2017年9月18日月曜日

幾山河

瀬島隆三氏の回想録、「幾山河」を読んで、
第二次対戦前の日本は、世界から孤立していたんだなあと、改めて思いました。
どうにもできない身に迫る思いを感じて、なんとも言えない気持ちになりました。

孤立するって、怖いなあと。
どうにもできないって、追い詰められるなあと。

周りがきちんと見えなくなっていることを、振り返って、こうして記録に残す精神は、心に残りました。
冷静に全体を捉えることは、大切なことだと思いました。

ただ、この時代の日本は、どこかの国に似ているところがあるようにも思いました。
やはり、今世界で起こっていることは、ひとつも人ごとではないのだと思いました。

自分のそばに引き寄せて、自分の世界感で物事を見えるようにならないと、今生きている社会の中で、一人テレビ画面を見ているような感覚に陥ってしまいそう。

それはあまりにも悲しいから、自分の世界観を改めてみようと思いました。

戦争も、テロも、災害も、どこかで起こっていることではなくて、私が住んでいる世界で起こっていること。

私がそこにいたら、どうするのだろう。どうすればいいのだろう。
そこから考えていこうと、改めて。

2017年9月4日月曜日

幼な子、われらに生まれ

重松清氏原作の映画、観てきました。
8月26日公開なのに、近くの映画館はもう、1日一回しかやっていないなんて、予想外。早く行かないと公開が終わっちゃうと思って、行っちゃいました。

登場人物は、離婚した奥さんのところに娘が一人いる主人公と、暴力的な夫と離婚した、二人の娘がいる女性がけっけんしてから数年経って、双方の長女が小学6年生になった時(主人公が再婚して数年経った時)、奥さんが妊娠します。

静かで激しく、デリケートで情の深い映画だったと思います。
重松さんの小説、映画を見てから読もうと思っていました。
また、感じ方がきっと違う。そう思います。

子供たちの、感受性の表現と、主人公の向き合い方が、染み込むように伝わってくるものでした。
「誰も私の気持ちを聞いてくれなかった、なぜそうしたの、と理由はたくさん聞いてくるけれど、どんな気持ちだったかなんて、誰も聞いてくれなかった」
このセリフに、ハッとしました。

人の心の動きが痛くて、苦しくて、愛おしく感じました。

後から思い起こすと何度でもセリフが思い浮かんだりします。

小説を読んだらまた付け足します。


2017年9月3日日曜日

違い

障害者福祉の自立支援と介護保険の考え方の違いが、これかも知れないと感じたことがありました。

知人に介護福祉士試験問題の一部を見せてもらった時です。

その例題には、介護認定3、身障手帳3級と診断された男性が、高齢の両親を助けるために、どんなサービスを選択できるかというものでしたが、

問題に違和感を感じ、私は答えられなかったのです。
もちろん、勉強していないし、最近制度から遠ざかっているので、知識不足で疎かったということもありますが、

違和感は、家事援助や身体介護の選択肢がない、ということでした。

つまり、高齢の両親を助ける方法は、一時的に別に暮らす「短期入所」で、
日常のケアは両親に任せるという視点に感じました。

私が感じた違和感は、本人が両親を日常的に助けるという視点がないことでした。
「自分のパンツは自分で洗う(実際にはヘルパーさんもしくは介助の方に頼むのですが)、または両親の負担を少しでも本人目線から軽減する方法を考える」という視点です。

そうなんだ、自分のやりたいことをやるということの前提が違うんだと思いました。

人に助けてもらうことで一人暮らしをしてきた私の生活ですが、家事、身の回りのことをまず支えてもらうという前提があったことを、この問題で再認識したのです。
ただやりたいことをやりたいわけではなく、心地よさを求めるだけでなく、自分で生活しているという実感を持ちたいから、一人暮らしを始めたんだなあと思いました。

実際、生活は自己管理する部分が多くを占めていると思うし、その部分を私は家族でなく、福祉制度に託しているんだと思います。

自分で自分の生活を管理して行く視点は、一人暮らしを始めた時にお世話になった、埼玉の障害者団体からたたき込まれました。
出発点がその団体から始まって、よかったなあと今は感謝しています。

自立生活センター以外の事業所などの経験者の方と、私はどうもいい関係が作れません。その原因が、わかったように思いました。
どうすればよりよい関係が作れるのか、考えてみようと思います。

2017年8月29日火曜日

いい方法なんて一個もない

今日学んだことは、いい方法なんて一個もないということ、人生は正解探しではないということ。
やりきれない気持ち悪さと罪悪感を、感じて眠ろうと思い。

2017年8月27日日曜日

大山のふるさと祭り

昨日と今日は大山ハッピーロードのお祭り。
友人とのんびり、席を取って飲み会しました。

舞台ではジャズの生演奏とか、演歌歌手の方とか、商店街公認アイドルの歌、プロバスケットボールの方の企画など盛りだくさん。
雨も降らず、雷もならず、少し暑いのが曲者だったけれど、いい時間でした。
夕方には板橋プロレスもあり、舞台はリングになって、本当に楽しかった。

友人たちは、楽しんでくれたかしら。
誘ったのは私なのに、おもてなしはあまりできませんでした。

でも、誰かと一緒に過ごせるって、幸せなことなんだなあと、今日はただそれだけを味わい続けた1日でした。
友人があるって、ありがたい。そして、付き合ってくれる介助の方がいるということも。

でも一年分ぐらい陽にあたりました。皆さん疲れが取れるといいけれど。
私はといえば、まったく疲れていません。これもまた不思議。

しかし、板橋はいつも元気だなあ。イベントを行くたびに感じます。

2017年8月20日日曜日

生まれた日前後

私ごとですが、昨日は誕生日でした。

友人たちや家族からのメール、カード、他にもいろいろ心をいただいて、今月に入ってから嬉しい半月でした。

思ってくれる人がいるって、嬉しいことですね。
幸せな時間でした。ありがとうございました。


先日は縁あって、歌舞伎を初めて観ました。

印象的だったのは、「間」。
テレビで観るのとは違いました。
舞台のそばで観たので、表情も本当によく見えて、魅せられました。

車椅子での観劇はいつもいろんなことがありますが、
今回は立場を変えての経験ができました。

いつも私はイケイケで、何かあると自分で解決しようとしていたし、
それが自分のできることと思って来ましたが、

今回、招待してくれた友人が、いつのときも寄り添ってくれたことは、私の中で学びになりました。
また、流れのなかで経験を生かすということはこういうことなのかもしれないとも思いました。

ベストの対応をいつも主催者側に求めるのではなく、冷静な目を持つこと、そして、一人ではうまくいかないことも、友人の考えによって思いもよらないことになるということも、知りました。

具体的に書けなくて、分かりにくくなってしまいましたが、体験は、何にも変えられないものだと思いました。

2017年8月13日日曜日

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。

出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。
昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめちゃくちゃで、仕切りのような板が便座の上に貼ってあったりして、座れる状態ではありませんでした。

もう一個使えそうなトイレを見つけたので、扉を開けると、広い部屋に簡易型のものが。よく部屋の中を見ると、洗面台で誰かが歯ブラシをしていたり、トイレではないような感じ。一応赤いカーテンで仕切れるようだったので(介助の人が見つけてくれました)、「こうやって仕切って使うのか」と思いました。

簡易トイレは、いらなくなった雑誌を切り抜いてスポンジをはめて作られたものでした。仕方なくそこで済ませることにしました。済ませようとした時に顔見知りの車椅子に乗った人が入って来たので、「ごめん、先に使わせて」と頼んで先に使わせてもらいました。

途中で介助の人が呼び出されて、部屋を出て行きました。

用事が済んだ後、クッションが汚れてしまっていて
「仕方ない」と言ったら、介助の人がものすごくその言葉に嫌そうな顔をしました。
介助の人は、使用済みのスポンジを新しいスポンジに替えてくれていたのです。

私は自分のできないことを、このように人にやってもらっているんだな、と気づいたところで、目が覚めました。

感謝の気持ちが足りないのかもしれません。


2017年8月4日金曜日

鋼の錬金術師

鋼の錬金術師、少し前にすごく流行った少年漫画だと最近知ったのですが、そしてゲームも流行ったみたいと言うことも知らずにいたのですが(最近実写化されたということは知りました)、読みました!!
よかったなー。ワンピースを初めて読んだ時も感動したけれど、最後まで読み終わって、ジンときています。

心に残っているのは、

エドとアルがお互いを想いあった兄弟であること。自分のことよりも相手のことを片時も忘れずに考えていること。

全は一、一は全。の考え方。

二人のお父さんであるホーエンハイムが、自分が得てしまった賢者の石の分の魂全てと対話したと言ったこと。

ホムンクルスもわずかながら成長した者がいたこと。

フラスコの中の小人が、最後、絶望を味わうことになったこと。

人間はやはり自分が経験してなんぼなんだなあと、それをサボって楽をして全てを得ようとしても地に落ちていくだけで現実は何も変化していかないのだと、学ばない人は絶望しか味わえないと、しっかり教えてくれた漫画でした。

読んだことのない人には意味のわからない文章になってしまいましたが、アニメよりも原作の展開の方が私は好きでした。アルフォンスが好きだなあ、兄さん想いで、優しくて、冷静で。私にはないものばかり(笑)

余談ですが、各巻の巻末の4コマ漫画や、表紙の漫画は笑えました。作者は本当にキャラクター一人一人を愛していたんだなあって。
本編が少し難しく、シリアスな作品だったので、息が抜けて楽しかったです。

きっと少年読者は戦いにも目を奪われたのかな。


自分の足で立って歩く。大切だよね、うん。がんばろ。

2017年7月26日水曜日

かあちゃん

最近読んだ本に、重松清さんの本「かあちゃん」がある。
重松清さんの本は好きで、よく図書館で借りて読む。「流星ワゴン」「とんび」から読み始めて、人の気持ちの表現に魅了されてしまった。
先日も他の本と一緒に3冊借りて、よんだ。その中に入っていたのが、「かあちゃん」だった。
ネタバレはしたくないので、内容に触れないように、感想を書いてみようと思う。

ひとつの出来事について、そのことに関係する人たちの思いや状況や人格が本当によく書かれていて、何度も胸が熱くなった。
人が一つの出来事をどれだけ重きを持って考え、それを心に据えて生きることがどんなに大切で美しいかを語ってくれた本だった。
印象に残ったのは、「忘れない」ということと、「もう戻れない」ということだった。

どんなに仲のいい同士だからといって、そしてその行為が本意ではなかったとはいえ、人は人にやってはいけないことがある。その一つのことで、信頼関係は崩れて、壊したものは元には戻らない。記憶がすべて痕跡が無くなるぐらい消えてしまうことがないように、たとえ相手が自分を受け入れてくれることがあったとしても、起こしてしまったことはなくなることはない。それを忘れてはいけない。それほどのことだったのだということを忘れてはいけない。

「忘れない」ということは本当に大事なこと。本で読めたことに感謝している。

2017年7月8日土曜日

板橋でお気に入りのパンやさん

引っ越して5年目。板橋ではたくさんの美味しいパン屋さんがあり、食べたい種類や予算によって選んで食べています。

勝手に紹介、パンやさん。

●丸十
東武東上線大山駅前と、中宿商店街に昔からあるらしいパンやさん。コッペパンが有名のようです。
私はカレーパンとたまごドーナツが好き。たまごドーナツ、お手頃値段で嬉しいです。
大山のお店にはカフェがあり、ピザなど安くて美味しいのが嬉しい。
ホームページを見たら、モスバーガーも系列店でびっくりしました。そうだったんだ。
モスを食べる時は、パンズも意識して食べようと思います。


●ブロート・ヴァルム
本当に普段からお世話になっているパンやさん。小学校の近くにお店があり、店先で選ぶ「地元のパン屋さん」という感じのところです。最近は軽食も中のスペースで食べられるようになりました。
100円、150円、200円のパン。あんパンなどスタンダードなパンは100円から。調理パンは200円のパンに多いです。
曜日によってゴマの入ったパンやフランスパンなどもあるけれど、いつ何があるのか私はまだ把握できていません。比較的柔らかくて、シンプルなものが多いように思います。
個人的に好きなのはきな粉のかかったあんパンと、コロッケぱん。通りかかると買ってしまう、大好きなパン屋さんです。

●東武パン 工場直営所
上板橋南口を東武練馬方面に歩いて行った時に偶然見つけました。
ここではスコーンとかガレットとか、ドーナツなどを買うことにしています。
東武直営なのでなんでも置いてあります。安くて美味しい。パンは甘めみたいです(私は気づかなかったけれど、甘いもの苦手な友人が教えてくれました。)
スコーンが手頃に買えるのはとてもありがたいです。

●ブランジュリー ケン
最近、知人から教えていただいたパンやさん。この間行ってみました。
下赤塚駅から美術館に向かって歩き出して徒歩5分程度。小さなパン屋さんでした。少し入り口に段差があるので、勇気がいりました。(だから素通りしていたのかも(#^.^#))
ハードなずっしりとしたパンです。どれも美味しそうでたくさん買ってしまいました。
少し気持ち的に遠い(下赤塚に用事ができれば行きやすくなりますが…)ので、気が向いたら行こうと思ってます。

●NEED`s
板橋に越してきた時に、友人が買ってくれたパン。品があって、何よりも美味しいです。
一度テレビで紹介されたら、しばらく私は買えませんでした(汗)
個人的に好きなのは、アーモンドのタルト。伺うといつもきになるパンがあります。
リッチな気分になりたい時、お気に入りのものを買ってうきうきといただいています。

よくお世話になるパン屋さんはこのくらいかなあ。他にも美味しいところはあるのですが。





2017年6月29日木曜日

いつまた、君と 何日君再来

向井理さんが企画の「いつまた、君と」みてきました

いつまた、君と 公式ホームページ

普通に生きている、たくさんの人のなかから、少しだけ一家族の生き方と人生を見せてもらった、と言うような印象でした。
人生は思うようにはいかないもので、他人に恵まれていると思われようがどう思われようが、自分たちの運命に逃げるところはなく、ただただ立ち向かって、生きて行くと言う生き様を観せてもらいました。

親戚との葛藤を描いたシーンでは、私は自分の若い時のことを思い出しながらみていました。
全く環境も厳しさも違うので、怒られそうですが。

「ここにいたらあなたは死んでしまう」

尾野真千子さんのセリフに、ああ、そう思って家族と離れる人は多くいるのかもしれないな、と思ったのです。どんな環境であれ、どのような関係であれ、この想いは共通のところがあるのかもしれないと感じました。

イッセー尾形さんは相変わらず存在感のある演技で、家族ってそうだなあと、なんか本当に、自分の気持ちと照らし合わせてしまうようなシーンが多かったと思います。

人は生きるために生きて行く、変な言い方だけれど、生きるということは、自分の心を殺さず、忍耐強く、誰かを愛し、愛してくれる人たちを悲しませないで生きると言うことだけでいいのかもれません。
何かを成し遂げるとかそう言うことは傲慢なことで、うまくいかないことも含めて自分の人生として受け入れ、今日どのように生きたいかと言うことを実現しようと努力するだけでいいのかもしれないのです。
そんなことを教えてくれた映画のように思いました。

多分、想いをわかってもらいたいなんて誰も思っていなくて、ただただ一生懸命に自分らき生きて、それぞれの思いが通じる結果になったけれど、期待してそうなったわけではないよなあって。それぞれがそれぞれを思う気持ちがいいように糸がほぐれたのだと思いました。

糸がほぐれずに悩んでいる方に、おすすめの映画です。

幾山河

瀬島隆三氏の回想録、「幾山河」を読んで、 第二次対戦前の日本は、世界から孤立していたんだなあと、改めて思いました。 どうにもできない身に迫る思いを感じて、なんとも言えない気持ちになりました。 孤立するって、怖いなあと。 どうにもできないって、追い詰められるなあと。 ...