2017年8月13日日曜日

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。

出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。
昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめちゃくちゃで、仕切りのような板が便座の上に貼ってあったりして、座れる状態ではありませんでした。

もう一個使えそうなトイレを見つけたので、扉を開けると、広い部屋に簡易型のものが。よく部屋の中を見ると、洗面台で誰かが歯ブラシをしていたり、トイレではないような感じ。一応赤いカーテンで仕切れるようだったので(介助の人が見つけてくれました)、「こうやって仕切って使うのか」と思いました。

簡易トイレは、いらなくなった雑誌を切り抜いてスポンジをはめて作られたものでした。仕方なくそこで済ませることにしました。済ませようとした時に顔見知りの車椅子に乗った人が入って来たので、「ごめん、先に使わせて」と頼んで先に使わせてもらいました。

途中で介助の人が呼び出されて、部屋を出て行きました。

用事が済んだ後、クッションが汚れてしまっていて
「仕方ない」と言ったら、介助の人がものすごくその言葉に嫌そうな顔をしました。
介助の人は、使用済みのスポンジを新しいスポンジに替えてくれていたのです。

私は自分のできないことを、このように人にやってもらっているんだな、と気づいたところで、目が覚めました。

感謝の気持ちが足りないのかもしれません。


2017年8月4日金曜日

鋼の錬金術師

鋼の錬金術師、少し前にすごく流行った少年漫画だと最近知ったのですが、そしてゲームも流行ったみたいと言うことも知らずにいたのですが(最近実写化されたということは知りました)、読みました!!
よかったなー。ワンピースを初めて読んだ時も感動したけれど、最後まで読み終わって、ジンときています。

心に残っているのは、

エドとアルがお互いを想いあった兄弟であること。自分のことよりも相手のことを片時も忘れずに考えていること。

全は一、一は全。の考え方。

二人のお父さんであるホーエンハイムが、自分が得てしまった賢者の石の分の魂全てと対話したと言ったこと。

ホムンクルスもわずかながら成長した者がいたこと。

フラスコの中の小人が、最後、絶望を味わうことになったこと。

人間はやはり自分が経験してなんぼなんだなあと、それをサボって楽をして全てを得ようとしても地に落ちていくだけで現実は何も変化していかないのだと、学ばない人は絶望しか味わえないと、しっかり教えてくれた漫画でした。

読んだことのない人には意味のわからない文章になってしまいましたが、アニメよりも原作の展開の方が私は好きでした。アルフォンスが好きだなあ、兄さん想いで、優しくて、冷静で。私にはないものばかり(笑)

余談ですが、各巻の巻末の4コマ漫画や、表紙の漫画は笑えました。作者は本当にキャラクター一人一人を愛していたんだなあって。
本編が少し難しく、シリアスな作品だったので、息が抜けて楽しかったです。

きっと少年読者は戦いにも目を奪われたのかな。


自分の足で立って歩く。大切だよね、うん。がんばろ。

2017年7月26日水曜日

かあちゃん

最近読んだ本に、重松清さんの本「かあちゃん」がある。
重松清さんの本は好きで、よく図書館で借りて読む。「流星ワゴン」「とんび」から読み始めて、人の気持ちの表現に魅了されてしまった。
先日も他の本と一緒に3冊借りて、よんだ。その中に入っていたのが、「かあちゃん」だった。
ネタバレはしたくないので、内容に触れないように、感想を書いてみようと思う。

ひとつの出来事について、そのことに関係する人たちの思いや状況や人格が本当によく書かれていて、何度も胸が熱くなった。
人が一つの出来事をどれだけ重きを持って考え、それを心に据えて生きることがどんなに大切で美しいかを語ってくれた本だった。
印象に残ったのは、「忘れない」ということと、「もう戻れない」ということだった。

どんなに仲のいい同士だからといって、そしてその行為が本意ではなかったとはいえ、人は人にやってはいけないことがある。その一つのことで、信頼関係は崩れて、壊したものは元には戻らない。記憶がすべて痕跡が無くなるぐらい消えてしまうことがないように、たとえ相手が自分を受け入れてくれることがあったとしても、起こしてしまったことはなくなることはない。それを忘れてはいけない。それほどのことだったのだということを忘れてはいけない。

「忘れない」ということは本当に大事なこと。本で読めたことに感謝している。

2017年7月8日土曜日

板橋でお気に入りのパンやさん

引っ越して5年目。板橋ではたくさんの美味しいパン屋さんがあり、食べたい種類や予算によって選んで食べています。

勝手に紹介、パンやさん。

●丸十
東武東上線大山駅前と、中宿商店街に昔からあるらしいパンやさん。コッペパンが有名のようです。
私はカレーパンとたまごドーナツが好き。たまごドーナツ、お手頃値段で嬉しいです。
大山のお店にはカフェがあり、ピザなど安くて美味しいのが嬉しい。
ホームページを見たら、モスバーガーも系列店でびっくりしました。そうだったんだ。
モスを食べる時は、パンズも意識して食べようと思います。


●ブロート・ヴァルム
本当に普段からお世話になっているパンやさん。小学校の近くにお店があり、店先で選ぶ「地元のパン屋さん」という感じのところです。最近は軽食も中のスペースで食べられるようになりました。
100円、150円、200円のパン。あんパンなどスタンダードなパンは100円から。調理パンは200円のパンに多いです。
曜日によってゴマの入ったパンやフランスパンなどもあるけれど、いつ何があるのか私はまだ把握できていません。比較的柔らかくて、シンプルなものが多いように思います。
個人的に好きなのはきな粉のかかったあんパンと、コロッケぱん。通りかかると買ってしまう、大好きなパン屋さんです。

●東武パン 工場直営所
上板橋南口を東武練馬方面に歩いて行った時に偶然見つけました。
ここではスコーンとかガレットとか、ドーナツなどを買うことにしています。
東武直営なのでなんでも置いてあります。安くて美味しい。パンは甘めみたいです(私は気づかなかったけれど、甘いもの苦手な友人が教えてくれました。)
スコーンが手頃に買えるのはとてもありがたいです。

●ブランジュリー ケン
最近、知人から教えていただいたパンやさん。この間行ってみました。
下赤塚駅から美術館に向かって歩き出して徒歩5分程度。小さなパン屋さんでした。少し入り口に段差があるので、勇気がいりました。(だから素通りしていたのかも(#^.^#))
ハードなずっしりとしたパンです。どれも美味しそうでたくさん買ってしまいました。
少し気持ち的に遠い(下赤塚に用事ができれば行きやすくなりますが…)ので、気が向いたら行こうと思ってます。

●NEED`s
板橋に越してきた時に、友人が買ってくれたパン。品があって、何よりも美味しいです。
一度テレビで紹介されたら、しばらく私は買えませんでした(汗)
個人的に好きなのは、アーモンドのタルト。伺うといつもきになるパンがあります。
リッチな気分になりたい時、お気に入りのものを買ってうきうきといただいています。

よくお世話になるパン屋さんはこのくらいかなあ。他にも美味しいところはあるのですが。





2017年6月29日木曜日

いつまた、君と 何日君再来

向井理さんが企画の「いつまた、君と」みてきました

いつまた、君と 公式ホームページ

普通に生きている、たくさんの人のなかから、少しだけ一家族の生き方と人生を見せてもらった、と言うような印象でした。
人生は思うようにはいかないもので、他人に恵まれていると思われようがどう思われようが、自分たちの運命に逃げるところはなく、ただただ立ち向かって、生きて行くと言う生き様を観せてもらいました。

親戚との葛藤を描いたシーンでは、私は自分の若い時のことを思い出しながらみていました。
全く環境も厳しさも違うので、怒られそうですが。

「ここにいたらあなたは死んでしまう」

尾野真千子さんのセリフに、ああ、そう思って家族と離れる人は多くいるのかもしれないな、と思ったのです。どんな環境であれ、どのような関係であれ、この想いは共通のところがあるのかもしれないと感じました。

イッセー尾形さんは相変わらず存在感のある演技で、家族ってそうだなあと、なんか本当に、自分の気持ちと照らし合わせてしまうようなシーンが多かったと思います。

人は生きるために生きて行く、変な言い方だけれど、生きるということは、自分の心を殺さず、忍耐強く、誰かを愛し、愛してくれる人たちを悲しませないで生きると言うことだけでいいのかもれません。
何かを成し遂げるとかそう言うことは傲慢なことで、うまくいかないことも含めて自分の人生として受け入れ、今日どのように生きたいかと言うことを実現しようと努力するだけでいいのかもしれないのです。
そんなことを教えてくれた映画のように思いました。

多分、想いをわかってもらいたいなんて誰も思っていなくて、ただただ一生懸命に自分らき生きて、それぞれの思いが通じる結果になったけれど、期待してそうなったわけではないよなあって。それぞれがそれぞれを思う気持ちがいいように糸がほぐれたのだと思いました。

糸がほぐれずに悩んでいる方に、おすすめの映画です。

2017年6月22日木曜日

銀座

時間ができたので、銀座に。

知人のブログで「資生堂ギャラリー」を知り、無性に気になって、今日ならばと行ってみました。
思いのほか雨が降らない1日だったので。

丸ノ内線銀座駅から、まず東急プラザの地下によりみち。
その日一緒に行ってくれた方が(すっかりお世話になってしまいました。ありがとう!)、ワインの試飲できるお店を教えてくれました。

でも残念ながら今日はテイスティングできず。その代わり同じフロアにあるザ シティ ベーカリーで、一目惚れしたパンを。

そのあと、キリバコーヒーでコーヒーをいただいて、資生堂ギャラリーへ。
「測量|山」/「砂の下の鯨」吉田志穂展 をみてきました。

エレベーターで降りると、ギャラリーは静かな異空間でした。
見る位置を変えるとまた世界観が変わるような感じがしました。

中二階にも展示スペースがあって(階段なので私は無理)、その場所によってまた違った不風景になるのかなあと思いました。

時間があったのでうわさのGSIXへ。屋上のガーデンに。
印象的だったのは、一階エレベーターのドアが斬新なデザインだったこと。

それからはいつも行く交通会館でギャラリーをゆっくりみたりして帰ってきました。
ちょうど水墨画の個展をやっていて、綺麗な風景画を堪能しました。

銀座や有楽町はよく行くところですが、いつも決まったところしか行かなかったので、今日は少し行動範囲が広がった気分です。

いつも木曜日はプールで泳ぐ日なのですが、大抵は雨が降ります。
なぜかプールを休むと雨が降りません。

お天気の話は、木曜日に会う人たちとの間だけで通じる、木曜日のあるあるなのです。


2017年6月11日日曜日

今年の梅

炊飯器を使って、今年も梅を仕込んでもらいました。
商店街で一キロ380円で買った、2キロ分の梅。

35度の焼酎で一つ一つ洗ってもらい、ヘタを取ってもらって、てんさい糖を入れて炊飯器の保温機能で4時間あまり。
2キロ分は多すぎました。大きめのタッパーにふたつぶん。
一生懸命食べないと。
2回に分けて仕込んでもらったのですが、2回目のものは少し渋みが出ました。何がいけなかったのでしょう。

数日前には赤紫蘇のジュースも作ってもらいました。今年は甘味料を入れずに、穀物酢とポッカレモンだけで味を整えました。

商店街に出ると、いつも安く赤紫蘇が売っていて、みると買いたくなってしまいます。
冷蔵庫に、作ってもらったものがまだ残っているというのに。

冷蔵庫に二キロ分の梅をしまったら、今年の梅雨時の保存食作りは終わりです。
あ、あんずはつけてもらいたいな。それだけは買いましょう!!

2017年6月8日木曜日

かなった願い事

板橋に越して来て4年が過ぎたけれど、まだ叶っていないものがいくつかありました。

まず、近くの総合病院とつながりができていないということ。もともと病院はあまり好きでないので、具合が本当に思わしくないときしか行きたくないと思っています。それがいけないんですね。ひどく健康を害したことも幸いなことにあまりなく、この4年間でご縁ができたのは健康診断を引き受けてくれる、内科を兼ねた整形外科。主治医は以前住んでいた街の先生が引き受けてくださったけれども、苦手意識を持つと本当に総合病院にはいかなくなるので、一箇所でも知っておきたいという気持ちはありました。

それから、リフトタクシーを使いこなせていないこと。リフトタクシーは予約制が多くて、私のように計画性がない人間には縁ができない(使いたい時が突発的なために、早くから予約が必要なシストムとは折り合わないのです)のがとても残念に思っていました。それでも何度か利用してみたけれど、実用的に使えていないのが気になっていました。バスも電車も車椅子で乗れるし、元気な時はそれで済んでしまうのです。

最近友人で体を痛める人が多く、お見舞いに行くことも多かったこともあり、痛みの辛さについて気になっていました。骨折しても手術をしないことを選ぶ方がいたり。また、日常的に逢う方も体がきつそうだったり。とても気になっていたのでした。

最近少し体を痛める出来事があって、ちょっと大変だったけれど、色々と経験して、気になっていたことがほとんど解消されて、不思議な感覚です。ついでに気になっていた漢方系の薬局にもご縁ができました。リフトタクシー、その日に使える会社と縁ができたことも嬉しかったです。

情報は知っていても、実際に活用したり経験してみないと感触がわからないのだ、と改めて思いました。
総合病院も行きたかったところに行って来て、中の雰囲気がつかめてホッとしました(変な話かもしれないですが……)。

ついでに、その日は帰り道で、いつもはグッと我慢している、コンビニのハロハロを買って帰りました。
それもほんとに美味しかったです(^ ^)


それにしても変な願い事はしないことですね。願い事というものは、自分でも思ってみないやり方で叶うものなのかも知れません。
今度からはもっと考えて、ひねくれたり自己本位にならず、建設的な願い事をしようと思っています。


2017年6月5日月曜日

心の中の感情   

どんなに何度も乗り越えたと思っても、同じようなことが起こったりすることがある。

たとえば、どうしても受け入れられない部分を見せる人との出会い。
避けられないトラブル(例えば、話を聞いてもらえなかったとか、自分が正当だと思ったのにわかってもらえなかったとか。)
ある出来事が心のスイッチを押して、その瞬間その出来事から離れられなくなり、その出来事を引き起こしたと思われる人が謝ってくれるか、考えを正してくれるまで、怒りはえんえんと収まらない。

そんなことがあるのは、私だけだろうか。

例えば、私の場合だと、昔よく怒っていたシーンは駅が多かった。
駅で思うように対応されず、待たされたり乗車する位置を決められたり、行き先をホーム全体にマイクでインフォメーションされたり。
電車の車内で名前と住所を聞かれたり、何度も利用する駅でいつも障害者手帳を確認されたり。路線によっては電話でいつ乗るか前もって連絡となければならなかったり。

最近はこのようなことはほとんど感じなくなった。そして、このようなことが起きてもほとんど怒らなくなった。たまにムッとすることはあっても、そこに怒りがあって、私はまだこの部分でおこるんだということを自覚して終わる。日常生活でいろんなことに怒る自分はまだいて、時々疲れる部分はあるけれど。東京という場所に住んでいるせいもあるのかもしれないけれど、いい環境に暮らしていると思っている。

だからと言って、日常の怒りが完全に整理されたとは言いがたく、もう理解したと思っても、再びそのシーンが来た時、明らかに機嫌が悪くなっている。
最近も、ある地下鉄の駅でそうだった。

その人は、「この前も注意したのに」という憤りをぶつけてくる。
確かに、たしかに。その人は、ルールに則っている。

その人と会話をすると、私が若い頃、どんなに正義感ぶって 、「差別をなくす」ために怒り散らし、その怒りが目の前の人を困惑させて、あるいは意気消沈させていたかがとてもよくわかる。
相手を理解しようとせず、正しさをただ主張するコミュニケーションは、目の前の人を疲れさせ、気力を奪うだけなんだと、この歳になって人の怒りを受けとめてみて思う。


人が人を見る目線はそうは変わらない。
わかってもらおうという思いは、残念ながら相手には伝わらない。
思えは自分も、相手の心情をわかろうとはしていないから。自分の論理の中では、相手のことを理解している気になっているけれど。

自分の価値観の中で怒っていても、何も世界は変わらない。自分の怒りが増して、体を蝕んでいくだけ。

そもそも、なんでこんなに怒り続けるのか、本当は何に怒っているのか、本当に怒っているのは自分なのか。

そこに向き合って見ると、意外なものが見えてきたりする。



2017年6月4日日曜日

湯を沸かすほどの熱い愛

宮沢りえさん主演の邦画。
成増のツタヤは新作5枚で10日間1000円ちょいで借りられるので、時折無理やりいろいろ借ります。

この映画、良かった。。

体当たりの人生という感じ。残り少ない時間が描かれる映画って、どうしても最初からしんみりするものが多いけれど、この映画は本当に体当たりします、人生!!!という感じでした。
自分のことを説明しないというのがどんな感じなのか、人に愛情を注ぐということがどういう感じなのか、見本のように見せてもらいました。
そうだよね、何もいう必要はないんだ。
悲しいとか、苦しいとか、切ないとか辛いとか。
人はそれほど、人の話に興味はないし、理解することも難しい。
でも一生懸命生きて、大事な人を愛して、支えようとすることはできる。それが唯一、だれもができることなのかもしれないね。

最後のシーンは面白かった。ほんと、見て良かった。ネタバレしていいなら、思い切りストーリーを描きたい気分です。

2017年5月20日土曜日

花田春兆 様

今日も昨日も本当によく晴れました。

昨日は、早めに伺わせていただいて、失礼いたしました。いろいろ考えると、どうしても約束の時間より早く行った方が、いいように思ってしまったのです。前もってお電話して、周りを考えての判断のつもりでしたが、もしかしたら私本位な行動だったのかもしれません。

初めてお会いしたのは、某企業が主催した障害者リーダー育成のための研修旅行でした。

私は英語力がないので、毎年行われる障害者リーダー養成のための留学試験に、落ちるばかりでした。
その事業の10年の節目に、2週間の研修旅行に選抜してもらい、参加しました。
貴方はその時の団長でした。
その前にもしかしたら、「折れたクレヨン」などを読んでいたかもしれません。

研修旅行の後、何回か詩の勉強会に通ったことを覚えています。終わった後だったか、始まる前だったか、マックのポテトのエルサイズを買って食べられていて、いつも少し分けていただいていたように思います。

私はそのあと実家を離れ、ピアカウンセラーとして活動が始まり、思わぬところで違う形でのご縁がありましたが、なぜだか、風の便りにお話を伺うことが多くなりました。

昨日伺ったときに、友人というところに丸をつけさせていただきましたが、私にとって先生は、文学家であり、俳人であり、文章表現についての心の師でありました。

最後のお別れの日に快晴の二日間を残して、私のように時間より早く伺った者にも、暖かく受け入れていただきました。

著作を読み返し、勉強しようと思います。
ありがとうございました。
ゆっくり休まれて、今生のお疲れを癒されますように、心からお祈り申し上げます。

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。 出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。 昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめ...