2013年11月11日月曜日

突然の嵐

午後から板橋はすごい突風と雨でした。
冬の通り雨は寒いです。


フィリピンに台風30号が通過し、甚大な被害が出ました。
ワールドニュースはどの国もその話題がトップで、わたしもあまりの光景におどろきました。
朝ご飯の支度をして頂きながら、テレビの解説に耳を奪われ,目が釘付けになりました。

でも、私がそのテレビを観てどんなに動揺していても、
そばにいる人はそれを感じているわけではない、と言うことを,今日は身をもってわかったりもしました。

人はいくら自分の近くにいても、違う世界に住んでいる。という、大事なことに気付いていなかったのでした。

そう、つい、そばにいてくれる人にたいして勘違いしてしまう私。
同じものをみてくれているのではないかって。
だからつい、同意や共感を暗に求めてしまう。
そして、それが違ったときに、憤りがやってくるようです。
無意識に。
それが人の心を傷つけることがある。

確かに、私は生活を支えていただく側にたっているけれど、支える側に立った時、そんなにすべて人により添うことは出来ない。
私がまるで出来ていないように。

そう考えると、今までは、本当に周りの人が私に合わせてくれるような環境で生きてきたんだなあと。
それを求め続けてきたのかも知れないなと。
私のこどもの部分だったのかも知れません。

理解をしてもらうためには,前提や説明が必要だし、一般的に,価値観は一人一人違うから、わかり合うなんてとても難しい。

今の私が置かれている環境で生きることが必要なら、今わからなければならなかったのかも知れません。

つまり、私は自立をする時期だと言うこと。
支えて下さる方々との関係性を見直す時期。

ぶつかることをやめるという意味ではなく、コミュニケーションの方法を変えて、結果的にぶつかったとしても,意見交換が出来るようなコミュニケーションを考えると言うことですね。
一辺倒の主義主張ではなくて、相手の方が理解しやすいように考えて物事を伝えると言うこと。
私に苦手な部分だけれども。

だからといって、私らしさを失わないこと。
相手の方の課題までは引き受けない。
難しいことだけれども。

たぶんこれが,他人に対する愛情を表現すると言うことなのかも知れません。

私が自立をすると言うこと。
つまり、よそ様への認識を改め、きちんと付き合い、見てはいけない部分はながし、わきまえると言うことですね。

もしかしたらそうすることによって、わかることが増えていくかも知れません。
見えなかったことが見えてくるかも知れません。

わかりにくい表現の羅列になってしまいましたが、
私にとってとてもとても 重要なことなので書いてみました。

少し頑張ってみます。
出来なかったことが出来るようになるのは、いいことかも知れません。。

好きな歌詞 ーートモエ学園ーー

福山さんの歌は、好きな歌もあるけれど、あまりハマらないのですが、この歌はとても好きです。 「窓際のトットちゃん」の本も好きだったけれど、トットちゃんの世界を別にしても、とても心にしみる詩です。 子供目線が少し入るから、優しくわかりやすい詩になっています。 いい先生や、友...