2014年5月28日水曜日

チョコレートドーナツ(any day now)

さっき、観てきました。
やはり、いつも愛を持って行動できるように努力しないと。
私欲とか、利益とか、正義とか、建前とか、
かくれている偏見や先入観や差別に気がつかないまま、自分がいい判断をした気で行動していたら、誰かを傷つける結果を引き起こしてしまうかも知れない。
取り返しのつかないことに荷担してしまうかも知れない。

そんなことを教えてくれた映画でした。
生きる意味を伝えてくれる作品です。


今朝まで、この映画の存在も知らなかったのですが、おかげで気持ちがしゃんとしました。
やはり人は、人のために生きないと。
うまくできなくても、そういう気持ちで生きないと。
ほんとに、みることが出来て、よかったです。

2014年5月24日土曜日

個と共同性

「個と共同性(わたしとわたしたち)」という本を読みました。
新しい世界史のシリーズです。

中国とベトナムに焦点をあてて、社会主義の政策がどのようにつくられ、市民に浸透していったかが興味深く書かれてありました。

読み終わって感じたことは、個人の欲を社会として統制したり、コントロールしていくことは、無茶のような印象を受けたことでした。
個人の利益を追求していく資本主義社会に生きているから、違和感を感じたのか、わからないのですが。

豊かになっていけば感じてしまう独占欲や、比較することで起こるさまざまな感情的なことを、社会システムだけで完全に処理をするという考えは、無理があるように感じたのでした。

だから多くの国が資本主義なのかなとも思いました。

二国間のからみはほとんど書かれてなく、あくまで社会システムの流れがどうできたかという本だったので、私には理解しにくかった社会主義のしくみがわかりよかったです。

とっつきにくそうで後回しになった本でしたが、一応完読して図書館に返せたので、少しホッとしました。

厚焼き玉子各種

都合で厚焼き玉子を数種集めてみました。
セブンの2種と、福からの厚焼き玉子の串揚げ。
玉子があまり好きでないので、こんなことをする機会はあまりありません。
この際だからいろんなコンビニで買ってみようと思ったのですが、そんなに量も食べられないだろうと言うことに気がついて、3種だけにしました。

セブンのは、パック入りとトレイ入りだと味も見た目も食感も違うので、同じ店のものなのにおもしろかったです。

福からの串揚げは、そんなに厚焼き玉子にそそられない人でも、楽しめるかも知れません。 
玉子好きの友人は楽しんでくれたようだし、よかったです。

行きつけになりつつあるお店を紹介できたのもよかったかな。
やはり、ふらふら出歩いていてよかったです。

でも、私の家のトイレは、やはり使いにくかったみたいです。不便をおかけしました。

次回はからおけに行こうと言うことに。
おいしいランチの店、探しておかないとね。

だから言ったでしょう

哲学の講義が終わりました。

今回は難しかったです。やはり哲学は、腰をすえてやらないと理解が出来ません。
私がわかるようになるまでには、まだまだものすごく時間がかかりそうです。

授業のあとにリアクションペーパーを書くのですが、
私は物理的な問題で、その場でうまくかけないので、あとから先生宛にメールしています。
この先生の講義は、毎回このリアクションペーパーをもとに授業が始まるので、そこが好きなのです。
質問に対する疑問や、先生の考え方をお聞きすることができますから。

もちろん、初めて哲学の授業を受けたときは刺激的でした。3回目なので、慣れました。

ちなみに、メールでリアクションペーパーを書くので、私はその場では紙をもらいません。
先生は、私の分は枚数からはずして学生に配ります。

今回私の席は一番後ろだったため、私は紙を回して下さる前列の学生さんに、私の分がないことを毎回説明する必要がありました。

このちょっとしたことが、うまく行きませんでした。

最終日。机に座れず最後列で椅子で授業を受けていた女性が、私が差し出したリアクションペーパーをうけとることを戸惑いました。
この紙が、私の分ではなく、彼女の分だと言うことが伝わらなかったのでした。

説明を何度もしたのですが、小さな声だったこともあり、うまく伝えることが出来なかったんだろうと思います。
私のまわりにいた数人の方々も、ことの次第は理解できませんでした。

私は、何度かトライしましたが、伝えることを諦めることにしました。気分は悪かったけれど、授業中です。

と先生が、
「村山さんの分は枚数から抜いてあるので、ちょうどなはずです」
それまでの態度が変わって、リアクションペーパーは無事にその方のもとに届きました。

ここで私が、にっこり笑ってお辞儀が出来るようになったら、大人なんだけれど。

口から出ちゃいました。
「だから言ったでしょう」

だめですね。
これを言うとますます怖がられちゃう。

大人になるのは、私にとっては至難でございます。


ところで、教室は三人掛けの机と椅子。三人掛けだとたいていまん中の席にはみなさん座りません。
両端から埋まっていきます。
そしてあとからいらした方の数人は、まん中の席に座ると言うことも出来ません。
空いている席の端の人に声をかけて座る方ももちろんいらっしゃいますが、数人は遠慮して机のない最後列で授業を受けていました。
そんな中での一コマでした。

私はどんな態度を取ればよかったのか。
やっぱりにっこり笑ってお辞儀かな。
それか、相手のほうをみない(場が悪いでしょうから)。でも無視するみたいで…。
どうしたらよかったんだろうな

まずは、口を慎みます。

2014年5月23日金曜日

いつか眠りにつく日まで

原題 Evening という映画を、みました。

初めておかした人生の過ち…主人公はその思い出に悩み、最期の時を過ごします。

そして最期にある結論に行き着くのです。

「あなたはたくさんのものを望んで叶えてきた」と昔の親友はいい、本人はそれを認めます。
あなたは幸せだった?
という問いかけに親友は、
やるべきことは果たしたわ

と答えます。

人生はいつも波立っているように見え、その時々は悩むけれど、最期の最期で納得できるような、自分に恥じない生き方をしたい、そんなことを思いました。

2014年5月20日火曜日

リアクション

今日、気付いたことがひとつ

なんやかんや人のことを妄想して、独りよがりの先回りをして、いろんなことを準備して関係する人間関係って、自己中心の関係づくりなんだなあって。

私は結局自分のことしか考えていなかったんだって、改めて。
少し前までの人間関係がほとんどそれでした。

相手のことを理解しようとして、相手のことを思いやってしていたことならよかったのですが、違ったみたいです。

怖さから抜けられなかっただけなんだなってわかりました。
怖いから自分の身を守りたかった。それだけだったんだったって。

人との関係を作るって、そういうことではなくて、相手の行動に対してリアクションを取っていけばいいんですね。
先回りせずに。
妄想せずに。

今日はそんなことを学んだ日でした。

そして、人を想う気持ちって、ステキだなーって、ひとの言葉を聴きながら感じたのでした。

2014年5月19日月曜日

私にとって介助って

介助の時間というのは、「生活に手助けが必要な時間」なのだけれども。

もし、私が自分本位に、「生活に手助けが必要な時間」だけを決めていたとしたら。
本当に「望む通りの時間配分で人に来て欲しい」ということになってしまいます。

たとえば、朝は今日はこの時間しかいらないとか、トイレの時は呼びますからその時に来て下さいとか。

「生活に手助けが必要な時間」というのは、「介助という仕事が成り立ち、介助の必要な人がその人個人の生活のどのサポートでも受けられるよう設定した時間」なのかも知れません。

埼玉で自立生活を始めた頃、教えたもらったことが、
「障がい者が自分の生活を自由していくために、介助者をどう雇っていくかを考える必要がある」ということでした。
行きたいときにトイレに行くということをどのように考えていくか。

介助の方の「待機」(今の言葉で「見まもり」)という発想を、私はこのときに教わったように思います。

一緒にいて下さる方のことを考えた、介助時間。

介助の方とともに生活する時間、という感覚。

最近、それを思い起こすような出来事があり、自分の介助時間の決め方について思い起こしました。

そこで働く誰かがいて、私の生活が出来ているということ。

私は、介助時間を自分で設定しています。
誰かから相談なく時間を変えられてしまうものではないと思っています。

でもたとえば、介助に入る予定の方がやむを得ないことで予定より短くなってしまう場合、または私の希望を少しずらすと介助可能ということがある場合、時間調整することがあります。

私の体の状態は、それが可能な状態なのかも知れません。
毎日、24時間誰かがいないと生活できない、と思うほど障がいではないと思うから。

私は私の体のままで、体験できることがあるのでしょう。

介助として関わる方と、私の生活をうまく互いにすりあわせて、この関係が続いていくのだと思います。

介助を受ける時間は私にとってとても大切な時間。
自分本位に設定した時間ではないから、サポートして下さる方と一緒につくる時間だから。
そして私の小さな日常の希望が叶う時間だから。

よく考えて設定し、入って下さる方といい時間を過ごしたいと思っています。

2014年5月18日日曜日

やるべきこと

人生でやるべきことって、自覚できないもんなんだなあと、今更ながら感じています。
わからないことが多すぎてはずかしいけれど、出来ることをやっていくしかない。
自分に渇を入れて、おやすみなさい。

2014年5月16日金曜日

ただ歩いていただけ

冬の間使った毛布を洗いにコインランドリーへ。
以前住んでいた家の近くには、大物洗い用の、利用料800円(洗剤付き)洗濯機が置いてあり、毛布2枚などお手の物だったのですが、今の地域ではそうもいかず。一枚ずつ分けて洗いました(それでも大物洗いより安かったけれど)。
と、洗濯に来た男性が、
「あ、洗剤忘れちゃった。少し分けてくれませんか」
私もランドリー用の小分けパックを2つしか持っていなかったのですが、合成洗剤だしひとパックの量も多いので、一つ差し上げることに。
「おかねはらいます」
などと言って下さいましたが、お金に換算できないからと断りました。

ランドリー代の小銭が足らないことがわかり、1機目の洗濯機のスイッチを入れたあと、お金をくずそうと近くの自販にいくと、ちょうど飲み物を買いに来た別の男性に話しかけられました。

「(介助の方を示唆して)娘さん?」
「いいえー、違います(ちなみに私と介助の方は同年代)」
「(私の足をみて)足が悪いんだ」
「足だけじゃないんですけど…」私が言うと、
「全身打撲?」
「ちょっと違うかなー」と私。
「打撲は痛いよねー」
うーん。

そんな会話をしたあとにもうひとつ洗濯機を回し、日常品を買ったりして時間をつぶしてランドリーに戻ると、洗剤をあげた男性もちょうど洗濯終了時間だったようです。
「さっきは迷惑かけてすみません」
「迷惑なんて思ってません……」
「女房に怒られちゃいましたよ。人に迷惑かけるんじゃないって」
「……。」
後から回したほうの洗濯機がもう少し時間がかかると言うことで、少し商店街を歩いてみました。

すると、お休みのお店に張り紙が。
「ケガのためしばらく休みます」
お気の毒に、と思いながら、
しばらく歩くと、別の店に張り紙が。
「打撲のため今日は1日休みます」

そうか…。

ただ洗濯に行っただけなのに、なんだか気分がかわりました。
ケガされている方々には、早くよくなられますように。

毛布はおかげさまで、2枚ともきれいになり、今外で風にふかれています。



2014年5月9日金曜日

マルブランシュ

おとといは歯医者さんで入れ歯の調整をしたあとに、哲学の第2回目の講義を聴きに。
今回は哲学の専門科目なので、とてもとても難しい。
連チャンで出かけているせいかひどく眠くなって困りました。

デカルトからマルブランシュへ。
西洋の「神」の考え方は、私には少し受けとめられないものがあるみたいです。

霊的真理と同じ言葉が出てきますが、それを哲学的にとらえて考えるところも難しく、でもなんとか感想メールを出し終わりました。

マルブランシュはデカルトの弟子ですが、デカルトより信仰のあつい方だったそうです。

この程度しか書けない私は情けなく…。

来週はスピノザ。そしてカント。ついて行けないかも。

でも、この先生の講義は好きなので、最後まで出たいと思っています。そして頭を整理するトレーニングに活用させていただきます。

2014年5月7日水曜日

いくべー

秩父の羊山公園、秩父神社、野坂寺に行ってきました。
秩父のほうは、現実的にあまりいったことはないのですが、子供の頃過ごした場所が寄居という埼玉県北部の町だったので、秩父というとよく話題になる場所でした。
なので懐かしさがあります。

武甲山を観たのも数えるぐらいなはずなのに、なぜかなつかしく。
あいにく曇り空で星は見ることができませんでしたが、おいしい空気を吸って新緑を楽しんできました。

羊山公園は、芝桜がまだ咲いていて、鮮やかでした。車いすで走ったのに、ハイキングしたという感じです。
帰り道、近道の下り坂を下りたら車いすが坂の傾斜にタイヤを取られてしまいました。通りかかった数人の方々に手伝っていただきました。
おかげさまで無事に平坦な道に降りることができました。
思わぬところで助けていただきながら、秩父市内を堪能し、とてもいい経験ができました。
小さな電動車いす(簡易電動)で動いたのですが、傾斜に対して限界があることを身をもって実感しました。こういうことがわかるのも、非日常の環境ならではです。

きりの花を初めてみました。いやもしかしたら初めてではないかも知れません。

初めてディサービスのおトイレを使わせていただきました。都心ではそうはいっても多目的トイレはあちこちにあるので、あまりディサービスの場所を使わせていただくことはありませんでした。

ゴールデンウイークにこんなふうに出かけるなんて、久しぶりでした。
一緒に出かけた友人とあーだこーだいいながら過ごせたことも、介助のかたちにこだわらなくなったからこそできた、楽しいひとときだったように思います。
駅員さんの対応とか、もちろんこだわることも必要なこともあるけれど、わかっていながら受け流して上手にお付き合いするのも手なんだなあと改めて。
こだわりって必要なときもあるけれど、邪魔なときもあるんだなあと。
私はこだわりが多すぎたようです。

この地方の言葉「いくべー(行こう)」という言葉がキャッチフレーズになっていて、なんともそれもなつかしかったです。

2014年5月4日日曜日

コンビニのカット野菜

昨日、ゴボウと鶏肉と油揚げの煮付けをつくっていただいたので、2回続けて炊き込みごはんをつくりました。
今晩はコンビニでダイコンのカット野菜を買って、残り物の唐揚げを刻んでマヨサラに。
たっぷり野菜を食べることができました。

コンビニのサラダは高いな、と思うことがあるけれど、カット野菜なら使えると思いました。

炊き込みごはんはとてもおいしい。幸せです。

2014年5月2日金曜日

手紙…映画を観たあとに ネタバレ

東野圭吾さんの小説「手紙」を今読み終わりました。
たぶん私には、映画だけよりも小説も読んだほうがわかりやすいのではないかと思ったのです。

差別を受ける側が、差別と向き合い、どう自分の人生をつかんでいくか。
差別のない場所なんてないこの場所で、自分の差別心とも向き合い、人に甘えずにどう生きていくか。
それを切々と私にといてくれたような気がしました。

どのようなかたちで人間の差別心が潜んでいるのか。それを見せてくれたような。

そして、犯罪加害者と被害者家族、加害者家族の心のずれというか、認識のずれのようなもの、加害者側のその脳天気なずれによって傷つく被害者の思いが書かれてありました。

犯罪者の兄を持つ主人公は、差別から逃げずに正々堂々と生きようとしても「まだ甘えている」と言われます。正々堂々と生きていこうとすることをまわりに理解してもらおうと思っている、つまりまわりを変えようと思っている、そのような意味です。
周囲に心の負担を感じさせない選択とはどういう生き方なのか、と。

甘えないで生きるとは、周囲の心の負担のことを考えながら生きることができるということ、つまりそれが人の身になって生きると言うことなのかも知れません。
正義を社会に問うような生き方ではなく、ただ自分の生き方を決めて責任を取る生き方です。

そして、犯罪者の兄は、いつしか知ることになります。自分が脳天気で何もわかっていなかったことを。罪は服役しても消えず、自分の住む世界は変わってしまったということを。

幾つもの毛色の違う思いが交差していて、今はうまく書けません。
障がいを持って生まれて生きるということや、人生の選択のこと、今までの生き方のこと。
もう少し考えて、書けるようなら書いてみます。

2014年5月1日木曜日

板橋区立植物園、

雨があがったので行ってみました。
無料で入れる居心地のいい場所でした。
でも残念ながら一番上の休憩場所には、階段のみのアプローチしかなくて行けなかった。
残念でした。

クレマチスの花が何種類も咲いていました。
あまり種類を知らなかったので、目の保養になりました。

車いすトイレが見つからなかったけれど、もしかしたら奥にあったかも知れないですね。

季節ごとに行くと楽しそうです。

周辺は、先日行った大仏様や、公園が幾つもあり、今は新緑がまぶしい限りです。
滝の上公園にも行ってみましたが、遠回りしても上からは階段でしか園内には入れず、残念。
階段下も憩いの場所ではあるので、おにぎりぐらいは食べられそうですが。

お昼はゆっくりくつろげる、美術館のある公園に。
梅林のなかに設置されている木のテーブルでごはんを食べていたら、人慣れしている鳩がテーブルの上まで乗ってきたのでした。
追い払っても諦めず。みると、両足を少しずつケガしてて。

私たちが食べている途中でエサをあげてしまうと、他の鳩もよってきてしまうのでえらいことになると思い、あとでこっそりあげようとはなしていたのですが、

鳩のほうが待ちきれなかったみたいです。いなくなっていました。

鳩に観られながらおにぎり食べて、後ろを振り向くとかもが歩いていたりして(公園内に池があるものだから)
写真撮ればよかったなあ、なんて今更ですが思いました。

これでだいたい、東上線沿線はよくわかったような、???
引っ越しして二年目が始まりました。
これからはもう少し交友関係を深められたらすてきだな、と考えています。

もっこうばらが、あちらこちらできれいなこの頃。
もちろんよそ様のものなので、写真は撮りません。はい。

新しい家での暮らし

 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...