2015年3月30日月曜日

とんび

少し前につくられた「とんび」というドラマを見ました。
これも「流星ワゴン」を書いた重松氏の原作。

いやあ、よかった。
和尚の言葉が心にしみました。
そして、やっちゃんの愛情と、友人たちの思いが、なんとも暖かいドラマでした。

考え方というか、
哲学が、私の中に直球で入ってくるのでした。

絶対、本読みます。絶対。

2015年3月26日木曜日

光が丘公園

光が丘公園に行ってきました。
下赤塚駅からあるけるかな、とおもって。

とっても広々とした、キャンプもスポーツもなんでもできる公園で、ベンチもたくさんあるし、無料だし、いいところだなあと思いました。

駅からは徒歩30分ほど。ちょっと距離はありましたね。

もうしだれ桜が咲いていました。

ここはピクニックができますね。絶対やろう!

2015年3月24日火曜日

トイレット

「めがね」の監督さんが作った映画。
昨日まで知りませんでした。

もたいまさこさんの、少し違う面が見えたような気がしました。

「めがね」の、独特な間も好きですが、出演者が変わった場合、こんな風になるんだと、不思議な心持ちになりました。

ところどころに「はっ」として、心に灯がともるようなストーリーでした。

しかし、日本人というのは、そうなんだ…。
うちのトイレは今、テクノロジーは何にも付いていないけれどね。

いまはhuluでやっています。

2015年3月22日日曜日

永遠の0

ほんとうは原作の小説を読まなくてはいけないのだけれど、漫画を読みました。

この時代にこれだけ自分の思いや考えを大事にして、行動できたとしたら、生き方としては悔いが少ないだろうなと思い、読み終わった後は感無量でした。
フィクションとわかって、作者の理想というか、考えなのかと思い、残念な気持ちになりました。
特攻隊はまだ最近の出来事で、私の中で「日本の歴史」というような捉え方ができていないのだと思います。だから、フィクションと聞いて、この小説の良さというか、感動どころが半分になってしまったんだと。

理想論では、その苦しみは癒されないように思ったのでした。なぜなら作者もそのときそのような生き方ができたかぎもんだから。
経験に基づかないというのは、よわいのだとかんじました。

私にとってこのお話は物事の考え方の見本というか、サンプルというか、そのような形で収まりました。

ひとつひとつの経験談は、本当なのだろうと思いました。

そして、特攻隊に対してひとつの見方をする新聞記者に反論をした、元軍人の言葉はとても印象的でした。

小説を読むと、もしかしたら印象が違うのかも知れませんが。

流星ワゴン

数年前に本屋でみたときは、こんなに印象深い内容だとは思いませんでした。
久しぶりに、ドラマにどっぷりとはまりました。

毎回大泣きでした。香川さんの演技がとくにすきでした。

私にとっては、3人の父親と3人の息子の物語のように思えました。

どんなに最悪の現実であっても、生きて行く。
生きるということはそれだけの覚悟がいるということを、優しい視点で教えてくれた話でした。


こんな風に優しく強い物語を書ける作家にいつか、なってみたい。
何百回も、人生を経験して、こんな発想を自然とできる心を持つ人にたどり着きたい。

そんなことを思いました。

そのためにも、今はベストをつくさないと。

2015年3月21日土曜日

風に立つライオン

さださんのこの歌は、出来た時から気になっていました。アフリカの地で働く医師の歌であるときいていました。

映画ができると知った時、見たいと思っていましたが、今日偶然みることができました。

生きることとは、奇跡的に頂いた命を全うすることであり、自分自身でかがやかせること。
人生を選ぶということは、必ずしも思い通りにはいかないことだけれど、大切な選択は自分でして、しっかり幸せに生きること。

そのことを教えてくれた映画でした。

忘れられないシーンがたくさんあります。心を揺さぶったシーンがたくさん。

さださん原作の映画は必ず見ていますが、この映画が一番好きです。

好きだけれど、もう一度観るには、少し時間が欲しい。いい映画だけれど、現実がとても心に痛いのです。

世界は、こんなふうで、その現実を決して忘れてはいけない。

そして自分を大切に生き、愛し方を少しでも多く学んでいく必要があるのだと感じています。

http://kaze-lion.com/about/

明け方に見ていた夢

絵をなぜ書かないの?

夢の中でその方は言った。

指を使えば描けるでしょう。

その方は真剣だった。なぜ私が描こうとしないのか、不思議そうだった。

私は自分の左手をみていた。そこで目が覚めた。ながいゆめだった。

2015年3月18日水曜日

「女たち・いのちの大行進in京都」ーー京都在住、福島出身の友人より

東日本大震災のとき福島で生活していた、京都在住の友人から、イベントのお知らせが届きました。


    京都発信「女たち・いのちの大行進In京都」

4年目の3月がやってきました。あの日から大きく人生を変えた私たちは、京都で2度目 の春を迎えました。 フクシマや被災地の事をどの様に何を伝えたらいいのか、考えない日は無い毎日を過ご しています。 そして、京都の人たちを始め、いろんな日本の人たちに支えられながら、今日まで生き 延びてきました。 フクシマの女たちから京都の女たちへ、そして命を大事にするすべての人たちへ、共に 歩きだそうと声をかけ始めました。 今度2015年5月16日土曜日に、京都の円山公園で「女たち・いのちの大行進in京都」 を開催します。 ぜひ、参加していただき、みんなで互いをねぎらい、励まし助け合って世界を変えてい く一歩を踏み出してみませんか? 私たちは、ただ熱き思いと信頼を持ち合わせただけの小さな存在ですが、皆さんの賛同 の力を必要としています。 下記にHPのアドレスを書きました。
 素敵な人たちが参加します。

あなたと共に私も歩きだしたい。光の方へ。

 待っています。
女たち・いのちの大行進in京都

 HPのトップにチラシ、ポスターを掲載しました。
 ダウンロードできます。

2015年3月5日木曜日

自分のルール

障害者運動や福祉関係のお仕事を辞めて、6年が経とうとしています。

最近は、あそびにんの生活にもすっかり慣れました。お仕事というものがない分、日々の小さなことにも目が止まり、楽しむ自分がいます。

最近、気がついたことがあります。
私はずっと、自分のルールの中で生きていたんだということです。

例えば、

仕事はこうでなければならない
物事は準備良くやらなければならない
役割は全うしなければならない

とそんな感じです。

自分の目標ならばまだ良かったのですが、枠組みとして組み立ててその中で生きていたのでした。
枠組みは自分の中のものなので、自分の好きに組み立てられます。

その枠の中で、人を見ていたし、その枠に入ってくれるよう、促していたように思います。

本当は、生きるということ、経験するということはそういうことではなく、その時その時起こることを体験して感じ、感じたことを考えて、考えたことに基づいて動いてみることを言うのでした。そのことに最近気がついたのです。

私がそれまで体験してきた出来事は、自分であらかじめ防御して枠にあてはめようとしていたため、あまり身になっていません。これから一つ一つ自分なりに考え直していかなければならないのです。

自分が作る枠は、「先回り」であり「コントロール」でもありました。
その中でしか人を見ていなかったので、人が理解できなかったのでした。

体験は、先回りしないで起きたことを体験することでいろんなことを学ぶことができると知りました。考えないで無防備になれというわけではありません。自分の世界観にはまらなくていいということなのです。

経験は、その時その時しかできません。最大限、あますところなく感じて、考えて行動できる自分になりたいです。そう、忘れてはいけないことは、できるだけ愛情に基づいて行動することです。愛のない行動は、たとえそれがどんなに社会的に認められる行動だとしても、誰かと自分を傷つけてしまうから。
これがまた、私には大変難しい課題なのですけれども。

できることからしていくしかありません。気がついてしまったのですから。

それで、先回りしなくなったら、日々の何気ないことが少しずつ楽しくなってきました。ドキドキしちゃいます。自分の対応力が試されますもの。

何気ない小さな日々のことなのですが。

障害のある人生

今日、ある方と自立についてのお話になりました。 先日ここに書いた内容のことを話したんだけれど… 以前からお付き合いのある彼女は、本に残して欲しいと言います。 私も書けるものならかきたいけれど、 どうやって書いていいかわからないというか、イメージがわかないというか、 ...