2015年3月5日木曜日

自分のルール

障害者運動や福祉関係のお仕事を辞めて、6年が経とうとしています。

最近は、あそびにんの生活にもすっかり慣れました。お仕事というものがない分、日々の小さなことにも目が止まり、楽しむ自分がいます。

最近、気がついたことがあります。
私はずっと、自分のルールの中で生きていたんだということです。

例えば、

仕事はこうでなければならない
物事は準備良くやらなければならない
役割は全うしなければならない

とそんな感じです。

自分の目標ならばまだ良かったのですが、枠組みとして組み立ててその中で生きていたのでした。
枠組みは自分の中のものなので、自分の好きに組み立てられます。

その枠の中で、人を見ていたし、その枠に入ってくれるよう、促していたように思います。

本当は、生きるということ、経験するということはそういうことではなく、その時その時起こることを体験して感じ、感じたことを考えて、考えたことに基づいて動いてみることを言うのでした。そのことに最近気がついたのです。

私がそれまで体験してきた出来事は、自分であらかじめ防御して枠にあてはめようとしていたため、あまり身になっていません。これから一つ一つ自分なりに考え直していかなければならないのです。

自分が作る枠は、「先回り」であり「コントロール」でもありました。
その中でしか人を見ていなかったので、人が理解できなかったのでした。

体験は、先回りしないで起きたことを体験することでいろんなことを学ぶことができると知りました。考えないで無防備になれというわけではありません。自分の世界観にはまらなくていいということなのです。

経験は、その時その時しかできません。最大限、あますところなく感じて、考えて行動できる自分になりたいです。そう、忘れてはいけないことは、できるだけ愛情に基づいて行動することです。愛のない行動は、たとえそれがどんなに社会的に認められる行動だとしても、誰かと自分を傷つけてしまうから。
これがまた、私には大変難しい課題なのですけれども。

できることからしていくしかありません。気がついてしまったのですから。

それで、先回りしなくなったら、日々の何気ないことが少しずつ楽しくなってきました。ドキドキしちゃいます。自分の対応力が試されますもの。

何気ない小さな日々のことなのですが。

全は一、一は全

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