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2020年6月1日月曜日

おうち映画三昧

stay homeの月末、映画を一気見しました。

  
幸せなひとりぼっち 

なんだか不器用な主人公でした。
一辺倒で、ルールに忠実で、偏屈と受け止められがちな人。
外国から来た隣人との関係を通して、彼の誠実さ、人の良さがすこしずつ周りにわかってきます。
いや、実は周りの人は彼をよく理解していて、知らなかったのは映画を見ている私だったのかもと、途中から思いました。

まさか後半に、私の人生のあり方にかぶるエピソードが出てくるとは思いませんでした。
観終わった後は、なんだか暖かくなりました。
ああみんな、理解していたんだなあって。


ホームレス ニューヨークと寝た男

これはニューヨークのマンションの屋上で暮らすカメラマンの物語というか、ドキュメンタリーでした。
すごい生き方だなあと思いました。

家を失ったことを楽しんでいるようにも見えましたが、最後は弱音が出たり、観ていて、自由な発想で人生を謳歌しているようにも見えたし、哀しくもみえました。


奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ
勉強の苦手なフランスの高校生たちが、自国にあったユダヤ人の収容所、ナチスの歴史について学んでいきます。
高校生たちそれぞれの偏見や差別、暴力に脅かされている日常が垣間みられて、
切なかったりします。また、他宗教に対する拒絶感もところどころ社会派的に映し出されます。
先生を真の職だと感じている人の目線というのは、生徒と違う目線なんだということを、感じることができた映画でした。


南極料理人
これは邦画です。そしてコミカル。単純にリラックスできます。あまりシリアスなことはありません。なんだか楽しみました。本を読んでなかったので、すこし想定外でした。


オリーブの樹は呼んでいる
これはスペインの、お爺さん思いの孫のはっちゃけた物語。なんだか見るのがしんどくてあまり真剣に観ませんでした。家族の話です。機会があったらもう一度ちゃんと飛ばさずにみようと思います。
ただ、家族は大変なんだよ、的なセリフを言った叔父さんの表情に、妙に共感してしまいました。

2020年2月23日日曜日

CATS 映画版(字幕版)観ました ネタバレです

CAT'Sというミュージカルには以前からとても興味があって、一度ミュージカルを観たいなあと思っていたのですが、なかなかあと一歩が踏み出せないままでした。今回映画化ということで、一度見てみたいと思うようになり、先日観てきました。

ネタバレというか、内容に触れています。これから観る方は読んでしまうとつまらなくなるかも知れません。

映画版は評判があまり良くなくて、それがなぜなのかも少し知りたかったということもありました。
また、ミュージカル見に行かなくても映画で見られるのはラッキー、という気持ちも実はありました。

そしてどうだったかですが、

観始めてしばらく経つまで、ストーリーがないということに気がつかなくて、少し退屈でした。
前情報を全く調べないで行ったので、少しは調べておいた方が良かったな、とさえ思いました。

ストーリーがないんだと理解した後は、状態を楽しめばいいのだと思い、歌やダンスを楽しみました。

舞台をみたらきっとまたは思いますが、猫たちそれぞれの動きはとても楽しかったし、それなりに楽しかったです。映画ならではの演出も(それがあまり評判良くなかったと思いますが)個性的な表現でそれなりに面白く思いました。

そして、「メモリー」に号泣!!

もう自分でもこんなに泣けるんだと思ったぐらい、込み上げてしまって、
なんとも言えないその猫の悲しみが伝わってきてしまって、本当に歌の間、嗚咽が止まらなくなってしまいました。声はある程度殺したつもりだったのですが…。
(あとで、近くの席にいた介助の方にも聞こえるぐらいだったと伺って、申し訳なかったと思いました汗。その方は「号泣できるぐらい映画にのめり込めるなんていいね!」と言ってくださいましたが。)

ジェニファー・ハドソン、良かったです。胸を打ちました。
もしかしたら役を超えた悲しみだったのかも知れない、と感じるぐらいでした。

後から調べて、今回の映画は、映画版「レ・ミゼラブル」を監督されたトムフーバーだったんだなあと。
レミゼ は本当に大好きな映画だけれども、CATSはストーリー性が薄い分、舞台全体の様子がみえた方がよかったのではないかとは思いました。

あと、このお話の原作になった詩を読んでみたくなりました。
詩の世界だったのですね。本当に何も知らないまま観に行ってしまった。
詩の世界ならばその世界はとても納得です。

私は勝手に、
「この猫ちゃんたち、もしかしてもうこの世の猫ちゃんではないってこと?」
「一匹だけ転生ってこと?」
など独自に解釈していましたが、少し解釈が違ったみたいです。
なのであまり参考にはなりません。すみません。

でも、ジェニファー・ハドソンの歌は、必見です。
ああもうなんであんなに胸を打ったんでしょう。
いい経験でした。

日本語版、どうしよう。観たいような、もう少し考えたいです。

アニメの「SING」は、字幕版も吹き替え版も、大好きなのですが、今回の映画はどう感じるのでしょう。





2019年6月10日月曜日

インビクタス 負けざる者たち

久しぶりに映画のレンタルを探したら、マンデラさんの大統領就任後の実話に基づいた映画がありました。

インビクタス

アパルトヘイトをなくし、大統領になったマンデラさんが、どのように国を大事にしようとしたかが、描かれたものでした。激しくはなかったけれど(ラグビーの試合は激しかったけれど)、それぞれの気持ちが映し出されていて、いい映画でした。
それぞれの心の氷が解けるように、互いの気持ちが通じあったり、理解しようと思いをはせるところがとても良かったです。見入ってしまいました。

マンデラさん役の俳優さん、いくつか映画を見ているけれどとても好きです。

マンデラさんが獄中で勇気付けられたという詩、ここに書き留めておきます。
マンデラさんが獄中にいた30年間、相手のことを知ろうと努力していろんな文学にも触れたということを、映画の中でも話すシーンがあります。ネタ少しバレて今頃ごめんなさい。




インビクタス(Invictus) ウィリアム・アーネスト・ヘンリー』


私を覆う漆黒の夜

鉄格子にひそむ奈落の闇

私はあらゆる神に感謝する

我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ

私はひるみも叫びもしなかった

運命に打ちのめされ

血を流しても

決して屈服はしない

激しい怒りと涙の彼方に

恐ろしい死が浮かび上がる

だが、長きにわたる脅しを受けてなお

私は何ひとつ恐れはしない

門がいかに狭かろうと

いかなる罰に苦しめられようと

私が我が運命の支配者

私が我が魂の指揮官なのだ


最後の二行、そうだよなあ、私も私に屈してはいけないな、と思いました。
自分のことが一番難しいのですけれども。

2019年2月27日水曜日

道草

映画「道草」を、新宿のK`sシネマで観てきました。


知的障害と自閉症を持つ人の自立生活。その人自身の日常の様子や、介助で関わる人たちとの関係性が、自然にえがかれていました。
登場する人たちの人となりがすっと入ってくるような映画で、いい映画だったなあと思いました。

固定観念のようなものがないというか、信頼関係を感じるというか、映像にするときに一人一人の個人を自然に残せるのは、映す側の視野の広さなのかも知れません。

伝えにくいことも映像にこめ、ありのままに生きていくということを問いかけてくる感覚を覚えました。

季節の鳥や木々や花の様子もうつくしく、映画の登場人物と一緒に大きな夕日を眺めたりしている気分になりました。

私も昔自立生活センターの職員として働いていた頃がありましたが、私自身はとても視野が狭かったなあと改めて感じました。あの頃は自分にビジョンがないことに悩みながら活動していたけれど、そしてうまいようにできないことにいろんな感情を味わっていたけれど、それはきっと自分自身のことで精一杯な部分が多かったんだろうなって。。

立場が違うそれぞれの人が意見を交わしながらの年月を積み重ねて、今の道があるんだと、自戒を持ってかんじました。

私は私のやりたいことしかできないのだなあと、思いました。


K'sシネマでは3月8日まで。10時20分の上映です。
平日に行ってきましたが、かなり混んでいました。車いす席は2つで、事前に連絡すれば座席を外しておいて下さいます。

2019年2月2日土曜日

私を離さないで

カズオ・イシグロ氏の原作「私を離さないで」。映画版を観ました。

1967年の架空の世界設定の解説から始まるこの物語、たんたんとすすむ話の中で、やりきれない思いが心の中に広がりました。
隔たりがあるけれど、変わらない日常、ところどころ違和感があり、だんだんその違和感の意味が理解されていきます。

観終わって感じたことは、人が人を分けるときは、その人自身がどんな人かは関係ない時があるんだな、というやり切れなさです。

その架空の世界では、彼らは管理されていて、その中で生きることしかできないようになっているのでしょう。何も変わりがないいのちの営みが生活の中で感じられるのに、彼らの元には確実に「知らせ」が届くのです。

彼らは彼らでしかなく、その仕組みを考えた人たちの元、一方の側に立ち続けなければならない、そのことを忘れてしまうほどに、互いにいのちであり、いきている毎日がある、それがとても愛おしく、悲しい映画でした。

自分の幸せは、人の犠牲のもとでは成り立たない

最近感じたこの言葉が繰り返し聞こえてくるようでした。

ドラマは見ないでおこうと思っていますが、本は読んでみようと思います。

2019年1月8日火曜日

年があけて みた映画


ぼくと魔法の言葉たち

自閉症と診断された主人公と家族のドキュメンタリー映画。
家族で向き合うという姿に、ああ、こういう風に誠実にすればいいんだ、と教えてもらったように思います。
「コミュニケーションが取れなくなった息子(弟)を取り戻す」
この考え方は素敵だと思いました。
人が他者の世界に焦点を合わせて、その人の世界を理解しようとするということは、その人のことを大事に思うからできることなんだなあと改めて思いました。
アマゾンプライムで偶然探した映画だったけれど、また最初から見たい気持ちです。
ご両親もお兄さんも、暖かい人たちと印象でした。息子の行動や思いにいつも真剣に答えようとするなんて、家族として真剣だし、本人も自立について真摯だと感じました。。

わが母の記
樹木希林が母役で好演する映画。井上靖の原作のものです。
一度見たように思うのですが、その時はきちんと見ていなかったようで、初めて見るように展開が新鮮でした。
印象に残ったのは、認知症になったお母さんと、憤りや戸惑いを感じながら家族として暮らしながら、それぞれが心の幅を広げていく感触を感じられたことでした。
樹木希林さん、よかったです。


こんな夜中にバナナかよ
同名のノンフィクションが原作のもの。大泉洋主演。
本はまだ読んでいないので、映画のみの感想です。
大泉洋、笑ってしまうぐらい「ワガママ」さを好演していました。
高畑さんもよかったです。

印象としては、ああ、こんなに障害当事者と関わる側の気持ちはズレるんだなあ、というものがありました。私は自分の立場を重ねながら見てしまうので、介助をうけながせらの生活を外から冷静に見させててもらったような感じです。
ボランティアの方が書いた本が原作なので、ボランティアの目線から映画が作られているように感じました。だから自分と大泉洋さんの演じる主人公の気持ちを重ねられたように思います。

主人公の、親に対する思いなどは、共感したのか涙が出ました。ところどころなんだ泣けました。でも、いい意味で、介助に関わる方の気持ちや人生観を見せてもらったように感じています。



2018年12月25日火曜日

ボヘミアンラプソディ

クイーン、私はそんなに馴染みがありません。少しだけメロデイを知っている程度でした。
「ママーー」というフレーズの歌が「ボヘミアンラプソディ」だということも、実は実は身についていませんでした。

だから、今巷で大ヒットしているこの映画、あまり見る気もなかったんです。

観ようと思ったのは、クイーンのファンでもなんでもなかったのに時間つぶしで見ることになったというある方の感想。

「全然知らなかったし、フレディマーキュリーに興味なかったけれど、それでもすぐ区面白かった。オススメです」

という流れで、見に行きました。

ボヘミアンラブソディ


最初は、クイーンの歴史というか、おこりというか、ファンだったら欠かせない部分だと思うのですが、私にとっては、そうだっだんだー、という感じで流れていきました。フレディの背景も知らなかったから、史実を知った、という感じでした。

楽曲も、超有名な何曲かはさすがに少し知っていたけれど、知らない曲も多くて、少しだけ忍耐がいりました。

でも後半、なんだかわからないけれど泣けました。

家族って、夫婦とか、親子とか、そういう風に形を作るものばかりではなく、違う流れの中で認識しあうものもあるんだなあと、そこもとても良かったです。

なんだか泣けた。一体何が良かったのでしょう。ううっ、どう書いたらいいかわからない。
もう少し考えてみます。観に行って良かったなあ。

うっ、誤字いっぱいでした。直しましたけれど、はずかしー。

追記
やっぱり、私の感動ポイントは、家族という概念の捉え方への共感と、最後のライブシーンでフレディが感じていたであろう心に泣かずにおれなかったんだと思います。
やっぱり私は、転んでも起き上がる人の姿や、人を思いやる姿がなんとも心に響くらしいです。

※今回はイオンシネマ板橋。気軽に行けるので本当に毎回助かっています。

映画ざんまい

ここ一ヶ月で見た映画。少し書いてみようと思います。映画の解説はウィキ等で手抜きいたします。(いつものことですみません。各題名がその映画のリンク先になっています。)

「ジョニーは戦場に行った」 


この映画を見て、古い知人を思い出しました。見続けることはきつかったです。こうして心の声がいつも聞こえたならら、もっと人は人を大事にできるのだろうかと考えながらみました。。私はこんなふうに今の人生でも、心のどこかで、人を塊のように考えていた頃があったかもしれないとも思いました。。相手の優しさに甘えて、わかっているかのように、我が物顔のように。
意思疎通ができても、人を人として扱えないのは、人の弱さなのかも知れないとも感じ、その弱さに気づくことが大切なんだと思いました。

羅生門


三者三様で言うことが違って、それぞれが自分をいい人に見せたり、同情を誘ったりして、自分を守ると言うことを見せてくれる映画でした。死んだ人さえも自分中心の発言をするところは、本質を突いていると言うか、人間は死んでも人間でしかないと言うことを描いているように思いました。
最後、お坊さんが一瞬人を疑い、反省するところに人間味を感じました。三船敏郎が気持ち悪かったです。とても野生的で、本能的で、エネルギッシュでした。



ジェルソミーナの悲しみや、迷いが、心にしみました。相手を責めず、でも自分の心を感じ、最後は自分に相手の罪と自分の罪を引き受けたように思いました。。自分が正しいと思うことはとても危険で、そばにいる人を本当に傷つけるんだと感じました。


「アデルの恋の物語」 

愛と勘違いした思い込みは、 他人も人も傷つける。
相手が自分のことを好きだと、どこで思い込んでしまうのか。
人としての親切心、少しの思いやりを、自分への思いやりと勘違いしてしまうのはなぜか。
自分の考える癖から思い起こすと、
他者を見ることのできない人間は、自分の本当の姿も見えないままなのではないか。等身大の自分をあるがままに受け入れる心は、自然にみにつくものではなく、気づきによって磨かれる美徳なのかも知れない。
アデルはとても本能的で、相手の立場に最後までたてなくて、欲しい愛を得られずに身を崩していく。
たとえ苦しくても、相手の気持ちを想像する経験をしないと、人は永遠に救われないのかも知れない。アデルは最後までそのことに気がちくことはなかった。父のユーゴーは、もしかしたらもっと娘と向き合う時間があったのにやらなかったのではないかと思う。


「タクシードライバー」 


すごく 自分の正しさを誇張して、貫いていくような威圧されたような印象のある映画でした。
アメリカだから「正義を通した」という言葉で収まったように感じました。銃規制のある国ではそうはいかないだろうと思いました。私の今の感覚ではあり得ないのですが。。。
自己の正義が暴走することはこわく、善悪の価値観が人によってまちまちであることに危機感を感じました。



「コレクター」


共感することのできない心は、ひたすら自分は他人に完全に理解されることを望み、自分は相手との相違点ばかり見つけて違うと怒りだけを増幅させるものなのだと感じました。
決して自分から相手に合わせようとはせず、なので相手からも何も受け取れないので、関係性は作れないのだと。
人とひとは、お互いに、理解しようと思って初めて、関係ができていくのであって、一足飛びにもいかないし、一方通行でもできないのだと思いました。

主人公の気持ちは、相手の女性が亡くなっても、おもちゃをなくしたような悲しみしかなく、まるでものを取り替えるように他の女性を次のターゲットにしました。愛がわからない状態とは悪魔的で、そこを抜けるには、下手でも他者の気持ちを知ろうとし、等身大の自分を理解していくことだと感じました。

監禁された相手の女性の健気さが悲しかったです。


「十二人の怒れる男」 


最初11対1で有罪だったのに、最後は…。理論的に考えていくと物事の真実が見えてくるのだということと、人は先入観で物事の善悪を決めているということ、そして、思い込みはなかなか修正することが困難だけれど、真実には弱いということを見せてくれたように感じました。感情でものごとを判断してはいけないと思いました。取り返しのつかない判断をすることがあると思いました。


砂の器


加藤剛が出ている1974年制作のもの。
情緒が伝わって来て、差別に切り込み、親子の愛が痛いほどに伝わって来て、とても良かったです。多くを語りすぎず、悲しさの表現は泣きました。


縞模様のパジャマの少年


胸が痛みました。無知の罪と、無神経さは、自分にも多くある部分だと思いました。人から正しい知識を教えられないことは不幸であるとも思いました。
この映画は、立場の違いによる差別と本当は同年代の変わらない少年同士であるということを8歳の子どもを通して明確にし、人の間に差別を作ってはいけないことを伝えようとしたのではないかと感じています。


カティンの森


最初はとても静かに、話が進んだので、わかりにくかったです。人を簡単に殺してしまう心理は、誰にでも内在する悪の部分なんだと感じました。罪を押しつけることも巧妙で、その発想はなぜ起こるのか、不可解で悲しくなりました。


※今回書いたものはレンタルしたものです。上板橋のフタバ図書が主だったかな。




2018年9月15日土曜日

アメイジング・ジャーニー

友人が務める団体の映画鑑賞会に選ばれたというこの映画。
イベントには行けないことを伝えたら、映画だけでも観てみて、と勧めていただいたので、借りて来ました。

アメイジングジャーニー

久しぶりに、何回も何回も観てしまいました。
私にとって、これまで習って来たことをわかりやすく見せてくれたという感じの映画でした。
友人曰く
「映画『沈黙』の逆をいってる」
とのこと。確かに。沈黙は、信じるべき見えないものをどう信じるのかということがあったと思うけれども。
この映画は、私にとっては、本当にわかりやすく、宗教とは何か、愛とは何か、信じるとは何かを語ってくれます。

私にとってはストーリーを追うということよりも、表現の仕方に感動しました。
手元に置いておきたい作品でした。

宗教が嫌いな方には、どう映るんでしょう。
宗教というよりも、「生きるということ」という感じですが。
見えないもの、肉眼で認識できないもの、神様に対しての認識さえも、人それぞれ感じ方は違うだろうから。

すみれちゃん、綺麗でした。ハリウッドデビューおめでとうございます

2018年8月28日火曜日

コスタリカの奇跡

昨日、近くの商店街を歩いていたら、市民団体主催の映画の上映会があることを知り、飛び込みで見させてもらいました。

コスタリカの奇跡

1948年に常備軍隊を持たないと決断したコスタリカが、どのようにその国を守ってきたか、その歩みのドキュメンタリーでした。

この映画から学んだことは、

平和を守るのは戦いだということ。戦うということは、武器の代わりに平和を選び、賢くなるという方法もあるということ。

そして平和を選ぶということは、覚悟と勇気と、現実を見極める力を養う必要があるということ。

市民が国際法を知り、自分の国がどの位置で生きようとしているかということをわかっているということが、とても大事なことなんだと実感しました。

そして誰も、自分の国の政治についた評論家でも傍観者でもなく、主体だと意識していること。この映画からそのことを感じました。

私はもっと知らなければ、と思いました。

2018年8月19日日曜日

不屈の男ーアンブロークン……アンジェリーナジョリーの思い

不屈の男 アンブロークン

という映画を、知人から進めてもらい、見ました。

この映画は、2014年にアメリカで公開、2016年に日本で公開された映画だそうです。アンジェリーナジョリーの初監督のもので、ルイス・ザンベリーニの伝記をもとに作られたものです。
日本では、当初の公開予定の規模よりも小さな規模で公開され、以降も賛美両論だったそうです。私は何も知りませんでした。そういえば数年前に、アンジェリーナジョリーが初監督をする、という話題を、芸能ニュースか何かで見たような気もしますが、定かではありません。

辛かったけれど、見てよかったというのが、今の感想です。
映画の後半は、日本で捕虜になった話なので、見ているのが辛く感じました。どの国に住んでいても、被害者であり、加害者であったということを、思い知るものでした。
国のために戦うのはどの国の人も同じで、敵を憎む気持ちも、許せない相手としてみるのも、立場を変えれば違わないことだったと、どの人にも大切な家族や友人がいて、属した国を守るために生きているのだと感じました。

アンジェリーナジョリーの目線は、的確に細かく、日本人を理解して見ているように思いました。原作の本を私はまだ読んだことがないのですが、映画を見る限りでは、収容所内での事実だけを表現しているように思ったのです。

水木しげるさんの戦争についての漫画などを読むと、当時の軍隊の中の人間関係について、とてもシビアに伝わるものがあります。そのことを今回は思い出しなから見ていました。
見ていてつらかったのは、私が日本人だからなのかもしれません。
見たことで、こうして見るということも、加害したということを私なりに受け止めるということなのかも知れないと感じ、そして戦争においては、行なったどの国の人も被害を受け、加害をしているということを、強く感じました。
どのかなしみも比較などするものではなく、人がかかわってつくってしまったということで、私も蚊帳の外ではないということです。

ルイスさんは長野オリンピックの時に、聖火ランナーになった方でした。映画の中でも、戦争に行く前、1940年に開催される予定だった東京オリンピックに夢を馳せているシーンがありました。幻のオリンピックに思いを抱いていた人は、世界中にきっといたんだ、と思いました。

今は、レンタルでいろんな映画を借りられるので、たとえ公開が危ぶまれても、見ることができますね。つくった側への興行収入は少なくなるだろうけれど、そうやって、映画館であまりやらないものでも、いろんな映画が見られるのは幸せなことだと思いました。


2018年1月14日日曜日

聲の形

「聲の形」と言う映画を、ようやくレンタルして来ました。
一昨年だったでしょうか、板橋イオンシネマのロビーに、公開の半年前ぐらいからチラシがずっと置いてあって、「観たい」と思っていながら観はぐれたアニメ映画です。

軽い気持ちで観始めました。夜遅かったので、一時間ぐらい観たら一旦止めて眠ろう、そして翌日続きを見よう、と思いながら。
でも、止められなくなって、一気に観てしまいました。

色々と考えさせられたのは、耳の聞こえない女の子が出演するせいなのか、どうなのか。
私自身を取り巻くことと、似ていたところがあったせいなのか。

ヒーリングスクールの中で、「もっとまわりに配慮できる人になりなさい」とアドバイスを受け続けた自分を、重ね合わせながら観ていました。

一人の人間の影響力は時にとても大きく、双方が受け入れる関係を作っていかないと、どちらかが気遣う側になってしまうこと、
実は対等な関係は長い間かけてお互いが学ばないと作ることが難しいと言うこと、
自分が何もできないと思うことが、どれだけまわりに影響を与えてしまうのかと言うこと、
どんな人でも必要ではない人はいなくて、腹がたっても、自分も相手に迷惑をかけ続けている人間の一人であると忘れずに、おごらず生きる姿勢が大事だと言うこと、

映画に出てくる登場人物の台詞を聞きながら、そんなことをひたすら考えていました。

忘れられない映画の一つになりそうです。

2017年9月27日水曜日

ナミヤ雑貨店の奇蹟

どうしても観たくて、行ってきました。少し遊び過ぎ(^o^)
東野圭吾さん原作の映画。

やっぱり、こういう映画は大好き。泣けました。
人が人のことを思って行動する姿って、なんて哀しくて美しくて、心に残るんだろう。
誰かを胸に思いながら強く生きるって、なんて素敵なんだろう、そう思います。

この映画を観終わった後、ふと、自分は何者になりたかったのかなあと、考えました。
少し前までは、人並みに生きたくて、それを誰かに認めてもらいたくて、追い求めていたけれども、
その夢から覚めて、何も身につけてこなかった自分を思うと、
ああ、何者になりたかったのかなあって、考えました。

人の悲しみを、少しは察せられるようになったか。
人に痛みを与えてしまう側から、卒業できているか。
少しは物事を理解できるようになったのか。
何も知らなかったということを受け入れることはできたのか。

山下達郎さんのエンデングの歌を聴きながら、そんな思いにかられました。

私の50年は、なんだったんだろう。何者かになるために生きてきたのだろうか。
いいえ、自分の心に精一杯で、まだ何者にもなれてない自分を見つけてしまった気分なのだと思います。

それでも、まだ人生は続くのだから、諦めてはいけないね。
何者かになるために、死ぬまで諦めないで行こう。

「ヤコブへの手紙」という映画をふと思い出しました。


2017年9月21日木曜日

三度目の殺人

是枝監督作品の最新作。福山雅治と広瀬すず、役所広司出演の映画です。

私の理解力では追いつかなくて、見終わった後に混乱を残しました。
でも、何があっていて間違っているか、誰が犯人かとかそういうことではなくて、人は何を見て真実を生きるのか、見るということはどういうことなのか、本当のことはどこにあるのか、それを問う映画でした。

いつも答えを求めてしまう私には、疲れたけれど深く印象に残りました。

人が人を無視しないで、真実に生きるとは、規範やセオリーではなくて、心をどこに向けて生きるのかということを考えました。

役所広司さん、すごかった、もう一度見たら、混乱が治るかしら。
でもネット検索して、混乱していた頭の中を解説で整理してしまったので、自分でたどり着けばよかったかなあと少し思っています。

謎はまだ残っていますが。それはゆっくり考えます、

見終わった後、昔の映画、グリーンマイルが頭をよぎりました。


2017年9月4日月曜日

幼な子、われらに生まれ

重松清氏原作の映画、観てきました。
8月26日公開なのに、近くの映画館はもう、1日一回しかやっていないなんて、予想外。早く行かないと公開が終わっちゃうと思って、行っちゃいました。

登場人物は、離婚した奥さんのところに娘が一人いる主人公と、暴力的な夫と離婚した、二人の娘がいる女性がけっけんしてから数年経って、双方の長女が小学6年生になった時(主人公が再婚して数年経った時)、奥さんが妊娠します。

静かで激しく、デリケートで情の深い映画だったと思います。
重松さんの小説、映画を見てから読もうと思っていました。
また、感じ方がきっと違う。そう思います。

子供たちの、感受性の表現と、主人公の向き合い方が、染み込むように伝わってくるものでした。
「誰も私の気持ちを聞いてくれなかった、なぜそうしたの、と理由はたくさん聞いてくるけれど、どんな気持ちだったかなんて、誰も聞いてくれなかった」
このセリフに、ハッとしました。

人の心の動きが痛くて、苦しくて、愛おしく感じました。

後から思い起こすと何度でもセリフが思い浮かんだりします。

小説を読んだらまた付け足します。


2017年6月29日木曜日

いつまた、君と 何日君再来

向井理さんが企画の「いつまた、君と」みてきました

いつまた、君と 公式ホームページ

普通に生きている、たくさんの人のなかから、少しだけ一家族の生き方と人生を見せてもらった、と言うような印象でした。
人生は思うようにはいかないもので、他人に恵まれていると思われようがどう思われようが、自分たちの運命に逃げるところはなく、ただただ立ち向かって、生きて行くと言う生き様を観せてもらいました。

親戚との葛藤を描いたシーンでは、私は自分の若い時のことを思い出しながらみていました。
全く環境も厳しさも違うので、怒られそうですが。

「ここにいたらあなたは死んでしまう」

尾野真千子さんのセリフに、ああ、そう思って家族と離れる人は多くいるのかもしれないな、と思ったのです。どんな環境であれ、どのような関係であれ、この想いは共通のところがあるのかもしれないと感じました。

イッセー尾形さんは相変わらず存在感のある演技で、家族ってそうだなあと、なんか本当に、自分の気持ちと照らし合わせてしまうようなシーンが多かったと思います。

人は生きるために生きて行く、変な言い方だけれど、生きるということは、自分の心を殺さず、忍耐強く、誰かを愛し、愛してくれる人たちを悲しませないで生きると言うことだけでいいのかもれません。
何かを成し遂げるとかそう言うことは傲慢なことで、うまくいかないことも含めて自分の人生として受け入れ、今日どのように生きたいかと言うことを実現しようと努力するだけでいいのかもしれないのです。
そんなことを教えてくれた映画のように思いました。

多分、想いをわかってもらいたいなんて誰も思っていなくて、ただただ一生懸命に自分らき生きて、それぞれの思いが通じる結果になったけれど、期待してそうなったわけではないよなあって。それぞれがそれぞれを思う気持ちがいいように糸がほぐれたのだと思いました。

糸がほぐれずに悩んでいる方に、おすすめの映画です。

2017年6月4日日曜日

湯を沸かすほどの熱い愛

宮沢りえさん主演の邦画。
成増のツタヤは新作5枚で10日間1000円ちょいで借りられるので、時折無理やりいろいろ借ります。

この映画、良かった。。

体当たりの人生という感じ。残り少ない時間が描かれる映画って、どうしても最初からしんみりするものが多いけれど、この映画は本当に体当たりします、人生!!!という感じでした。
自分のことを説明しないというのがどんな感じなのか、人に愛情を注ぐということがどういう感じなのか、見本のように見せてもらいました。
そうだよね、何もいう必要はないんだ。
悲しいとか、苦しいとか、切ないとか辛いとか。
人はそれほど、人の話に興味はないし、理解することも難しい。
でも一生懸命生きて、大事な人を愛して、支えようとすることはできる。それが唯一、だれもができることなのかもしれないね。

最後のシーンは面白かった。ほんと、見て良かった。ネタバレしていいなら、思い切りストーリーを描きたい気分です。

2017年4月13日木曜日

ムーンライト

今月は木曜日の予定がないので、映画をみてきました。

ムーンライト
http://moonlight-movie.jp/index.html

感じたことは、
どうにもならないほどの気持ちを抱きながら生きて行くことの辛さが伝わってきたのと、
最後のシーンを見終わって、少しでも救われてほしいと、見終わった自分が思っていたこと。

自分を見つけて行くことは本当に困難なんだということ。

闇の部分はとても引力が強くて、引っ張られてしまうということを表しているような
気がしました。闇に勝って行くということはどういうことなんだろうと。自分ではどうにもならないように思える環境の中で、闇に勝つということはどういうことだろうと思ったのです。


自分が誰かに確かめたいと思う時期には確かめられるような人はいなくて、それでもその存在を求めてしまうのが若い心なのか、弱い部分なのか。映画を見ながら、切なくて言い知れなく怖くて、すこし目を伏せていた部分があったように思います。

「あなたが愛を必要としていたときに、私はあなたに愛を与えなかった。だから私を愛さなくてもいい。でも私はあなたを愛している。そのことだけは知っておいてちょうだい」

映画のストーリーよりも、今なぜかこの言葉を覚えています。

2017年4月5日水曜日

We Are X

X japan の映画を、縁あって観てきました。

ファンと言ってもカラオケで歌ったり、2枚組のCDをひとつだけ持っている程度だったのですが、映画を見てほんとになにも知らないままのにわかファンでしかなかった自分に気がつきました。

なぜYoshikiが独特の詩を書くのか、そうなのか…と自分なりの想像が湧いてきたり。
築地本願寺になぜHideのコーナーがあるのか、謎が解けたり。

にわかファンなのにファンと言っていて申し訳ない。

でも観てよかったと思っています。

あまり激しい音楽は好みでないのに、なぜこの方々のの音楽に魅かれるのか、自分の中の謎ですが、
怒りと悲しみの塊のようなものが音楽となって吹き出していくようにも思うし、生々しくそこにあるようにも感じます。
決して癒えないものがそこにあるように思います。
そこが共感を誘うのかな…。

映画にはもっと音楽を入れて欲しかったけれど、それだときっと高くなるよね。
今日は運良くレディースデーだったし( ◠‿◠ )

2017年2月18日土曜日

彼女と彼女の猫

僕は僕の時間を生きていて
彼女は彼女の時間を生きている
だから二つの時間が交差するこの瞬間が、僕には何より大切なんだ
                        映画「彼女と彼女の猫」より

この短編映画を見て、登場する猫と彼女の想いが少しずつずれているのを観た。
それでも互いを思いやり、相手を大事にする姿を見た。

そう、私と、大切な人は、別人格で、別の時間を生きている。さも同じ世界で、同じ季節を生きているように思うけれど、それぞれ感じ方も違うし、考え方も違うし、見ているものも違う。私と大切な人は、違う世界を生きている。

私は、それを忘れてはいけないんだなあと、この映画を見ながら思いました。
違う世界を生きていて、理解していない部分や、わかっていないことがたくさんあることを、忘れちゃいけない。明日は、今日よりもそれがわかって、謙虚な自分を見つけていかなくては。

そうしないと、誰かを助けられるような、智慧を学ぶことはできない。

なにも知らない自分を自覚して、成長していかないと、大好きな誰かの力になることなんてできない。

それがわからないぐらい、私は傲慢に生きてきました。

人はそれぞれ、違う時間を生きている。すれ違う一瞬に、ユーモアを持って笑いあえるぐらいの、智慧のある人間になりたい。

猫のように、いるだけで癒せる存在になるには難しすぎるから。

なんだか心にしみた映画でした。いろんなことを繋げるようにして観ていました。

新しい家での暮らし

 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...