2016年10月9日日曜日

サウルの息子

2016年(今年)公開された、ハンガリー映画

ナチスドイツ下のアウシュヴィッツでの2日間の物語です。

縁があって何回か観直すことになりました。

最初は少し解釈が難しくて、ただただ事実が強烈で、何も言えないきもちになりました。
なんとなく、主人公が自分勝手にみえてしまったところが多く(誤解を招くような言い方ですが、)、淡々と過ぎていく残酷なことが、受け入れがたく思いました。

2度目、3度目と観るうちに、これだけ感情を無視しないとやり過ごせないこと、「息子」という意味を深く考えるようになりました。


極限のところに追い込まれた時、どんな生き方を選ぶのか、そしてその中に組み込まれた時、どうやって自分を保っていくのか、何を大事に生きたらいいのか。映画を見ている間、ずっとそんなことが頭を巡っていました。


ハンガリーは第2次大戦時、ドイツに進んで侵略されて、多くのユダヤ人をガス室に送ったそうです。その様子が目の前で起こっているように描かれていることに、言葉を失いました。

中途半端な感想になってしまいました。今もどう考えていいかわからない自分がいます。
もう少し書きたいことを整理して、この感想を書きなおそうと思います。

全は一、一は全

先日、知人に尋ねられて、そういうこともあったかなあということがありました。 銀座の歩行者天国のおはなしです。 数年前、ストリートパフォーマンスをそこでみたという話を、知人に私はしたらしく。 覚えていないのです、悲しいことに。 書きたいことは、忘れっぽくなったということで...