2014年3月9日日曜日

きづいたこと

夕べ考えて、気付いたことが一つ。
私が介助の方に求めているのは、
「私の行動に対しての責任を私自身がとりたい」
ということにつきるのかも知れません。

確かに、「出来ないことを出来るように助けていただく」ために
制度を使って介助の方に来ていただいているのですが、

私がイライラしたりしてしまうのは、
「私が本来行動すべきことをしてもらってしまったとき」みたいなのです。

よく介助の研修では
「先回りしないで下さい」とか
「言われたことだけやって下さい」などと伝えますが。
たぶん
「私の判断する場は手伝って欲しくない」
ということなのかも知れないなあと、思ったのでした。
私の場合は「判断や物事の「一般的な対応」そのものには支援はいらないのでしょう。

そこのところがうまく伝わらなかったとき、または明らかにやってもらってしまったとき、
私はイライラしてしまうみたいです。

自分自身が生きていないような気がしてしまうようです。

介助は人間関係の一つ。自分の体で完結できないさまざまなことを、人の手を介して実現していくのが私の生活です。
変なところで心を乱さないように、ひとつひとつ自分なりの答えを出していきたい今日この頃です。

全は一、一は全

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