2014年7月31日木曜日

何かを気付くか気付かないか

すべてはその人の自由な意志なんだな。

気付きたいのに、気付けないでいるのは、無意識に気付くことを拒否しているのも知れない。
無意識の部分は、私もよくわからないけれど。

昔知った本で、「おとなのための残酷童話」を読破した。同じ人が書いた「老人のための残酷童話」も読んでみた。
印象に残ったのは、カフカの「変身」をもとに書かれた、虫になったサムザの話だった。

虫のくせに生意気なことを、とつい思ってしまう周囲の人たちの気持ちが書かれていて、この感じというものが何か言い得ているような気がしてしまったから。

無意識の部分に気付くために、私に足らないものはなんなのだろう。
わからないことを考えることは、難しい。
私は、わかろうとしていないのだろうか。

生まれたときから

今、とても長い文章を書き始めています。小説なのか童話なのかわからない、相変わらずのものです。
何人かの人に書きかけのものを読んでもらい、意見をもらったりしています。

「何歳頃に施設に入ったの?」

現段階の文章を読んでくれた友人からの質問でした。

学校にあがる前に、3歳から4歳、5歳から6歳と一年ずつ併せて2年間施設に入っていたことを告げると、納得したような感じでした。

「人の気持ちを考えるようにうながすことは、一歳から始まっているんだよね」
友人は、もうすぐ2歳になる娘さんのことを思い浮かべながら、話してくれました。
「だって、ありがとう、とか、ごめんなさい、ということばは、そのための言葉だから」
「そうか…」
「うん。こんなことしたら、相手はどう感じると思う? 、という働きかけは、一歳から始まるんだよ。」

そうか、そうなんだ…ってとってもはずかしいけれど、そんな自覚も持てていなかったことがわかりました。
ああ、そうなんだ。赤ちゃんの時から、人は人の気持ちを考えながら生きるようにとうながされて生きるんだなあ。
私が施設時代に気付かなければいけなかったことは、ここのところでした。
その後の人生でも、そこを最初に考えられなければいけなかったんですね。

充分気が付けるだけのチャンスがある時間だったはず。いろんなことがあったんだもの。
誰かのせいにする前に、受け身で生きる代わりに、私にはすることがあったのでした。

一歳から始まる、考えること。
他人の心を思いはかること。

私に足りないのはそこのところ。

ここの部分がわからないということは、人の心を思い測れないということなので、自分の役割も見えないということになるし、幸せの半分を体験できないということになりますでしょうか。

友人の言葉にはっとしました。
孤独というものは、ここから来ているような気がしたのでした。

2014年7月30日水曜日

赤ちゃんこんにちは

前回会ったときは生まれたてだった彼が、つかまり立ちをするようになっていました。
こどもは成長が早いですね。
ひとときはあっという間に過ぎました。

訪ねて下さる人がいるということは、嬉しいことです。

もちろん、友人にはたくさん話を聞いていただきました。

楽しい時間はなぜこんなに早いのでしょう。

2014年7月29日火曜日

明け方の夢

明け方、2つの夢を見た。

ひとつは友人の夢。
友人が彼女と一緒にいる。彼女は髪が長くて、金髪で、友人よりも若い人。可愛い笑顔だった。彼女は楽しそうだったけれど、どんよりとした天気のなか、橋のたもとで友人は憂鬱そうな顔をしていた。
ここに書くまで、彼女がそばにいて幸せならよかったなあ、と漠然と思っていたのだけれど、書いてみてすこし友人のことが気がかりになった。

もうひとつは自分の歯の夢。
マウスピースの内側で、歯が真っ黒な虫歯になっていた。やっちゃった、と思ったところで目が醒めた。

この前の虫の夢といい、ちゃんとケアしなさい、というようなことかな、と思う。
連日、夢を見るのもめずらしい。

昨日今日と暑さが和らいでいくぶん楽に過ごせる。明日も調子いいといいな。

2014年7月28日月曜日

この間の夢

うちの中に小さな小さなアリが出現した話を書きましたが、
数日前に、
小さなアリがけっこうたくさん床に出現している、という夢を見ました。
アリの他にもコメツキムシとかそういう黒い虫がたくさん。ゴキちゃんはいなかったけれども。
殺虫剤をまかないと、と思っていたら、朝の介助の人が来て、目が醒めました。

ちょっとよけいなものが心にあるのかな、捨てないとな、と思いました。

暑気払い

少人数で暑気払い。
情報交換をして勉強になったひとときでした。
私はおさんどんまでお任せの夜でした(ぜいたく〜)

暑さが続くと眠るのが難しけれど、よくしゃべったせいか、おかげさまで久しぶりに夜中も目が醒めませんでした。
たまによく眠れると、昼間も眠気醒めず。のんきな1日を送ってしまいました。

楽しいひとときは、あっという間。こども時代の夏の終わりのような気分になりました。

こんなふうに、親しい人との時間を大切にしたいですね。自分からも会いに行かないとね。

2014年7月26日土曜日

お祭り。

今日は中板橋周辺はお祭り日和。
大山で友人と遊んだあと、初めてへそまつりを間近で見ました。

中板は板橋のまん中だそうで、へそまつりは今年で19回目だそうです。
おへそを中心におなか全体に顔を描いて、ご当地の民謡に併せて踊る祭り。
大きな傘で頭を隠すので、踊りにくそうでした。

家の近くの小学校では盆踊り大会が。
久しぶりにオバキュー音頭を聞きました。

お祭りのはしご。今日はお遊びの日だったので、はしごでちょうどいい時間配分でした。

お祭りは、地域に知り合いができていた方が楽しいかも。来年はそれを目指そう、なんて思いました。

寝苦しい夜。保冷剤を布の袋にたくさん入れて、顔に当てて楽しんでいます。

2014年7月25日金曜日

ともだち

いつも月末は、友人とすごす時間に恵まれていて、とても嬉しいです。
今月は、前半から、自分から約策して時間を作ってもらうことも多い月でした。

友人を大事にできていたか、そんな気持ちが今めぐっています。
小さい頃から、仲のいい人を作れていたのか、おとなになってからはどうだったのか。

気が合うとか、そりが合うとか、そんなことを感じられるようになったのは、最近なのかも知れませんし、私はあまりいい人間ではなかったように思います。

いい人になりたかった、という欲望は、いろんなところで影響していたように思うのです。

いい人になるのではなく、心に気持ちいいことを積み重ねて、今でも友だちでいてくれる人たちとのいい時間をすごしたいな、と思っています。

2014年7月23日水曜日

立ち止まる

なんのために、生きてきたのか、と書くと大げさになってしまいますが、
50歳を目の前にして、なんだか、ここまで生きてきた意味がわからなくなって,立ち止まっています。

私の行動ひとつひとつが、あやうくなって、どう整理したらいいか。
今が踏ん張り時のような感じです。

何回か書いたようにも思うのですが、以前の私は
「障害を持っていてもあたりまえに暮らす」
ということを目的に生きてきました。
どういうことかというと、できる限りふつうに過ごすと言うことです。
生活について、ひとりで暮らし、仕事を持って、私なりの家族をつくり、家庭を大事にして、仕事を生き甲斐に生きること。
こどもは欲しいとは思いませんでしたが、いっしょに生活を分かち合える人には巡り会いたいと思っていました。

私には欠けていたものがありました。
なぜ仕事がしたいのか、
なぜ家族が欲しいのか、
ということへの理由です。

社会の役に立ちたい、という、仕事に対しての正当な理由の奥には、
「私もいい仕事ができるということを社会に認めさせたい」
という気持ちがあったようなのです。

家族を持ちたい、自分の家庭を大事にしたい、という思いのうらにも、同じように気持ちがあったように感じています。
誰を大切にしたいか、という中身がなかったのです。

ものごとは形式でなく、本質の中にしか大切なものはなく、私にはそれがわかりませんでした。

人は、私にとっていつも「不在」だったのかも知れません。

私は誰かのために働きたかったのではなかった。
これは自分の心の中のこととはいえ、衝撃的でした。

私が今まで感じていた生きる目的は、私の不満を満たすためのものだったのでした。

それが壊れてしまった今、自分が何をしたら満たされていくのか、手探り状態になりました。

愛されたいという、愛されていると実感したいという、内なるものの存在はわかります。
そのために、たぶん生きてきたのです。

そのために求め続けて、間違えて来たのです。

人から愛される事を求め続けると言うことは、受け身であると言うこと。つまりこどものままで、成長できていなかったと言うことです。

人を愛していけるのか、今私が毎日生活の中で起こしていることは、愛がこもっているのかどうなのか。
わからなくても、どうであっても、やってみるしか道はない。
間違えているとおもったらやり直すしかなく、どうしようがなくてもいただいたいのちをまっとうすることが、最低限私が果たすことのできる責任です。

戦争のないこんなに恵まれた環境の中で、何不自由なく自立生活を続けられ、考える時間が与えられています。
戸惑っていても、正しい判断ができていなくても、ひとつひとつ考えて、やってみるしか方法はなく、そのように今生きられることに、私はもっと感謝の気持ちを持つ必要があるのでしょう。

私にもっと必要なのは、人に対する『おそれ』であり、それが謙虚な気持ちを生むのだと思います。
おそれとは怖がるという意味ではなく、謙虚になるという意味合いです。
それは、普段御世話になっている方々が、それとなく態度で私にみせて下さっています。謙虚さのない態度がどんな印象を与えるかも、見せてくれる人がいます。
きっと私もさんざん、こんな思いを人にさせてきたのかも知れません。

感じない心を感じるように鍛えることも、感じすぎる心を感じすぎないように鍛えるのも、私には難しいことですが、

やらないと。もう半世紀生きてきたことになってしまうのだから。
やり残しがないように。
ああ、でもできるかな、ずっとできなかったことなのにな…。

経験したままでなく

経験したままにしないで、経験を積み重ねる。。

これが、今まで私ができていなかったことみたいなのです。

たくさんたくさん経験してきたのに、そのことについて考えていなかった、ということでしょうか。
考えると言うことは、どういうことなのでしょう。
経験を考えると言うこと。

客観的にその出来事を見て、それがなぜ起きたか、何をする必要があったのか、時あ゛んのとった行動はベストだったのか。
そのことを思うことなのでしょうか。

思考とは、思いを考えること……と書くけれど、

ひとつひとつ、経験を思い出したら、そのことについて考えてみようと思っています。
でもこのブログには書けないな…。難しくて。
自分さえわかっていないのに。

2014年7月21日月曜日

沐浴

赤ちゃんの沐浴用のビニールプールを、初めて使ってみました。
久しぶりに下半身浴をしたら、めちゃくちゃ暖まってびっくりしました。

湯船のありがたさを改めて認識。
癖になりそうです。

毎日お湯につかれるように、安全な方法を考えようと思います。
ちょっとすべりやすかったので。
お風呂全体が、少し狭い空間であることと、今まで入り口との段差を埋めていた台を取り外したら、意外とその段差が大きくて、上り下りがしんどかったのでした。

午後からは、以前住んでいた家のお風呂用の低い台を久しぶりに持ち出して、ちょっと段差を解消してみました。

もともとこの家の浴室スペースは私にとって狭くて、湯船が壊れていないときもときたま入るぐらいが関の山でした。お風呂にあがったり降りたりって、あまり場所が狭いとうまくいかないものなのです。

なので、お遊びのような方法ですが、この赤ちゃんプールはいいかも。ちょっとせまいのは気になるけれど。

ちなみに、半身浴が終わった後、プールに残っていたお湯は、水深推定5センチ程度ですって。
ま、赤ちゃんじゃないし、、ね。


2014年7月18日金曜日

発見

今更ですけれど、こんなに英語ができなかったんだな…と。

大学のホームページに、英語を初歩から学べるeラーニングのサイトがあり、らいげつに受ける最後の科目試験は英文法なので、せっかくだからきちんと勉強しようと思ったのですが。
初歩なのにけっこう間違えています。今更ですが自覚しました。

苦手なので根気も続かず。

でも、せっかくの試験時間なので、楽しんでこようと思っています。

英語堪能になるのは、夢で終わりそうです。

2014年7月16日水曜日

室内での生活

3ヶ月ほど、自宅での生活に簡易電動を使ってみました。
畳にカーペットを敷いて、テーブルで食事する生活です。

関係するのかしないのか、緊張の強い右の肩から下がひどく痛むようになりました。
体調も関係しますが、いくぶん緊張が強くなった気も。
ごはんも食べにくくなってきていました。

それで、昨日からちゃぶ台生活にしています。

トンボ座りをするといくぶん腕が安定するので、少し力が抜けています。
こんなことってあるんですね。
私はぜったい車いす生活の方が楽だと思ったのに。

脳性まひは不思議。
わからないことが多いです。

あり、ありあり

小さな小さなアリが家の中にバラパラといて、困るほどではないけれど、どうしようかなあと思っています。

行列にはなっておらず、目を凝らさないと気にならないくらい。
でもいるんですよね。

見つけたぶんは容赦なくいたしますが、アリの巣ころり系は使いたくなくて、ハッカ水と輪ゴムで対処を始めています。

それにしても本当に小さな小さなアリです。いままで見たことありませんでした。

てまえみそですが

放送大学のエッセイコンテストに応募したエッセイを、ラジオで読んでいただきました。
アナウンサーの方に読んでいただく機会など滅多にないものなので、いい経験をさせていただきました。

エッセイコンテスト 7/1〜放送分

2014年7月14日月曜日

イスラエルとパレスチナ

テレビを見るたびに、
どうしたらいいんだろうと 思います。

宗教上の問題は
そして育ててしまったおたがいの憎しみは、どうにもならないものなのでしょうか。

私も、人の心が読めなくてたくさん失敗するけれど、
人の立場で考えると言うことがなかなかできない人間だけれど、

やっぱり私の今できることは、自分の中の戦争をなくす努力をすることと、人の立場を分かろうとする努力なのかな。

悲しんでいてもなにもできないし。
今できることはそこなのかな。

ガスのにおい

窓を開けるとガスのにおいがしたので、心配になりみていただくことに。
思いのほか大ごとになっています。

ただいま家のまわりのガス管を点検中。
コンクリがどんどんこわされていっています。

こんなことになるなんて。

でもおかげさまで、大家さんのお宅に初めてお電話して、ご関係の方とお話しすることができました。

こういう機会がないと話せなかったと思いますので、よかったなあと。
私の言葉も通じて、よかったなあと。

不動産屋さんもわざわざ様子を見に来て下さいました。

点検が始まって1時間半。どこからガスは漏れているんでしょう。

気がついてよかったです。


結局、ガス管に穴が開いていたそうです。
おかげさまで、ガスは使えるようになりました。

2014年7月13日日曜日

こんな天気だと

旅に出たくなります。

昨日は紫蘇の葉ジュース第2弾をつくりました。
他につけられるものはないか、思案中です。

創作意欲もちょっと小休止の今日この頃。
今日は知人に逢いに行こうかと思いましたが、少し出かけただけでのんびり過ごしました。

明日はどんな日になるかしら。

昨日、夢を叶えた方から嬉しい報告メールをもらいました。
叶えるために頑張ってきたことを聞かせていただいていたので、感無量でした。

2014年7月10日木曜日

ごとくの奥に

ガス台の話です。

先日、片方のコンロの火がつかなくなりました。
一見、どこも悪そうに見えないのに、どうしてもつかない。
ガスのにおいがひどくなるだけ。

火付けのための乾電池を替えてみたけれど、やはりだめ。
結局、ガス屋さんに見ていただきました。

ガス屋さん、ごとくのまわりをていねいに見たあと、私たちを呼びました。

なんと、ごとくの奥の器具の向きが違っていて、点火の火花の位置を隠していただけでした。

なあんだ。

と言うか、少し若い頃は、私、自分で見ていたのに。このしくみ、知っていたはずなのに。
私、老化か。。
思いもつかなかったなんて。

ガス屋さんに慰められて、出張ついでにストーブを片付けてもらって、一件落着。
解決したし、まあいいか。

ディア ドクター

最近観た映画です。

あまり書くと、ストーリーになってしまいそう。人の心の弱さが冷たく感じる、そして鶴瓶さんがあったかく人間らしく感じる作品でした。

最近は邦画をつい見てしまいますね。どうしても邦画の方が好きです。

2014年7月8日火曜日

すいかともも

商店街には掘り出し物が多く、日々顔を出すといろいろいいものを見つけます。
今年は結局梅を3キロつけたのですが、だいたい一キロ150から300円で買っていました。
今日はさすがにもう梅はなく、今年はこれで終わりです。

その代わり今日は熟れた桃を3個200円でゲット。

スイカ好きの友人用に昨日買っておいた小玉スイカもお手頃価格で購入。

おかげさまでスイカも桃もうんまかった!
すいかは、喜ばれました。

安くておいしいものはありがたいです。

梅、もう少し欲張ってつけておけばよかったな。
次は何をつけましょう。ピクルスかな、簡単なのは。

2014年7月7日月曜日

事務作業

雨の日は事務をやるとはかどるので、細かな書類を点検しています。
春に購入したワークチェアの保証書が、こういう日に出てくるものなのですね。

このワークチェア、意外と早く壊れました。

家の中を簡易電動で生活できるように切り替えたこの春、介助の方用に購入したのですが、高さ調整が出来なくなってしまったのです。

書類を見つけた今日、試しに修理依頼をしてみたら、新品と取り替えてくれることになりました。

七夕様。今日はいい日です。雨だけれども。

2014年7月6日日曜日

クチナシの花

文京区にある放送大学の学習センターには、門を入るとクチナシとジンチョウゲが植えてあります。
どちらもいい香りで私は好きですが、今はクチナシが咲いて、風に乗っていい香りが楽しめます。
目的を達成し、もう来なくなると思うと、少し寂しい気もします。

先日、大学の前を歩いていたら、5年ぶりに知人と出会い、思わず手を取ってさわいでしまいました。
その方も学生さんで、マイペースで勉学を楽しんでいるようです。
もともとは介助というかたちで出会いましたが、いろんな経験をされている方で、同じ大学だと知ったときは「どこかで会えるかも」と少し期待をしていました。
今回、めぐり逢えて本当に嬉しいです。

大学という共通のことでの思い出といえば、職場で一緒に働いていた方が先輩だったとわかったときも嬉しかったです。
仕事を引き受けてくれていたときに、傍らで努力をされていたことをその時初めて知りました。

そしてその方のひとことで、私は認定心理士にトライしてみようと思えたのです。

それまで、資格など嫌いでしたし、認定心理士は苦手な統計学やいくつかの分野の単位を取らなくてはいけなかったので、私には向いていないと思っていたのでした。


統計学にとても不安だったときには、先に道を行った先輩がいてくれました。
その頃、認定心理士は卒業研究をやらなくてはいけないと私は思い込んでいました。
私の「卒業研究の申請落ちちゃったし」という言葉に反応してくれたその人は、ちゃんと事務局に確認して書類を見せてくれました。
そして、統計はどうにかなるわ、と言ってくれたのでした。

楽しかった勉学の日々でした。

もう認定書をもらったつもりの、花の香りに酔うような思い出づくりでした。


2014年7月5日土曜日

しそジュース

しそジュースを今年もつくりました。

材料

赤ジソ 一袋
てんさいオリゴ糖シロップ 200g
水 1,5リットル弱かなあ
穀物酢 カップ1
レモン水 50ccぐらい


つくりかた
赤ジソは洗って泥をとり、茎をとって葉だけにしておく
水を沸騰させて、赤ジソを5分ほど入れる
葉が緑になったら鍋から取り出し、葉は捨てる
煮汁に糖類を混ぜ、20分ほど煮詰め、灰汁を取っていく。
最後に酢とレモン汁を加えて、醒めたら容器に入れ、冷蔵庫で冷やす。

薄めのしそジュースなので、そのままでも飲めます。
砂糖はレシピでは500gと書いてありました。

水の量は適当でした。圧力鍋に半分の量でした。


梅のメープルシロップ漬けをつくってみました。

用意するもの

材料

35度以上の焼酎
梅一キロ
砂糖お好み(一般的に300から500グラムでしょうか)

道具

ようじ
炊飯器
梅を入れておく容器

梅は1つずつ焼酎で洗います
出来れば炊飯器のお釜や、ようじ、容器などは、焼酎でキッチンペーパーを使って拭いておきます。

ようじでへたをとります

炊飯器に梅を入れます
糖類をお好みで入れます。
そのまま炊飯器の「保温」機能を押し、5時間以上そのままにしておきます。

私は今回、メイプルシロップとてんさい糖を使いました。量はとても適当で、てんさい糖は調味料容器用スプーンに5,6杯、メイプルシロップは炊飯器のお釜に3まわりぐらい入れました。

三合炊き用で一キロの梅が入ります。氷砂糖を使う場合は、一度に氷砂糖は入れられないので、何時間かおきに、数回に分けて入れることになります。

今回は結局三回つくりました。
3回目は一晩保温したせいか、ぷりぷりっとおいしい梅が食べられています。

メープル入りの梅酢は、炭酸水で割るとおいしいジュースになります。絶品です。

2014年7月4日金曜日

なんどもなんども

過ぎていったことが思い起こされる最近。ひとつひとつの自分の行動が、目に浮かんでしまいます。
思えば人にたいして浅はかなことをしてばかり。本当はどういう行動が善かったのか、その時の心持ちから点検する今日この頃です。

こういう時間も、必要なのかも知れません。

2014年7月2日水曜日

気が急いて

まだリポートの結果も出ていないのに、認定心理士の申請書類を整え始めました。
だって、結果が出たらパッパッパって手続き済ませたいんだもの。
リポートが通ることを前提に、考えております。

今日は体のメンテナンスの日。
あっという間の一時間半でした。
いろんな話しも出来て、体の痛みも消えて、嬉しいです。

残るは、資格にも卒業の単位にも(卒業しちゃったし)なにも関係のない英文法の試験を受けるだけ。

でもほんとにやる気でないんです。こんなにやる気ないのなら、他の興味のある課目にすればよかったです。心理学系の。
どないしましょうね

2014年7月1日火曜日

7月

昨日行ってきた神社にまた行ってきました。
おとなも書ける七夕の短冊に、ほんとにこどもの時以来、書くことのなかった、願い事を書いてきました。

今日のもやもやが、少し楽になりました。

本当の意味で、世界の平和に貢献すると言うことは、どんなふうに行動すればいいんだろう。
今、そう思いながら書いています。

今夜の「ありえへん」もとてもよかったし。ガーナのたけべさんも、大戦中の海軍の救助活動も、オーストリアに渡った女性の話も。

私は日々やりたいことを表現できているか、めいいっぱい体験しているか、
出来ることをやっているか、やりたくないことをやってはいないか。

恥じることなく生きているか。


今月はどんな月になるかしら。
前向きに、生きましょ。

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。 出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。 昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめ...