2018年5月31日木曜日

5月のまとめ

今月はあまりこのブログも書けないまま、時を過ごしてしまいました。

今月は体験から学んだことが多く、身体を整えることも難しかった月でした。

でも振り返ってみると、どうやって過ごしていたんでしょう。

月の最後に感じていることは、背伸びをして良い人間になろうと思っても、偽善のままでいい方向にはいかないということ。

ひとつひとつ、これは本当にやりたいと思っていることなのか、自分の心と対話して、自分のペースで行動していくことが、近道なのだと感じました。

そして、自分の過去の行いで引き起こされたことは、頭の隅から決して消さないでおくこと。これは本当に大事なことだと感じました。

どんな些細なことでも、日々の出来事は生き方を見直したり考える機会をくれるもの。これも今回感じたことでした。

あっという間に過ぎた5月。でも思い起こすと、心に少し重石をくれた月でもあったように思います。

なんだかとても抽象的。頭が回っていなくて、わかりにくいまとめでした。

2018年5月13日日曜日

鬼太郎の世界

毎週日曜日はワンピースを見ながら新聞を流し読みするのが、習慣になっています。
新聞は3年間取っていましたが、読むのが追いつかなくてしばらく契約をお休みすることにしました。全部読めないし、読めないものをとるのもなんだかもったいない気持ちが強くなりました。あとしばらくの新聞のある暮らしです。
 改憲の話が出た時、平和主義の自分の心をいさめるために、つまりもう少し知識を得て、憲法をかえるという国の考えを知りたくて取り始めた新聞でした。最近は優生保護法について詳しかったので、たすかりました。

話が逸れましたが、ワンピースの前にドラゴンボールが放送されていた時間に、「ゲゲゲの鬼太郎」が新番組として始まりました。
水木さんが亡くなった後に、どんなアニメになるのかとても気になっていたので、ここ3回ぐらい見ています。

なかなか、いいと思うのは、いつも人間の子供との接点があることです。
妖怪の世界を別世界にするのでなく、鬼太郎と人間の子供の誰かが毎回関係を持つのです。その感じが、現実がいつもそこにあるというリアリティになっているような気がします。
今日の、大人の怪談の世界と、子供のネット世界でのいじめを繋げたのは見事でした。

鬼太郎だから言えることがあり、鬼太郎に言わせることがあるのだろうと思いました。
友人と見ていて、子供も大人も鬼太郎は観れるといいね、と話しました。

作者が関われないぶん、さまざまなことが起きても、ぶれずに作られることを祈っています。

もちろんワンピースもめちゃいいです。作者の世界観に圧倒されながら観ています。



2018年5月11日金曜日

気づいていくもの 剥がしていくもの

コールデンウィーク、特別な用事もお遊びの予定もなく、普通に過ごしました。
その中で、知人とやり取りをしながら、気づいたことがあります。

私が通っていたヒーリングスクールは、スピリチュアルリズムとグノーシス(霊的真理)の教えに基づいたものでした。
その中に、自分のエゴイズムに気づき、手放していくこと、と言うものがあります。

エゴイズムというのは、ネガティブな思いや考え方の塊といえばいいでしょうか。

エゴイズムに気づき、それが自分ではないと認識して自分の行動を変えていくことが、自分の成長に繋がると言われています。

私は、つい最近まで、このエゴイズムに自分が取り込まれないように気をつけないと、と思っていました。

エゴイズムというのは、自分の欲から生まれるものですから、それ自体には愛は含まれないように思います。なのでこのエゴイズムに基づいて行動してしまうと、とても自分本位で冷たい行動になってしまうのだと思います。

私は自分の過去生と向き合った時に、人の気持ちを考えないで生きて来た人生ばかりだったことを知ることになりました。もう二度と同じような人生を送りたくないと思いました。
なので今もこの勉強を続けています。

知人とのやりとりで、気をつけることではないということに気がつきました。
物事は気をつけるだけでは、というか、気をつけることではいけないんですね。

気づくことが大切なんですね。

気づくためには、観察が必要。
観察力は、興味から始まるように思います。

毎日毎日、何かに気がついて、自分の欲望の皮を剥いでいくことが大切なんです。
エゴイズムに、つまり自分の欲や自分本位の考えに取り込まれるのを予防するのではなく、常に新しい欲があることに気がついていけばいいということです。

そうして人生は進んでいくものかも知れないと、思ったのです。

2018年5月1日火曜日

5月の生き方

五月は、

怠けないこと
人との関係を楽しむこと
正しい自己愛を理解すること

でしょうか。

日々起きることに不動であること、
自分の感情に注目せず、他者の感情に注目すること。

これは本当に揺らいでしまいがちなので、意識しようと思います。

外に評価を求めてしまうくせは、なんとか直したいですね。

四月のまとめ

春が足早に花開いた今年の四月は、友人と会い、ちいさな挑戦をし、静かですが動きのある月でした。

感じたことを感じたこととして心に残し、考えるという流れを実感しました。
まだまだ自分の感情に流され、周りが見えなくなりがちですが、意識するのと全く意識しないのとは違うと思えました。

ヒノキの花粉症がひどくて、体調管理に手を焼きました。
毎週行っているプールのスクールが4月はまるまるお休みなので、そのぶん体調を整えるのは毎年難しい月です。
そのぶん友人に連絡を取り、時間をもらって一緒の時を過ごせました。

自分の心には未だ幼稚な部分が多く、思うように物事を動かしたくなってしまうようです。
日々の端々にそんな自分を発見しました。
また、他者の強さに圧倒されて、媚を売ろうとする癖も改めて発見しました。

一人一人に起きることはそれぞれであることから、本当に自分の人生は個人レッスンだということを実感しました。自分の人生から逃げないで生きようと思えました。

日々自分でやると決めたことは行なっていましたが、どうしても、働いていないイコール何もやっていないという自己評価になってしまいがちでした。
つまり、人の評価を求めていたんだと思います。もっとできることがあるのではないか、何もやっていないのではないかという思いは、何もしていないと周りに見られているのではないかという思いでした。

誰も見ていないようでも、認められていなくても、自分の人生でやろうと思ったことはきっちりやり、見返りを求めないということは、私自身にとって精神的な訓練になるんだなあとは思いました。でも、どうしてもどこかで誰かに褒められることを求めてしまっているようです。

このくせは、自分を特別に思いたい、できる人と思われたいという考えの名残なのかもしれません。

4月に受けたヒーリングの個人セッションで、教わったことがありました。
行動を制限されているということの意味です。

たくさんの過去生の中で、私は何も考えないまま行動に走り、たくさんの罪になりました。今回行動を制限されたのは、感じて考えることを優先させるという意味がありました。
最近、関連して気がついたことがあります。
たとえ、今の体でできることであっても、自分本位に動いてはいけない。
相手の立場を思い、今その人のことを思ってできることを考えて行う必要があるということです。
そういう目線は、自分を認めて欲しい、見て欲しいという自分中心の目線を止めることであり、自分の置かれている状況に対しての愛情表現をすることでもあります。
自分を忘れ、周りにできることをするということは、私自身のあり方を表現することでもあるのです。
それが私にできる生き方なのではないかと、思いつきました。

私が今できることを大事にして、自分が自分を認められるようになれればと思います。

今日読んだ本に、
自分を信じることと、自分を正しいと思うことは違う。自分を正しいと思ってしまうと、その正しさを人に押し付けてしまう。
という意味の言葉がありました。

私は自分が正しいと思って生きてきたところがあるので、人にその想いを伝え続けていた頃がありました。
私に今必要なのは、信じることなんだと思いました。人がどう評価するかではなく、自分を成長できる人間だということを信じて生きることが大切なんだと思いました。


花田春兆ーーその人と企画展

花田春兆氏の企画展を教えてもらい、行ってきました。 花田春兆ーその人と企画展 場所は板橋の淑徳短期大学。今月17日から明日までの企画展です。 数作著書を読み、生前にはそのほかにも接点をいただいていた春兆先生。 今日は主催された方からお話を伺う時間をいただい...