「ひとりひとり住む世界が本当に違う」
という実感です。
同じ場所にいても、同じ映画を見ていても、本当に一人一人の世界は違っていて、その人はその人の世界で生きているんだと、本当に感じます。
だから、目の前の人を知ろうとしない限りは、理解しようという視点を持たない限りは、本当に自分の世界しかわからないのだと、感じています。
相手の世界を少しでも知ろうとすることが、自分の世界を広げることなのだと、今更ながら思うのです。
そのための対話、そのための言葉。だから言葉は大切に使う必要があるのだと感じました。
そして自分自身は、自分の心を成長させていくことに責任を持つこと。
成長するとは、自己中心的な思い込みを手放し、愛の形を理解していくこと。
それをできるようになることが、私の今世の人生としての目標です。
そのことを胸に、自己表現を試みます。
自己を表現するとは、自分の愛の形を示すこと。
愛の形を示すことを繰り返していく中で、他者への表現方法を獲得していくのではないかと考えます。
愛を示すことを意識しなければ、人は成長できないのではないかとも感じます。
独りよがりの世界で、どんなにいい人ぶろうとも、親切ぶろうとも、
本音が違うところにあれば、本当に他者のことを思っているわけではなく、
見せかけの表現からは、心にはネガティブなものしか宿らない、そんな気がします。
たとえ技術を磨いても、何を表現したいのか、そこが明確でなければ、人の心には届くことなく流れていくような気がします。
私はまだ少ししか実感できていないように思いますが、小さなことを積み重ねて、自分を見極めて、本当の自分を、目の前の人に対して表現していきたいと感じています。
その日に表現できたことが、たった一言であっても、心から伝えられる人間としていきたい、そう思います。
自分の世界を自覚して、他者の世界に興味を持ち、その時その時愛情を表現できることが、人として自立することなのではないかと、今は感じています。
できないことをを支えていただいているこの世界で、自分一人分の役割を明確に果たせるなら、本望です。