2018年4月16日月曜日

個人授業

先週、ふと気づいたことがありました。お芝居を観に行く前に、池袋をうろうろしていた時のこと。
一緒に歩いていた方とお話をしていた時に、会話の中で
「その人に起こることは、その人にしか起きないのよ」
という言葉があって。
確かに。

友人のHさんに起きていることは、私には起こらない。

甥っ子に起きていることも、妹に起きていることも、私には起こらない。

世の中に起こることは、とても不平等で、いつも不公平。

似たようなことは起こっているように思うけれど、似たような経験はたくさんあるかも知れないけれど、よくよく考えれば、シチュエーションはそれぞれ違うから、同じような経験でも、まるっきり同じではないのです。
同じ場所にいて、同時に一つのことを体験したとしても、まるっきり同じではありません。
つまり、世界中の人たちが、ひとりひとり全く違う人生を歩き、違う感性から、違う経験をしているということです。

そうだったんですね。だから、個人授業なんです、人生は。

私の身に起こることは、私にしか起こらないこと。
私は障害を持っていて、子供も作らなくて、福祉制度の中で生きていて、叶わないものもたくさんあり、恵まれた部分もたくさんあります。
そして今回どうしても知らなくてはいけないこともありました。
この人生で、感じなければいけないことがたくさんありました。
この人生で私の身に起きたことは、妹には起きないし、友人にも起こることはありません。
私だから起こった、私だけのものです。

私の経験値、私の人生観、私の価値観は、今日までの積み重ねでできたものであって、必要なもの、乗り越える必要があること、理解するためのこと、蒔いた種の結果しかやってこない。
だから、その時その時を、大事に生きることが必須なのですね。サボってはいけないのです。
サボったとしても、その穴埋めのような出来事がやって来ます。
そのときその時を、またとない機会として大切に、自分らしく生きることが、本当に役目なんです。

自分らしく、ということはとても大事。
セオリーを知っていて、マニュアルのようにそれをこなしても、考えて納得していなければ、何も残らないのです。
何も残っていないと、同じような出来事が、手を替え品を替え、次々にやって来ます。
だから考えて、自分の愛情を混ぜて行動して、味わうこと。それが経験となります。

うまくできなかったと思っても、次に同じようなことが起きた時、自分が少し変わったことに気がつくかもしれません。

人生は個人レッスン。その意味がようやく理解できたように思いました。

2018年4月13日金曜日

ストーリー・セラー

池袋シアターグリーンで、ストーリーセラーという舞台を観て来ました。

泣けました。書くという立場から見たからなのか、役者さんたちに圧倒されたのか、泣きっぱなしの一時間半でした。

私の胸に残ったのは、なんだったのでしょう。何がそんなにも、感情を揺さぶったのでしょう。

書くということは、今の自分をさらけ出すことだし、書ききれないということは、まだ向き合えていないということ。舞台のヒロインは、自分をさらけ出せて表現し、作家になったけれど、書く人というそのあり方が、もしかしたら自分の何かに触れたのかも知れません。

そして、愛されること、愛することもとても素直に観ることができました。

観て良かったなあと思います。

舞台挨拶も、この作品に対する熱意が伝わって来て本当に良かったです。

有川浩さんの原作、読んでみようと思います。

今日は盛りだくさんの1日でした。そのお話はまた後日に書きますね。

15日までの舞台です。ご興味のある方は是非。



2018年4月7日土曜日

今夜、新宿の片隅で

ミュージックBar TKOで8日日曜日まで催されている、「今夜、新宿の片隅で」という公演の昼間の部を観てきました。

ミュージックBARも初めてだったし、東新宿(大久保)を歩くのもお初だったので、全部ひっくるめてとても楽しかったです。
間近に迫るコメディと歌はいいですね。笑いっぱなしだったし、歌には惚れるし、最高でした。

普段は楽器がいっぱい並べてあるBARなんですって。行く機会があまりなかったせいか、刺激受けました。


耳に残っているのは〇〇の実況と、歌ですね!!!

いい時間に感謝。

2018年4月4日水曜日

今朝の夢

明け方に、「最近サボっているねぇ」と指摘された夢を見ました。

サボっていることを考えたら、エネルギーを扱うことかなと、思いました…

言い訳をするなら、時間の使い方が下手で…いつの間にかいつも寝てしまって…
1日があっという間で…というか、遊び人のはずなのに汗

天の声は的確です。時間配分考えます。

2018年4月1日日曜日

四月の生き方

今日から四月。少しこれまでのペースが現実的に変わる月でもあります。

今月は、
明るくたおやかに、日々を悔いなく楽しむこと。

でしょうか。

意味深で意味不明でどうにもすみません。

3月のまとめ

3月は、めまぐるしく過ぎて行きました。

あまり体験してないことを体験したり、気づきがあったり、落ち着かなかったり、なんともまとめようのない一ヶ月でした。

自分があまり人から信頼されていないことや、あまり書き残したくはないけれど、いいように思われたいないということも感じたり、だからと言ってそれに対してどう思うこともなく、ああ、そうだったんだ、と納得した瞬間がありました。

人の心を変えることはできない、でも自分の心は変えることができる、この意味は、自分の成長に責任を感じることなのではないかと思った日もありました。

そして、安易に返事をしたり反応したことが、心に嘘をつくことになるというか、不誠実になるということも理解したように思います。

私は自分の判断するスピードを知らなくてはいけないと思いました。それなりに感じたことを考えて自分なりのことが決まるまでは、少し時間がかかるみたいです。その時間を大切にしようと思いました。

感じたことについて考え、自分の答えを出すという作業に実感を持てた月でもありました。

そして、信頼を持てる人と一緒にいるときは、とてもリラックスするのだという腰も実感し、自分はいい時を過ごしていることを知りました。

私が愛情を人に分けることができるということを実感した時間もありました。

こうして書いてみると、豊かな一ヶ月でした。


2018年3月29日木曜日

さよなら桜

石神井川は花びらが散り始め、桜吹雪が綺麗でした。
板橋には強風注意報が出たので、もう時間のもんだいだなあという感じです。

さよなら、今年のソメイヨシノ。

もうすぐ、山桜が咲きますね。

2018年3月25日日曜日

石神井川は さくら満開

東京は桜が満開です。家から近い石神井川の川沿いは、例年通り見事でした。
今年は少しライトアップに工夫があるようです。駅近辺だけのようですが。

提灯だけでも十分夜桜を堪能できると思いますけれども。

毎年少しずつ植え替えられていく桜。場所によっては若木が目立つところもあります。
ソメイヨシノは樹齢が決まっているようだし、川沿いには住宅も立ち並び、道も車一台分少しの幅なので、剪定することもきっと樹木の寿命には影響しているように思います。

剪定といえば、余談になりますが、中板橋駅前のコブシの木は、昨年枝を全て落とすことになったらしく、今年は花を咲かせるのが難しかったようです。
みてると哀しくなってしまいます。諸事情があるのでしょうが…。


今回はガラケーを忘れたりなんだかんだで、写真はまだ取れていません。
今が満開なんて、早すぎるなあ、というのが正直なところです。最近まで冬のように寒かったのに、桜が咲くぐらい暖かな日って、そんなにあったかしらと思ってしまいます。

しかしやっぱりさくらにはみとれます。。夜桜もゆっくり歩ける石神井川が大好きです。

2018年3月22日木曜日

風に立つライオン

さだまさしさんの小説、「風に立つライオン」を読みました。
図書館の受付のところに、飾ってあった一冊です。
春は別れと出会いの季節だから、そのテーマの本が集められていたのです。

さだまさしさんの同名の歌も好きだし、映画も見ました。
小説はどんな風に表現されているか、とても興味がありました。

読んで見て、圧巻、という感じでした。様々な人の、いろんな語り口で前半、中盤、後半一人ずつのある人について語られる形で物語が進んでいくのですが、読んだ後は、たくさんの人たちと話した気持ちになりました。

大切なことを語り合い、共有した気持ちです。

特に、東日本大震災のことが表してあるところは、私も東京で生活していた時間なのに、知らないことが多すぎて、本当にできることをしていたのだろうかという、苦い振り返りの時間になりました。

大沢たかおさんの提案でこの本が生まれたとありましたが、心の中にあるものがこの本を作ったのだと思いました。

さださんは、やっぱり、優しい方だと思いました。

2018年3月21日水曜日

真実について

「真実はひとつ!」というコピーは名探偵コナン君のもの。
コナン君は思い出すとテレビを見ています。時折ほろっときてしまうから、アニメも好き。

一番好きなアニメはワンピース。介助にいらしていたママさんに「とってもいいよ」と伺っていて、ワンピース好きの知人からも進められ、読んで見たのが始まりです。
仲間は見放さない。裏切らない。そして、悪役だと思われる人たちのはーストーリーもすごく考えられているから、毎回感動してしまいます。
お母さん方に人気があるのがとても理解できます。絵は少し苦手ですが。

一番好きな本は、今のところ12国記。小野不由美さんのファンタジー小説ですが、この本を読むと、ファンタジーだからこそ書けるリアリティに感動します。人の闇の部分がしっかり伝わってきます。NHKで作成されたアニメもとてもいい。欲を言えば、シリーズを全てアニメ化して欲しかったです。
リアリティを感じるアニメはとても好きです。と言っても数みてはいないので知らないことが多いかもしれませんが。

このブログにも書いたように思いますが、以前に見た、鋼の錬金術師も良かったです。最初に作られたアニメオリジナル版もいいけれど、私は原作に忠実な方のものが好きです。
全は一、一は全という考え方を、そして経験しなければ人生は自分のものにならないということを、長いストーリーでわかりやすく伝えるということに感動しました。

人間には何が大切なのか、その姿を表すものに出会った時、それが映画であれ、何かの作品であれ、人との話であれ、とても心に残るものになります。
そういうものが、好きなんだと思います。


最初から脇道に逸れてしまって、本題がなんなのかわからなくなってしまいました。

つい最近、ある人と真実について話をしたことを、少し書きたかったのです。

私がつい最近感じたことについて、話を聞いてもらっていた時、その感情をどう伝えればいいのか、私の過剰反応なのか、まだ結論が出ないと、そんな話をうちあけました。

そうしたら、彼女は私に伝えてくれました。

「でも感じたことは真実だから」

彼女いわく、その場で怒りが爆発してしまったり、感情をコントロールできない場合は考えものだけれど、感じた感情を受け止めて考えているということは過剰反応ではないのではないか、ということでした。
そして、感じたことは真実なのだから、と。

そうか、そうだなあと思いました。
そうやって感じたことについて考えていけばいいのかもしれません。感じたことは真実だし、の出来事は悲しかったけれど、私は情動に流されず、今は感じたことを悩み考えているということ。これは事実なんだと思いました。
爆発してしまえばその時は晴れるかもしれないけれど、後に思いが残ります。相手側にも、もしかしたら私の中にも。
同じ残るものならば、少しでも建設的にしておきたい、それが今の私の思いです。

真実はいつも一つ。誰にわかっていただかなくても、変に思われようとも、その事実だけが残り、いつか関係する誰かがそれに気づいていくもの、真実とはそういうものなんだと思います。

信じたものは向き合い続けるしかないなあと思いました。慣れていないぶん、少し辛いということも確かなことですが。

2018年3月20日火曜日

感じたことを言葉にする

数年前まで、たくさんのいかりを整理できなかった私は、本当によく怒っていました。
社会は私に対して不条理だと、その気持ちから逃れられませんでした。

今は、私に対してだけでなく誰に対しても、社会は不条理で、世界は不平等なんだと思っています。

何が私の中で変わったかというと、私だけではない、という視点が入れられたことだと思います。
みんなそれぞれ不条理な世界に生きているのだから、自分だけが不平等なところにいるわけではない、と思えたことです。

だから私も社会を本当の意味で理解することが必要なのだということです。

ただ、だからと言って何も感じなくなったわけではなく、その感じたことをどう表現するかは、今の私の課題になりました。
感じていることを伝えるのは、やって来なかったことなので、とてもとても難しいのです。

まずその時に、何を感じているのかを知るのが難しい。曲解してしまうからです。
感じたことをネガティブに捉えて、感じさせた人を責める言葉ばかりが浮かんできます。

これは今までの私の癖なのかなと思います。

表面的なことではなくて、真に感じたことを表現するのって、本当に難しいです。

今までやってきたことは、感じたことを傷ついたこととして捉えて、傷つけたと思われる相手を責めてきたこと、または自分を哀れんできたこと。

これからやっていくことは、感じたことを私の言葉で伝えていくこと。

この違いは、大きいとは思うけれど、いざやろうとすると、いつもの悪い癖が出てしまって難しいです。

とほほ。今まで何をいきてきたんだろ。

個人授業

先週、ふと気づいたことがありました。お芝居を観に行く前に、池袋をうろうろしていた時のこと。 一緒に歩いていた方とお話をしていた時に、会話の中で 「その人に起こることは、その人にしか起きないのよ」 という言葉があって。 確かに。 友人のHさんに起きていることは、私には起...