2014年6月30日月曜日

理解すると言うこと

てるてるあしたというドラマの中では、16歳の主人公てるちゃんが、
いつもめっちゃいらいらして、怒っていて、

そのなかで、
「おとななら、怒らないで対処するの」と言うような言葉で(正確ではないけれど)輝ちゃんが言われるシーンがありました。

ああ、私も同じと思って。

最近、あることを通して、
ああ、私がその人を理解していなかったんだ
と自覚できたことがありました。

確かに、介助のあり方から考えたら、「私の考えは介助の理に適っている」のかも知れないけれど、 その人の気持ちを返って傷つけてしまった気がしています。

人としての関係の作り方としては、やっぱり私が間違っていたように思います。
その人を理解していなかったのです。

もう少しその人の側に立てていたら、私は少しちがう行動をしていたと思う。そんな気がしました。

私は介助がスムーズに行けばと思って行動していたけれど、もう一度考えてみたら、自分本位でしかなかったんだな。
やはり日々の出来事はばかにできないね。ていねいに考えていきたいな。

茅の輪くぐり

近くの神社で、初めて茅の輪くぐりを括りました。
いつも、わきを通って「くぐったふり」をしていたのに。

茅の輪の両側にスロープが設置してあったのでした!!!

感激。

さすがに手順通りにはスペースの問題もあり、無理でしたが、いやあ、私としては、通れただけでうれしかったっす。

神事はいろんな決まり事がたぶんあるでしょうから、こういうことが出来るって、この神社はやるなって思いました。
…もしかして私が知らないだけで、他の神社もあるのかしら。

大切な人たち

昨日は久しぶりの人と再会。3人の女子会でした。

私はお二人とは面識があるのですが、実はお二人同士も一度会っていたらしく、それも私の介助の交代の時の一度だけだったのですが、なんだか昔から知っていたみたいに楽しい時間を過ごしたのでした。

お二人とも私が一番はげしかった頃に介助に入って下さった方々ですから、ダイビングのこともスキーのことも知っていて、私より私のことを知っているのでした。

水がちょう苦手な私がレギュレーターをつけたりいろいろするのを観てきたので、「今後何をやってもあれ以上はおどろかない」「もう年をとったからあんなに激しいことにはならないだろう」などと言って笑っていました。

なんだか広い世界を感じました。このような方々のサポートを受けながら、私の豊かな時間がつくられていったのだと思いました。

会わなかった間の人生の重みは、私に強い勇気をくれました。

女子会っていいな。本当に今月は恵まれていました。

2014年6月28日土曜日

ただ君を愛してる

宮崎あおい、玉木宏、黒木メイサが出演している、「ただ君を愛してる」を観ました。

そうだな、自分の気持ちを押しつけないって、こんな感じなのかな。
だからといって、伝えないわけではなくて。


相手のことを、第1に考える。
大切なひとだから、理解しようと努力する。

最後は切なくて、でも女同士の友情を感じました。

そして、恋愛対象になった異性は、友だちではなく、こいびとなんだなあって。
なんだか感想書くのってムズカシイ。

てるてるあした

しばらくパソコン休んでいました。
体のキンチョーがキンチョールだったのです。(ちょっとまだヘンかも。)
書きたいことはそのつどあったのだけれども、ほとんど忘れてしまいました。
やっぱりサボるとだめですね。

てるてるあしたという、すこし前のドラマをみました。

なんか、人のために何が出来るのかって、考えることが大事なんだなあって。
それを見せてくれたドラマでした。

人がその心を強くしたとき、自然にそれが出来るようになるようだけれども、
日々の心の持ち方が大事なんだなって。
ドラマなのでわかりやすくみることが出来ました。

それから、人を育てようと決心することも、そのことについて責任を担うことも、すごいことだなあって。

本気でその人のために動くことも、命をかけて守ることも。

そして、その人をそのまま愛することも。

人を想っていくことは、本当に大事なことなんだな。

2014年6月24日火曜日

解放

大学のリポートが提出でき、今日は心置きなく久方ぶりの知人とおしゃべり。
わざわざ訪ねてくれました。

数年前はもっと頻繁に会えていたのに、リラックスした話はできていなかったなあ、と実感。
私はやっぱり一人で出来る仕事が向いていたのかも。
それか、お客さまと1対1のお仕事か。

訪ねてくれたお二人は、よく笑ってくれました。
うれしかったな。

忙しかった今月。風邪もひいちゃってよけいな体力も使ってしまいましたが、おかげさまで予定していたイベントはすべて終わりました。

それにしても。本当に大学、終わっちゃうんだな(リポートが通ればですが)。
すごく楽しい4年間でした。遠回りはしましたが。(リポートが通れば…)
資格、役に立てればいいんですけれども。そこまではのぞめないですよね。

2014年6月22日日曜日

なぜなんだろう

乗り越えてきたはずの出来事が最近また身の回りに起こり、対応に戸惑っている自分がいます。
なぜ今、こんなに来るのか。
私が改めた方がいい考えはなんなのか。
なぜこんなにものごとにいちいち反応し、憤慨してしまうのか。

相手に悪気があるわけでもないので、いつもの私の悪い癖が出てしまっているのかも知れません。
なぜ今なんだろう。
もう少し考えてみます。

2014年6月20日金曜日

まだ気が抜けないけれど

二日間の面接授業が終わり、ホッとしています。
心理学実験のリポートはわんさか書かないといけないので、書き終わったあとの開放感を想像しながら、早いうちに成し遂げようと思います。
心理学のリポートの書き方は、私が普段書く好き放題の文とまったく違う書き方なので、不得意分野の文章を書くトレーニングにもなるのです。

今日感じたことは、実験の面接授業をもし入学した頃に選んでいたら、私は適応できなかったかも知れないと言うことでした。
今日の実験、2つのうちひとつは時間が追いつかずデータとして生きなかったし、もうひとつはみんなと同時進行に出来ませんでした。
たぶん入学したての頃にこういう場面にあったら、私はきっと憤慨するだけだったかも知れません。
差別意識の観点からしか物事をみられなかったかも知れません。

別に除外されているわけでもなく、そこにいて出来る限り参加しようとしたことに変わりなく、そして指導して下さった先生のお考えのように進行していったのですから、それを受けとめて、私は私でベストを尽くせばいいのかな、と思いながら参加していました。

人並みに出来なくても、それが私。出来ることをすればいいのです。

すべて授業が終わって、その場でリポートを提出していった人たちもいらっしゃって、人はさまざまだなと改めて思いました。
自分の身体的・感覚的能力が観られたのも、計3回受けたこの面接授業のおかげです。介助の方がサポートして下さればなんでも出来ると心のどこかで考えていた私は、見事にくずれました。

人のサポートがあって初めて出来ていく日常生活のさまざまなことは、サポートがなければ叶わないのだと言うことを、私はわからなければならなかったのでした。だからサポートして下さる人を集めなければならないと考えるのではなく、サポートを受けることが出来る今日をまず感謝すると言うことなのでした。
そこのところが、以前の私には足らなかったのだと思うのです。なのでその頃にこうした実験の授業を受けても、心を怒りに燃やすばかりで、学べなかったかも知れません。

物事の順序というものは、よくできているものです。

こんなにうまくできているのに、わたしの心はまだまだです。

こんなことを書いている間に、リポートに向きあわないと。それこそ今私の出来ることですね。

2014年6月19日木曜日

今日明日と

最後(でありたい)心理学実験の面接授業です。

夜はさすがに疲れて甘いものを食べちゃいました。

明日は昼はカツ丼にしようかな。

やはりスタミナをつけないと頭がふらふらします。
1日の授業で音をあげるなんて、情けない私です。

つつがなくリポートが書けますように。

今日は着の身着のままで学校にいってしまったので、明日は少し格好も気をつけようと思います。

2014年6月18日水曜日

幻の光 ひとこと感想3

 祖母の失踪、夫の自死を静かに静かに癒やしていく。「なぜあの人は死んでしまったのだろう」この問いかけへの答え方に、心が落ちつきました。是枝監督だったんですね。見終わったあと気がつきました。

天国からのエール ひとこと感想2

他人だからこそ、何かをしてあげたいんだ、昔はそんなおとながたくさんいた…、
こう言いながら行動してしまう心は、すごいなと思った。

引き出しの中のラブレター ひとこと感想1

ホッと心が温かくなる映画でした。主人公に忠告する女友達のぞくっとするような一言がよかったなあ。

2014年6月17日火曜日

独りよがりをやめて

自分の予想と反したことが起こると、私は一瞬、気持ちがかたまってしまいます。
まるで、自分の中にシナリオがあり、一字一句合ってないと気が済まない人のよう。
アドリブがまるで効きません。

どのぐらい長い間、こうして無意識に自分のシナリオの中で生きてきたのか。

そこには私の世界しかなく、人の存在は幻想に似ていました。
理解していると思っていた、私の中の登場人物。

その人がその人のままであることは、その人らしいことなのに。
自分だけ、自分らしくあればいいと思っていたみたい、長い間。

無意識の世界はとても怖い。
自分で意識できない、無限の世界だから。

この、独りよがりな独自の生き方を見直したとき、少し世界が広がりそう。
さあ、変われるかな。

2014年6月15日日曜日

マンデラ 自由への長い道

イオンシネマでやっていたので先ほど見てきました。

すこし心の中にかたまりが出来てほどけない感じです。

あまりにもひどくてつらい思いをしたあと、人は本当に人を許せるのか、
心の激しさを忍耐強く昇華させるとはどういうことなのか。
身近にいる人への愛を忘れないとはどういうことか。

もう少し考えないとうまく感想が書けないのです。

なんか、人は完璧ではないというか、マンデラさんの人間くささがちゃんと描かれているように思いました。

奥さんの哀しみをおもんぱかれというほうが酷なのかも知れないし、

心が重くなりました。それもいい体験なのかも知れません。

この項、書き直すかも知れません。

差別を受ける側は謙虚で賢くないといけない。

映画「42」を観たときの、そんなことを思い出しました。

2014年6月14日土曜日

それでも人生にイエスという メモ

上記の本を読みました。
夜と霧 という本も読みたかったんですが、貸し出ししていないみたいで。あとでもう一度探してみようと思っています。


「人生は絶えず、意味を実現するなんらの可能性を提供しています。ですから、どんなときでも、生きる意味があるかどうかは、その人の自由選択にゆだねられています」

『生きるとは、とわれていること、答えること
ーー自分自身の人生に責任を持つことでである。」

『ですから、生は今や、与えられたものではなく、課せられたもののように思われます。生きることはいつも課せられた仕事なのです。このことだけからも、生きることは、困難になればなるほど、意味あるものになる可能性があることはあきらかです。」

「そもそも、愛は功績ではなく、恵みなのです。それで、愛を通っていくことによって、『恵みの道で』、他の場合には働いて得なければならないもの、活動によって手に入れなければならないものが与えられるのです。つまりそれぞれが唯一であり1回きりであると言うことが実現されるのです。」

「彼は、活動的でやりがいのある職業生活を送っている最中でした。多忙な広告デザイナーだったのです。ーー略ーー腫瘍のせいで、すぐに手足がマヒ状態になりました。そこで、彼はもう、それまで主として自分の人生を意味のあるものにしてきた活動的な生活という方向を維持することが出来なくなりました。ーー略ーー
 病院で横になっているとき、彼は猛烈に読書に取り組みました。ーー略ーー せっせと音楽を聴き、他の患者さんのひとりひとりと活発に会話を交わしました。ーー略ーー 
 ところが、それから病気が進行して、もう書物を手にすることも出来なくなるときが来ました。それほど筋力が衰えたのです。そのときには、もはやヘッドホーンの重みにも得られませんでした。ーー略ーー その患者さんは、自分の命がもう長くないことを、それどころかあと数時間しかないことをまったく正確に知っていました。ーー略ーー ベッドのそばを通りかかったとき、彼は合図して私を呼び寄せました。そして話すのに苦労しながらこう伝えました。午前の病院長の回診の時に聞いて知ったのだが、G教授が、死ぬ直前の苦痛を和らげるため、死ぬ数時間前に私にモルヒネを注射するように指示したんです。だから、今夜で私は『おしまい』だと思う、それで、いまのうちに、この回診の際に注射を済ましておいて下さい、そうすればあなたもしく直の看護婦に呼ばれてわざわざ私のために安眠を妨げられずにすむでしょうから、と。このようにして、この人は人生の最後の数時間でもまだ、周りの人を『妨げ』ずにいたわろうと気を配っていたのです。」
            (いずれも「それでも人生にイエスという 春秋社」から抜粋)
この本を読んでいると、瞬間瞬間、大切に生きたいという気持ちがわいてきます。好きな箇所をメモしました。
 さりげないけれども、人間らしい業績。できればそういうものを残して生きられる人間になってみたいです。

2014年6月12日木曜日

雨と夢のあとに

すこし前に放映されたドラマですが、今頃観ました。

人の思いって、自分が生きていても死んでいても変わらないんだなって。
性格も、思い込みも、視野も。

そして、人を大切に想い愛しているひとを心から愛していくことって、誇り高い行為なのだと、
このドラマを全部視て思いました。

フィクションだし、ホラーという分類らしいし、好みもあるとは思いますが、私にとっては、
ああ、こう思うとこういう行動になるんだ(この行動はこういう意識から始まっているんだ)

相手のことを考えていないと言うことは、こういう行動のことなんだ、と自分の今までの似たような行動とドラマの出来事を照らし合わせている感じです。

柳美里さんの原作とのこと。小説とドラマとは違うようですが、小説も読んでみようと思います。

2014年6月11日水曜日

昼飲み

懐かしい友人が家まで訪ねてくれたので、贅沢にも昼飲みを。
お互いに近況報告しあい、ゆっくり話せていい時間でした。

今月は本当に恵まれた月です。
風邪をひいてしまったことだけが想定外ですが。

そうですね。あとは、つい自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう癖を、どうにかしないと。
友人に、知人に恵まれていると言うことをいつも忘れないで感謝できる自分でいられますように。

自分の心に不安が舞い込むと、私は人の気持ちがまったくわからなくなります。
これも経験の中でひとつひとつ考えていくしかないのですけれども。

昼飲みで友人の話を聞きながら、ふとそんなことを思ったりしました。

年に一度

昨日は年に一度のお仕事の日でした。

とっても楽しい1日でもありました。
毎年毎年自分の生い立ちを話せる機会をいただくと言うことは、どんなに恵まれていることなのか、毎年話すたびにわかります。少しずつ、自分の考えが変化していくからです。

この機会をいただけたことに感謝です。

友人に会えることも、こんなに満たされることだったんですね。

西早稲田から早稲田に向かう道は、濃くなった緑がすがすがしく、気持ちがリフレッシュするようでした。
副都心線に乗ってしまえば自宅からはそんなに遠くなく、とてもスムーズな往復でした。

2014年6月8日日曜日

花菖蒲

浜離宮に初めて行ってきました。
雨もそんなに降らなくて、涼しく過ごしやすいひとときでした。

おしゃべりも楽しく、3人で花菖蒲と緑を満喫。

少し背高の白や薄紫の花は、やわらかでしとやかで、誇り高いような感じがしました。

こうしてひとつひとつ新しい時間を体験していくと、いつの間にか少しちがう自分にあえるのではないかとおもうような、そんなかけがえのないひとときでした。

そうですね。焦ることなく、心に遊びを持って、
ひとつひとつの体験を楽しめばそれでいい。
心から楽しめるならば、それでいい。

きっと、そんな大切な時間が増えていく、そんな予感がしました。

東上線と、有楽町線、大江戸線。
地下鉄、私鉄は本当に乗りやすい。
車いすに乗っていることを一瞬忘れます。

大江戸線の完全バリアフリーには、まだまだ不慣れな私ですが(*^_^*)
障がい者扱いに慣れすぎているものですから……。

2014年6月7日土曜日

我がふりなおせ

人の言い方が野暮なことはわかるのに、自分の言い方はきっとわかっていないのだろうな。

野暮な言い方というのは、イライラとするもの
まわりの方々にフォローしていただいて、なんか自分が情けなかったな。

野暮な言葉を粋に返せるようになりたいな。

そして私もいつか、野暮なことを言わないような装いを身に着けたいものです。
精進するしかないですね。

お世話になる立場なのに、わきまえてないのは私ですね。


話変わって、板橋の旧川越街道は、一歩通行のところがあります。
一方向からの車をみていればそんなに危険はないのだけれど、駐車する車が多いから、歩道を通れないことも多く。

止まっている車をよけて、走っている車を避けて、自転車に気をつけて通るのだけれど。

駐車禁止とかそういうルールは、あってもないもの。
ルールを守らないから、その人は悪人、というわけではありません。

そう言うことは日常茶飯事。そして事故に遭うほうが、ふちゅういだったということになるのでしょう。

人はいつも、自分よりの人生を生きていて、
私もその一人。
他人にどんな迷惑をかけているかは、実はわかっていないことが多く、
平和に過ぎた1日を、奇跡とも思わずに、あたりまえの1日だと思って生きているのかも知れません。

野暮な自分だけれど、粋にいきたい。
うまく行かないけれど、努力をしたいと思います。

2014年6月6日金曜日

本降り

私の住む家は、昔のテレビ番組で例えるなら『八時だよ全員集合』のコントに出てくる「ドリフの家」のよう。
まずまず、賑やかです。

映画を見にいこうと思いましたが、雨に負けて引きこもり。
来週からめずらしく少し忙しいので、風邪を治しきらないと。

数年前、童話を書き続けたいなあと思いづけているとき、あるアドバイスをいただきました。
「障がいを持った子どもにしかわからない、気持ちとか、焦点をあててみるといいかも。誰も書いていない分野だし…。」
そのとき、ああ、書きたいなと思ったのですが、私のなかでうまく理解が行かなかったのでした。

障害を持った子どもの気持ちって、その孤独感のような飢餓感のような気持ちって、どういうものなのか、
自分がまさにその子供だったのに、まるのまんまの体験をしたのに、今ひとつピントがずれていたようでした。

今回、わかりました。
ああ、これなんだ、と。

私は私のなかで子供をやめて、身近な大人がみる「障がいのあるこども」へのまなざしがやっと客観的に見えた気がしました。
すべての関係がそうではないと思うし、こどもの感覚と親の感覚は障害の有無に関わらずずれるから、これはわたしの感覚なのかも知れません。

今日は少し今後の作品への助走。
再来週のスクーリング「心理学実験」が終わるまではちょっとまともにかけそうもないので、イメージを忘れないためにも。この場を借りてなんだかわからない心境を書かせていただいて。

小説を書ける人って、人の感情のありかを客観的に見極められる人なのかも知れませんね。
私はあと何千回人生を経験しないと無理そうです。


2014年6月5日木曜日

伝えてみてわかったこと。

やってみなくてはわからないことは、やったほうがいいと思ってきたけれど、

やらなければわからないとしてもやらないほうがいいこともあるんだなあと、今実感しています。

相手の人が理解できそうもないことを、やったこともないことを、求めてはいけないというか、そこのところ、相手の人を理解していなかったなあ、私。という気持ちです。

役割とか理想に走っていたんだなあと。
その人自身を観てはいなかったんだなあと。

最近の出来事を観たときに、そう思いました。

何かリアクションしなくてはいけないのだけれど、
最初に行動したのは私なのだし。

もう少し考えて行動したい、今夜の気分です。
なぜなら、その方の傷口をこれ以上広げたくないし、
だからといっていい言葉は見つからず…。

考えられるかしら…。

支離滅裂で失礼しました。

2014年6月3日火曜日

こんなに早く

こんなに早く夏風邪を引くなんて、気が早い。

でもおかげさまで早い回復です。

そして健康診断でよさそうな医療機関も見つかりました。

さあ、もう風邪はひかないつもりです。そんな暇はないし。



2014年6月1日日曜日

6月

たぶん、始まりの月です。

遊びも、学びも、再会も目白押し。

しかし私は少し風邪気味。なんとなくいつもの咳が出始めました。


寝冷えかなあ。

こんな遅くに書いている場合ではないですね。

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。 出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。 昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめ...