2018年10月18日木曜日

同化した自分

数年前まで、私はとても怒りっぽく、正義を振りかざして生きていました。
そうして生きていることさえ、気がつかないまま、自然に生きていました。

ヒーリングの勉強で教わる大切なことの一つに、自分のエゴイズムを知る、というものがります。
自分というものの裏側に、エゴイズムという影があり、自分のエゴイズムを知ることでその存在を自覚できるようになり、手放せるようになるといいます。
エゴイズムはネガティブなエレメンタル(想念)の塊で、エレメンタルというものは私たちが生きている間、瞬間瞬間でつくり続けるものです。ポジティブなものとネガティブなものがあります。
人は一生の間たくさんのエレメンタルをつくりながら生きます。一度作ったエレメンタルは永遠に死なず、記録のように宇宙にたまり続けます。そして作った人のその時の知性を持ちます。

エゴイズムとたたかってはいけない、という鉄則があります。
エゴイズムと真っ向から戦おうとすると、なぜか100%負けるというのです。
だから、どんなエゴイズムがあるかを自覚し、焦点を当てずに無視すること。違う視点から物事を見る癖をつけていくことが必要になります。

今回、そのことを深く実感し、反省した出来事がありました。

私には、過去性の中で作り上げてしまった、強烈なネガティブキャラクターがいます。
王様キャラです。
奴は、何度とない過去の人生の中で、たくさんの方々を傷つけ、反省もなく生きてしまっていました。
そのやりようは、ブログに書くのも憚れるほどのことです。
サロンのヒーリングスクールで、また個人セッションで、みつけては開放し、みつけては開放してきました。

私は、このまま自分と向き合っていれば、飲み込まれることはないと、心のどこかでタカをくくっていました。
それはとてもとても甘い考えだったのです。

ある出来事をきっかけに、奴が私の中でつぶやき始めたのです。
(怪しい表現ですみません。本当に怪しいので…)
最初は、しょうがないなあと思って無視をしていました。でもだんだん大きくなるのです。
どうにかなだめて小さくしようと抵抗しました。蓋をして、その声の主を隠そうとしました。
それが多分、いけなかったんですね。
エゴイズムと戦うことになってしまったんだと思います。
いつの間にか、気持ちの整理ができなくなって、怒りのきっかけになった方から連絡があった時、口から何かが出ていきました。
爆発したという感じ、気体がパンと飛び出たという感じです。

自分でも支離滅裂だということをその方にぶつけている自分がいました。
(知人だったのでそのあと謝ることができて良かったです。)

その後の高揚感といったら。心は、してやったぞ、という気持ちでした。自分は間違っていない、正しいことをやった、と、爽快な感じでした。
でも、翌日鏡を見たら、怒りの浮かんだ自分の顔がありました。

これがエゴイズムと同化する、ということなんだと思いました。反省も何も浮かんでこない、自分が正しかったというところに止まってしまうことも、同化の証拠なんだなあと思いました。

運良く個人セッションの日で、他者の目線がある中で、自分の中を点検する機会に恵まれました。案の定、王様キャラの奴が、お腹に怖い顔して居座っていました。

いくら捨てても繋がってしまう奴。私の中に怒りのタネが生まれると、そく繋がります。

今回は、自分が本当は誰であるかというところに立ち戻り、その情報を元にポジティブなキャラを作って、私の中にいてもらうことにしました。奴がつぶやき始めても何もしなくても、私は新しいキャラにエネルギーを注ぎ、生きようと思ったのです。

少しだけでも、自分に自覚があって本当に良かった。何も感じていなかったら、他者からの言葉も聞き取れなかったかもしれません。

エゴイズムは本当に怖いのです。でも自覚をしたら、あとは内省するしか手放す方法はないし、地道に逃げずに理解する努力をしようと、改めて思ったのでした。

サロンでは久しぶりに謙虚さの消えた私に見えたみたいです。
もう、ほんとうに難しいですね。自分を理解するのって。

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