2020年11月8日日曜日

見失った時代を振り返る 1

 本当はコロナ 禍は落ち着いたわけではないけれど、以前より落ち着いているように見えるこの頃です。

日常生活の中で+アルファの部分であった、動的なボランティア活動が難しくなり、空いている時間は、動画鑑賞と本に依存しています。

時折Zoomで友人と話したりできているのはありがたい限りです。


この数ヶ月、身近な人との関係を見直す時期でもありました。

なぜ自分は今の家族と巡り合ったのか、

自分は家族の中でどんな役割だったのか、

私はその役割が果たせたのか、そしてどんなふうにこの先を生きていけば良いのか。

霊的心理を学び続けている身である立場から、ヒーリングサロンの時間をいただいて、少し振り返る作業をすることになりました。

私の生きてきた過去性の多くは、いろんなものを背負ってしまう結果になったものが多いのですが、今生で家族になってくれた人たちの中にも、私と同じような過去を持ったり、私と同じような課題を残してしまったりした人たちがいるようです。

特に私は、遠い昔の過去生の中で、ただ自分の権力にしがみつき、周りで世話をしてくれる人を人と思わずただふんぞり返っているある人物の生き方に憧れ、その生き方を後の人生で追求し、想いを達成してしまったことがあったようなのです。

その人生で実は多くの人を苦しめた上、その後もその思いはネガティブエレメンタル(エゴイズム)として私の中に残り、たくさんの人生を狂わせました。

今回私は多くの人との出会いに恵まれて、物事をネガティブに考えないことと、思いやりのありかというものを学びました。多くのことを知った今、私欲に流されたり、自分のことばかり考えて行動することはやめようと決めています。

その目で見てみると、未だ気付けずに自分が正しいと信じて、周りの思いに気づかないまま生きている人が哀れにも見えます。いつか気がついた時、その人はきっとひどく悲しむと思うからです。

自分がどんなに周りの人を苦しめてきたかということを自覚した時は、とても苦しいからです。そんな思いをこれからいつか自分から飛び込んで感じる日が来るんだと思うと、その人に対して複雑な思いになります。

でも私にとっては、その人たちは身近な存在であり、そういう利己的な考えを持つ人を身近かに感じることがどんなに辛いかという経験をくれた人たちでした。なかなか得られなかった感情を今回味わうことができました。

私も、誰かにこのような思いを与えていた、このような苦しみを与えていたと気づかないまま、毒を吐いていた時代がありました。人の意見を耳にせず、気にかけてくれた人を悲しませながら、自分本意に生きていた時代がありました。

そのことを忘れてはいけないと思いました。

何千年の魂の旅の中で私が気づけたように、いつかみんな気がつく日が来るのです。誰かの声が心に届き、自分から自分を見直せる日が来ます。

今はその意味も信じられるのです。


いろんなことを知ったとしても、日々の課題が消えたわけではありません。  

一日一日を、どう生きるかなのだと、やはり今回も思いました。


何度も悩み迷い、何度も思い出し確認する、その繰り返しの中で、いい部分が強化されていくといいのですが…。






新しい家での暮らし

 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...