2015年11月24日火曜日

仕事についての気づき

仕事を辞めて7年が経つ。
ようやく最近わかったことがある。

働くということにこだわっていたんだ、と。

世の中のために何かをやりたいのではなく、仕事のできる自分でいたかっただけなんだと。
誰かのためにつくしたくて仕事をしたかったのではなく、ただできる人でいたかったんだと。賢く聡明な人と思われたかっただけだったと。

今、生活が成り立っている自分には、働けない今だからしなくてはいけないことが山ほどある。現状を見直せば、暇などひとつもなかった。

本を読み、映画や絵を観て、新聞を読んで、知識を積み重ねること。
人にお世話になり、その人から態度や気遣い、考え方を学ぶこと。
人と逢い、会話の中から智恵をいただくこと。
街に出て観察し、ひとつでも多く観察する力を養うこと。
人との出会いの中で、その人の気持ちを想像し、おもいやる気持ちを学ぶこと。
毎日の生活の中で、忍耐を養うこと。

人並みに決して働けない体を持った意味は、きっとここにある。

大事な友人が諭すように伝えてくれたことがある。
「気がついていないだろうけれど、会いに来る人たちは会いたくて来ているんだ。私も毎回もらっている」
仕事だけが社会にできることではない、あなたはもう尽くしている、と彼女は会うたびに教えてくれる。

人生は本当に複雑だ。所属しないで個人でひとつひとつ考え、行動することのなんて難しいこと。ステレオタイプの幸せや正義のあり方と離れて、自分なりに生きることの、なんて勇気の必要とすること。

私はまだなれていない。障がい者の枠から離れること、世の中の幸せの枠から離れること、正義の枠から離れること、すべてに。
できていたようでできていなかった。そう自覚できただけだ。
枠から離れるということは、その枠の内と外で起こっている出来事を理解しようとし、視野を広げてみようとすることだと思う。枠のどこにいるかを気にすることではなくて、どこにいる人でも理解しようとすることだと思う。

そして個人として、起こる出来事を自分らしく考え、愛情を表現していく。
私しかできない、生き方をしていくということなんだ。

残念だけれど、私には何もない。うすっぺらな人間だから。良い子ぶっていただけだから。信念なんて何もなかったから。あると思い込んでいただけだから。
一歩一歩、これから歩いていく。

もちろん、いただいた仕事は丁寧にやりたい。
ヒーリングも、原稿書きも、講演も。
お金をいただくものでも、ボランティアであっても。
それでいいのだと、今は思う。

たとえ数ミリずつでも、わかることが増えていきますように。

お仕事についてふんぎりがついたら、あせりがなくなったぶん、なぜか今までよりも忙しくなったような気がしている。

生まれた日前後

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