2016年8月31日水曜日

それが私の生きる道

週末は予定もなくなって、久しぶりに24時間テレビをつけたり消したりしていました。

30数年前に(もうそんな前なの??)この番組から電動車椅子をいただいた私。二十歳前に電動車椅子で外に出られるようになったのは、この番組のおかげ。

両親と営んでいた文房具屋の取材に来てくれたのもこの番組。
初めて自立生活をしたまちで、私を支援してくれた団体の先代代表がドラマの主人公になったのもこの番組でした。

毎年見たり見なかったりだけれども、今年は、いろんな人生のあり方を見せていただいた、というものが感想です。

それぞれの人生、いろんなことを乗り越えて今笑っている人たち、哀しみを抱えながら生きている人、家族の思い出を語った人。
私にとっては、生き様を教わったひとときでした。

人生の岐路に立った時、人は何を選ぶか。その気持ちはなんなのか。
ドキュメンタリー特集を見た感じでした。

このような番組がないと、あえて自分の家族とか、気持ちとかを見せることはないだろうし、テレビの前に座る私も、知ることはなかったのだろうな、と。

今年のテーマは、「愛 それが私の生きる道」。この番組によって多くのこどもたちの夢も叶って、よかったなあと純粋に思ったりしていました。

2016年8月19日金曜日

ルドルフとイッパイアッテナ

児童文学の「ルドルフとイッパイアッテナ」。図書館に行くと必ずそのコーナーで見ていたりしていたのですが、手に取ったことはなく。イッパイアッテナってどんな意味なんだろうと思いながら通り過ぎていました。
8月公開の映画。鈴木亮平さんが声をやるということで
観よう!!!
というテンションが上がり、

今日は自分の誕生日ということで(あまり関係ないか…でも、なんせ亮平さんが声をやっているし…)、見てきました。

(俺物語という映画を観てから、亮平さんにハマっております。)

新聞評では、児童文学の良さを忘れないでつくられているというようなものがあったけれど、確かに。よかったよー。
なんだか、今私が実感しなければならないことを見せてくれたというか、ああ、余計なことを喋らないということはこういうことなんだ、とか、希望を持つということはこういうことなんだとか、悲しみはあえて説明しなくてもいいし、他人に分かってもらわなくてもいい、そして無理に整理しなくていい、などということを、猫たちが教えてくれる、奥行きのある映画でした。

子どもの本はいいですね。こういうことが書いてある文学だったんですね。やはり読んでみようかな。巷の夏休みが明けたら。

子どもたちが後ろの席でいろいろ感動したような声をあげていたのも、聞くことができてよかったかな。

蛇足ですが、あるところでは私の年齢は今回も28歳ということになっております。張り倒されそうですが。

精進いたします。

2016年8月17日水曜日

グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札

2014年 アメリカ、フランス、ベルギー、イタリア合作の伝記映画。
下記は、モナコ公妃が映画の最後に語った言葉です。モナコは危機でした。
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世界の片隅にある小国においでくださり感謝します。
モナコは昨今トラブルに見舞われています。

私が演技を始めた頃
優れた脚本家だった伯父は祈りを捧げるように言いました。
「いつか私が成功したら感謝を忘れません」と毎晩唱えました。
影響ある立場になった時その気持ちが役立つと信じて

なぜハリウッドを去ったか?
理由は簡単です。王子と恋に落ちたからです。

彼のおかげで、思いやりの気持ちで世界を見るようになりました。
不当な世の中に立ち向かう力も持てました。
だからこそ赤十字を支援するのです。
世界をよくしたいと心から願うからです。

大切な友達がこう言いました。
「王族との結婚を夢見る人と他人はその『意味』を分かっていない」と
その「意味」とは
「選ぶ」ことです。

そして私はモナコを選びました

王宮は華麗ですが儀礼的で気取った場所に見えるかもしれません。
私は公用語が上手く話せずそんな自分に苛立つこともあります。

それでも私はモナコ国民です。
モナコの人々は世界の片隅で正しいことをしようとする善き人々です。
全力を尽くして
結婚している方はよくわかるはずです

子供じみていますが私はおとぎ話を信じます
心から望めば実現するはずです
どんな努力でも惜しまない覚悟があれば世界は変えられると信じています。
憎悪や衝突も消えるに違いありません。
代償を払う覚悟があれば

私にとってモナコはそういう国です
その意味でモナコは私自身です

私は軍隊を持っていません。
誰の不幸も望みません。
たとえ侵攻されても抵抗することなくここにいます。

自分の出来る範囲で少しでも世界を変えるために

でも破壊する人がいれば
現実もおとぎ話も終わりです。
気に入らないから破壊する人たちがいます
当然の権利とばかりに

幸福や美を破壊する権利は誰にもありません。
それは許されないことだと教わりました。
そんな世の中には住みたくありません。
庭に戦車が侵入しても
爆弾が投下されても
愛があれば解決できるはずです。

なぜなら愛の力を信じているからです。
今夜一堂に集まったのも愛の力だと思います。
愛の力があれば武器や政略や恐怖や差別はなくなり
世の中が正しい道に導かれます

だから今夜は愛を賛美したいのです
私は愛を守り抜きます。
皆さんも各自の方法で努力してください
自分の社会の中で
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自分は今、どのように物事を選んでいるか、事実を見ようとしているか、学ぼうとしているか、見終わっても考え続けたくなる映画でした。


十二国記 好きな箇所。

小野不由美さんの長編ファンタジー小説。最近、ネットで映画が見られるサイトhuluでアニメ版も始まって、ファンとしてはとても嬉しく思っています。


以前、自立生活センターの事務局長職のお話をいただいてその役職で働き始めた時、とても悩んだ頃がありました。
力量や経験のない私にとっては難しい仕事だったので、この職で過ごさせていただいた数年間はいつも悩んでいましたが、初めの頃は特に悩むばかりでした。
もともと怠け者のところがあるので、仕事に向き合おうとするまで時間がかかったのです。
このような時に、職場の人から教えてもらったのが、この「12国記」でした。

虚空の世界にある12の国の物語。普通の女子高生が一国の「王」になってしまうところから物語は始まります。
ファンタジーの世界だからこそ、作者はリアルな苦しみ、葛藤を書けたのではないかと、ファンとしては勝手に思っています。それほど、「王」になっていくみちは厳しく、また、生きるということの厳しさ、無常さ、自分を知っていくことの大切さを教えてくれます。

ここ数ヶ月、考えることがあり、この本も読み直し、アニメもなんども見ることになりました。
ぶれない視点というのは、こういうことかと思いながら、またこの小説に助けてもらいました。

十数年前に、職を納得するまで勤めてみようと思ったのは、主人公・陽子が王になることを悩んでいた時に、伝えていた、陽子の親友・楽俊の言葉を読んだことによってでした。

「陽子、どっちを選んでもいいが、わからない時は自分がやるべき方を選んでおくんだ。同じ後悔をするなら、軽い方がいいだろう?」

今もこの言葉は胸にあり、心が萎えてしまいそうな時のつっかえ棒のような言葉になっています。

この項では、十二国記の好きなセリフを随時書きたしていこうと思います。

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小野不由美  
十二国記 『月の影 影の海』(講談社刊)から抜粋

「陽子は遠い人だったんだな……」
「わたしは」
「本当なら、おいらが口をきける方じゃねえ。陽子、なんて呼び捨てにも、もうできねえなぁ」
 言って立ち上がる。
「そうとなれば、一刻も早く延王にお会いするのがいい。関弓へ向かうよりも近くの役所に届けたほうが早い。事は国の大事だからな」
 背を向けたまま言ってから、改めて振り返り、陽子を見上げた。
「遠路のことでお疲れとは存じますが、ここならばまっすぐ関弓に向かわれるよりも官に保護をお求めになるほうが早い。延王のご裁可があるまで宿にご逗留願わねばなりませんが、ご寛恕ください」
 深々と頭を下げた姿が悲しかった。
「わたしは、わたしだ」
「そういうわけには」
「わたしは」
 ひどく憤ろしくて声が震えた。
「わたしでしかない。一度だってわたし自身でなかったことなんかなかった。王であるとか、海客であるとか、そんなことはわたし自身には関係ない。わたしが、楽俊とここまで歩いてきたんだ」
 楽俊はただ俯いている。丸い背が、今は悲しい。
「どこが違う。何が変わったの。わたしは楽俊を友達なのだと思ってた。友達に豹変されるような地位が王座なんだったら、そんなもの、わたしはいらない」
 小さな友人の返答はない。
「そういうのは差別っていう。楽俊はわたしのことを海客だからといって差別しなかった。なのに王だと差別するのか」
「……陽子」
「わたしが遠くなったんじゃない。楽俊の気持ちが、遠ざかったんだ。わたしと楽俊の間にはたかだか二歩の距離しかないじゃないか」
 陽子は自分の足元から楽俊の足元までに横たわった、わずかな距離を示した。
 楽俊は陽子を見上げる。前肢が所在なげに胸のあたりの毛並みをさまよって、絹糸のような髪がそよいだ。
「楽俊、違う?」
「……おいらには三歩だ」
陽子は微笑う。
「……これは失礼」
楽俊の前肢が伸びて陽子の手にちょこんと触れた。
「ごめんな」

☆☆☆
「卑屈になって言っているんじゃない。根拠のない不信なら卑屈と言われても仕方ないけれど、わたしの不信に根拠がないわけじゃない。わたしはこちらで、たくさんのことを学んだ。その最たるものが、平たく言えば、わたしは莫迦だということだ。」
「陽子」
「自分を卑下して満足してるんじゃない。わたしは本当に愚かだった。そんな自分をわかって、やっと愚かでない自分を探そうとしてる。これからなんだ、楽俊。これから少しずつ努力して、少しでも、ましな人間になれたらいいと思っている。ましな人間であることの証明が、麒麟に選ばれて王になることなら、それを目指してもいいかもしれない。でも、それは、今のことじゃない。もっとずっと先の、せめてもう少し愚かでない人間になってからのことだ」
  ーーー中略ーーー
「ましな人間になりたいんだったら、玉座について、ましな王になれ。それがひいては、ましな人間になるってことなんじゃねえのかい。王の責任は確かに重い。いいじゃねえか。重い責任て締め上げられりゃ、さっさとましな人間になれるさ」
 ーーー中略ーーー
「あのなぁ、陽子。どっちを選んでいいか分からないときは、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。そういうときはどっちを選んでも必ずあとで後悔する。同じ後悔するなら、少しでも軽いほうがいいだろ」
「うん」
やるべきことを選んでおけば、やるべきことを放棄しなかったぶんだけ、後悔が軽くてすむ」
「うん……」
頬を軽く叩いてくれる掌が暖かい。
「おいらは陽子がどんな国を造るのか見てみたい」
「……うん。ありがとう……」

☆☆☆

2016年8月7日日曜日

駅のエレベーターを探す人

地下鉄のとある駅は今、地上までのエレベーターを設置する工事をしています。

改札からまっすぐ通路を眺めると、エレベーター表示にフィルムが貼ってあるので、もうすぐなのだなあと感じています。
所用でこの駅を使うことが多く、今は地上に上がるときだけ、数年前に階段に設置された昇降機「エスカル」を使わせてもらっています。帰りは少し歩いて一つ先の駅に。昇降機を使わせてもらっているのは昨年あたりからです。

なぜ帰りを違う駅から帰るのかというと、エスカルが設置されてある階段が狭いということに原因があります。
 
エスカルは車椅子ごとゴンドラのように運ぶ機械。階段に沿って設置されているので、その階段の幅によっては誰も階段を使えなくなります。
現実、私がエスカルを使うときは、階段を使って改札に降りようとする方々に待っていてもらうよう、駅員さんが地上の階段付近に立って説明をしてくださいます。

どうも帰りまで人の流れを止めて使うのは…。
駅員さんのことを考えているわけではなく、ただなんとなく頑張れないし、気がひけるのです。
行きだけでもその駅を利用するのは、エスカルが設置されているから。やっぱり行きだけでもその駅を利用したい、エスカルを使わせてくださるのならば避けずに行きたい、どっちつかずなので、単に私のわがままです。

今日、久しぶりにその駅に行った時のこと。改札で精算をしていたら、ベビーカーを押して男性が改札をすうっと通り抜けていきました。
どうもエレベーターを探している様子。一つ一つ表示と階段を確認し、まだフィルムで隠してある表示板の通路に消えて行きました。
ふと、エスカルは車椅子しか使えないことに、今更ながら気がつきました。それと同時に、今はエレベーターを探す人は障碍者だけではないということを実感しました。

エスカルで登って行った先では、ベビーカーを押した家族連れが駅員さんと話していました。
エレベーターのことを聞いていた様子でした。
歩き始めたばかりの女の子が階段を、お母さんに手を引かれて降り始めましたが、階段がその子にとっては急だったようで、すぐに抱きかかえられました。

その子のお父さんがベビーカーを抱えて降り始めた時、何年か前まではこうした光景を気にも止めずにみていたと思いました。
自分も階段があることでどうにもならず、駅員さんと言い合いをしながら階段を降ろしてもらっていたけれども、階段をどんな形であれ上り下りができる人たちに対しては、私の態度は冷たかったように思い出したのです。

今は、エレベーターのない駅に対して、多くの人が違和感や不便を感じる時代になったのだなと思い、人の流れを止めて優先的に、専用に使えるエスカルを使わせていただきながら、複雑に感じたひとときでした。

なので最後に伺ってみました。
いつ頃にエレベーターはつきますか、と。

年末には、着くそうです。待ち遠しいことです。

2016年8月6日土曜日

顔のない天使(ネタバレ)

1993年 アメリカ合衆国 「顔のない天使」
ネタバレになってしまうので、観ていない方は申し訳ありません。

最初すこしとっつきにくい感じがしたけれど、見終わると気持ちよさが残る映画でした。

交通事故で生徒を失い、自分も火傷を負い、その上あらぬ罪に問われてその罪をつぐわなければならなかった元教師。ある少年との出会いでまた新しい展開があるのだけれども。

教師というのは、というよりも、自分の仕事を全うする喜びというのは、苦しい思いをしてもやり通すことで得られるものなのかと、感じました。

彼は教師という職業で得られるものを「至極の幸福」と表現しました。
それは、彼を慕って通ってくるようになった孤独を抱える少年が、変わっていく姿をまじかで感じてのことだと思うのですが、
周囲の人たちはそうは取らず、自分の世界観の中でしか人を観ていないということを見せてくれる映画でした。
価値観の違いというのこのような平行線を辿るものなのだと、そして一度植えつけられた偏見や先入観は、とても手強く、その目を向けられた側の苦しみは計り知れないと感じました。

彼の過去の出来事を確かめようとする少年に、
「君は僕を黒と判断している。君は先入観でしか僕を見ていない。僕は君に何かしたか? 僕が過去に何かしたと思うか?」
と言います。
確かめるな、自分で考えてみろ、ものごとは人に確かめてわかるものではない、と言われているように思いました。
考えるというのは、相手との関係の中で感じていくことから、受け取ったものから、自分の中でたどり着くものなのだと感じました。

少年に伝えられる教師の言葉は、とても心に残りました。

何かがあったときに、それを確かめることで確かに安心したりするけれども、それは安心できる言葉が欲しいだけで、本当は相手を理解しようと思って行動しているわけではないんだなと、日頃の自分の心持ちと合わせるように返りみました。
考える心を自分で育てることの難しさを思いました。

同時に、ものごとが深く理解できるということは、苦しみが伴うのかもしれないとも思いました。わかってもらえない苦しみというよりも、真実を表そうとする苦しみというか、私は経験がないことだから上手く言えないけれども。

私はようやく「書き現わす」大切さに気がついたばかり。深みに行くには当分時間を費やしそうです。

2016年8月5日金曜日

あんず

梅雨時になると、毎年梅のシロップ漬けを作ります。
介助の方との共同作業です。

最近は難しいことをせず、シロップはてんさいオリゴ糖シロップに決めて、炊飯器の保温機能でチャチャッとできるようにしています。
以前書いたと思いますが、作り方は下記の通りです。


用意するもの
        梅 1キロ(青梅でも梅干し用のでもそれなりに美味しいです)
 
 てんさいオリゴ糖シロップ 適量(私はおよそ200mlぐらいで抑えました。)

   楊枝
   炊飯器
   焼酎(35度以上)

作り方
  梅は楊枝でヘタをとり、一つ一つ焼酎で洗います。
  焼酎で洗った梅は炊飯器に入れて、シロップを適量かけ、保温のスイッチをON
        5時間以上で梅酢があがり、出来上がります。冷めたら容器を写して冷蔵庫に。
  (私は夜仕込んでいただいて、朝にスイッチを切ります。)

注意すること
 梅は水で洗わないこと。水洗いした場合はすべて拭き取ること。少しでも残っていると黴びます。

毎年、介助の方とあれやこれや話しながら作り、この方法に落ち着きました。


さて、今年は初めてあんずを同じ要領で漬けてみました。
あんずの方が梅よりもやわらかいせいか、一晩保温にかけたら形が崩れてしまいました。
炊飯器を使わず、梅酢にそのまま入れて冷蔵庫に保管したら、5日ぐらいで食べ頃になりました。
あんずだけをシロップに漬けても美味しいし、梅酢漬けも美味しくいただきました。


私は、最初あんずも梅のようにへたがあって、楊枝で取れるのかと思っていました。
実際に介助の方にお願いすると、ないとのこと。
知りませんでした。

なのであんずは梅よりも短時間で仕込んでもらうことができました。

毎年あんずが八百屋に並ぶ頃、ある知人を思い出します。
「あんずのシロップ漬けは美味しい」と話してくださった人です。
数年前にお裾分けを頂いて、食べやすく美味しかった記憶があります。

一度やってみたいと思っていましたが、こんなに美味しくできるとは思いませんでした。
数人の方に食べていただいて、「あ、美味しい」「あ、」という言葉を聞くことができたので、より、欲が出てしまいました。
来年はもう少し作ってみようかと思っていますが、すこうし梅よりも高いんですよね、あんずって。
すぐ食べ終わっちゃうんです。それでいて。

今朝の夢

久しぶりに夢を見ました。あまりきれいな夢ではなくて、あしからず。 出かけ先で、トイレに行きたくなったので、電気屋さんのようなイベント会場のような建物に入りました。中はとても広くて活気がありました。 昔の車椅子用トイレがあったので、使わせてもらおうと思ったら、手すりの位置もめ...