2020年8月21日金曜日

昨日、おかげさまで

 今年も誕生日を迎えることができました。(書いていたら一昨日になってしまいました汗)

友人たちからメールが届き、小学校の担任の先生からお電話をいただきました。

「55歳でしょ、私は94歳よ!!」


その数日前からケーキを持ってきてくださった方も、おごってくれた方もいて(介助でずっと関わってくださっている方です)何だかとっても幸せな日々を過ごしました。

ありがとうございました。

あえてsnsには公表していないのですが(毎年悩みながらも数年前公表をやめました)、誕生日、誕生月はやっぱり特別だなあと思います。

覚えていてもらえるって、嬉しいことですね。そして、メールでも久しぶりの会話は、楽しいことでした。

私も何か自分に買ってあげよう、と思って、数年ぶりにポテチを二袋。

千葉の丸大豆醤油味と、栃木の餃子味。

ちびりちびり食べようかと思いまして。








2020年7月21日火曜日

久しぶりの個人セッションで感じたこと 前世への旅

4月から3カ月間リモートで時間をいただいていたヒーリングルームに、本当に久しぶりに伺うことができました。

いつもこの時間は私にとって貴重な時間ですが、今回も忘れられないことがあったので、このブログに記録しておこうと思います。

今回は、今までもなんどもやってきた、第4チャクラをみることになりました。
なんとなく最近、じぶんの心が傲慢になったようで落ち着かなく、特に胸のあたりに気持ち悪さを感じていたからです。

セッションの内容なので、少し気分の悪くなる表現を感じることがあるかも知れません。
前世はいい思い出ばかりではないので、ご了承ください。

最初はモヤがかかったように黒くてよく見えなかったのですが、もやをきれいにすいとると、石畳の道と、石造りの街並みが見えました。
人はいなくて、静かな街並み。ヒーリングサロンの師の提案によって近くの家に入ってみると、そこは血の海。服が広がっていて黒くなった人が亡くなっています。
部屋は乱れた様子もなく、何かを盗まれた形跡もありません。

その家を出て、他の家に入ってみました。
そこには、高齢の女性がご飯の支度をしていました。
私自身はこのかたとつながりがあるのかどうかわからなかったので、そのかたに私のことを知っているか聞いてみました。
彼女は、知っていると答えました。
うちの息子を殺した人だ、とおっしゃったのです。
でもその顔は、穏やかに見えました。

そのころの自分を探してみなさい、と、師のアドバイスがあり、私はその頃の自分に会いに行きました。
その頃の自分は男性でした。そしてその国の兵士でした。
利き手には刀を持ち、血で手は汚れていました。


彼の仕事は、ペストにかかったこの街の人たちを、殺すことでした。
もし彼が引き受けなかったら、彼の後輩が引き受けなくてはならなくなる仕事でもありました。
この頃は伝染病に対する知識もまだなく、ペストのように人々をしに追いやる病が流行ると、その街ごと消滅させる方法が取られていたようです。
まだ調べていないので歴史的なことは不明ですが、あとでググってみようと思っています。

その役をやらなければならなかった、彼はとても辛かったようです。
その街は彼の故郷でした。小さい頃の彼を、街の人たちはみんな知っていました。

彼は役目を終えると、一人森の奥に行き、誰とも合わず、結婚もせず、森の中で一人で天寿を全うして死にました。
人生の意味を見失い、絶望の中で死を迎えたのでした。

この人生で学びたかったのはなんなのか聞いてみなさいと師からアドバイスがあったのですが、彼も私も感情が昂ってしまい、うまく話せません。
そこで、彼のガイドさんに聴いてみることになりました。

「どんなに最悪な事態になっても、できることがある」

なにか私は、すごく納得しました。彼の人生は最悪でしたが、まだできることがあったのにやりませんでした。彼はこの人生では、重要なことに気がつけず、学べなかったのです。
そのことはその後の人生に、影を落としました。

私は、師のアドバイスのもと、亡くなった人たちを弔い、祈ることを彼に提案しました。
彼と一緒に、一本一本小さな棒を地面にたてて、祈りました。
彼は私に、一人一人がどんな人だったか、どのような思い出があるのか、全て話してくれました。彼は全て覚えていました。街の人たちを大切に思っていたのです。

棒を立て終わった後、師が私に言いました。

その棒全てに、火を灯します。なくなったひとたち全員と会えますよ

火が灯ると、亡くなった人たちがみんな彼に会いに来ました。
誰も彼を恨んではいなかったのです。

私は思わず嗚咽しました。


「彼はそれが仕事だった。街の人はみんな知っていた。何も知らない人よりも、知っている人に手にかけられたことに、街の人は良かったと思っている。だれも怒っていないでしょう。」
彼は街の人たちと、行くべきところに行きました。

この出来事は私の心の中にあった深い傷。今の日常の中で思い出すことになったのか、手離す時期だったのか、定かではありません。

でも、今回の経験ができたことで、人は成長していくものだということを、実感できたのは収穫でした。
明らかに古い時代の過去生とは、考え方も今の私に似ていたところが多かったのです。
何より、聞く耳のあるまともな人でホッとしました(今までの過去生の自分がどんなに酷かったか汗汗汗このブログにかけない汗汗)。

同時に、今の自分の課題もみえました。
あと一歩のセンスがない、踏み出せない、少し視点を変えてできることを探せない。
過去の自分もそうでした。自身の絶望にはまって、今みんなのためにできること、本当にやりたいと思うことができずにいました。

今回は、やりたいことをやっていこうと思いました。わからなくなったら周りに話し、ヒントをもらおうと思いました。

もっと周りを信頼して生きようと思えました。

思い出すと涙がまだ出てきます。良い時間に感謝。

そして私の日常には早速お試しの出来事が来ています。

世界も日本も身近なことにもいろんなことが起きていますが、出来ることはきっとあるはず、今はそう心から思います。




2020年7月11日土曜日

それぞれが住んでいる世界

最近よく感じることは、
「ひとりひとり住む世界が本当に違う」
という実感です。

同じ場所にいても、同じ映画を見ていても、本当に一人一人の世界は違っていて、その人はその人の世界で生きているんだと、本当に感じます。

だから、目の前の人を知ろうとしない限りは、理解しようという視点を持たない限りは、本当に自分の世界しかわからないのだと、感じています。

相手の世界を少しでも知ろうとすることが、自分の世界を広げることなのだと、今更ながら思うのです。

そのための対話、そのための言葉。だから言葉は大切に使う必要があるのだと感じました。

そして自分自身は、自分の心を成長させていくことに責任を持つこと。
成長するとは、自己中心的な思い込みを手放し、愛の形を理解していくこと。
それをできるようになることが、私の今世の人生としての目標です。
そのことを胸に、自己表現を試みます。

自己を表現するとは、自分の愛の形を示すこと。
愛の形を示すことを繰り返していく中で、他者への表現方法を獲得していくのではないかと考えます。
愛を示すことを意識しなければ、人は成長できないのではないかとも感じます。
独りよがりの世界で、どんなにいい人ぶろうとも、親切ぶろうとも、
本音が違うところにあれば、本当に他者のことを思っているわけではなく、
見せかけの表現からは、心にはネガティブなものしか宿らない、そんな気がします。

たとえ技術を磨いても、何を表現したいのか、そこが明確でなければ、人の心には届くことなく流れていくような気がします。

私はまだ少ししか実感できていないように思いますが、小さなことを積み重ねて、自分を見極めて、本当の自分を、目の前の人に対して表現していきたいと感じています。
その日に表現できたことが、たった一言であっても、心から伝えられる人間としていきたい、そう思います。

自分の世界を自覚して、他者の世界に興味を持ち、その時その時愛情を表現できることが、人として自立することなのではないかと、今は感じています。
できないことをを支えていただいているこの世界で、自分一人分の役割を明確に果たせるなら、本望です。

今朝の夢

なんだか、ストレスフルだと思う毎日です。世界中の人たちが、何かしら感じながら、心を痛めながら、生きているのかと思うと、心が痛みます。

今朝の夢です。夢の話なので、現実の話ではありません。

私が逝くことになり、今日だと感じた時のこと。部屋の中は、病院の地下一階のような広い待合室でした。若い人たちが結構いて、談笑していて賑やかでした。
その中に混じって話をしていました。みんなには私の姿は見えているようで、私とみんなとの関係は、遠くもなく近くもなく、知り合いのような関係みたいでした。現実の世界で知っている人はいませんでした。
部屋はほの暗く、窓がないので、空気の流れがないようでした。
お迎えがいつ来るか、いつ来るかとドキドキしていると、不意に自分の姿が鏡に映らなくなっているのに気がつきました。もう時間がないことがわかりました。
近くにいる人に、もうすぐいなくなると告げても、なんだかピンとこないようでした。

大きなテレビがつけっぱなしになっていましたが、私の名前を呼ぶ声がして、テレビの中から、髪を二つに縛った10代後半ぐらいの女性が、出てきました。
「お待たせしました!」
女性はそういうと、にこっといい笑顔をしました。
結構早足で、その女性について行きました。膝歩きだったと思います。
途中で何人かの人に会い、声をかけられたので、行かなくてはいけないということを告げると、寂しがって見送ってくれる人もいました。あまり付き合いがないのに、感激して私も泣きました。
扉から外に出ると、なんだか変わらない世界で、人々が外で撮影の仕事をしていたり、つまらなそうに働いていました。
なんだ、何も世界は変わらないものなんだ、と感じながら、自分はそれらの姿を上から見ていました。体は幾分軽くなっているようでした。
行き場所までは行けませんでした。そこで目が覚めてしまいました。

書いてみるとホラーのようですが、怖くはありませんでした。
それよりも夢を見ている間は、そんなに世界の見方は変わらないんだという、つまり生きている世界と肉体をなくした世界はそんなに変わらないという実感の方が大きかったです。

自分の目線が、上から地上を見ていると気がついたのは、目が覚めてからでした。

変わった小説を読んで寝たからなのか、私の今の精神状態を表しているのか、今回の夢は訳がわかりません。

ある説によると、自分が死ぬ夢は、新しい自分を発見するとか、古い自分を捨てるとか、転機の象徴という意味があるようです。

どうなのでしょう。ね。。。

2020年6月25日木曜日

恵まれていた世界の思い出たち

ここ数ヶ月の間、感じていたことを、書いておこうと思います。

ああ、今まで本当に、恵まれた、人生だったんだなあという実感でした。

私の日常は、多くの人たちに支えられながら、望んだことをなんでもできる状態になっていました。

ある時期から私は、経済活動を諦めボランティア活動を選びましたが、自分の選んだ活動ができる、相手側に受け入れられる環境に生きていました。

教育を受けたいと思えば受けられました。興味あるワークショップに、夜も出かけようと思えば行ける環境でした。

運動も毎週行えました。そこにはちゃんとサポートしてくださる人が待っていてくれました。

映画も演劇も、美術館も、望めばいつも叶いました。

ご飯を一緒に食べてくれる人が、必ず月に何回かはいてくれました。
女子会もウチ飲みも、話に乗って楽しんでくれる人たちがいました。

どんな人でも、多少の制限はあります。私は私の現実があり、制限や制約もありましたが、その中で確実に寄り添って目線を合わせてくれる人がいて、隣に座り続けてくれる人たちがいました。
理解しようとしてくれる人がいました。

その中で私は、いろんな刺激をもらって、経験を積むことができました。

なんて恵まれた世界に住んでいたのだろう、本当にそう感じます。

経験ができたということ、悩んだ形跡を持てたということ、やりたいことができたという思いは、私の中で消えることのない記憶です。体のどこかでいつも忘れない一人分の歴史です。

一人ではできなかったことでした。
ほんとうに、ほんとうに。

出会ったたくさんのみなさん、今も私に関わろうとしてくださる皆さん、
私が身を置いていた環境の全てに感謝の気持ちが止みません。

ほんとうにありがとうございます。

このたくさんの思い出を味わいながら、新しい世界に生きていくのだと、感じています。

戻らない時の中で、一日一日を大切に歩いていこうと思います。


2020年6月18日木曜日

自粛中に観たアニメ

自粛期間中に観た、印象的だったアニメの話です。
二つとも某無料サイトから観られます。


どちらも、教えていただいて、観てみようかな、と思い、観始めました。


1 ファンタジックチルドレン


最初は、一体何を言いたいのだろうと、理解がうまくできませんでした。
途中から、全体像がみえてきて、一気に理解したという感じでした。

私は、登場人物の中で「トーマ」という名の少年に感情移入をしました。
最後は、ああよかったなあと思いました。

最後の展開は、視聴者は賛否両論だったようですが、私はこの話の展開に最後まで納得できたし、希望が持てました。

人の魂は生まれ変わっていろいな人生を体験しながら成長していくと、私も霊的真理を教わる中で理論で教わり、自分の過去生を知っていく中で実感してきましたが。決して「いい人の人生」ばかりを生きてきたわけではないことを知っています。

あまり内容は書きたくないので、わかりにくい感想になってしまうかもしれませんが、やっぱり、いい人でありたいと今は思うけれど、いい人でなかったことが誰でも多くあるのかもしれないと思いました。

自分が、昔の行いを知った時、その重さを受け止めることがいつの日もできるのか、このアニメを観ながら考えさせられました。

原作がなく、いきなりアニメの世界だったようですが、リアルな歴史との絡みもあり(私は教わるまで気づけませんでした汗)、見応えのあるアニメでした。
*************** 




2 地球少女アルジョナ 

これは別の方から教わったアニメで、回数も短く、すぐも終わるのかなと思いながら観始めました。
内容に重みがあり、一話ずつゆっくり観た方が心に入る気がして、あまり急がずに観ました。
一話一話、感情が揺すぶられて、心が痛かったです。
そして、自分が物事に対して、自然に対して、不感症になっている気がしました。

関西弁の主人公が妙に現実的で、内容の重さとプラスマイナスというか、深いところに入っていきやすい感じを受けました。

感じやすくなるのは、ある意味辛いことかもしれませんが、何も知らないまま笑っているよりましな視野が持てるのかな、と思いました。
感じやすくありたいと思いました。

誰かがUPしてくれているおかげで、今はもうテレビでも再放送されない番組が観られるのは、いい時代に生まれているなあと改めて思いました。

いろんなことがありながらも、こうした時間がつくれたことも、ありがたかったなあと思います。



2020年6月8日月曜日

さっきまで見ていた夢

久しぶりに夢を覚えていたので書いておこうと思います。早寝をしたら3時間ほどで目が覚めました。

介助の方と出掛けたけれど、途中から一人で歩こうと思いました。
知っている道で、すぐに帰るつもりでしたが、見慣れたところなのに道に迷ってしまいました。
でも、お世話になった人に届け物があり、それだけは届けなくてはと思いました。
その時は介助の方と一緒だったような気がします。

その方を尋ねたら、かなり若い女性が玄関先に出てきてくれました。
ご本人ではないように思ったのですが、とても親しげに、親密な感じで私のことを見てくれました。私は、その人に伝言を頼んで、お世話になった人に手渡したいパンを若い女性に預けました。パンはまだ暖かでした。パンの袋が開いているような気がして、介助の方に確認したことを覚えています。袋の口はしまっていると言われました。

介助の方には家に帰ってもらい、一人で帰り街を探しながら、懐かしい居酒屋や、食堂などを遠目で見ているうちに、帰り道を見失いました。

車でいつも送ってくれる(夢の中のストーリーなので実際には会ったことはありません)気の良さそうな年配の男性に、駅まで送ってほしいと頼んでみました。頼みながら、あれ、駅は近かったな、と思っている自分がいました。本当は家の近くまで乗せてもらいたいと思っていました。今のようなご時世に、なぜか現代の現実がそこにありました、電車に乗ってはいけないような気がしたのです。

気の良さそうな男性は、最初は送ってくれそうでしたが、4時間後に知り合いのご老人がテレビに出るので絶対見たいんだという話をしてきました。それでは落ち着かないと悪いので、一人で帰ると伝えました。するとその男性は、車椅子のタイヤに空気を入れてあげると言ってくれて、整備をしてくれました。

すこし進むとすぐ駅で、見慣れた電車が走っていました。
自分には覚悟が必要なんだな、と思ったところで目が覚めました。

夢から醒めて思ったことは、
人にむやみに要求しないほうがいい、人がやってくれることと自分がやってほしいことは違うし、いつも人は自分のできることはしたいと思っている、ということでした。
つまり、依存しないで自分で生きる覚悟を持てば、周りはできる限りのことで助けてくれるよ、というメッセージだったように感じています。

介助の方もお世話になっている方も、リアルに同じ関係を持っている方でした。私も電動車椅子で走っていましたし、最後に出てきた駅は最寄駅だったので、今の人生へのアドバイスだったように思います。

受け身であることと、受け入れて生きることの違いを最近よく考えていたので、そのヒントをくれたのかな、と思います。

お世話になっている方は、すごく若かったけれど、本人だったのかな、と今は思います。私が伝言を頼んだら、けげんそうだったので。

長くなってしまいました。人の夢の話に付き合ってくださってありがとうございました。すっきりしたので、もう一度寝ようと思います。おやすみなさい。

2020年6月1日月曜日

おうち映画三昧

stay homeの月末、映画を一気見しました。

  
幸せなひとりぼっち 

なんだか不器用な主人公でした。
一辺倒で、ルールに忠実で、偏屈と受け止められがちな人。
外国から来た隣人との関係を通して、彼の誠実さ、人の良さがすこしずつ周りにわかってきます。
いや、実は周りの人は彼をよく理解していて、知らなかったのは映画を見ている私だったのかもと、途中から思いました。

まさか後半に、私の人生のあり方にかぶるエピソードが出てくるとは思いませんでした。
観終わった後は、なんだか暖かくなりました。
ああみんな、理解していたんだなあって。


ホームレス ニューヨークと寝た男

これはニューヨークのマンションの屋上で暮らすカメラマンの物語というか、ドキュメンタリーでした。
すごい生き方だなあと思いました。

家を失ったことを楽しんでいるようにも見えましたが、最後は弱音が出たり、観ていて、自由な発想で人生を謳歌しているようにも見えたし、哀しくもみえました。


奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ
勉強の苦手なフランスの高校生たちが、自国にあったユダヤ人の収容所、ナチスの歴史について学んでいきます。
高校生たちそれぞれの偏見や差別、暴力に脅かされている日常が垣間みられて、
切なかったりします。また、他宗教に対する拒絶感もところどころ社会派的に映し出されます。
先生を真の職だと感じている人の目線というのは、生徒と違う目線なんだということを、感じることができた映画でした。


南極料理人
これは邦画です。そしてコミカル。単純にリラックスできます。あまりシリアスなことはありません。なんだか楽しみました。本を読んでなかったので、すこし想定外でした。


オリーブの樹は呼んでいる
これはスペインの、お爺さん思いの孫のはっちゃけた物語。なんだか見るのがしんどくてあまり真剣に観ませんでした。家族の話です。機会があったらもう一度ちゃんと飛ばさずにみようと思います。
ただ、家族は大変なんだよ、的なセリフを言った叔父さんの表情に、妙に共感してしまいました。

2020年5月24日日曜日

私は誰??

スティホームが続いた東京。コロナウィルスは、ほんとうにいろいろ考える機会を私にくれました。
このことは後でまた書きたいと思います(まとまればいいな)。

思いつきですが、プログの文字表示を大きくしてみました。
パソコンやスマホは拡大機能がついているので、ブログ自体の文字を大きくすることは考えていませんでした。

でもそういえば文字を大きくするために私自身もスマホで二本指がうまく使えず苦労していることを思い出し、初めから表示を大きくしようと思ったのです。

どうも私も、自分はとっくに老眼なのに、読み手に文字調整してもらうことばかり考えて書いていたなあと反省しました。

(小さい文字が読みやすい方は、恐れ入りますが調整していただけたら幸いです。)


本題です。

私は誰

ここ2ヶ月ほど、ヒーリングサロンmedicine wheelのセッションも、リモート(遠隔)で受けさせていただきました。

ヒーリングさサロンもそうですが、普段なかなか会えない知人ともリモートならば顔を見て話せて、私なりに時間は有意義だと感じています。

先日のセッションの中で、「これからの半年、どう生きますか」と質問されました。ハッとしました。
数ヶ月の出来事の中、私は自分の心に向き合うことに精一杯で、半年後にどのような自分になっていたいかなどという思いは、忘れていたのです。

昨年末は、

来年のテーマでぱっと浮かんだ字は「仲」。
いろんな形で関係性を深めることを忘れずにいたいです。

そして個人的な課題は、直感を使うことと、拒絶しないこと。
様々な価値観に出会うたびにびびっている自分からの卒業です。


なんて書いていました。

今考えると、相変わらずびびっているなあと思います。
情報に埋もれ、耳にするものを鵜呑みにし、後からその意味を考えるので、消耗している気がします。
判断力がありません。知識がないからでしょうか。
知らないことが多すぎて、自分なりの考えを持つまでとても時間がかかるのです。
それまですこし不安になるので、自律神経が落ち着きません。

そういえば、直感を鍛えたいとも思っていました。
ヒーリングサロンの師曰く、

直感とは、愛から来るもの

なのだそうです。

その行為に愛があるかないかで、ものごとは暖かく感じるか恐怖を感じるか、受け取る側の印象はかわる

私はどうしても知識を基準に置いて考えてしまう癖があり(あまり知識がないのにもかかわらず)、そこも間違う要因の一つだったようです。

心が何を感じているか、もう少し意識してみようと、昨年の年末に思ったばかりでした。

最近の動揺を繰り返す自分の心を思い返すと、

どうも信念がないのではないか

そう思うようになりました。

信念がないから揺らぐのでは、ビビるのでは、情報を鵜呑みにしてしまい何が正しいのか分からなくなるのでは、そう思ったのです。

なので、今年後半をどう生きるかということを、

自分なりの信念が持てるようになる

ということにしました。

信念を持つには、知識を得ること、勉強かと思っていた私に、師がアドバイスをくれました。

尊敬する人、またはとっても好きな人に、「これだけは言ってはいけない」「これをいったら、やったら軽蔑されるから絶対やらない」と思う行いはありますか。

絶対やりたくない行為を、周りがどんな状況であっても、後から非難されても、死ぬまで理解されなくても、つらぬけますか。

例えば杉原千畝は、外交官だった時に多くのユダヤ人を助けました。当時の日本はドイツと同盟を結んでいたので、杉原氏の行為は、国を裏切る行為でした。彼は日本に帰ってからも名誉は回復できませんでした。戦時中の行為が公になったのは最近のことです

例えばある国に起こった内紛の時のように、その国を支援するために派遣されていた国連軍に撤退命令が出たら、そしてもしあなたが国連軍として派遣されていたらどうしますか。命令に背いてそのまま仲間に命令のことを伝えずに戦い続けますか。それとも、その国の人の大部分が殺されるのを分かっていて、命令だから撤退しますか。

私は答えられませんでした。
ただ、ひとつわかっていたことがあります。
ここ数年、霊的真理を学ぶようになって、私が知った自分の過去生のほとんどは、杉原千畝氏の生き方とは真逆の生き方ばかりでした。
そのほとんどの人生が、私自身だけを優先し、私利を叶えることだけを考えて生きてきたのです。
多くの人たちの思いを知らないままに。

私はもう、自分が経験してきた過去生のような生き方はしないと決めています。
自分の命も、他者の命も差別は絶対にしない、誰かを故意に傷つけたりして自分の人生を優先させるような生き方はまっぴらごめん、自分が生きるために誰も犠牲にしない、だからといって自分の人生を軽く扱うこともしない、私らしい生き方をしたいのです。

ではどのように生きるのならば、そういう生き方に向かえるのか。
大きな課題だと思いました。

そして毎日は小さな何気ないことを判断するところから始まります。


私は私と生きる、そのためには、私はどんな生き方をしたいのか、私自身を知る必要があるのだと思いました。

何気ないところの何気ない判断から、私は私自身として、いつの日も生き方を表現しているのだと感じました。

そこにいつも責任を持つ態度が必要なのだと思いました。





2020年5月17日日曜日

小さな一歩 そして 絆

緊急事態宣言の続く東京。私の生活は大きく変わることなく、平穏に続いています。
確かに出かける予定は全てなくなって、交通機関を使う理由もなくなり、行動範囲は狭くなりました。
でもおかげさまで相変わらず取り組みたい課題はてんこ盛りで、ちまちまと何かしらやりながら日々を過ごしております。

ここ数週間か、遠くに住む知人とリモートで顔を見ながら話す機会を得ました。
昔からお互いに知っている間柄だったのですが、深くお話しする機会がなかったのです。

相手のかたの方が人生の先輩なので、リモートで話したいと提案させていただくことにドキドキしましたが、ゆっくりお話できて本当に楽しかったです。

最初の数回はZoomがうまく繋がらなくて、さんざんご迷惑をかけてしまいました。
相手の方も根気よく付き合ってくださって、ありがたかったです。

Iさん、その節はご迷惑をおかけいたしました。貴重な時間をありがとうございました。

その時の共通の話題が、奈良たんぽぽの会が昔から開催している「わたぼうし音楽祭」でした。

たんぽぽの会は障がいあるかたの芸術支援等、さまざまな活動を続けている団体です。

「わたぼうし音楽祭」は、障がいがある人の書いた詩を公募し、曲をつけて歌にし、ステージで発表する音楽の祭典で、現在も年一回開催されています。

私は10代、20代の時に、詩を取り上げていただき、お世話になりました。

その時に出会った二人の詩人がいました。

おぞねとしこさんと、松兼功さん。

おぞねさんは詩集を数冊出されていて、その詩集は、自立生活に入る前の私の心の拠り所になりました。

松兼さんは数年前にその時お世話になっていた介助の方の計らいで、居酒屋で一度だけ直にお話しすることができました。

私は「わたぼうし音楽祭」の場でお二人と同じ舞台に上がらせていただいたけれど、その頃の私は精神的に幼すぎて、関係を深めていく事は叶いませんでした。
言葉というものは、心から出た言葉というものは、すごく響くものなんだと教えてくれたお二人でした。

今生ではもう、お二人にお会いすることも叶わなくなりました。
おぞねさんは、数年前に、逝去されました。

松兼さんは昨年秋に、旅立たれたと、リモートでお会いした時間に、伺いました。

今感じるのは、悩みながら自分を表現したお二人だったな、という気持ちです。


つつしんでご冥福をお祈りいたします。






2020年4月10日金曜日

見えない視点からの感謝とI love you

お世話になっているヒーリングサロンで、遠隔ヒーリングのサービスがあり、
家族へのヒーリングをお願いしてみようと思い立ちました。
時世的にも、いい機会かも知れないと思ったのです。

私目線で振り返れば、今の家族となぜ今生でご縁ができたのか、過去生も含めて散々振り返ったこの10数年でした。

家族へのヒーリングをお願いして、多方面からその様子を解説していただいたことで、自分なりに学んだこと、考えたことを幾つか書き残しておこうと思います。


⭐︎気づいたこと、学んだこと

●自分も他者と同じように間違い、失敗すると認識する大切さ

物事が起きた時、それがあまりいい印象でないことであっても、その出来事を起こした一部は自分にも原因があるかも知れない、という視点はとても重要なことのようです。

自分以外の人のせいにせず、まず「もしかしたら自分かも知れない」と思って見ることは、辛いことかも知れないけれど、自分が発した言葉、行動を振り返るきっかけになり、そうした行為は自分が相手にしたことに対して責任を担う一歩になるように感じます。

(今日もそう言えばそのことを強く感じた出来事がありました。私も実にいつも、「自分は正しく生きている」と思いながら生活しているようです。汗)


●ポーズではなく本当に愛情を表現することの大切さ

誰かの上に立ちたい、そうした想いは、私自身も無意識に持っていたものでした。
いい人としてみられたい、といつも思い、そのことを目指していました。
この考え方は、
「誰かの上に立てば、なんでも正しいと思うことを行動できる」
「そして正しいことをしていけば、多くの人にいい人だと思ってもらえる」
このようなことだったと感じています。

この考え方はとても危険なことだったと、今の私は思います。
なぜなら、物事の正しさ・過ちという認識は、個人によっても環境によっても、時代によっても違い、一貫性がないからです。
私が正しいと思っても、他の環境で生きている誰かにとっては違うかも知れない。
なので物事は正しいか間違っているかで決めてはいけないのです。

以前、師から、

「物事の選び方は、そこには愛があるのかい?という視点で選ぶんだよ」と教わりました。

そこには、「自分と同じように他者を大事にする」という視点が必要になります。

「いい人と見られたい」と思うと、他者に理解を求めてしまいますが、
「いい人になりたい」と思えば、他者の視線は関係がなくなり、「自分がそのためにどう努力をすればいいか」を考えればいいとわかります。

そして、「自分と同じように他者を大事にする」という気持ちを持てば、自分の気持ちが本当に済むまで、人に尽くすことができます。
自分と同じように、というところがミソです。
自分のことも犠牲にせず、他者のことを思うのです。

自分と同じように本当に人を大事にしようとすると、いろんな思いの壁にぶつかりますが、一つ一つわかることも増えて、「自分が犠牲になっている」とか、「これ以上はやりすぎなのではないか」など、余計な思いを整理することもできるようになってきます。
(私もその道の途中ですが)
そして、本当にその人を喜ばせるアイデアが浮かんでくるようになります。

いい人にみられたい、という気持ちで他者に行う行為は、たとえ内容として親切に見えるものであっても、心が伝わりません。「いい人に見られるためのポーズ」になってしまうのです。そして学びがありません。心は何も気づかず成長しないのです。
私もここにたくさん引っかかりました。いまもひょんなことからこの地雷を踏み、悩むことがあります。道は簡単にいかない、本当に一歩ずつなのだと、心から感じています。


●自分の過ちを認めるということ

自分の過ちを認めること、人のせいに物事をしないことというのは、私にとっても難しい行いでした。
つい無意識に、自分は正しいことをした、間違えてはいない、という立ち位置から動けなくなるからです。
でも、いつまでもその位置に居続けると、人生に起こることの大部分を知らないまま過ごすことになります。
本当は自分の発言で身近な人たちが傷ついているのかも知れないのに、
感情的に口走った言葉で、せっかく近づいてきてくれた人を遠ざけてしまっているかも知れないのに、
周りから嫌われているかも知れないのに。
気づけないということは、本当のことを見ることなく、理解する力を養おうともせず、つまり心の成長をしないまま、一生を終えるということになります。

知るということは、最初はとてもつらいことでした。自分は正しいと思ってきたからです。
私にはそのことについて長い時間をかけて関わってくれた人がいました。
なので成長しない段階から少し抜けることができました。
いまも、自分の行いが誰かを傷つけたり、辛い思いをさせたことがわかると、その人への申し訳なさを感じる前に、情けなさに落ち込んでしまう自分勝手な面はあります。
また、伝え方もうまくいかないことが多いです。ここで自分の感じたことを伝えていいのか、相手の方にとってその言葉はどう伝わるのか、言う前も言った後も、言わなかった場合も、心に何かが残ります。

でも、何も知らないまま、誰も傷つけてないと過信して、大切な目の前の人を傷つけていることも想像もしないままに、変わらず言いたいことを言っている人生より、少し物事がわかってきた、かなしみの多い今の方がずっとマシな人生になったなあと感じる日々です。。
自分が間違えているかも知れないと振り返られるようになるのは、精神的な成熟さが必要なのかも知れない、とも感じています。


●自分が選んだ家族を大切に愛する

私はパートナーには今のところ出会わない人生を送ってきました。
私の家族は、父母を含め、配偶者と歩む人生を送っています。

今は、私の人生に配偶者、それに似た人が現れなかったことに対して、マイナスの思いは何も感じていません。
10年前ぐらいまでは、そのような人との出会いにまだ期待していましたが。
今の私の生活は、血の繋がった家族の他に、毎日お仕事として私を支えてくださる方々との関係性があります。
その付き合いの浅さ、深さ、十人十色のお付き合い全てが、家族的だと捉えています。
相手の方々は、それぞれさまざまな思いがあるでしょう。ビジネスライクな考え方から、少し深く関係性を持ちたいと思ってくださる方まで、いろんな思いがあるのでしょう。
それも全部含めて、あくまで私の側は、家庭的な姿勢をとりたいと考えています。

今このような時世になっても、知人、友人たちとも連絡しあえる今、私は寂しくはないし、時折感じる孤独もあっていいと考えています。

配偶者、パートナーのいる生活は、幸せでしょうか。
それぞれ感じている幸せとは、どのようなものなのでしょうか。

お互いを大事にし合っているでしょうか。

目の前の人は悲しんでいないでしょうか。
相手に心を閉ざしてはいないでしょうか。

相手を変えようとしていないでしょうか。
自分はいつも正しいと思っていないでしょうか。

本当に相手の方を理解しようとしているでしょうか。
相手の幸せそうな顔を見たいと思っているでしょうか。

私の人生と違う人生の醍醐味を、うかがってみたい気がしています。


●お互いのわだかまりに向き合う

信じられないことかも知れませんが、人はいくつもの過去生を生きて、現在に至っています。
たくさんの人生の中で違う形で出会っていたりするのです。
いいことばかりではなかったかも知れません。辛い関係性があったかも知れません。

でも今こうしてご縁ができたということは、家族というご縁の中で向き合っておきたいことがあるのかも知れません。癒しておきたいことがあるのかも知れません。
時間はあっという間に過ぎていきます。来世は再び会えるかどうかわからないのです。
わだかまりがあるのなら、今話しておいた方がいいのかも知れません。
私もあまりできてはいないことだけれども、話を聞いて理解を深めた方がいいこともあるかも知れません。
またとないチャンスかも知れないから。


●私自身の今回の学び

今回いただいた時間は、別の視点から家族ひとりひとりの過去生も含めたたましいの歴史を説明してもらい、理解する時間になりました。
本当は、このご時世の中で、私が家族にできることはなんだろうと思ったことがきっかけでした。

私目線からの縁はこの10数年間で少しずつ紐を解いて理解してきたつもりでしたが、それぞれの人生のテーマや、つまづいてきたことなどを教えてもらうことで、私と誰か、という家族の関係を離れて、魂として同じ道を目指すもの同士としての視点を与えていただいたように感じています。

そして、悩みながらここまで生きてきたことが、何千年も前からのもつれた糸を解くことになった面もあったということを今回知りました。
ほどいた糸は数本かも知れませんが、私なりに人生に向き合ってきて良かったと感じました。

私はご縁があって、今の家族の中に生まれました。
その事実はたくさんの感謝をこめて、大事にしたいと思います
つらいことも含めて、たくさんの経験をいただきました。そのなかで少しだけ物事を考えられるようになりました。少しだけですが、まだまだですが、周りの人の気持ちに思いを馳せられるようになりました。
ありがたかったなあと感じています。

そして、まだ私ができることがあったということを、嬉しく思います。

現実はうまくいかないことがたくさんあります。
私が脳性まひの障がいから逃れられないように、逃げられないもの、逃げてはいけないものを背負って人は生まれてくるようです。
そして、向き合っても逃げまくっても、どちらを選んで生きても人生としては自由、という、一生を送ります。

いつか、自分のまいた種は、自分で刈り取る日が来る、
それだけのことかも知れません。

自由に考えた人生を生きるのは素敵なことだけれど、
本当は今生で、やっておきたいことが残ってはいないでしょうか。
後悔していることがあるのではないでしょうか。

今生、家族というご縁を持ってくれたみんなが、幸せを感じる日々を過ごせるように、祈ります。
心から、本当に心から、願っています。
そう心から思えたことが、今回の学びでした。

この機会をいただけたことに、心から感謝をしております。


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