2013年11月13日水曜日

真夜中の思考回路

昨夜、早めに眠ったら真夜中に目が醒めて、ひさしぶりに家族関係のことを考える時間になりました。
ふと、「今まで思い当たった以外に、何か感情的な思いがあったかしら」
と言う問いかけを、自分にしてしまったからです。

先日、道で偶然妹にあったとき、ほんとうににうれしくて、びっくりするぐらいでした。
自分がもし家族に対してま整理しきれないものがあり、自覚できるものがあるならば、早いうちにやってしまおうとその時考えました。
無意識のままだと、感情は相手にとっていやな作用をしてしまうかも知れないので。

仕方のないことだけれども、扱いが違っているように思えたこと、など、比較できることに対しての怒りがあるようでした。
うらやましかった、みたいですね。
赤ん坊の欲求のような思いです。
あといくつか、抱えていたことがあったようでした。
夜中だったから、少し考えすぎたかも(^^;)

そうですね。人との関係づくりは、誰であっても、家族であっても、時間をかけて、ゆっくりつくり合うものだと思っています。
一緒にいなかった時間、話さなかったときがあるなら、なおさらのこと。
それには私にももちろん責任があります。

だからといって、ピンと来ないことを、思っているようなふりは出来なくなりました。
愛していると思っているとか、そう言うことは、自然にわいてくるのを待つしかないのかも知れません。
誰かに振り向いてもらいたいとか、もらえないとか、もらいたくないとか、そう言うことはもう関係なく、私は今日を生きていく責任があるのです。

小さい頃の欲求についての怒りのようなものをきれいに流して、昨夜は少し涙が出ました。
この怒りは間違った怒り。今まで持ち続けていたのは私がまだ自覚が足らなかったから。
だって、先に生まれたいのちもあとから生まれたいのちも、一生懸命に与えられた環境で生きてきただけで、誰も悪くはないんだもの。
その人が置かれた環境や生きる道は、比べるものではないし、それぞれに乗り越えなくてはならないものと、楽しい思い出があるのですもの。おたがいのものは、双方別々の道筋なのです。

私自身の間違えた思いは、私自身にしか修正できません。

そうして眠ったら、明け方にコントのような変な夢を見ました。
そのはなしは、後日気が向いたときに。

全は一、一は全

先日、知人に尋ねられて、そういうこともあったかなあということがありました。 銀座の歩行者天国のおはなしです。 数年前、ストリートパフォーマンスをそこでみたという話を、知人に私はしたらしく。 覚えていないのです、悲しいことに。 書きたいことは、忘れっぽくなったということで...