2013年5月23日木曜日

くるまいす

私も、車いすユーザーのために入店を断られたことがあります。

飲食店、衣料品店、飲み屋さん、美容院(これは車いすではなくて私の障害が理由かも)、病院(入店ではなくて診察か(^^;))もうだいぶ忘れちゃったけれど。
あ、最近は不動産屋。でもこういうところは拒否はしない。ほどよく接して私が二度と来ないようになんとなく仕向けるだけです。別にみかけは差別的でもないし、問題ないと言えば問題ない範囲なんでしょうね(もちろん心に残るほど親身に対応して下さった会社もありました。すごく今でも感謝しています)

バリアフリーかそうでないかの問題ではないんですね、多くの場合。
階段が多少あっても、店内が狭くても、入らせて下さる店は多いし、どんなに店が空いていて、テーブルを少し動かせば悠々車いすが入れるスペースがある店でも、入れてくれないところは入れてくれないのでした。

たとえなかに入れなくても、きちんと欲しいものが買えるように対応してくれるところもあれば、露骨に対応するところもあって、こればかりは経営する方の考えの問題なのかなと思います。

つい最近もあったりして。ブログにも書いたけれどね。

お店に拒否をされちゃうと、なんかしゅんとしちゃって、次に入る店は大丈夫なのかな、なんて勘ぐってしまったりします。
受け入れてもらえると、「やった、いい人じゃん」とすごくうれしくなります。
拒否されたらそこには行きません。違うお店といい関係を作ればいいだけの話しだから。

若いときは、「こんな店、お客なんか来なくなればいいのに」なんてウラミのコトバを念じたりもしましたが(笑)今はそういうことはいたしません(たぶん)
その店が必要な方はいらっしゃるみたいだし、きっと私とそりが合わなかっただけなのね、ふふん、ぐらいかな。
それか、その店の責任ある方にお手紙を書いて、真意を確かめております。

やっぱり、尊厳を奪われた時って、理屈ではないの。
ほんとにどうしていいかわからないくらい、混乱するの。
だから、その場にいなかった人たちが、自分の正義を振りかざして、ひどい扱いを受けてしゅんとしている人に何か言えることではないし。。
共感したら、なにかできることをするのが大切なのかも知れません。

大切な人がそういう目にあったなら、なおさらのこと。

たぶん自分がそう扱いを受けたときに、きっと何とも言えないこの思いってわかると思うのです。きっとなんにも言えなくなるか、感情的に何かやっちゃうか。

それともさとるか。

私は無理っ。

障害だけが不条理の対象ではないし。多くの人が、いろんな場所で、いろんな思いをしながら生きているんですよね。
でも私はたまたま車いすユーザーなので、一連の騒ぎのことを関連づけて書きたくなってしまいました。

自分だけあきらかに人とは違う扱いされたときに、とっさに相手の立場に立って考えるのって、とっても難しい。難易度高いです。
うまくできるようになりたいけれど、私にはまだうまくできないです。
そういうときって、突然降ってわいたように来るから、よけい準備が出来ません。

みなさん、できるのかしら。
というか、そんな風にあからさまに拒絶されたこと、どれぐらいの方が経験をお持ちなのかしら。
やっぱり、私の大切な人が目の前でそのような目にあったら、かなしい。

「車いすのあなたが立場をわきまえるべき」こんなふうに多くの人が思ったなんて、私が言われているみたいだったな。
悲しかった。。

でも私も、そういう経験をしたときは、その時はものすごく怒るけれど、感情的に世間に訴えるよりも、理性的に動こうと努力はしています。すべての人が共感してくれるわけではないと知っているから。

実際自分がそういうことになったときは、事情を理解してくれる人にまず話すもの。

ちょっとまとまらず。すみません。
論が立つようになりたいものです。
私に今できることは、勉強かな。

好きな歌詞 ーートモエ学園ーー

福山さんの歌は、好きな歌もあるけれど、あまりハマらないのですが、この歌はとても好きです。 「窓際のトットちゃん」の本も好きだったけれど、トットちゃんの世界を別にしても、とても心にしみる詩です。 子供目線が少し入るから、優しくわかりやすい詩になっています。 いい先生や、友...