2018年1月14日日曜日

聲の形

「聲の形」と言う映画を、ようやくレンタルして来ました。
一昨年だったでしょうか、板橋イオンシネマのロビーに、公開の半年前ぐらいからチラシがずっと置いてあって、「観たい」と思っていながら観はぐれたアニメ映画です。

軽い気持ちで観始めました。夜遅かったので、一時間ぐらい観たら一旦止めて眠ろう、そして翌日続きを見よう、と思いながら。
でも、止められなくなって、一気に観てしまいました。

色々と考えさせられたのは、耳の聞こえない女の子が出演するせいなのか、どうなのか。
私自身を取り巻くことと、似ていたところがあったせいなのか。

ヒーリングスクールの中で、「もっとまわりに配慮できる人になりなさい」とアドバイスを受け続けた自分を、重ね合わせながら観ていました。

一人の人間の影響力は時にとても大きく、双方が受け入れる関係を作っていかないと、どちらかが気遣う側になってしまうこと、
実は対等な関係は長い間かけてお互いが学ばないと作ることが難しいと言うこと、
自分が何もできないと思うことが、どれだけまわりに影響を与えてしまうのかと言うこと、
どんな人でも必要ではない人はいなくて、腹がたっても、自分も相手に迷惑をかけ続けている人間の一人であると忘れずに、おごらず生きる姿勢が大事だと言うこと、

映画に出てくる登場人物の台詞を聞きながら、そんなことをひたすら考えていました。

忘れられない映画の一つになりそうです。

2018年1月7日日曜日

お正月の残り物と七草

今日は七草粥の日。八百屋さんで、一人前の可愛い七草セットがあったので、買いました。
でも、スープが残っていたので、その中に小さく刻んで入れてもらうことにしました。

このスープ、お正月の残り物だったかまぼこ、なると、焼き豚で作っていただいたもの。
白菜と玉ねぎ、おしゃぶり昆布を入れ、少しだけお塩を足して、さっぱりと最初は作っていただきました。

翌日、そのスープにひとかけらだけカレールーを入れてもらいました。
なんとなくカレー味が恋しくなったのでした。

そのスープに今日は七草を小さく刻んで入れてもらいました。
少しお水を足して、いりこだしを多めに入れてもらって。

結構美味しかったんです。冷やご飯を入れて雑炊みたいにしてもらっていただきました。

そうだ、残っていた焼き餃子も2個、刻んで入れてもらっちゃった。

どんな味になったか、想像できますでしょうか。
これが結構美味しかったんです。

ご飯が増えて、食べ切らなかったので、グラタン用の器に入れて冷蔵庫に入れてもらいました。

明日の朝ごはんは、この残り物にチーズをかけて、トースターで焼いてもらいます。

とにかく、何も無駄にならないで良かったです。
小さいすずしろは、可愛かったです。

2018年1月3日水曜日

今年の生き方

今年、自分がどう生きるか、昨年、考えてみました。

人との関係を大事にしようと思います。

昨年末に、ああ、できていなかったなあ、と思うことがあり、
もう少し大事にして生きてみようと思ったのです。

昨年はわたしにとって、実戦の年でした。
知識を使ってみる、もっと深めてみる、考えをつなげてみる。
うまくはできなかったけれど、それなりに心は落ち着いて、地に足がついたような気がしました。

今年は応用編のような認識です。
昨年から、ではやってみな、と、自分の人生に言われているような感触です。

人生を自分のものにするのは、本当に難しいことだと、つい最近は思います。
街に出れば欲しいものはどんどん目に入り、移っていくし、食べたいものもきりがないし。
魅力的なものがたくさんあって、本当に欲しいものがなんなのか、わからなくなるぐらい欲望が出てきます。
ものが溢れる中で生活するということはそういうことなのかと思います。

これで体が自由に動いて、いろんな制限が外れたら、わたしは何をするか相変わらずわからないな、と時々思います。
今は自分の限界も知っているし、制限も知っているし、どう生きるか指針があるから脱線せずに生きているけれど、
この記憶や、体の障害がない世界に行ったとしたら、まだまだ危ういです。

でも、昨年わかったことがもう一つ。努力は無駄ではなかったということです。
たくさんの失敗は、無駄ではなかった、ちゃんと糧になって、わたしの中に残ってくれた、そんな実感です。
もし、自分の欲望や利益をかなえるためだけに邁進していたら、このような気持ちにはなれなかったでしょう。
それが今まで、たくさんの過去においてのわたしの生き方でした。

欲望や自分の利益に焦点を当てないで、生きること。
自分については心の成長だけを望むということ。
そして毎日自分のできることを探し、ベストを尽くすこと。
これが、心が満たされる、生きるコツなのかも知れません。

いつもこんな気持ちだったらいいのだけれども。

とにかく、
今年は、人との関係を大切にする、これがわたしの目標というか、豊富です。

距離感も含めて。大切な人たちを、より大切にできるような一年にしたいと思います。

2018年1月1日月曜日

よい年でありますように

あけましておめでとうございます。

皆様にとって本年が、心に平和の火を灯せるような、あたたかな一年でありますように。

2017年12月31日日曜日

今年最後に

さっきまで一緒にいてくださった方と、今年はどんな年だったか語り合いました。
皆様にとって、今年はどんな年でしたか。

私にとって今年は、

 1月 元旦から人間関係でトラブり、反省月になりました。

 2月 今の私に何ができるのか、真剣に考えました

 3月 介助体制を(わたしにとって)大きく変えることになりました。

4月 人は、うまく自分を隠すということを改めて知りました。自分だけができなかったという思い込みから抜けることができました。

5月 レ・ミゼラブルに改めて感動しました。尊敬している文化人の方との別れがありました。

6月 骨折をしたことで、総合病院とワタリがつきました。24時間対応のリフトタクシーもようやく活用できました。

7月 本や漫画に読み耽りました。鋼の錬金術師は、本編も4コマもカバーを取った表紙も面白かったです。ツタヤはカバーがついてないのでかえってそれが良かった。

8月 板橋プロレス初観覧。来年はもっと見たいな。

9月 映画ざんまい。

10月 友人、知人の体験に共感し、疑似体験をもらうような時間がありました。

11月 やっと私の人生のスタートラインに立てたように思いました

12月 考え抜いて失敗しながら行動しました。人のために感情が湧くということはこういうことなのかと感じました。

一年間、できることはやって見たけれど、果たして、どうだったか、結果を求めてしまいがちな私は、結果の出ない一年間を根気強く過ごしたという印象でした。
でもいま心は穏やかで、去年の今頃よりも整理整頓がされたという感触があります。

今年も本当にお世話になりました。
このブログを読んでくださっていた方々、ありがとうございました。

来年はもう少しかけると良いなあと思っております。

良いお年をお迎え下さい。


2017年12月28日木曜日

友人との対話から

今年は12月になっても掃除する気にもならず、歯医者さんの定期検診もサボり、なんだか格好のつかない師走を過ごしています。
それでも換気扇や玄関周り、エアコンは掃除していただきました。やる気のないわたしをいつも支えてくださり、介助の方々、ありがとうございます。

年末にお別れになる方もいて、共通の友人と先日小さなうちのみをしました。

やりたいことがあるのなら、それはやったほうがいいよ、

友人は、介助職を離れていく彼女の気持ちを聞きながら、そう繰り返し言いました。

やりたい仕事があるなら、やったほうがいいし。


わたしはこんな時でも自分のことを考えて、つぶやいてしまいました。

「わたしは50年かけて、自分にできる仕事はないということがわかったよ」

友人は、え、君はもう50なの、とちょっと違う方向に会話を返しながら、

君の場合は、それでいいんだと思う、と。

その時ふと、10代から20代の時にやっていた文房具屋さんのことを思い出しました。
あのままずっとあの街にいたら、わたしはどんな50代を迎えていたのでしょう。
ちょっと今考えると、ぞっとしたりします。なぜなら、何も知らなかったし、感じていなかったから。

あの頃のわたしは、小さな針の穴から世界を見るような感じで世界を見て、家族を見て、いつも悲しく、怒っていました。
あのまま誰とも深い話をする機会がなければ、今よりもどうしようなくイタイ人になっていたかも知れません。

やっぱり、心に無理をしても、家族に迷惑をかけても、一人で暮らして良かったのかも知れません。
少しは、物事を知ることができたし、いい出会いも味わえたから。

お仕事もできることはやってきたつもりだけれど、わたしがそのまま持っているものを提供できる仕事はなかった気がします。

お仕事には出会えなかったけれど、経済を除けば、できることはたくさんあったように思います。
まだ全てを見つけられていないようには思うけれども。

あとどのぐらい、見つけられるか、楽しみですね、人生の後半戦。

お世話になったスクールが終わって

「人生も、いつか同じように突然終わるの。そのとき人は、ああしておけばよかった、こうしておけばよかったと思うのよ。人生と同じ。何もかもが突然終わるものよ」
平均月に2回ペース、(わたしは月1ペース)でずっと通い続けてきた、「スクール」が先日最後の日を迎えました。最初の言葉は、恩師がその日に話してくれたものです。


思えば、初めてヒーリングを受けてから、約10年お世話になった場所であり、様々なことを教えていただいた年月でした。

終わると決まったときから、その時間がもうなくなるのだと思うととてももったいなくて、なんとも言えない寂しさに幾度も襲われました。

ちょうどタイムリーにテレビで「トットちゃん」という、黒柳徹子さんの半生を表したドラマが始まり、その主題歌「トモエ学園」という歌を覚えました。
わたしの心境に似ていたみたいで、歌うたびに泣けてしまいます。

せんせい ともだち
わたしの心 育ててくれたの
学び舎の日々 ありがとう
         ーーー福山雅治「トモエ学園」より抜粋

小学校は6年で終わるし、カルチャースクールは期間が決まっていたりします。
一般の習い事はどのような感じなのでしょう。

ここは、師弟関係のある習い事のようなところでもあり、塾のような勉強の場でもありました。いつも自分の心が試され、ドキドキする場でもありました。

わたしはここで、蚊帳の中に居られる感覚(阻害されず、人としてのあり方がいつも求められる感覚。蚊帳の外ではない感覚)を味わい、自分の居場所を作ることの意味を教わりました。
誰かが整えてくれて初めていごこちのいい場としてわたしが居られるという発想を抜けて、自分も誰かを思い、場を整える一員になる大切さを学びました。
これはまだわたしは何もできて居ませんが、わたしの人生では初めての経験だったように思います。

なくなることが決まって、こんなに寂しくなるとは思いませんでした。

そして、最終日前の一週間は、まるで今まで習ったことを集結させなければいけないほどに、心に残る出来事がいくつか起きました。
あくまで個人的な出来事でしたが。

その中で一番印象的だったのは、「ああ、こういう行動だったから今までの過去生が失敗の連続だったんだ」
とわかったことです。

わたしは思い立つとすぐに動きたくなってしまいます。そして起こした行動は、たいていが自分本位なので、周りには何がしたかったのか伝わりません。
わたしはこの連続でいつも癇癪を起こし、理解されないことに情念を爆発させてしまった居たようです。

今回、あることを行ったときに、考えて行動したつもりでした。でもそれは全く伝わらず、思っていなかった方向に行きました。
ああ、こんな風に物事は伝わらないものなんだと思い、なんとも言えない悲しみを感じました。(怒りではなく悲しみでした)
ある人が、わたしの行動についてどう思ったか教えてくれました。

その方が感じたように、わたしには人をコントロールしようとする癖があり、今回も少しその癖が出たようで、そのような思いを感じたそうなのです。

そうだったのか、と、教えてくれた人の話を聞きながら思いました。
わたしは、こうして意見をしてくれる人の声が聞けなかったのです。いつも独りよがりの正義を語り、いつも一人でした。そしてそれはかんしゃくに結びついていました。

今回の人生では、わたしが話を聞こうとさえすれば、教えてくださる人たちとたくさん出会っています。わたしに聞く耳さえあれば、物事は少しずつ理解できるかも知れない、そう思いました。

物事を伝えられない現実は、まちがいなくわたしの現実です。今回の人生では、それを修正する出来事をたくさんもらっている気がします。一つ一つのことに過度に落ち込まないで、わたしなりに受け入れていけばいいのです。


もう一つ大事なことは、わたしも世界の構成の一部分であるということ。
大げさなようだけれども、わたしには、わたし一人分だけの責任が、どこに行ってもあるのだということです。
だからいつも、わたしとして生きていくことに、ベストを尽くすことが必要ということです。
障害を持ち、様々な素質を持つわたしが、一人分の責任を持って社会にわたしらしさを表現していくこと。これがとても大事なことなのだということを、実感できたのでした。

人生は突然終わる、別れはいつも突然で、そのことにはわたしは抗えません。でも、ベストをいつも尽くそうと思えば、後悔は減るのかも取れません。

スクールにいさせてくださって、本当にありがとうございました。
そして今も、人生のお試しのようなドキドキする出来事は、続いているのです。




2017年12月11日月曜日

好きな歌詞 ーートモエ学園ーー

福山さんの歌は、好きな歌もあるけれど、あまりハマらないのですが、この歌はとても好きです。

「窓際のトットちゃん」の本も好きだったけれど、トットちゃんの世界を別にしても、とても心にしみる詩です。
子供目線が少し入るから、優しくわかりやすい詩になっています。

いい先生や、友人のことを忘れずに、生きてきたんだなあ、出会いを大切にしてきたんだなあ、ということがにじみ出るように伝わって来るのです。

出会いを大切に生きるって、素敵なことなのですね、福山さん。
私も、いい師との出会いがありました。大切にしたいと思います。
全てに感謝をして。

歌詞の内容は下記のリンクを開けてください。
トモエ学園

2017年12月4日月曜日

明け方の夢

なんだかわからないけれど、突然ある男性から、逢わないか、と言われました。なんでこんなかっこいい人が私なんかに会いたいのだろうと、少しウキウキしていると、しばらくしてから見知らぬイケメンの(というか好みの)男性から、同じ時間にデートの申し込み。
こんなことってあるの??と思いながら、同じ時間なのにオーケーしてしまって、はたと考えました。
どちらか断らなくてはいけない!!!

思わず約束してしまったけれど、やっぱり約束した順番よね…なんて考えていたら目が覚めてしまいました。

しばらく、ああ約束どうしよう、などと寝ぼけていました。

それで、この夢は何を言いたかったのか。多分、どんなに魅力的なものがあったとしても、優先順位を忘れるな、という警告だったと思います。

わかりにくい、夢でした!!
 なぜあんなに超好みの人を登場させたのでしょう。謎です。

2017年11月22日水曜日

10年目のスタートライン

普段自分でも忘れていますが、このブログは遠隔ヒーリングのサロンのブログを兼ねています。
書くことのほとんどは私的な出来事が多く、お仕事用の文章はあまりかけていないのが現実ではあります。

遠隔ヒーリングのサロンをホームページ上で始めた理由は、レイキヒーリング等ヒーリングエネルギーを扱えるようになったときに、アチューメント(エネルギーを扱えるようにしてもらうこと)をしてくれた師に勧められたことがきっかけです。

師と書かせてもらう理由は、師の主催する学校の生徒だからです。私塾のようなもので、約10年お世話になっています。

そのスクールは、人間として日々生きて行くための力を育てて行く視点が大きいところで、自分の弱い部分、苦手なところ、向き合いたくないところをみて行く場所でした。
自分だけでなく、生徒同士もその視点で支え合うことを学びます。


利己的な私はほんとうに、いい生徒ではなく、失敗ばかりの十年間でした。

10年目に、ようやく気付いたこと、それは、成長、という意味です。

私にとって成長とは、受け取った情報を自分の言葉に置き換えて表現し、自分の中に消化する繰り返しの中で得ていけるもののようです。
私はまだ、見たもの聞いたものをその場で自分の中に落とし込めるほどの力量が育っていないみたいです。
だから書くことが必要で、書かなくてはわからないということです。

私はいつも、書くということを自分の気持ちを人にわかってもらうことにばかり使って生きてきました。そして、情報や価値観を外にばかり求めてきました。

使い方が違ったのです。

いつも助言を受けていましたが、こんな風に自分で理解するまで10年かかってしまいました。
ようやく、まるで初心者のように、スタートラインに立てたのです。

むだな時間はもう少しもありません。物事を理解したら、進むしかないのです。

支えてくださった師に、スクールに、生活に関わってくださっている多くの皆様に感謝しています。


2017年11月18日土曜日

生きる意味

10代の頃、生活していた肢体不自由児施設で、年上の友人から勧められて詩を書き始めました。

その時から詩を通して、生きるということを文字にあらわし始めました。

それはそれは拙くて、詩と言えるものでは世間的には言えない、未熟な作品しか今でも書けないけれど、
詩は自分をあらわしていく手段でもありました。

新聞など、投稿欄に出し続けた時期もありました。
背伸びをしたり、知ったかぶりをした作品は、必ず、作品としてはボツになりました。

生きるということを詩に求めないで歩き始めたのは、30歳を過ぎた頃です。
仕事を通して、自分の表現をする場所が増えて、伝えることで返ってくる責任も、少し感じるようになりました。

詩だけでなく、書くことが怖くなってきたのは、40代後半になってから。
自分はものを知らないということに、うっすらと気づき始めました。

詩の中ではなんでも書けたけれど、果たして自分はどれほどの経験をしたのだろうか、
そもそも私にできる経験とはなんなのだろうか、

最近、そんなそこはかとない悩みに一つの答えが見つかりました。

私の生きる意味とは、
自分の弱さや、物わかりの悪さ、ともすると暗く考えがちな癖を自覚して、
視野を自分以外の世界に広げて考えようと努力するところにあるのではないかということ。
それが自分に対する、自分が与えられるギフトではないかということです。

誰かに認められたいとか、何かができる自分でいたいとか、いい人間に見られたいとか、
そう言った思いを先に持ってしまう人間であることを自覚して、
何も身についていない現実を受け入れて、
少しでもいい思考のできる人になろうとすることです。

人一倍努力をしても、理解力が本当に遅いことも、私の特徴なのだと。そこをバネにして少しずつでも成長しようと諦めないことが、一番大事なこと。

たどり着いた私の生きる意味。
大切にして生きていきたいと思います。
いつか、大好きな人たちの、力になれる人間になれるように。



聲の形

「聲の形」と言う映画を、ようやくレンタルして来ました。 一昨年だったでしょうか、板橋イオンシネマのロビーに、公開の半年前ぐらいからチラシがずっと置いてあって、「観たい」と思っていながら観はぐれたアニメ映画です。 軽い気持ちで観始めました。夜遅かったので、一時間ぐらい観たら一...