんとうにいろんな経験をしました。
いつも良い子でいたわけではありません。
友だちを裏切ったり、縁を切ってしまったり、心を傷つけてしまったこともあります。
いっぱい恥をかきました。
現実から逃避してしまったこともあったと思います。障害を理由に、経験できたことから背を向けたことも、たぶんあります。
だから私はいまでも未経験なものが多いし、人の気持ちが理解できないことが多いのだと思っています。

でもこの20年の時間については、後悔はありません。
誰かのせいで、と思うこともないのです。

障害を持ったからだをいただいて、50さいをあと数年に控え、後悔はないと言える人生を送っていることは、私にとって奇跡であり、とても恵まれたことだと思います。

自立生活、選んでよかった。
ほんとうに、よかった。

今日も眠りにつくことにいたします


2013年8月9日金曜日

舎人公園

誘っていただいてバーベキューを楽しんできました。
楽しかったー。
こんなに暑い日だったのに、暑さを感じなかったのはとても不思議だったな。
あたらしい出会いも、うれしいことでした。

日暮里舎人ライナーに乗れたのもよかったです
山手線の英語アナウンスを聞くたびに、気にしていたから。
あの発音、大好き。
あまり理解されないけれど。

広い公園は、夏は過ごしやすくていいな。
そして思い切り遊べたことも、貴重でした。

でもやっぱり、池袋は混むね…。夏休み中だしね。

2013年8月7日水曜日

ひさしぶりに

乗り物を駆使してぶらりと出かけてきました。
久しぶりの同行訪問でした。


東武鉄道もメトロもJRも、ものすごくいい対応でいつもにましてスムーズ。
いつも行列が出来るエレベーターの前も誰も並んでいなくて、一体どなたの行いが功を奏したのかと思うぐらいでした。
もちろん3人ともですけれど、行いがいいのはね。

国際フォーラムのネオ屋台村の奥で、東北の肉系の屋台がでていました。
イベントだったのかな。
ホームページで今調べてみたけれど、見つけられませんでしたねー

私は会津のソースカツ丼を食べて、大満足。
お肉が柔らかかった〜。

十分お遊びした気分だったのに、夜もちょっと外食。
今日はそういう遊びの日だったみたいです。


2013年8月4日日曜日

ああ、なんで

プールの日にパンクするなんて。(泣)
駅のホームでわかるなんて(泣)

でも、お昼にはなおったのだから、本当によかった。ありがたいです。
駅から戻ってこられたし。ほんとうに、ありがとうです。

近所の自転車屋さんは、パンク修理は出来ないけれど空気は入れられますと言って下さったし、
最寄り駅の駅員さんは、何とかしようと空気入れを探して入れようとしてくれました。
家までついてきて下さった方も、心強かったです。

そして午後から普通に出かけられたことも、すごいことだな…と。
私の生活が、いろんな人の支えで、ごく普通に営まれていきます。
身近な方から、町の方まで。

プールに行けなかったことは、やっぱり残念。
そこには、私が水に入ることを支えて下さる方が待っていたし。
今回は突発的に行けなくなってしまったから、ボランティアさんに無駄足をさせてしまいました。
ああ、朝自宅の玄関でせめて気がついていたら(そう、今度からは気がつきましょう)

最近、月1のペースで、月に3回あるプールに行けなくなります。
体調との折り合いです。
今回は車いすのほうが体調悪かったみたい。

ううっ、やっぱり、か、かなしい…。

もう、何もありませんように。
来週は行くぞー。

2013年8月3日土曜日

自分に与えたかった教育について。

思い起こせば、小中の9年間のうち、まじめにいちばん勉強をしたのは、小学校低学年の時だけでした。
確かに、いい環境とは言えない場所でしたが、私はサボりまくったのです。
親の目が光っていないことをいいことに。

サボりたかったいい訳はいくらでも言えるけれど、ものすごく劣悪ではありませんでした。
周りがどうであれ、やる気を出せば出来たはずでした。
一生懸命に努力をしていた友人もいたのですから。

中学の時に英語教材も買ってもらいました。
当時で言う最新システムのものだったと、今でも思っています。
でも、一人で続ける根気は持ち合わせていなかったのでした。

私は思いきりサボったので、小中学校の教科書は飛び飛びです。
算数が数学になったとき、数字が嫌いになりました。
漢字も書けなかったし、歴史なんて覚えようともしなかったのでした。
それでも見逃されてしまうような場所で、生きていました。

だからこそ、出来ていなかったことを自分からやる必要があったのです。
いい訳の出来ない、自分から選んだことをやり遂げることが必要だったのです。

そうだ…英語。
!!!!
これもやっぱりなんとかしないと、思いが残ってしまうかも。

基。
昨日書いた、「私が私に課した義務教育」のような意味は、こんな意味です。
やっと解放されて、とても幸せです。

2013年8月2日金曜日

感無量

昨日で、科目試験はすべて終了し、大学卒業のための勉強はすべて終わりました。
1科目でも受かっていれば、卒業です。

今朝は本当によく眠れて、人が来て下さっていることも気付きませんでした。
自由になったような、心が整理されていくような、何かを排出したような、とてもおおらかな気分です。

やり遂げると言うことは、こんな気分を味わうことなのだなと思っています。

昨日、試験が終わってから少し考えてみましたが、やはり私は学歴というか、かたちにこだわる人間なのだろうと思います。

どうしてもここまでは勉強したかったのでした。
どんなかたちであれ、大学を出たかったということです。

ここまでが私が私に出来る義務教育。
誰かに出来るとかできないとかいわれるのではなく、出来て偉いとかあなたには出来ないとか、過度にほめられたり何か言われたりするのではなく、ただ勉強できる環境を私は私に与えたかったのです。
そして達成したかったのです。私が私に決めた義務教育を卒業したかったのです。

体の状態を理由に決められなくなかったし、誰かの庇護のもと環境を整えて提供されたいわけでもなかった、こういう複雑な気持ちを満たすためには自分で行動するのみでした。

ここまでの教養が得られる環境に恵まれたことに、とても感謝しています。
本当に、本当に。

そして、
学歴にこだわっていたから大学を卒業した、そういう理由でもいいかな、と今は思います。それがわたしの感覚なのだから。

本当に学歴にこだわっていなかったら、大学に入らなくてもいくらでも同じ勉強をする方法はあったと思うし。

今日からは自分のやりたい勉強を始めます。
この3年間のおかげで自分なりのやり方はわかったような気がしています。



2013年7月31日水曜日

放送大学で

この学校で認定心理士をとるには、忍耐が必要みたいで…。
必須科目の面接授業は申込者がとても多く、なかなかあたりません。
忍耐というのは、抽選にいつか当たるまでやりつづけようという意気込みのこと、です。

今日、先輩にそのことをぼやいたら、
「今なんかまだ授業があるだけいいよ。ぼくがとるときは授業自体がなくて、北海道や京都の大学まで聴講しに行った」
と話してくれました。

わーお

四の五の言うのはやめました。いつか授業は受けられるものだし、残り2課目の世界だし(今回試験に受かれば、ですが汗)、文句を言わず、進むのみ。

恵まれた環境のなかで、学生気分でぶーぶー文句を言っている私。

そう、なんに対しても、四の五のいわないほうがいいな、と、学生さんの相談を受け続けている先輩を見ながら思ったのでした。

2013年7月29日月曜日

体調が良いので

雨も苦になりません。
げんきんな私でございます。


素朴な疑問がひとつ
これから知っていく方に自分のことを話過ぎる時って、どんなときなのでしょうか。

何年か前の私がそうでした。
私の場合は、
そのひとに私のことを知って欲しい、という強すぎる思いがありました。
その方がどういう人かと言うことは、あまり興味が持てなかった気がします。

たくさんの人たちに話を聞いていただいて、今の自分があるように思うのです。
そして、「実は相手に興味を持てていなかった」自分を発見しました。

その方の人生で重要だと思われることを伺ったとき、
「こんなことを打ち明けてくれて、気を許して下さったのかな」と思ってしまうことがあります。
友だちとして近づけたような、そんな気持ちに。

実は話している本人はそうではなくて、自分の話しがいちばん責任が持てるから、して下さっていることもあるのかもしれません。
相手のことを根掘り葉掘り聞いてはいけないし…などと感じているのかも知れません。
今日なんとなく、そんなことをふと考えました。

私の場合もそうだったかも知れません。
自分の話ならいくらでも出来てしまい、「相手が私と付き合ってくれるときにきっとこの情報は必要だと思うから」そんな風に思い込みながらどんどん話していたような。
結果的に相手の方の「聴く姿勢」に甘えるかたちになっていたように思います。

会話ってなんなのだろう。

この間友人とアメリカに行って、失語症状態で周りの人の会話をひたすら聞いていた私は、アメリカの方々が相手の話にすぐ 興味を持ち、質問してくることに感動していました。
相手の名前も忘れない。
だからといって深すぎる話しはしない。相手がどんな信条を持っているかわからないから。
ここら辺のニュアンスは、小さい頃からの経験値かなとも思いました。

会話になれていない私は、場を思いやれずにすぐ自分の重い話をしがちです。
そんなに知り合ってない方にも、自分の話はできてしまうのです。話したくなってしまうのです。

相手に興味を持つ。これは私にとっての大きな課題です。
だからどんな関係であっても、まず聞こうと思っています。
そしてそれによって感じたことや、関係性のなかで私が聴きすぎていると感じたときは、無理をしないで修正を試みようと思っています。

今の私は、めぐり合う方々に、どこまで自分のことを話していいものなのか、正直わからなくなった状態です。
そんなに話さなくてもいいことなのかも知れないとも思います。
話すことよりも、こうして書いてみることのほうが、今は重要なのかも知れません。

素朴な疑問からの話しでした。
わけわからなくなったかな。後日書き直すかも知れません。

2013年7月27日土曜日

そして

夕べの湿気にやられ、今朝は今年度頻繁になってきている頭痛。
しっかりお風呂で暖まって、汗を出してお水を飲んで、午前中は休んでました。

どうもこの頃、気持ちも体も今ひとつ。
考えたのですが、更年期らしいです。

つきにおとずれるものが5月で訪れなくなって、やっと卒業、と喜んでいたのですが…。
こういうのって、気持ちの問題、だけではないのですね。

緊張緩和剤を20代でやめてから、筋緊張とは泣き笑いしながらほどよく付き合ってきました。
だいたい私の場合はホルモンバランスがその日の体調を決定するような感じでした。
(もちろん、栄養、睡眠、快腸とか、ありますけれど)
5月以降、少し解放されるかな、と期待していたのですが…。
うーん、新しい時代に入ったという感じ。

まあ、いいか
どうにかなる、きっといつか。

というか、ひょっこり来たりして…(同世代談)

昨日の講座

試験前だというのに、課目とはまったく関係のない講座を中野で受けてきました。

バリアフリー字幕制作者養成講座の入門編。

今後の拡がりの一つになればと思ったのでした。

やはり私は一般の授業にはなかなかついて行けません。
手が動かないからといった物理的なことを言っているのではなくて(物理的なことは本当に無理な部分なので…)聞いたものをすぐに変換できないというか、聞き流してしまうというか。
今年の心理学の授業でも痛感したことなので、予想はしてました。(^_^)

でも様子はわかったので、じっくり使えるようになりたいと思います。

とても過ごしやすい時間だったことに、感謝しています。
聞き慣れた用語が、理念のところでたくさん出てきたり。

友人と行けたことにも、感謝だな。楽しかったです。

2013年7月25日木曜日

おいしかった

大山で見つけたタイ料理のお店。
グリーンカレーとぱったいを食べてきました。

いやいや、ものすごくおいしかった。
車いすで入店する際にちょっと狭い部分もあったのですが、
店のご主人もいい人で、助かりました。

パッタイがあんなにおいしいなんて
感激でした。

2013年7月22日月曜日

おはつの

かみいた。
お店めぐりと平和公園に。そして教育科学センター(?)でトイレを借りてきました。
平和公園の注意書きと、サッカーが出来ないようにつくったらしい囲いがなんとも言えない感じでした。
でもそのほかのことは結構自由に使用されているような気もしたけど。

板橋区は非核宣言区だったんですね。
広島と長崎の灯がともっていました。

気になったのはエイブルと表示があったビル。
エイブルさんが持っているビルなのか、あれは看板のデザインなのか。
写真がないとイメージがつかないですね。
「○○ビル」とビル名が書かれるところに「エイブル」とあったので、エイブルさんのビルなのかな。
うーん。確かめてくればよかった。

お昼は50円の手作りおにぎり。小さなおにぎりやさんで買いました。
おいしかったけれど、けちらないで3個買えばよかったです。
ちなみにおいなり70円、太巻き各種370円ほど。
また通りかかったら、今度は太巻き買ってみよ。

2013年7月20日土曜日

そうね…

平和な国でないと私は生きられなくなると、実は今でも思っています。
いきなり重たい話題ですが。

確かに、今日できることをきちんとして、人を思い、悔いのない一日を過ごすことがとても大事なことで、将来の不安を漠然と感じてしまうことほど時間の無駄使いはないと頭ではわかっているのですが、

制度を活用して生きていると、制度自体が危うくなるような国に向かって欲しくなくて、そこに恐怖や不安がたまります。
たぶん、自分の身に降りかかってくると思うからでしょう。
自分の身に降りかかってくると思うこと自体、自分の身の安全しか意識が向かなくなっているみたいです。

このトンネルから出たいな。
今日もつつがなく過ごせて、暖かい静かな部屋でおいしい食事も出来たし、支えてくれた方々とついさっきまで過ごせていたし、幸せな日だったのに。
「わたしのあしたはあたらしいあした あたらしいわたし」なのに。

言いしれぬ不安を持つことよりも一日一日現実と向きあって豊かに思い出深く味わうほうがずっといい。

私よ、強くなれ。

最近の私は少し落ち気味。
どうにか持ち直して、楽しくわくわくしたいものです。

2013年7月16日火曜日

昨日のお遊び

西武池袋線に乗って知人のお宅に。
おいしいものをたくさんいただいてきました。

埼玉の町並みはなんとなく落ちつきます。
ゆったり出来るようお気遣いをいただいて幸せな時間でした。

その方が愛しているおこさまのお話を伺いながら
子どもを愛するというのは、本当に無条件なんだと、改めて認識したりしていました。

すてきなことだな、と思いました。

私は遊び人が板について、怖いくらい。
でも、昨日学んだことは、
「何があろうと今日を精いっぱい楽しむこと」
もっと積極的に、今日を生きてみようと思いました。

2013年7月14日日曜日

イオン

東武線を下って、イオンで遊んできました
映画館も入った恐ろしく広い店内。土地があるってすごいなあ。

都心よりも混んでなくて、思い切り日用品のウォッチングが出来て満足。サブウェイも無印もあるし、何か満たされました。
やはり池袋よりも居心地よかったです。

しばらくここが憩いの場になるかも。
今度は反対口も行ってみよう。

2013年7月10日水曜日

映画

奇跡のリンゴ、という映画を、友人と見てきました

人はなんて人に冷たく、理解なく、そして人に優しいのだろうと思いました。

理解を得るのは難しく、それを「信じられない」ととるのか、「信じて生きよう」となるのかは、どこの違いなのだろうと。

道の途中はあまりにもきびしく、孤独。
それが人生なのかなあ。

2013年7月9日火曜日

しみじみ

いつも変わらずに誠実に生きることの大切さ、
相手が私にどんな感情を抱いていようと、出来ることをしていくこと。

今日はそのことの大切さを実感できた日でした。

ほんとうに、ありがとう。
いろんな気持ちがあっただろうに、
私を受け入れて下さり、ありがとうございました。

そして、続いていく関係と、流れていく時間と、お互いの前向きな人生に、感謝します。

じみちに生きてきてよかった。

帰る道すがら、よりみちしたらもうひとつの再会。
私は彼女に、銀歯を見せました。

時間が流れるということは、なんて偉大なことなのだろう。

2013年7月8日月曜日

それはそうと

Little Elephant のサイト、少しずつ手直ししています。
もう少しわかりやすくしようと思いまして…。

本当は一本化すればデザインも選べるのですが、
サイトを分けた方がいいかなと勝手に思い込んでしまいまして。

わかりやすくなればいいなと思っております。

途中経過でした。

最近 追記

こんな心のつぶやきが

なぜ、もっと小さいときに話を聞いてくれなかったの
なぜ、たわいない会話さえしなかったの
なぜ私のつくった料理を食べてくれなかったの
なぜ私の住む世界を知ろうとしてくれなかったの

小さいときに言いたかった思いが正当なものだと感じられるようになった今だからなのか、
子どもの部分が仰向けになってただをこねてしまって

大人の私は彼女の肩を抱いて聞き役。
そして大人としての今日をまっとうするのです。

ああ、何か作品が書きたい。
私のインナーチャイルドが孤独でいるうちに。

そう、書き忘れました。大事なこと。
私に足りなかったものを、少しずつ与えてくれた人たちが確実にいたこと

たわいない話を聞いてくれたり
私の料理をとても自然に食べて、喜んでくれたり、
私の住む世界に寄り添ってくれたり

今もそうで
少しずつ、私は周りの人からいただき続けています

だから現実は淋しくないの

子どもの部分の思いが残っているだけ

今日も誰かにありがとうだよ。
私は確実に生きていっているもの
豊かな気持ちでね


2013年6月30日日曜日

お初でした マルキュー

渋谷はスクランブル交差点ばかりなんですね。
やはり私は田舎向きです。

でもたまには苦手なまちも歩いてみる価値はあります。
エスニック雑貨屋にはもう一度行ってみたいし。

私用は残念ながら済まなかったけれど、刺激をいただいた半日でした。

ちなみに109、外からみただけです、はい。

だけど、用事ないと、行かない街かな…。

2013年6月28日金曜日

そして 第2ラウンドの終了

旅行帰りの翌日の朝、区に連絡してみました。

区の私への介助について、支援量が決定していました。
80時間増えて、450時間。
区との話し合い期間は、これで本当に終結しました。

引っ越し半月前からの話し合いのおかげで、区と比較的良好な関係を作ることが出来ました。
ひとつひとつの出来事は落ちこむ材料ではありましたが、終わってみれば平和なかたちとなりました。
努力をしてきてよかったと思います。

そう、ひとつひとつネガティブに捉えることなく、建設的な視点を持つことは本当に大切ですね。

怒りの整理ができるということは、なんてステキなことか。
感情は魔物だから。魔物は取り扱いのしかたを覚えないと、生きることが苦しいまま生きなくてはなりません。
私はそういう意味でずっとずっと苦しい時期がありました。

今回は、悲しい気持ちにはなったけれど、面倒くさいことも、権利侵害なのではないかと悩んだこともあったけれども、諦めずに人に相談し、いただいた智恵を自分なりに生かすことが出来ました。
結果オーライ。

新しいまちで、私のライフスタイルが少しずつ形を成していきます。
それはとてもシアワセな気分になることです。

愛しのあめりか 6まとめ

今回の旅は、介助料も発生せず、旅費も割り勘でという、私の人生のなかでは特殊なほうに入るかたちでの旅でした。
私は介助が必要な体を持って生きているので、何かを行うときはかならず「介助者」という立場に立ってくれる人が必要になります。
今回はそれを友人がサポートしてくれました。

数年前にダイビングに行くことになったときも、一緒にそばにいてくれる人は「介助者ではないから割り勘でいい」「手伝うだけだから介助者ではない」といいなから。その期間中私のそばにいてくれました。
私は、何度かそんな機会を体験しないと、「なにもできない自分がそこにいること」という事実に向き合えなかったと思います。

もしいきなり今回のような機会に恵まれてしまったら、私は私のままでいられなくなるか、もしくは友人に全面的に甘えてしまうことになったかも知れません。

一つの機会にはちゃんと準備期間があり、ひとつひとつの出来事にとまどっても逃げずにいれば、物事を受け入れられるようになった自分に出会えるときが来るみたいです。

今回の旅は私にとって、とても豊かで居心地よく、あたたかな体温のある旅になりました。
たぶん私は、多くの自分の現実を受け入れられるようになったのだと思います。
だから自分の思い込みに振り回されることなく、その方の心を受け入れることが出来たのだと思います。

私を誘って下さったAさん
一緒に旅したYさん
ほんとうにほんとうに thank you so much!
すべての出来事に感謝を込めて
すべての行為に感謝を込めて。
すべてのことに感謝を込めて。

2013年6月27日木曜日

愛しのあめりか 5 バルミツバ

 バルミツバとは、ユダヤ教の成人式のことで、男の子が13歳になると迎えるものなのだそうです。
今回の旅は、この式に誘われた友人が、みわさんも一緒に行こうよ、と言ってくれたことで実現したのでした。
だから、旅の終わりがメインイベント。

無宗教の私は、初めてユダヤ教のテンプルに入らせていただきました。

約2時間の式で、感動したのは、
息子さんの前でおとうさん、おかあさんが「どんなにあなたが大切な息子か」を述べるシーン。
本当に息子さんの本質を知っていて、どんなに大切かをひとつひとつ真剣に伝えているおとうさんをみていたら、泣けました。

息子さんに障害があると言うことに向かいあって生きてきたおとうさん。
すべてそのまま息子さんを愛しているおとうさん。

ご親戚の方々もとても和やかに彼を祝福していて、こんなすてきな家族が世界のかたすみに存在していることに、とても安心感を覚えたのでした。

障害を持つ子供を受け入れられない家族ばかりではないのだということを、身をもって実感できたことは、私の経験としてとてもすてきなことでした。

式のあとのパーティー、夕方のホームパーティー、私は英語がしゃべれなくて失語症状態だったけれど、言葉のシャワーを浴びながら、あたたかな気持ちで会話を聞いていました。


愛しのあめりか 4 フィラデルフィア

フィラデルフィアの市街地は、独立当初、200年前のアメリカの町並み。煉瓦造りの家が目立つ古い町のように見えました。
3日間のホームステイをさせてていただいた家は、築200年の歴史ある家。長屋のようにいくつもの家が連なっていて、一世帯は4階まで部屋のある味のある場所でした。
私のために中庭から車いすで入れる方法を考えて下さり、スロープをレンタルしてくれていました。
玄関は道に面していて2段の段差があったからです。
ひとつひとつのお心遣いがうれしく、リラックスして3日間を過ごしました。

フィラデルフィアで連れて行っていただいたのは、

独立記念公園
小さな教会(名前を忘れました)
ジョンバエスの野外コンサート
自立生活センター
視覚障害者の図書支援関連機関
法律事務所
カテドラル大聖堂
バーンズ財団(美術館)

たくさん連れて行っていただきました。

まさかジョンバエスの歌声を生で聞けるなんて思いもしませんでした。
すごく気に入ったのはカテドラル大聖堂だったといったら、怒られちゃうかな。でも時間が許されたら半日でもいたかった美しい場所でした。
バーンズ財団では、解説用のiポットを借りていただいたので、じっくり美術を学んできました。
普通の美術館ではこんな解説しないだろうと思われるような微妙に意味深い解説がユニークでした。どんなって、ここには書けないかも……!
自立生活センターはスタッフ100人、ビル丸ごと所有する大きなところでした。

こうして書き出してみると、ほんとうにほんとうにお世話になった、めぐまれた三日間でした。

2013年6月26日水曜日

愛しのあめりか 3  メモリアルパーク

とても遠回りしてようやくたどり着いた、9.11メモリアルパーク。
落ちついた雰囲気の広い公園になっていて、二つのビルをかたちどったメモリアルが中央にありました。
出入りの自由は制限されていますが、そこは穏やかでゆったりできるところでした。
水の音を聞きながら、少し長く居させていただきました。

「地球の歩き方」には、遺族の方々がいらっしゃるところだから失礼なことがないようにと注意事項にありましたが、
行ってみると、それぞれ思い思いに過ごしていて、
記念写真など撮ってる方もたくさんいました。

思えば、遺族の方も、大切な方の名前のあるところで写したいこともあるのかなと思いながら見ていました。

メモリアルパークは今回、フィラデルフィアでも2箇所、偶然ですが行きました。
ベトナム戦争戦死者のメモリアルパーク、南北戦争関連のメモリアルパーク。

そして教会も2箇所行きました。
教会は居心地よくてずっとそこにいたかったな。

愛しのあめりか 2 ニューヨーク

こわいまち、という先入観は一体いつから身についていたのでしょう。
初めてみるこのまちは、本当にきれいなビルのまちでした。
ひとつひとつの個性的な建物。手の込んだデザイン。統一感のある色合い。
ビルの窓に映る向かい側の景色。

小さな電動車いすで町を歩き、リフト付きのバスに乗り、町並みを堪能しました。
リフト付きバスはシンプルで、乗りやすかったな。

確かバークレーなどでもこんなバスに乗った覚えがあります。
運転手さんが運転席でリフトをコントロールできるバス。

車いすを固定してもらわなければならないことは日本と一緒だったけれど。

ニューヨークのイエロータクシーは10台に一台の割合でリフト付きが走っています。
だから町中でリフト付きタクシーがつかまるのでした。
それがとてもありがたかったし、うれしいことでした。
この話題は旅行ガイドブックにうまく書いて投稿したいと思っています。

ちなみにこの車は日本車。
ADA法のあるアメリカだからこそ売れる車なのでしょうか。
日本の技術、日本社会の本質を豊かにするためにも、もっと国内にも目を向けて欲しいです。
あとでホ○○にもお手紙しようっと。

2013年6月25日火曜日

愛しのあめりか  1 帰ってきました

昨日、帰国しました。
9日間のたびをしてきました。

行き先はアメリカ。
今回はニューヨークと、フィラデルフィア。
友人2人との旅でした。

英語の出来ない私は、9日間のあいだ、言葉のシャワーを浴び続け、いつも英語の湯上がりの状態でした。
ゆたかなゆたかな時間でした。

留守の間日本では、差別解消法が参議院を通り、都議選が終わり、W杯に負けたということで。

今回は時差ぼけもなく、九日間のずれを今、パソコンと格闘しながら修正しています

少し休んだら、感想を書こうと思います。

2013年6月14日金曜日

そして

今日会議だったはずなのに、行政からは結果の連絡は来ず。
私は夕方から突然眠くなって、寝ちゃったから電話かけられませんでした。

どうなったんだろ。時間数。
え、もし今回認められなかったら、不服申し立て? 再申請? どっちだ?

こんな気持ちのまま、あさってから長期旅行。
アメリカから行政に電話するか

なんかのんき。これでいいのか??

2013年6月12日水曜日

やっぱり

行政は甘くないね。
私たちはつながれない。それがたまらなく切ない。

仕方ないけれどね。

昔やってきたことを、この年になって再経験しています
残念ながらこの20年で認識が深まったなんて間違っても言えません。

みんなこんな思いをして自立するのね。
今さらですが。

ふう

なんだか

だからみんな、簡単には引っ越さないのね。
やっとわかった聞かします(^_^;)

2013年6月9日日曜日

池袋満喫

ISPの中をあるきまわり、おいしいエスニックカレーをたらふく食べて、西公園まで歩いて帰ってきました。
豊島区の中央図書館はなんだかよさそう。通えそう。
板橋区の中央図書館はエレベーターがないので、ゆったり過ごすには現実的ではなく、どうしようかと思っていました。
確かに、設備を整えて欲しい!とパフォーマンスしないといけないところもあるけれど、普段ふらっと本を見られる場はあった方がいい!

駅ビルめぐりよりも性に合っていて、楽しい一日でした。

池袋は人が多いというイメージがありましたが、通りによっては極端に差があって、静かに歩けるところもあり、それがわかったことはとても有意義でした。
楽しかったな。また、行っちゃおう。

2013年6月4日火曜日

銀座ぶらぶら

私用を済ませて、丸ノ内線の銀座駅に降りてみました。
いつも三田線日比谷駅から歩いていたので、

えっここはどこ?(一瞬だけですよ)

でもおかげで家からも乗り換えひとつで簡単にいけることがわかり、うれしいです

いきたかったのはアップル。
思う存分、ipadミニを堪能してきました。

やはり、欲しいな、これ。
パソコンを長持ちさせるためにも。
ネットは、家に来て下さる誰かとみたいこともあるし。

でもmacは長持ちしますね、パソコン。
助かります。

帰りはいつもの通り日比谷から。
大山の商店街をゆっくりあるいて、なんか楽しい半日でした。

2013年5月30日木曜日

静かに自然に

行政との第2ラウンド終了。
というか、このまちは水が合うみたいです。

そんなに無理に根掘り葉掘り強引には聞かれなかったし、今日は穏やかに状況調査をされ、きちんと個人情報を聞く意味も説明があり、私も自然に話すことができました。
なんだか不思議な気分です。今回は私もきちんと書類をつくって努力をしたから、変な不安こそなかったのですが、行政側の人に丁寧な扱いをされると、とても不思議な気分になってしまいます。

今の時期に、引っ越すことができたこと、
手続きができたこと、
担当者の方と出会ったこと。
このタイミングがベストだったのかも知れません。

対応の遅さに最初は「えっなぜ」の連発だった私の頭の中。でも遅いと感じたからこそ、地元の自立生活センターに相談に行ったし、アドバイスをいただいたことで自分自身の書類をいろいろつくり、きちんとやることもやれたのだから、結果オーライです。

何事も他力本願にしないで、必要なサポートをいただきながらきちんと逃げないで動くこと。大事なことですね。

行政側の方々と友人になるのはとても難しいけれど(私はサービスを受ける側だから、今まではそんな気起きなかったし、相手側の方々もそんな気はさらさらないように見えていたけれど)このまちに長く住むということは、なんとなく私の中の垣根を取り払ってくれるような気もしたのでした。

昨日とはまったく違う心持ち。一日一日、生きてみないとものごとは本当にわからないものですね。

そうそう、過去の経験が役に立ったことと言えば、プライドを持たないできちんと知人に相談しようと思えたことかな。一人でできるはず、なんて奢らなかったこと。聞くは一時の恥。そして、とてもありがたいつながりだなと思いました。
この場をお借りして、アドバイスありがとうございましたm(_ _)m

2013年5月29日水曜日

やっぱり

ばか正直はなかなか治らない、と思います。
でも、何事にも逃げずに行くのがいちばん。
よくよく考えれば、最近身の回りで起きていることはそんなにたいしたことではありません。
ああ、物事を大げさに捉えないようになりたい。

やっぱり明日はドキドキ。
昨日の続きの心持ちです。

そしてこれからの生活にドキドキ、
引っ越しは新しい心持ちを持ってきました。
そして古い思い出を整理してくれました。

2013年5月28日火曜日

なんで?

なんで、20数年前の過去の状況まで、行政は調べなくてはいけないんだろう。
大切なのは今の状況なのに。

今の制度は変にきびしくて、おかしい。
私がきちんと生活してきた20年間は、一体何だったのか。意味わからない。

生育歴とか、台帳に書いてあるじゃん。赤い手帳持った年から、ある意味行政にお世話になっているのだし。

と書きながら、怒りはまったくありません。胸はむかむかするけれど。(これもまあ怒りですけれど)
こういうことができるようになったなんて、つまり感情が暴走しない私に出会えるなんて、奇跡としか思えない(^_^)

ただ、いま考えるのは、私の行動のひとつひとつが、障害者福祉の未来になるということ。

だからおかしいことはおかしいという役目があるのですね。

まだ時間があるので、冷静に考え、資料に目を通し、できることをやってみます

2013年5月27日月曜日

そして土曜は USAその1

来月の旅行の打ち合わせで、一品もちよりの顔合わせ。
越塚ハムのアメリカンドッグとお手製のジェノベーゼ、私は近所の魚屋さん「今日のおすすめ」のぶりのたたきとトマト風味の具だくさんスープ。
おいしかったし、楽しかった。

久しぶりの旅行は久方ぶりのアメリカ。東側はお初の場所です。ちょっと面白い経験が出来るものなんだけれど、その前に自由の女神と、グラウンド・ゼロにも行こうと言うことになりました。

とにかく、私は、地球の歩き方を読みますー。
でないとメインのフィラデルフィアがどこにあるかわからない(^^;)

友だちと旅行に行けるなんて、なんて幸せ者なの? ほんとに!!

2013年5月23日木曜日

くるまいす

私も、車いすユーザーのために入店を断られたことがあります。

飲食店、衣料品店、飲み屋さん、美容院(これは車いすではなくて私の障害が理由かも)、病院(入店ではなくて診察か(^^;))もうだいぶ忘れちゃったけれど。
あ、最近は不動産屋。でもこういうところは拒否はしない。ほどよく接して私が二度と来ないようになんとなく仕向けるだけです。別にみかけは差別的でもないし、問題ないと言えば問題ない範囲なんでしょうね(もちろん心に残るほど親身に対応して下さった会社もありました。すごく今でも感謝しています)

バリアフリーかそうでないかの問題ではないんですね、多くの場合。
階段が多少あっても、店内が狭くても、入らせて下さる店は多いし、どんなに店が空いていて、テーブルを少し動かせば悠々車いすが入れるスペースがある店でも、入れてくれないところは入れてくれないのでした。

たとえなかに入れなくても、きちんと欲しいものが買えるように対応してくれるところもあれば、露骨に対応するところもあって、こればかりは経営する方の考えの問題なのかなと思います。

つい最近もあったりして。ブログにも書いたけれどね。

お店に拒否をされちゃうと、なんかしゅんとしちゃって、次に入る店は大丈夫なのかな、なんて勘ぐってしまったりします。
受け入れてもらえると、「やった、いい人じゃん」とすごくうれしくなります。
拒否されたらそこには行きません。違うお店といい関係を作ればいいだけの話しだから。

若いときは、「こんな店、お客なんか来なくなればいいのに」なんてウラミのコトバを念じたりもしましたが(笑)今はそういうことはいたしません(たぶん)
その店が必要な方はいらっしゃるみたいだし、きっと私とそりが合わなかっただけなのね、ふふん、ぐらいかな。
それか、その店の責任ある方にお手紙を書いて、真意を確かめております。

やっぱり、尊厳を奪われた時って、理屈ではないの。
ほんとにどうしていいかわからないくらい、混乱するの。
だから、その場にいなかった人たちが、自分の正義を振りかざして、ひどい扱いを受けてしゅんとしている人に何か言えることではないし。。
共感したら、なにかできることをするのが大切なのかも知れません。

大切な人がそういう目にあったなら、なおさらのこと。

たぶん自分がそう扱いを受けたときに、きっと何とも言えないこの思いってわかると思うのです。きっとなんにも言えなくなるか、感情的に何かやっちゃうか。

それともさとるか。

私は無理っ。

障害だけが不条理の対象ではないし。多くの人が、いろんな場所で、いろんな思いをしながら生きているんですよね。
でも私はたまたま車いすユーザーなので、一連の騒ぎのことを関連づけて書きたくなってしまいました。

自分だけあきらかに人とは違う扱いされたときに、とっさに相手の立場に立って考えるのって、とっても難しい。難易度高いです。
うまくできるようになりたいけれど、私にはまだうまくできないです。
そういうときって、突然降ってわいたように来るから、よけい準備が出来ません。

みなさん、できるのかしら。
というか、そんな風にあからさまに拒絶されたこと、どれぐらいの方が経験をお持ちなのかしら。
やっぱり、私の大切な人が目の前でそのような目にあったら、かなしい。

「車いすのあなたが立場をわきまえるべき」こんなふうに多くの人が思ったなんて、私が言われているみたいだったな。
悲しかった。。

でも私も、そういう経験をしたときは、その時はものすごく怒るけれど、感情的に世間に訴えるよりも、理性的に動こうと努力はしています。すべての人が共感してくれるわけではないと知っているから。

実際自分がそういうことになったときは、事情を理解してくれる人にまず話すもの。

ちょっとまとまらず。すみません。
論が立つようになりたいものです。
私に今できることは、勉強かな。

2013年5月20日月曜日

えっ その後

今朝母に、比較的丁寧にメールを書きました。

やはり突然の留守時のアポなし滞在は、腑に落ちないので。

書いてよかったと思いました。やはり言いたいことは言うべきだなあと。
親子の縁を持ったのだから。

今まで、自分が障害を持っていることで、どこか家族に引け目がありました。
理解されないのは仕方ない。蚊帳の外なのは仕方ない。と。
そこには家族に対してのあきらめがありました。
しょうがいしゃで生まれたのだから、家族に理解が得られなくて当然。のような。

末の妹がそこのところを少しずつ癒やしてくれて、そうではないような気がしてきたのは最近。
もちろん私もヒーリングの技術はここ数年家族のために使わせていただいていましたが。

諦めていると、何を言われても、そういうもんだよな、ぐらいにしか思わないものです。
それが、今回のアポなしの一件をきっかけに、小さい頃からの憤りがふきだしてとまらなくなったのです。

ある意味、これは諦めなくなった証拠でした。
今まで怒りなんて感じていなかったのに。
施設での小学生生活で、話したかったこと、聞いてもらいたかったこと、必要なときにその手立てがなかったことを、今まで「親のせいではない」とずっと思おうとしてきたけれど、
そうではなかったとようやく怒りを感じることができました。
私が話す努力をしていたら、おとなは、なにかできたはず。
できなかったら、できなくてごめんねと謝れたはず。
子どもだった私が背負える問題ではなかった。

その時のことは、言うつもりはありません。もう過ぎたことだから。
大切なのはこれからのこと。

今回のことは、親子の関係を深めるためにも、きちんと気持ちを伝えた方がいいと考えました。
真意が通じなかったとしても、向きあってみる。
それが娘の私の役目。

これからはそうやって、役目は果たしていこうと思います。
親子でいる時間を大切にしたいから。

等身大で、私ができることをやればそれでいいのです。

2013年5月19日日曜日

えっ

私がいない間に我が家にふぼが来たらしく、
出先から帰ると台所に生きのいい小松菜が残されておりました。

私の最近のメールの返信が、気になったとのこと(変なことは書いていませんが)
母親の勘、みたいなもののようでした。

よくよく冷静に考えれば、支援計画作成でこの半月ばかり落ちていましたので、その部分が伝わってしまったのかも知れません。

なんだかありがたいけれど居心地悪い。
こんなことはこの20年なかったし。
カギを渡したのは間違いだったのか…。

私がまだ受け入れられないのか。

しかし高齢の二人が実家から何度も来るのは大変なこと。
ありがたいけれどやはりメールの書き方は気をつけようと思います。

というわけでいろんな感情のせいりをして、寝ます。
あしたのわたしはあたらしいわたしby石津先生

2013年5月18日土曜日

おわったどー

難問だった区役所に出す書類が書き終わり、ポストに投函いたしました。
ほんとに書くのがいやだったけれど(なんでこんなにいやなのか。でも日ごろの鍛錬の生花か(?)怒りはわいてこなかったけれどね…)、協力して下さった方々のおかげでめげないで仕上げられました。
こんな書類書かなくても福祉サービスが受けられる社会にそだって欲しい。支援計画など、人の人生に向ける言葉ではありません。

…やはり少し怒っているかな。気持ちのいい書類ではなかったのは確かです。
でも誰かに書かれるよりは自分で書いたほうがまだ気分の置き所があります。セルフマネジメントできる方は、自分でやったほうが気持ちいいと思います。

でも、こんな気持ちが味わえるのも、福祉制度を使う立場にあるからで、この立場に立たなかったら、わからなかったことなんだよね。
日本中の重度障害を持つ人たちが、支援計画を立てさせられる立場でいるということ、20代、30代、40代になっても短期目標とか長期目標とか公にさらさなくてはいけないこと、この受け入れられない思いを感じているのかも知れません。

人はそれぞれだから、こういうの好きな方もいらっしゃるのかな。

私は普通に暮らしたい。普通に考え、生活したい。ただそれだけ。

この書類を書いていた半月のもやもやした嫌な感情、忘れない。(もやもやは捨てますけれどね)

2013年5月12日日曜日

祝 15周年

埼玉で自立生活していたときからお世話になっていた自然堂さんが15周年をお迎えしたそうです。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~jinendo/
駒込に越した頃から遠くなってしまって、今はなかなかお伺いできなくなりましたが、埼玉・昭島時代、体を酷使していた私を、訪問して下さるかたちで施術して下さいました。

自然堂さんの時間は、私にとって心はカウンセリングの時間であり、体の声を聞く時間でもありました。障害について、健康保持について、いつも一緒に寄り添いながら考えて下さいました。
おめでとうございます。
たくさんたくさん、お世話になりました。ありがとうございますm(_ _)m

そしてこれからもお世話になります
よろしくお願いいたします。
多方面からの体の声を聞きたくなったら、相談に乗って下さいね。
感謝を込めて。


2013年5月11日土曜日

雨の中

アーケード付きの商店街に。
お気に入りのコロッケを見つけました。値段も一個60円で安い。
ハムカツも私の好きな味。

葉物をたくさん買って帰りました。

それにしても相変わらず酒屋さんは見つかりません。

お酒はある意味どこでも買えますが……。みりんはね…。

2013年5月10日金曜日

みりんが買えない

スーパー二軒見ましたが、みりんがありませんでした。
あるのはみりん風調味料。
あとは、みりんの風味と酒のうまみを会わせた、調味料。

みりんはどこに売っているのでしょう。
そうだ、まだ酒屋さんもカク○○しか見つけられていない。
私としたことが。

お酒を求めているのではないんです。
みりんをおいている酒屋さんもあるかなと思って。

みりんはなぜにないんだろ

見つけ方が悪いのかなあ。

2013年5月9日木曜日

書く

最近、オラクルカードで トトのカードを引きます。
書いてある言葉は「書く」

あー、あー 書きます。

何を書くって、私自身のサービス等基本計画でございます。

他のものならば、手もうごくんだけれども(そうでもないか)

あー、書きます。今週中に、めどを立てます。はい。きっと。

2013年5月8日水曜日

なぜ゛

なぜにこんなにわたしは、ぷらいばしーというか、自分のことを公にさらすのがいやなのでしょう
ていうか、みんないやなのか?

いやなのにやっているということは、やらざるを得ないということで割り切っているということでしょうか。
うーん、

四の五の言わずに、書類を書いてしまいたい(四の五の四の五の四の五の)

2013年5月7日火曜日

レポートを書きながら

昨日耳で聞いていた映画

http://ja.wikipedia.org/wiki/歩いても_歩いても

何とも言えない人の心の動きが、かなしく、せつなく、ああ、そうだよなあ、と感じられる映画でした。

ながらで聞いていただけだったけれども、日を改めてまた見てみようと思います。

2013年5月6日月曜日

昨日の映画

友人宅でみた、ショコラ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ショコラ_(映画)

人が人を排除していく悲しさと、心に悲しみを抱えた切なさ、人を想う豊かさ、心の広さを感じた映画でした。
ジョニーデップはかっこよかったんだなあ。(今さら(^^;))

連休らしくすごす

埼玉の友人宅にお泊まりでごちそうになってきました。
おいしくて、楽しくて、いい時間をいただきました。

この年になって初めてブランデーを飲ませてもらいました。
私には強すぎて一口しか飲めませんでしたが。
あとウインナコーヒーの飲み方も手ほどきを受けました。ストローを使わないでコーヒーを飲んだのは久方ぶり。
二十数年ぶりに再会した奥様ともまるでいつもお会いしているかのように接していただいて、心の栄養をもらってきました。

私のサプライズ企画はまたもお釈迦(泣)。今はご縁がないのかも知れません。


送り迎えまでしていただいて、旅行の心持ち。
こんなふうに自然に人をもてなす術を、私もいつか養いたいものです。
…んー、私が身につけるには、まだ時間がかかるかな。

ありがとうね。近々また飲み会ですけれど、またすぐ逢えますけれども。

2013年5月3日金曜日

近道発見

大山ハッピーロードまで、自宅からえらく近いことを発見しました。
すごく楽しい。
やっぱり商店街は大好きです。

おいしいお店を発見したら、食べログも更新しようと思います。
とりあえず今日はおいしい惣菜屋さんのコロッケと、紫芋の大判焼きをゲット。

町歩きを楽しみます。

2013年4月28日日曜日

今回のお引っ越しでまなんだこと

○多くの不動産屋さんとお付き合いしたことで、対応の違いがわかった。
○たとえ対応が悪くても、相応に付き合い、穏便に別れるやり方を学んだ。
○とても対応よく適当に付き合われる体験をすることができた。
○ポジティブに考えていくこととはどういうことなのか、行動で見せてくれた人がいた。
○待つことの大切さ、忍耐力の大切さを学んだ。
○あきらめないで行動する強さはいつも必要なんだと考えた。
○住み慣れたまちとのお別れする寂しさを体験。
○引き留めてくれる方々の優しさに触れた。
○先入観を持たない大切さ。
○気にかけてくれた人たちの心に触れた。
○行動した後の何とも言えない開放感を味わうことができた。
○両親に助けを求めることができた。
○なんだかわからないけれど気分が変わった。
○自分以外のことに必要条件をしぼり、理想どおりの家とめぐり逢えた。目的を変えないで最後まで通すことの大切さを知った。

2013年4月26日金曜日

手紙といえば

最近、換気扇がひょんな拍子に落ちてきました。
うまく固定されてなかったみたい。

不動産屋さんに電話してみたけれど、言葉がうまく通じなくて、主旨を理解していただくまで行かなかったのでした。

もちろん、介助の方に電話していただくと言うことも選択肢としてはかんがえられたのですが、悩んだ結果、ファックスで丁寧に手紙を書くことにいたしました。
私にとってはそのほうが、責任のとれるやり方かなと感じたので。

おかげさまで迅速に換気扇は点検していただきました。

お礼は電話で言いたかったけれど、ファックスにしました。

相手にきちんと伝わったのがとてもうれしかったし、自分が望むことを行うのではなく、相手に必要なことを考えて行うということがなんとなく少しわかってきたような気がしました。

何よりも換気扇が安心して使えるようになったので、幸せでございまする。

手紙のやりとり

4月初め、やんわりと入店拒否の話を書きましたが、後日談です。
今日、その会社の取締役の方からお手紙が届きました。

高齢の方の入店トラブルは、半端ではないようでした。
そうですね、なかなかスムーズに入店拒否を全面撤回ということには行かないみたい。

一昔前までは電動車いすは障害を持つ私たちしか乗っていなくて、良くても悪くても入店トラブル等は話題にもならなかったりしたような気がするけれど、今は簡易電動も含めればいろんな人が電動を使うようになったから、単に店側の問題だけではないものがあるようになった、ということかしら。
入店拒否トラブル=障がい者差別というイメージで私も見てしまうし、自分がされると悲しくなってしまうのだけれど、店側としたらトラブル=お客さん同士のトラブル、結果お客さん同士の賠償問題にも広がってしまったりするみたいです。だからなおさらかたくなに敏感になってしまったというところでしょうか。

いろんな人が使うようになると、使い方も千差万別で、起こることも幅が出てくるのかな。
でもひとつひとつの行動で社会通念を変なふうにつくってしまうのは悲しいです。

私も、日々の行動が人になんらかの影響を与えているという事実をわすれないようして生きていきたいな。

再度返事を書くかどうかは思案中。

それにしても電動車いすのこの手の話題は、なんてタイムリーなんざんしょ。

2013年4月24日水曜日

日に三度の外食

朝は 朝マック
昼は コンビニおにぎり
夜は インドカレー とナン

食べ物から学生気分。
明日はきちんと食べまっく。

2013年4月23日火曜日

余談ですが

私の家近の商店街に、歌舞伎揚げのこわれせんを発見しました。
か、買いたかった〜。
リセイ、リセイ。

2013年4月19日金曜日

ほんとうは

たいしたことはないことなのかも知れません。

でもね 自分の生活にかかることだとやっぱりどきどきいたします。

新しいことをやるときは、みんなこうやって居たたまれない気持ちを抱きながら、日々暮らしていくんですよね。

障害がある生活も、ない生活も。
子どものいる生活も、いない生活も。
旦那サマがいる生活も、シングル生活も。

一個一個のドキドキが、私を強くするであろうことだけを今は信じて。
できることをやりましょう。


ほんとに、肝っ玉のちっちゃな私。ははは。

2013年4月5日金曜日

久方ぶりに

入店拒否というか、なんというか、
やんわりとやんわりと、言われまして

何も買わずに帰らせていただきました。

確かに、電動車いすは人にあてるとケガをさせるし、高齢の方が多い店だから、理解できないわけではないけれど、
車いすはオーケーだけれど、電動車いすは有無を言わさずNGというのは、納得いかなかったな…。
でも、じゃあ「電動車いすでは入っていけないんですね」とかくにんすると、
「そうではないんです」とおっしゃるので、わけがわからなくなりました。
「店内の広いところに案内させていただいて、ものを見ていただくのです」

うーん、なら、ここまで議論しなくても、そうしていただければよかったのに…。
駄目ならだめで通せばいいのに(角が立つけれどね…)
なので購買力が失せてしまったのでした。

以前入ったときは、とても親切に応対していただいていたので、とても残念でした。

うーん、別に行かなくてもいいし、どうしよーかなー

しかしわかりづらいな
言い方が。
車いすが通れるスペースがあるのに、電動車いすだとひとにぶつかってけがする場合があるから入れないことになっている。できれば理解して欲しいが、でも入れないわけではない。拒否はしてなくて、店員ががひろいところに案内して商品をお持ちします。と言うことだろうか。
うーん
どうしようかー

私も、最初の店員さんに言われたときに、軽く流してでちゃえばよかったかな…。

しかし、このタイミングでなぜこんなことが起きたんだろう。
私は何に気がつけばいいんだろうな。

2013年4月4日木曜日

取り戻す

やはり、たとえその人にとって痛いことでも、伝えた方がいいことがある。
そんなことを考えるような出来事がありました。

たぶん、これからも、私のようなキャラだからこそできることがあり、私はそれをやる必要があるのでしょう。

また昨日の出来事のおかげで、私は昔からの強い気持ちを取り戻しました。

いままで、少しおかしかったのかも知れません。ちょっと心が委縮していました。

昔私は、「障害を持っているということを生かせる仕事を持ちたい」と思っていました。だから過去の実績を持っているのですが。
やってみて「向いていない」と言うことがわかりました。
自分の生活と自分の仕事は、切り離したほうが私はうまくいくみたいです。
たぶん、私は基本を持たずに高見にあがってしまったのだと思います。
人間関係の築き方とか、物事のとらえ方とか。そういう面での基本です。

今、基本を身につける努力をしているわけだけれど、たぶんその地味だけど大事な一日一日を過ごしていたからこそ、気になる人に痛いことをいったり、強い気持ちを取り戻したりできたのかも知れません。

基本は本当に大事。
ひとつひとつ進んでいく、ただそれだけのことだけれど。

今は何も見えなくても。
いつかきっと。
いつか自分でも、やるべき役割を自覚できる日が来ますように。
物事すべてに感謝して、その気もちを返していけますように

歌舞伎あげあげ

友人がすすめてくれたので、思い切って大好きなおせんべいを食べました。

かぶきあげー!!

大袋はさすがに買えなくて、コンビニのミニでしたが…。

おいしかったなー。

ベストを尽くしまーす。はいーー。

2013年4月3日水曜日

なんだか元気が出てきて

引っ越し先の自立生活センターに。
介助のお世話になる予定はないのですが、いろんな状況を伺いたくて、お時間を頂きました。
なんだか元気になりました。
やはりやらなくてはいけないことはやらなくてはね。
がんばろ、私。

2013年4月1日月曜日

歯医者さん

4ヶ月に一度、歯を診てもらいます。
たいてい、だめになったマウスピースも作ってもらうことになるのですが。

私は口の緊張が強いらしく、若いときから歯ぎしりしていたみたい(妹談)。
今はすべての歯が平らにすり減ってしまいました。

数年前にあごの痛みが出たことをきっかけにはめるようになったマウスピース。
一年保つことはありません。
おまけに昨年は歯が縦に割れるというハプニングがあり、歯がなくなっていくのは時間の問題となっています。

だから、14年のお付き合いをしている歯医者さんに見てもらうのは大切な時間。できるだけ歯を温存しようとしてくれるからです。

障害を持つ人たちになれている先生は、治療中も私ができるだけ楽に過ごせるよう工夫をして下さっています。

たとえば、私にとっていちばん大きいことが、
  無理やり口を開けたままにしておくことを強要しない。
 ※脳性まひの障害を持つ人たちのなかには、ひとつの動作をし続けると緊張が強くなり呼吸困難になる人もいます(私だよーー(^^))たとえば口を開け続けることとか。
治療の合間に「口閉じていいよ」と言われるだけで気持ちが楽になります。

今日は、検診でいったつもりが、マウスピースの型取りがメインに。
この作業、私は苦手です。
めいいっぱい緊張して型を取ってもらいほっとしていたら、看護師さんの意味深な笑い。
「ど、どうしたんですか」
「あの、悪いニュースが…」
え、型の大きさが違ったのー。大きな型取りの器具を2回も口に入れる羽目に。
「うごかないでいることがいちばん苦手な障害なのに…」とは看護師さん。
「主治医の不手際で申し訳ない」…と先生。

不思議と2回目のほうがリラックスできていたりして。

歯医者さんにめぐまれているということも、幸せの要因だと思います。



2013年3月31日日曜日

大江戸線の自由な感じ

最近、地下鉄大江戸線のホームが整って、車いすユーザーでも普通に乗れるようになりました。
普通に、というのは、改札で行き先を告げなくても、駅員さんのもとで昇降介助を受けなくても、すっと乗ってすっと降りられるということです。

車いす、とくに電動車いすユーザーの多くは、どこの駅でもホームでの昇降介助が必要です。たいていはホームと車体の間があいていたり、段差があったりするので、すっと乗れないのです。
そのために行き先がどこか駅員さんにかならず告げて、連絡を取ってもらうというプロセスが必要です。
そのためどうしても特別に対応していただくことになります。一般的な乗客にはなれません。途中下車も行き先変更も気分で変えてはいけないのです。(変えると目的駅に連絡がいっているため、駅員さんに迷惑がかかります)

大江戸線はそのプロセスを踏まなくても乗ることができるようになったのでした。

特別対応になれている私は、自分でどの電車に乗るとか決めたり、方向についても間違えないように気をつけるとなど、たぶん誰でもあたりまえにやっていることに戸惑ってしまうのでした。

でも今夜はいつもできないことができたのでした、

反対方向に帰る友人を見送ってから、逆側に来た電車に乗って帰るということ。
いつもだったらつきそう駅員さんの許可を取ったり、連絡がついた電車が着くまでの待ち時間にしかできなかった偶然の産物だったのに。

普通のことが普通にできるって、とっても楽しいことでした。

自由とは責任をとるということ。でも楽しいこと。

2013年3月28日木曜日

電話で大家さんと話す

今の大家さんと、今日は電話でおはなし。
引っ越しの日と、完全な退去の日を打ち合わせました。
私が引っ越しした後、玄関を直さなければなりません。
直ぐにはカギを返却できないのです。

前もってご挨拶の手紙を書かせていただいたのですが、そのとき私が昔書いた本も同封させていただきました。

「本、読んだよ。すばらしいね。がんばって下さい。」

暖かさを改めて感じたひとときでした。

さあ、今日は早く寝て(遊ばないで!!) 体力回復させよう。

アザレア通り

駒込駅に降りたときに最初に通ったのがアザレア通りでした。
そのころ知り合いだった人から紹介された不動産屋に行くために。
速攻断られましたが。

でも結局最初の4年間は、アザレア通りをぬけた文京区はずれに住むことに。
縁は異なものです。

引っ越したらなかなか来られなくなるので、ゆっくり歩いてきました。
ここに住むときは、一人ではなかったし、若さ独特の力強い希望がありました。
お店もだいぶ変わりました。変わらないところもあるけれど。

和菓子屋中里の前で追っかけもどきも経験したし。(ある女優さんにサインをいただきました。)
金地病院は、かかりつけになってもらいたかったところです。(叶わなかったけれど。)

ときたま臨時でたつミスドもうれしかったな。
駒込駅東口にまっすぐ行けたのもうれしかったです。
当時は駅にはエレベーターがなく、チェアメイトを使っていました。
友人たちに「なぜ東京に来てまで設備のないところに住むの?」と突っ込まれたことを想い出します。

想い出すことは、楽しいことばかり。

さようなら アザレア通り。
また行くかも知れないけれどね。

2013年3月27日水曜日

ああー

せんべい食べたい。
買うと食べてしまうので、買いません。

2013年3月26日火曜日

石神井川の風景

石神井川の両側は桜が見頃。本当に見事です。
今度引っ越す家から近いため、今日は半日うろうろとしてみました。

川縁は車一台ぎりぎり通れるほどの広さ。
区の小さな提灯が桜並木にかかっています。

こんな見事な満開だから、観にいらしている方も多く。私もその一人。

川縁で桜を堪能していると、自転車を押して近づいてくる女性。
私より年上の方。

私の車いすをよけながら、桜に近づくと、
いきなり枝を折ったのでした。

たぶん、私のけげんそうな顔をみたためなのか
「見に来られない病人がいて …」
そうなんですか。
「去年は見に来れたんだけれど…。一輪ざしにしてあげようと思って …」
…こんな時とっさに気の利いた言葉が出たらよかったけれど。
きっと桜を折っちゃいけないことぐらい、この女性は知っていますよね。

そこへ、大きな車が一台。こんな狭い道に進入してきて。
私もよけて、桜の枝を持った女性も自転車を寄せて。
「すみません」
車の運転手の言葉に、私は頭をぺこり。

「本当はこの道、車は通っちゃいけないのよ」
そう後でつぶやいたのは、桜の枝の女性。
そして 私に
「(車に)気をつけるのよ」
と言って去っていきました。

私は桜に
「さくらは気をつけられないわね…」

そう、病人に持っていきたい人が大勢だったら、桜は傷だらけになってしまう。
車の人だって、通りにくいことはじゅうじゅうご存じなんだろうね(違反ではないと思うけれど)

おまけですが、そんなことがあってぼうっと過ぎたことを考えていたわたしの前に自転車に乗ったおじいさまがつつううっといらして

いきなり何かを川に捨てました!!
ビニールみたいなものを!!

もうシンジラレナイ。
言ってくれたら私が持ち帰ったのに。

これは言い訳できないでしょ、さすがに

なんだか、ちょっと疲れました。

ようするに、私は今日はえらく暇だった、というお話でした。

2013年3月25日月曜日

ポテトパイを焼きながら

数日前になってしまいましたが。

言葉について考える機会がありました。

私も余り考えもしないでじぶんの言いたいことを人にぶつけてしまいがちな人間で。
ちゃんと物事は考えて、その時どんなことが必要で何が言わなくていいことなのか、わかるようになりたいのですが、なかなかなれず。
はずかしいおもいをするぐらいならばいいけれど、人に嫌な思いをさせたかも知れないと思うこともしばしば。
気の利かせ方はほんとにへたっぴなのです。

ただこの日、ある会話をきっかけに思ったことは、
「心を萎縮させてはいけない」ということでした。

ひとの言葉に思いのほかダメージを受けたとしても、自分から自分の心を小さくしてはいけないんだなって。
被害者になってはいけない。
加害者をつくってしまうから。

こころをのびやかにたもつってとても難しいことだけれど、萎縮させて何も言わなくなるより、チャレンジ性があって楽しいかも知れません。

相手のことを大切に思って、言葉を控えるのは必要なことかも知れません。

自分が何も言わなくなったのは、何が理由なのか、
相手に対する愛情なのか
こころがちいさくなってしまったからなのか、
それとも 別に理由はないのか、ただのきまぐれ、またはそんなに深く考える必要のないことなのか。
私は答えを出してみようと思ったのでした。

そして、自分の心を萎縮させないようにしようと思ったのです。
何年か前の自分のように、小さい心のままぷんぷんと怒るのはできる限りやめようと。

ポテトパイの焼き色を確かめながら、そんなことを思ったのでした。

2013年3月23日土曜日

パイを作りました。

なんのパイにしたかは後日。
パイの具に、冷蔵庫にメイプルシロップがあったので、試しに少し混ぜて試食。
混ぜたほうがまあまあおいしいことがわかり、
「よおし、では全部混ぜちゃう」

いきおいよくふりかけててもらおうと思ったら
しょぼしょぼしょぼ

何滴かしか出ませんでした(汗汗汗)

介助の方と大笑い。

もっとたくさん入っているかと思いました。

ちょっと素朴すぎるパイかも。

明日晴れて欲しいな。

2013年3月21日木曜日

ひょんなことから

友人に誘われてアテネフランセで映画を見ることに。
http://www.athenee.net/culturalcenter/program/gi/gish.html

楽しい時間を過ごしました。
引っ越しモードから離れられたのもよかったです。

無声映画はピアノの生演奏がとてもすてきです。

映画名「スージーの真心」

ホームページを見たら、今日の昼間の映画は「東への道」。
こちらのほうは、アメリカの劇場で観た思い出深い映画でした。
その時はパイプオルガンの生演奏でした。

リリアンギッシュ主演だったのですね。
あの時から20年余り。不思議な感じがしました。

2013年3月20日水曜日

石神井川を歩く

転居先の近くには石神井川が流れています。
川沿いにはソメイヨシノ。

今年は開花が早かったせいか、6分、7分まで咲いている木もありました。
お花見の気分を味わいながら、帰ってきました。

大きな決断をしたあとは、「これでよかったんだろうか」という思いに襲われます。
今回、引っ越さないで今の家に住み続けても、とても安全でとても幸せな時間を過ごすことができました。

この決断は、安定した生活を少し壊し、新しい風を引き入れることになりました。

不満があったわけではなかった生活。変化することへの不安。
いつか、心から「これでよかった」と思える日を迎えたいと思います。

今はじみちに、こなしていこうと思います。

2013年3月19日火曜日

ヒーリングルームのこと

私は遠隔ヒーリング専門のヒーリングルームをさせていただいています。
今回、一部変更いたしましたのでお知らせいたします。※なお料金に変更はありません。
https://sites.google.com/site/miwanolittleelephant/hiringunitsuite-no-chuui-jikou--hiringuha-iryou-koui-de-ha-ari-mase-n--iryou-ga-hitsuyou-na-hou-ha-o-isha-sama-ni-go-soudan-kudasai

私自身の研修も兼ねていたため、「初回無料」というかたちを取らせていただいておりましたが、3年を経過し、研修期間は卒業させていただこうと考えました。

まだまだ経験不足のひよっこですが、ご縁のある方には心つくして施術させていただきます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。


ホームページの

リンク部分を修正しました。
リンク許可をして下さっている方々の、正式なホームページ名を書かせていただきました。
今まで私の独自性(?!)に付き合っていただき、ありがとうございましたm(_ _)m

http://littleelephant.cute.coocan.jp/index/otonarisan.html

紹介文はまだ書けていません。(私の力量不足でございます。(^^;))
これからも懲りずによろしくお付き合い下さいませ。

2013年3月13日水曜日

わすれないこと

今日はあさからいろいろと考えたことがあり、ちょっと心が落ちつきました。

浅はかな私はいろいろと今までできなかったことがたくさんあって、今日あることをきっかけにそのことについての悔やみが怒濤のようにやってきたのだけれど、

人の人生が一度だけではなく、幾度となく生まれ変わって今があると仮定するとしたなら、
私もまた、もしかしたら何百回もの生まれ変わりのなかでそのたびに勇気がなくて毎回つまずき乗り越えられず、負け惜しみのように人のせいにして生きてきた時期が幾度となくあったのかも知れない。
そのひとたびひとたび、私のそばにいてくれた人がいて、
何度となく悲しませていたのかも知れない。
「なぜ気付かないの」
「なぜそこで動かないの」
「なぜそこで誰かのせいにしちゃうの」
そんな思いを周りの人に抱かせながら、自分はなんでも分かっていてできているように思って生きていたのかも知れない。

知る、ということは「知らない」ということが分かること。

今私は、もしかしたら迷惑をかけていた人たちへ、少しずつ恩を返す時期に入っている。

誰が良い子とか、悪い子とか、私がもし誰かを振り分けていたのだとしたら、それは本当に傲慢なこと。
私は行いを改めなければ。

私は恩を返す時期に入った。ただそれだけのこと。

周りが見えず、自分が見えていない時期は、それはそれでとても苦しい。
私には私の悩みがあるように、それぞれの地点でそれぞれの心は悩む。

ここまで歩くことができたのは、たくさんの人が私にさまざまなことを教えてくれたから。
私に考えるきっかけや材料を提供してくれたから。

忘れないようにします。浅はかさを少しでも卒業できるように。

2013年3月12日火曜日

うち飲みだったので

カレイの煮付けと日本酒「悠々」を用意しました。
私は友だちのワインをいただいて、今いい気分です。
体がかゆくなる前に、もうねます。
ドトールのケーキもおいしかったなあ。

2013年3月11日月曜日

らしく生きていく

何かができるとかできないとかではなくて、私が私の存在を認め、私自身が本当にやりたいと思っていることを行動させてあげること。私はそんな意味で私自身の命に責任がある。

できないことを具体的に見せられても、人と比較して能力がないことにうちのめされたとしても、比較自体がナンセンスだということを思い出す冷静さを保つこと。

命はそれぞれ。生き方はそれぞれ。

感情で動かず、感じている心を大切にして思考を働かせること。

私は私を卑下せず、甘やかさず、特別視せず、攻撃せず、いちばんの本当の味方でいよう。
そして心に栄養を蓄え、余裕を持ってまわりの空気を感じられるようになろう。

いつか人のことも自分のように心から愛し、慈しめるように。

むずかしいけれど、いつかきっとたどり着こう。

2013年3月8日金曜日

有楽町スバル座で

ある方のブログで知って、映画を観てきました。
http://www.reunion-movie.jp/

この映画を観る前と、見たあとと、わたしの心はかわったのか、よく分かりません。
でも観に行ってよかったと思いました。

私はどうしても、いつも自分の問題ばかり集中してしまう毎日を送っているけれど、私として、どうしようもないことが起こったときに、回りの人を大切に生きるとはどうやればいいのか、考えながら観ていました。

映画館で、声を殺して泣くのは本当に難しい…。

スバル座はレトロないい映画館でした。

2013年3月6日水曜日

自販機の飲み物

昨日、久しぶりに通りがかりの方に頼んで、自販機から飲み物を買いました。
その場所であえて買わなくても、自宅に帰れば何かしら飲めたでしょうし、カフェに入れば苦労なく好きなものを口にすることができたでしょう。

誰かに飲み物を買うことを手伝ってもらっても、次の動作も誰かに頼むことが必要でした。

今回私が買ったのは、小さな瓶の微炭酸。

「ふたをひねっておいていただけますか」

自販機の操作を手伝って下さった女性は、ふたつめの私の依頼も快く引き受けてくれました。
「いったんあけて、軽く閉めておきますね」

軽く締めておいてもらったので中身こそでなかったものの、この瓶の飲み物は右手で持つにはすべりやすく、両手でもなかなか安定してもつことができませんでした。
 もものあいだに瓶をはさめばきき手が空くので、バッグのストローは取ることができそうでした。
 でもふたを片手で開けてストローを差し、口のそばまで瓶を持ち上げることはできそうもありませんでした。
 普段介助の方がそばにいて下さることで難なく解決している、小さなことでしたが、ちょっと考えることが必要になりました。

 そのときふと20数年前の友人Sさんの姿を想い出しました。
「たまに、自販機で自分でジュースを買いたくなるんだよ」
 思い出のなかの彼は、変わらず笑みを浮かべていました。
「自分でジュースが買えるかどうか、試してみたくなるんだ。買えることを確かめられるとうれしいよ」
 彼の手の中に、250ccの炭酸飲料が確実におさまっていたことをいまでも覚えています。
 筋肉の障害を持つ彼にとって、その動作はとても気を遣わなければ出来ないものだったのです。

 私がそんなことをうっすら考えながら、きき手で瓶を握り、マヒの強い右手でふたを開けようと苦心していると、

「ふた、あけましょうか」

 Sさん、多くの方に助けられて、私は思いのままに生き続けています。
 このときも、私は無事に、飲みたかったものを飲み干しました。

2013年3月5日火曜日

スペールフルッタ

ジェラードが突然食べたくなって、茗荷谷近くのジェラード屋さんに。
開店時間の少し前に行ったので、ちょっとご迷惑をかけちゃいました。
でもジェラードは相変わらずおいしかったな。

今回食べたのはココアとバニラ。

おなかいっぱいになりました。

マロンのパイもゲット。
晩ご飯のあとにいただきました。あまり甘くなくてぺろりと食べてしまいました。

やわらかなアイスは一人では食べられません。物理的には食べられるけれど、口の回りも服もモンスターになるでしょう。
なので、ジェラードを一緒に楽しんで下さるひとに恵まれていることに感謝です。

ちょっと昨日から食べ過ぎ?

昨日のことは忘れました。

もちろんそのあとは大学でまじめに時間を過ごしたんです。はい。

2013年3月4日月曜日

ハプニング

ある駅で、ちょうどエレベーターの点検時間にあたってしまいました。
エレベーターは月一度の点検が必要のようで、駅ではたいていエレベーターの扉のわきに「今月は○月○日何時〜何時」と点検時間が提示してあります。

今日はたまたまその時間に目的駅があたってしまいました。
(駅のエレベーターの点検時間など、覚えられないので、しかたありません )

たまたま私がついたときは作業員の方も出かけていて(たぶんお昼かな)
遠回りして(他の駅にもう一度行って)くれないかとの提案が。

私は、うらわざの提案を。エスカレーターにそのまま乗ること。
車体を斜めにして、乗ってしまうことで。

結果、私は5分ほどの遅刻をしただけで、予定通り用事を済ますことができたのでした。

本当にありがとうございましたm(_ _)m
昔はエレベーターなんてなかったから、うらわざがあたりまえだったですよね。
今の方々は、やったこともないのですって。時代は変わったんですね。

久しぶりに

デニりました。
体の緊張もそんなになかったので、何年かぶりにぶらりと。

ごろごろ野菜のデミ煮込みハンバーグ
和洋折衷de苺ロール

本当はパスタとか食べたかったんだけど、食べやすさを優先。
お店の方が気を利かせて下さって、食べやすい大きさに切ったかたちでテーブルに運ばれてきました。
おいしかったな。

いろいろ店の方に声をかけてもらって、居心地よかったですね。
苺ロールは少し甘かったかも。

たまにはいいかも。

30代頃まではこんなふうによくぶらりと行っていたんだけど、体の緊張が強くなってからは、ほとんどというかまったく一人では行かなくなったのでした。

誰かと行くのも楽しいし、「スプーンで口に運べるか』なんてドキドキしながら考えなくていいから、とってもいい時間なんだけどね。

ギンレイホール

本日観た映画

それでも、愛してる (アメリカ)
あの日、あの時、愛の記憶(ドイツ)
http://www.ginreihall.com/schedule/schedule_130302.html

前半の映画は鬱になった主人公と家族の物語。独特の乗り越え方で家族の絆を取り戻していく。
後半のドイツ映画は大戦中の収容所〜の事実に基づいた物語。

今回はどちらもわたしにとっては今ひとつでした。

どちらも家族の愛とか、愛することがテーマだったのだけれど。

前半のアメリカ映画は、話についていくのがやっとだったみたい。
確かに言いたいことはわかるんだけれど。

後半のドイツ映画は、ときどき観られなかった(暴力シーンがあったわけではありません。)
うーん。
「ひとつの誤解が、わたしの人生を豊かに変えた」
この意味合いがなんとなく分かるような気がしました。
それにしても
ははという人は、どんなお嫁さんでも気に入らないんだなあ(意味わからなくて失礼)

2013年3月3日日曜日

ひなまつり

バスで移動中、群林堂さんが混んでいることを発見。
今日は日曜日なのに。

あ、でもひなまつり。

私は、大福は食べられないので、どちらにしても残念でした。

2013年2月6日水曜日

お茶の水で

詩画展を観てきました。
http://ochanomizu.cc/dis_event.php?gkey=1346737481

この方の詩画は昔から親しみがありました。
久方ぶりの再会のようなひとときでした。

迷った末に、表紙絵のある新約聖書を購入しました。

通りかかってみつけたところで、詩を思う存分堪能しました。

見終わったあとでエレベータに乗る前にもう一度振り返ったら、
「中学生以上500円」そんな表示をみつけまして、あわてました。
払っていなかったから。

「すみません、支払っていませんでした」
と受付の方に言ったら、
「無料ですよ」
静かに微笑む方々。

障害をもつ方も無料のようです。
確認はしていませんが……。

3 月まで

2013年2月5日火曜日

レ・ミゼラブル

今まで知らなかったなんて、もったいないことをしました。
映画、何度も泣いてしまいました。
マスクしていてよかったです、ほんとに

2013年1月7日月曜日

ギンレイ

今回の映画は
「星の旅人」(原題 The way)
「キリマンジャロの星」
なぜか時間を勘違いして、上映5分後に飛び込みました。
でも二本とも、観て悔いなしでした。

キリマンジャロ…のほうが、心に残ったかな。
むかしの状況を思い出しました。
人のためだと思ってやったことでも、他人の心を逆なですることがある…

でも字幕が読みにくくて残念でした。

the way は見終わったあとの爽快感がいい感じでした。

飯田橋で七草がゆを食べて帰りました。
そういえば今日はそういうおかゆの日でした

障害のある人生

今日、ある方と自立についてのお話になりました。 先日ここに書いた内容のことを話したんだけれど… 以前からお付き合いのある彼女は、本に残して欲しいと言います。 私も書けるものならかきたいけれど、 どうやって書いていいかわからないというか、イメージがわかないというか、 ...