2018年9月20日木曜日

今回の個人セッションで学んだこと

私は時折ヒーリングサロンMedicine wheel で個人セッションをうけています。
ある日はヒーリングを受け、またはチャクラヒーリングの日もあり、対話で学ぶこともあります。

今までそれほどこのブログに書かずに来ましたが(書くときは突飛な書き方ばかりで読みづらいものでした汗)、できるだけ書ける範囲で書こうと思い、今回はそう決心してから2回目の書き込みです。
と言っても今回も、あまり具体的なことは控えます。なので非常にわかりにくい文章だと思います。申し訳ないです。

今回学んだことの一つは、
本当に思っていること、考えたことは、どんなに賢いふりをしても、理解しているふりをしても、いずれは繋がりのある(またはあった)人たちに本当のことが知れるのだと言うことでした。

つい最近まで私は、自分のことでせいいっぱいで、周りのことは見えていないことが多かったようです。
本当に残念だけれど、何もわかっていなかったと言うか、感じなかったんだなあと、それを考えるとひどく落ち込みます。
もう少し周りが見えていたら、その状況を知り得て、そのことで悩むことができたのに。

これは私ができなかったことです。

霊的真理を学ぶということは、深く知れば知るほど、人の思いに敏感になっていく一面があるのかも知れません。
もちろん人生経験のない身では、なかなか感受性も思うように育ちませんが(私のことです汗)

少し時がたって、過去のシーンや、その時学ぶ場の仲間だった方々の心を理解できていくと、気づかなかっただけに、衝撃だったり、かなしかったりします。
でも、それも私の学びなのかなあと思います。

見えない世界を学んでいくということは、自分の中の差別感があらわになったり、(科学や文学等、証明ができたり作品があったりして世に知られていることでもないせいか)特別なこととして捉えがちです。

特別なことと捉えてしまった段階で、心の成長は止まってしまうのだと感じています。

そして、ここからは推測ですが、心の成長が止まってしまった時、意識的に認識できることが少なくなり、無意識の部分が活性化してしまうのではないかと今は考えています。
つまりエゴイズムに取り込まれてしまう(同化してしまう)という状態です。

私も、自分のネガティブな部分(エゴイズムや過去の自分。私の過去生はえぐいです)と同化している時、自分では何も自覚なく、普通に日常を、いつものように悩みながら生活していました。

その頃はまだスクールが開催されていて、生徒全員の学びとして私のネガティブエレメンタルを壊すという時間をいただきました。
そこに参加する一人一人が伝えてくださったことは、メモに残し、今でも読み返すことがあります。

読み返しながら、進言してくれた人はその責任を負ってくれたのだと、自分が口にしてくれたことを実践していくということを決めたのだと、理解しています。

ありがたかったと今はしみじみ思います。

それほどに、自分の無意識な部分を意識することは難しく、一人でそれを実践するには、よほど謙虚に自分の心を見つめる作業をしないとできないように思います。
無意識な心は、学んで知識が多くなればなるほど、少しの油断で周りの方々に悪い影響を与えかねないからです。
思えば、あの頃、自分と向き合うことを途中でやめなかった理由として、一緒に学ぶ方々に、先生に対しても、私の無意識部分が暴走することが怖かったということがありました。
せめて、内省がある程度できて、周りに悪影響をもたらさないぐらいになるまではスクールをやめないと決めたのでした。

私は未だ一人では見落としが多く、サロンに行くたびに見直すのです。

これが自分の選んだ道なのだと、今は思っています。
そして日々わかって行く事実を、受け止めていける心を育てていきたいと思っています。

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 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...