2020年6月25日木曜日

恵まれていた世界の思い出たち

ここ数ヶ月の間、感じていたことを、書いておこうと思います。

ああ、今まで本当に、恵まれた、人生だったんだなあという実感でした。

私の日常は、多くの人たちに支えられながら、望んだことをなんでもできる状態になっていました。

ある時期から私は、経済活動を諦めボランティア活動を選びましたが、自分の選んだ活動ができる、相手側に受け入れられる環境に生きていました。

教育を受けたいと思えば受けられました。興味あるワークショップに、夜も出かけようと思えば行ける環境でした。

運動も毎週行えました。そこにはちゃんとサポートしてくださる人が待っていてくれました。

映画も演劇も、美術館も、望めばいつも叶いました。

ご飯を一緒に食べてくれる人が、必ず月に何回かはいてくれました。
女子会もウチ飲みも、話に乗って楽しんでくれる人たちがいました。

どんな人でも、多少の制限はあります。私は私の現実があり、制限や制約もありましたが、その中で確実に寄り添って目線を合わせてくれる人がいて、隣に座り続けてくれる人たちがいました。
理解しようとしてくれる人がいました。

その中で私は、いろんな刺激をもらって、経験を積むことができました。

なんて恵まれた世界に住んでいたのだろう、本当にそう感じます。

経験ができたということ、悩んだ形跡を持てたということ、やりたいことができたという思いは、私の中で消えることのない記憶です。体のどこかでいつも忘れない一人分の歴史です。

一人ではできなかったことでした。
ほんとうに、ほんとうに。

出会ったたくさんのみなさん、今も私に関わろうとしてくださる皆さん、
私が身を置いていた環境の全てに感謝の気持ちが止みません。

ほんとうにありがとうございます。

このたくさんの思い出を味わいながら、新しい世界に生きていくのだと、感じています。

戻らない時の中で、一日一日を大切に歩いていこうと思います。


2020年6月18日木曜日

自粛中に観たアニメ

自粛期間中に観た、印象的だったアニメの話です。
二つとも某無料サイトから観られます。


どちらも、教えていただいて、観てみようかな、と思い、観始めました。


1 ファンタジックチルドレン


最初は、一体何を言いたいのだろうと、理解がうまくできませんでした。
途中から、全体像がみえてきて、一気に理解したという感じでした。

私は、登場人物の中で「トーマ」という名の少年に感情移入をしました。
最後は、ああよかったなあと思いました。

最後の展開は、視聴者は賛否両論だったようですが、私はこの話の展開に最後まで納得できたし、希望が持てました。

人の魂は生まれ変わっていろいな人生を体験しながら成長していくと、私も霊的真理を教わる中で理論で教わり、自分の過去生を知っていく中で実感してきましたが。決して「いい人の人生」ばかりを生きてきたわけではないことを知っています。

あまり内容は書きたくないので、わかりにくい感想になってしまうかもしれませんが、やっぱり、いい人でありたいと今は思うけれど、いい人でなかったことが誰でも多くあるのかもしれないと思いました。

自分が、昔の行いを知った時、その重さを受け止めることがいつの日もできるのか、このアニメを観ながら考えさせられました。

原作がなく、いきなりアニメの世界だったようですが、リアルな歴史との絡みもあり(私は教わるまで気づけませんでした汗)、見応えのあるアニメでした。
*************** 




2 地球少女アルジョナ 

これは別の方から教わったアニメで、回数も短く、すぐも終わるのかなと思いながら観始めました。
内容に重みがあり、一話ずつゆっくり観た方が心に入る気がして、あまり急がずに観ました。
一話一話、感情が揺すぶられて、心が痛かったです。
そして、自分が物事に対して、自然に対して、不感症になっている気がしました。

関西弁の主人公が妙に現実的で、内容の重さとプラスマイナスというか、深いところに入っていきやすい感じを受けました。

感じやすくなるのは、ある意味辛いことかもしれませんが、何も知らないまま笑っているよりましな視野が持てるのかな、と思いました。
感じやすくありたいと思いました。

誰かがUPしてくれているおかげで、今はもうテレビでも再放送されない番組が観られるのは、いい時代に生まれているなあと改めて思いました。

いろんなことがありながらも、こうした時間がつくれたことも、ありがたかったなあと思います。



2020年6月8日月曜日

さっきまで見ていた夢

久しぶりに夢を覚えていたので書いておこうと思います。早寝をしたら3時間ほどで目が覚めました。

介助の方と出掛けたけれど、途中から一人で歩こうと思いました。
知っている道で、すぐに帰るつもりでしたが、見慣れたところなのに道に迷ってしまいました。
でも、お世話になった人に届け物があり、それだけは届けなくてはと思いました。
その時は介助の方と一緒だったような気がします。

その方を尋ねたら、かなり若い女性が玄関先に出てきてくれました。
ご本人ではないように思ったのですが、とても親しげに、親密な感じで私のことを見てくれました。私は、その人に伝言を頼んで、お世話になった人に手渡したいパンを若い女性に預けました。パンはまだ暖かでした。パンの袋が開いているような気がして、介助の方に確認したことを覚えています。袋の口はしまっていると言われました。

介助の方には家に帰ってもらい、一人で帰り街を探しながら、懐かしい居酒屋や、食堂などを遠目で見ているうちに、帰り道を見失いました。

車でいつも送ってくれる(夢の中のストーリーなので実際には会ったことはありません)気の良さそうな年配の男性に、駅まで送ってほしいと頼んでみました。頼みながら、あれ、駅は近かったな、と思っている自分がいました。本当は家の近くまで乗せてもらいたいと思っていました。今のようなご時世に、なぜか現代の現実がそこにありました、電車に乗ってはいけないような気がしたのです。

気の良さそうな男性は、最初は送ってくれそうでしたが、4時間後に知り合いのご老人がテレビに出るので絶対見たいんだという話をしてきました。それでは落ち着かないと悪いので、一人で帰ると伝えました。するとその男性は、車椅子のタイヤに空気を入れてあげると言ってくれて、整備をしてくれました。

すこし進むとすぐ駅で、見慣れた電車が走っていました。
自分には覚悟が必要なんだな、と思ったところで目が覚めました。

夢から醒めて思ったことは、
人にむやみに要求しないほうがいい、人がやってくれることと自分がやってほしいことは違うし、いつも人は自分のできることはしたいと思っている、ということでした。
つまり、依存しないで自分で生きる覚悟を持てば、周りはできる限りのことで助けてくれるよ、というメッセージだったように感じています。

介助の方もお世話になっている方も、リアルに同じ関係を持っている方でした。私も電動車椅子で走っていましたし、最後に出てきた駅は最寄駅だったので、今の人生へのアドバイスだったように思います。

受け身であることと、受け入れて生きることの違いを最近よく考えていたので、そのヒントをくれたのかな、と思います。

お世話になっている方は、すごく若かったけれど、本人だったのかな、と今は思います。私が伝言を頼んだら、けげんそうだったので。

長くなってしまいました。人の夢の話に付き合ってくださってありがとうございました。すっきりしたので、もう一度寝ようと思います。おやすみなさい。

2020年6月1日月曜日

おうち映画三昧

stay homeの月末、映画を一気見しました。

  
幸せなひとりぼっち 

なんだか不器用な主人公でした。
一辺倒で、ルールに忠実で、偏屈と受け止められがちな人。
外国から来た隣人との関係を通して、彼の誠実さ、人の良さがすこしずつ周りにわかってきます。
いや、実は周りの人は彼をよく理解していて、知らなかったのは映画を見ている私だったのかもと、途中から思いました。

まさか後半に、私の人生のあり方にかぶるエピソードが出てくるとは思いませんでした。
観終わった後は、なんだか暖かくなりました。
ああみんな、理解していたんだなあって。


ホームレス ニューヨークと寝た男

これはニューヨークのマンションの屋上で暮らすカメラマンの物語というか、ドキュメンタリーでした。
すごい生き方だなあと思いました。

家を失ったことを楽しんでいるようにも見えましたが、最後は弱音が出たり、観ていて、自由な発想で人生を謳歌しているようにも見えたし、哀しくもみえました。


奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ
勉強の苦手なフランスの高校生たちが、自国にあったユダヤ人の収容所、ナチスの歴史について学んでいきます。
高校生たちそれぞれの偏見や差別、暴力に脅かされている日常が垣間みられて、
切なかったりします。また、他宗教に対する拒絶感もところどころ社会派的に映し出されます。
先生を真の職だと感じている人の目線というのは、生徒と違う目線なんだということを、感じることができた映画でした。


南極料理人
これは邦画です。そしてコミカル。単純にリラックスできます。あまりシリアスなことはありません。なんだか楽しみました。本を読んでなかったので、すこし想定外でした。


オリーブの樹は呼んでいる
これはスペインの、お爺さん思いの孫のはっちゃけた物語。なんだか見るのがしんどくてあまり真剣に観ませんでした。家族の話です。機会があったらもう一度ちゃんと飛ばさずにみようと思います。
ただ、家族は大変なんだよ、的なセリフを言った叔父さんの表情に、妙に共感してしまいました。

2020年5月24日日曜日

私は誰??

スティホームが続いた東京。コロナウィルスは、ほんとうにいろいろ考える機会を私にくれました。
このことは後でまた書きたいと思います(まとまればいいな)。

思いつきですが、プログの文字表示を大きくしてみました。
パソコンやスマホは拡大機能がついているので、ブログ自体の文字を大きくすることは考えていませんでした。

でもそういえば文字を大きくするために私自身もスマホで二本指がうまく使えず苦労していることを思い出し、初めから表示を大きくしようと思ったのです。

どうも私も、自分はとっくに老眼なのに、読み手に文字調整してもらうことばかり考えて書いていたなあと反省しました。

(小さい文字が読みやすい方は、恐れ入りますが調整していただけたら幸いです。)


本題です。

私は誰

ここ2ヶ月ほど、ヒーリングサロンmedicine wheelのセッションも、リモート(遠隔)で受けさせていただきました。

ヒーリングさサロンもそうですが、普段なかなか会えない知人ともリモートならば顔を見て話せて、私なりに時間は有意義だと感じています。

先日のセッションの中で、「これからの半年、どう生きますか」と質問されました。ハッとしました。
数ヶ月の出来事の中、私は自分の心に向き合うことに精一杯で、半年後にどのような自分になっていたいかなどという思いは、忘れていたのです。

昨年末は、

来年のテーマでぱっと浮かんだ字は「仲」。
いろんな形で関係性を深めることを忘れずにいたいです。

そして個人的な課題は、直感を使うことと、拒絶しないこと。
様々な価値観に出会うたびにびびっている自分からの卒業です。


なんて書いていました。

今考えると、相変わらずびびっているなあと思います。
情報に埋もれ、耳にするものを鵜呑みにし、後からその意味を考えるので、消耗している気がします。
判断力がありません。知識がないからでしょうか。
知らないことが多すぎて、自分なりの考えを持つまでとても時間がかかるのです。
それまですこし不安になるので、自律神経が落ち着きません。

そういえば、直感を鍛えたいとも思っていました。
ヒーリングサロンの師曰く、

直感とは、愛から来るもの

なのだそうです。

その行為に愛があるかないかで、ものごとは暖かく感じるか恐怖を感じるか、受け取る側の印象はかわる

私はどうしても知識を基準に置いて考えてしまう癖があり(あまり知識がないのにもかかわらず)、そこも間違う要因の一つだったようです。

心が何を感じているか、もう少し意識してみようと、昨年の年末に思ったばかりでした。

最近の動揺を繰り返す自分の心を思い返すと、

どうも信念がないのではないか

そう思うようになりました。

信念がないから揺らぐのでは、ビビるのでは、情報を鵜呑みにしてしまい何が正しいのか分からなくなるのでは、そう思ったのです。

なので、今年後半をどう生きるかということを、

自分なりの信念が持てるようになる

ということにしました。

信念を持つには、知識を得ること、勉強かと思っていた私に、師がアドバイスをくれました。

尊敬する人、またはとっても好きな人に、「これだけは言ってはいけない」「これをいったら、やったら軽蔑されるから絶対やらない」と思う行いはありますか。

絶対やりたくない行為を、周りがどんな状況であっても、後から非難されても、死ぬまで理解されなくても、つらぬけますか。

例えば杉原千畝は、外交官だった時に多くのユダヤ人を助けました。当時の日本はドイツと同盟を結んでいたので、杉原氏の行為は、国を裏切る行為でした。彼は日本に帰ってからも名誉は回復できませんでした。戦時中の行為が公になったのは最近のことです

例えばある国に起こった内紛の時のように、その国を支援するために派遣されていた国連軍に撤退命令が出たら、そしてもしあなたが国連軍として派遣されていたらどうしますか。命令に背いてそのまま仲間に命令のことを伝えずに戦い続けますか。それとも、その国の人の大部分が殺されるのを分かっていて、命令だから撤退しますか。

私は答えられませんでした。
ただ、ひとつわかっていたことがあります。
ここ数年、霊的真理を学ぶようになって、私が知った自分の過去生のほとんどは、杉原千畝氏の生き方とは真逆の生き方ばかりでした。
そのほとんどの人生が、私自身だけを優先し、私利を叶えることだけを考えて生きてきたのです。
多くの人たちの思いを知らないままに。

私はもう、自分が経験してきた過去生のような生き方はしないと決めています。
自分の命も、他者の命も差別は絶対にしない、誰かを故意に傷つけたりして自分の人生を優先させるような生き方はまっぴらごめん、自分が生きるために誰も犠牲にしない、だからといって自分の人生を軽く扱うこともしない、私らしい生き方をしたいのです。

ではどのように生きるのならば、そういう生き方に向かえるのか。
大きな課題だと思いました。

そして毎日は小さな何気ないことを判断するところから始まります。


私は私と生きる、そのためには、私はどんな生き方をしたいのか、私自身を知る必要があるのだと思いました。

何気ないところの何気ない判断から、私は私自身として、いつの日も生き方を表現しているのだと感じました。

そこにいつも責任を持つ態度が必要なのだと思いました。





2020年5月17日日曜日

小さな一歩 そして 絆

緊急事態宣言の続く東京。私の生活は大きく変わることなく、平穏に続いています。
確かに出かける予定は全てなくなって、交通機関を使う理由もなくなり、行動範囲は狭くなりました。
でもおかげさまで相変わらず取り組みたい課題はてんこ盛りで、ちまちまと何かしらやりながら日々を過ごしております。

ここ数週間か、遠くに住む知人とリモートで顔を見ながら話す機会を得ました。
昔からお互いに知っている間柄だったのですが、深くお話しする機会がなかったのです。

相手のかたの方が人生の先輩なので、リモートで話したいと提案させていただくことにドキドキしましたが、ゆっくりお話できて本当に楽しかったです。

最初の数回はZoomがうまく繋がらなくて、さんざんご迷惑をかけてしまいました。
相手の方も根気よく付き合ってくださって、ありがたかったです。

Iさん、その節はご迷惑をおかけいたしました。貴重な時間をありがとうございました。

その時の共通の話題が、奈良たんぽぽの会が昔から開催している「わたぼうし音楽祭」でした。

たんぽぽの会は障がいあるかたの芸術支援等、さまざまな活動を続けている団体です。

「わたぼうし音楽祭」は、障がいがある人の書いた詩を公募し、曲をつけて歌にし、ステージで発表する音楽の祭典で、現在も年一回開催されています。

私は10代、20代の時に、詩を取り上げていただき、お世話になりました。

その時に出会った二人の詩人がいました。

おぞねとしこさんと、松兼功さん。

おぞねさんは詩集を数冊出されていて、その詩集は、自立生活に入る前の私の心の拠り所になりました。

松兼さんは数年前にその時お世話になっていた介助の方の計らいで、居酒屋で一度だけ直にお話しすることができました。

私は「わたぼうし音楽祭」の場でお二人と同じ舞台に上がらせていただいたけれど、その頃の私は精神的に幼すぎて、関係を深めていく事は叶いませんでした。
言葉というものは、心から出た言葉というものは、すごく響くものなんだと教えてくれたお二人でした。

今生ではもう、お二人にお会いすることも叶わなくなりました。
おぞねさんは、数年前に、逝去されました。

松兼さんは昨年秋に、旅立たれたと、リモートでお会いした時間に、伺いました。

今感じるのは、悩みながら自分を表現したお二人だったな、という気持ちです。


つつしんでご冥福をお祈りいたします。






2020年4月10日金曜日

見えない視点からの感謝とI love you

お世話になっているヒーリングサロンで、遠隔ヒーリングのサービスがあり、
家族へのヒーリングをお願いしてみようと思い立ちました。
時世的にも、いい機会かも知れないと思ったのです。

私目線で振り返れば、今の家族となぜ今生でご縁ができたのか、過去生も含めて散々振り返ったこの10数年でした。

家族へのヒーリングをお願いして、多方面からその様子を解説していただいたことで、自分なりに学んだこと、考えたことを幾つか書き残しておこうと思います。


⭐︎気づいたこと、学んだこと

●自分も他者と同じように間違い、失敗すると認識する大切さ

物事が起きた時、それがあまりいい印象でないことであっても、その出来事を起こした一部は自分にも原因があるかも知れない、という視点はとても重要なことのようです。

自分以外の人のせいにせず、まず「もしかしたら自分かも知れない」と思って見ることは、辛いことかも知れないけれど、自分が発した言葉、行動を振り返るきっかけになり、そうした行為は自分が相手にしたことに対して責任を担う一歩になるように感じます。

(今日もそう言えばそのことを強く感じた出来事がありました。私も実にいつも、「自分は正しく生きている」と思いながら生活しているようです。汗)


●ポーズではなく本当に愛情を表現することの大切さ

誰かの上に立ちたい、そうした想いは、私自身も無意識に持っていたものでした。
いい人としてみられたい、といつも思い、そのことを目指していました。
この考え方は、
「誰かの上に立てば、なんでも正しいと思うことを行動できる」
「そして正しいことをしていけば、多くの人にいい人だと思ってもらえる」
このようなことだったと感じています。

この考え方はとても危険なことだったと、今の私は思います。
なぜなら、物事の正しさ・過ちという認識は、個人によっても環境によっても、時代によっても違い、一貫性がないからです。
私が正しいと思っても、他の環境で生きている誰かにとっては違うかも知れない。
なので物事は正しいか間違っているかで決めてはいけないのです。

以前、師から、

「物事の選び方は、そこには愛があるのかい?という視点で選ぶんだよ」と教わりました。

そこには、「自分と同じように他者を大事にする」という視点が必要になります。

「いい人と見られたい」と思うと、他者に理解を求めてしまいますが、
「いい人になりたい」と思えば、他者の視線は関係がなくなり、「自分がそのためにどう努力をすればいいか」を考えればいいとわかります。

そして、「自分と同じように他者を大事にする」という気持ちを持てば、自分の気持ちが本当に済むまで、人に尽くすことができます。
自分と同じように、というところがミソです。
自分のことも犠牲にせず、他者のことを思うのです。

自分と同じように本当に人を大事にしようとすると、いろんな思いの壁にぶつかりますが、一つ一つわかることも増えて、「自分が犠牲になっている」とか、「これ以上はやりすぎなのではないか」など、余計な思いを整理することもできるようになってきます。
(私もその道の途中ですが)
そして、本当にその人を喜ばせるアイデアが浮かんでくるようになります。

いい人にみられたい、という気持ちで他者に行う行為は、たとえ内容として親切に見えるものであっても、心が伝わりません。「いい人に見られるためのポーズ」になってしまうのです。そして学びがありません。心は何も気づかず成長しないのです。
私もここにたくさん引っかかりました。いまもひょんなことからこの地雷を踏み、悩むことがあります。道は簡単にいかない、本当に一歩ずつなのだと、心から感じています。


●自分の過ちを認めるということ

自分の過ちを認めること、人のせいに物事をしないことというのは、私にとっても難しい行いでした。
つい無意識に、自分は正しいことをした、間違えてはいない、という立ち位置から動けなくなるからです。
でも、いつまでもその位置に居続けると、人生に起こることの大部分を知らないまま過ごすことになります。
本当は自分の発言で身近な人たちが傷ついているのかも知れないのに、
感情的に口走った言葉で、せっかく近づいてきてくれた人を遠ざけてしまっているかも知れないのに、
周りから嫌われているかも知れないのに。
気づけないということは、本当のことを見ることなく、理解する力を養おうともせず、つまり心の成長をしないまま、一生を終えるということになります。

知るということは、最初はとてもつらいことでした。自分は正しいと思ってきたからです。
私にはそのことについて長い時間をかけて関わってくれた人がいました。
なので成長しない段階から少し抜けることができました。
いまも、自分の行いが誰かを傷つけたり、辛い思いをさせたことがわかると、その人への申し訳なさを感じる前に、情けなさに落ち込んでしまう自分勝手な面はあります。
また、伝え方もうまくいかないことが多いです。ここで自分の感じたことを伝えていいのか、相手の方にとってその言葉はどう伝わるのか、言う前も言った後も、言わなかった場合も、心に何かが残ります。

でも、何も知らないまま、誰も傷つけてないと過信して、大切な目の前の人を傷つけていることも想像もしないままに、変わらず言いたいことを言っている人生より、少し物事がわかってきた、かなしみの多い今の方がずっとマシな人生になったなあと感じる日々です。。
自分が間違えているかも知れないと振り返られるようになるのは、精神的な成熟さが必要なのかも知れない、とも感じています。


●自分が選んだ家族を大切に愛する

私はパートナーには今のところ出会わない人生を送ってきました。
私の家族は、父母を含め、配偶者と歩む人生を送っています。

今は、私の人生に配偶者、それに似た人が現れなかったことに対して、マイナスの思いは何も感じていません。
10年前ぐらいまでは、そのような人との出会いにまだ期待していましたが。
今の私の生活は、血の繋がった家族の他に、毎日お仕事として私を支えてくださる方々との関係性があります。
その付き合いの浅さ、深さ、十人十色のお付き合い全てが、家族的だと捉えています。
相手の方々は、それぞれさまざまな思いがあるでしょう。ビジネスライクな考え方から、少し深く関係性を持ちたいと思ってくださる方まで、いろんな思いがあるのでしょう。
それも全部含めて、あくまで私の側は、家庭的な姿勢をとりたいと考えています。

今このような時世になっても、知人、友人たちとも連絡しあえる今、私は寂しくはないし、時折感じる孤独もあっていいと考えています。

配偶者、パートナーのいる生活は、幸せでしょうか。
それぞれ感じている幸せとは、どのようなものなのでしょうか。

お互いを大事にし合っているでしょうか。

目の前の人は悲しんでいないでしょうか。
相手に心を閉ざしてはいないでしょうか。

相手を変えようとしていないでしょうか。
自分はいつも正しいと思っていないでしょうか。

本当に相手の方を理解しようとしているでしょうか。
相手の幸せそうな顔を見たいと思っているでしょうか。

私の人生と違う人生の醍醐味を、うかがってみたい気がしています。


●お互いのわだかまりに向き合う

信じられないことかも知れませんが、人はいくつもの過去生を生きて、現在に至っています。
たくさんの人生の中で違う形で出会っていたりするのです。
いいことばかりではなかったかも知れません。辛い関係性があったかも知れません。

でも今こうしてご縁ができたということは、家族というご縁の中で向き合っておきたいことがあるのかも知れません。癒しておきたいことがあるのかも知れません。
時間はあっという間に過ぎていきます。来世は再び会えるかどうかわからないのです。
わだかまりがあるのなら、今話しておいた方がいいのかも知れません。
私もあまりできてはいないことだけれども、話を聞いて理解を深めた方がいいこともあるかも知れません。
またとないチャンスかも知れないから。


●私自身の今回の学び

今回いただいた時間は、別の視点から家族ひとりひとりの過去生も含めたたましいの歴史を説明してもらい、理解する時間になりました。
本当は、このご時世の中で、私が家族にできることはなんだろうと思ったことがきっかけでした。

私目線からの縁はこの10数年間で少しずつ紐を解いて理解してきたつもりでしたが、それぞれの人生のテーマや、つまづいてきたことなどを教えてもらうことで、私と誰か、という家族の関係を離れて、魂として同じ道を目指すもの同士としての視点を与えていただいたように感じています。

そして、悩みながらここまで生きてきたことが、何千年も前からのもつれた糸を解くことになった面もあったということを今回知りました。
ほどいた糸は数本かも知れませんが、私なりに人生に向き合ってきて良かったと感じました。

私はご縁があって、今の家族の中に生まれました。
その事実はたくさんの感謝をこめて、大事にしたいと思います
つらいことも含めて、たくさんの経験をいただきました。そのなかで少しだけ物事を考えられるようになりました。少しだけですが、まだまだですが、周りの人の気持ちに思いを馳せられるようになりました。
ありがたかったなあと感じています。

そして、まだ私ができることがあったということを、嬉しく思います。

現実はうまくいかないことがたくさんあります。
私が脳性まひの障がいから逃れられないように、逃げられないもの、逃げてはいけないものを背負って人は生まれてくるようです。
そして、向き合っても逃げまくっても、どちらを選んで生きても人生としては自由、という、一生を送ります。

いつか、自分のまいた種は、自分で刈り取る日が来る、
それだけのことかも知れません。

自由に考えた人生を生きるのは素敵なことだけれど、
本当は今生で、やっておきたいことが残ってはいないでしょうか。
後悔していることがあるのではないでしょうか。

今生、家族というご縁を持ってくれたみんなが、幸せを感じる日々を過ごせるように、祈ります。
心から、本当に心から、願っています。
そう心から思えたことが、今回の学びでした。

この機会をいただけたことに、心から感謝をしております。


2020年3月30日月曜日

志村けんさんの訃報

小さい頃、ドリフターズが好きでした。
「全員集合」は、小さい頃、施設生活をしている頃から見ていました。

「ドリフの大爆笑」も毎回観ていましたし、
「カトちゃんケンちゃん云々」も観ていたように思います。

バカ殿は苦手だったけれど、
「変なおじさん」は好きでした。

最近は志村動物園(テレビばっかりだ汗)を毎回観ていて、お笑いでない分野でまた癒されていたのを今日自覚しました。

ファミリーヒストリー(NHK)も、金スマの特集も観たし、
何気に本当に親しんでいたみたいです。

だから今、すごく悲しいです。
このような形で、姿が見られなくなることが。

考えてみたら、リアルにお会いしたことなど一度もないし、
知らない方なのですが。
人ごととは思えませんでした。
だから今は、追悼番組も見られない気分です。

小さい時からいい年頃になる今日までの時間、私の心に笑いとウィットをいただいて、本当にありがとうございました。

どうぞ安らかに。感謝を込めて。心からお悔やみ申し上げます。

2020年3月25日水曜日

参考にした動画(コロナウィルスについて)

コロナウィルスのことで、参考にした動画を上げておきます。









2020年3月15日日曜日

いちばんになりたくない理由

心の整理をしたのにフアフアとまだ落ち着かない部分を感じて、何が原因なのか少し向き合ってみました。
前回、私は自分の中に「人にウィルスをうつしたくない」と言う気持ちを持っていると言うことを書きました。
それは、人に迷惑をかけたくないと言う気持ちでした。
私に今関わってくれる人はたくさんいて、その人たち全員に迷惑がかかることを、怖がっているのでした。
自分には生きる覚悟が足りなかったことはわかりましたが、覚悟が決まってもまだ心が治りません。
何があるのだろうともう少し考えてみました。

「人に迷惑をかけたくない」と言う気持ちは、発生源になりたくないと言う気持ちです。
そう言う気持ちの奥には、「悪者になりたくない」と言う気持ちがあったようです。
自分は悪者になりたくない、つまりは、いつも悪くない人でありたいだけ。
自分を守りたいだけなんだと言うことに気が付きました。

メディアはウィルスに感染してしまわれた人たちを、さも悪いように報じているように見えます。
そう感じてしまうのは私の心のあり方かも知れません。本当は被害に遭われていると言うことなのに、そうでないように受け取ってしまうのです。


そして自分の番が来ないことをのぞみ、願ってしまう、そこにいつも怖さが潜んでしまうのです。
悪者にはなりたくないけれど、それはみんな同じこと。
でもそうはいかないこともあると言うことを、理解しないといけないと感じました。
感染された方が悪いわけではない。今はみんな慎重に行動しているでしょうし、それでも不可抗力が起こるのです。

自分を守りたいだけの思いは流してしまおうと思いました。
誰が悪いわけではない、全員で今は乗り切ろうと努力することが大切な時なのかも知れません。
大切なのは、何かの時に自分の愛情を表現できるかどうか。その時に光の方を選ぶ心を持てることなのかなと思います。
そうありたいと思う今日この頃です。

こわさはひょんなところから生まれると、気がついた出来事でした。


2020年3月10日火曜日

私に足りなかったもの

コロナウィルスの問題が全国に広がる中、私は心に言い知れぬ不安を感じるようになりました。

言葉にするとそれは、

私がもし感染して、家に来てくださる多くの人にウィルスをうつしてしまったらどうしたらいいだろう

というものでした。

この心の火種は、日々流れるニュースの中で自分の外側の世界から同じような思いを引きつけてしまった気がします。
そして、個人的にいくつか予定していたことがなくなり、少なからずがっかりする自分の心が、落ち着かなくなっていったのです。

心が落ち着かない理由を、ずっと探っていました。

話は少し逸れて、少し暗い話になり読みにくくなってしまうかもしれませんが、私は昨年辺りからずっと「生きること」に執着を持たなくなりました。
積極的に生を終わらせたいということではありません。何がなんでも生きたいという、渇望が無くなったと言えばいいのでしょうか。
それまで、「自分が生き残るため」に何が必要なのかに焦点が当たり、そこから社会を見ていました。
なので、自分の身を脅かすような社会の流れがとても嫌いでした。
いつもその部分に恐怖を抱えていました。
自分が受けている福祉制度が安定して続くことばかり求めていました。
福祉制度が不安定になっていく要因に対して、いつも怒りを持ち、社会を斜にみて生きていました。

「生きること」に過度な執着を持たなくなった時、少し目線が変わって、今社会が抱えているさまざまな現状に、心が痛くなることが多くなりました。
目の前の人さえも助ける知恵がない愚かな自分に、無力さを感じました。

自分は何もできていないんだと、思いました。

それでも日々は過ぎていき、私の生活は日本の福祉制度の中で安定した時間を過ごすことができました。

そのなかで今回の問題が社会に起きました。

生きることに執着しなくなったはずなのに、生きていくこと自体がとても不安になっていく自分。社会の流れに冷静さを欠いていく自分。
何が足りなかったか、あるとき気がつきました。

私には、何があっても生きていく覚悟が、足りなかったのです。

私の体は、確かに誰かのサポートがなければ、日常生活がままならないという身体障がいがあります。なので、現実を踏まえて書くととても難しく感じてしまうのですが、

心のどこかで、頼るものを探し、そこに人生を委ねたいと思っていたのではないかと思ったのです。

生きることに執着することと、積極的に生きることは、全く別のことです。

私は生きることに執着することはやめました。何がなんでも自分を生かしたいという気持ちからは離れることができたのです。
それは、すべての命を自分と同等の命と認識することなのではないかと思います。
私と同じようにみんなも生きている、みんなと同じように私も生きている、という感覚です。
自分をむげに犠牲にはしないけれど、人を傷つけてまで生き延びようとは思わない、という感覚でしょうか。
人として当たり前だと思われるこの感覚が、私には少なかったようです。

この感覚は、私の中に生きることに関しての無力感のようなものを感じさせるようになりました。どのように、生きることを考えていったらいいのか、わからなくなったのです。

それでいて、価値観に合わないようなことが起こると、いつも戸惑い、暗にその出来事を拒絶する日々が続きました。

今回の社会の大きな出来事の中で、「積極的に生きようとすること」が私にはできていなかったのではないかと思いました。
「死ぬ気で生きる」ということです。
生きることに執着していないと言いながら、死ぬことは怖くないと言いながら、生きることにこんなに怯えるのはなぜだろうと考えて行った時、「死ぬ気で生きていない自分」に気が付いたのです。
がむしゃらに生きるとか、そういうことではなく、「今日死んでもいいと思ってベストを尽くす」という気持ちが薄かったのです。
つまり、今日を生きる覚悟が、足らなかったのです。

今日死んでもいいぐらいに、今日会う人を大切にする。
今日死んでもいいくらいに、今日しておきたいことをきちんとする。
今日死んでいいぐらいに、今日向き合っておきたい課題に精一杯取り組む
そして、今日死んでもいいくらいに、愛情を表現できたら、好きな人たちを思いやれたら、本当に悔いが残らないのだろうと、今この文章を書きながら感じています。

物事は大きなことをしなくてもいい、自分のしたいと思っていることをきちんとやっていけばいいのではないか、それが私の人生を積極的に生きるということなのではないかと思います。

社会の流れも、人の気持ちも変えることはできません。でも自分の人生から始められることは確実にあります。

私は霊的心理の勉強をする機会に巡り合って、多くの自分の過去生を振り返る機会を与えていただきました。
たくさん振り返った人生のほとんどすべて、闇の道を歩いた人生でした。
その原因の一つに、人生のあり方をいつも人に委ねてしまった、自分の人生に責任を持つという視点が欠けていたというものがあったように思います。

どんな時にも、自分の人生には責任があり、豊かな気持ちをはぐくめるように、積極的になる必要があったのです。
自分の命に執着して他人を落としめても生きようとするのではなく、自分の命を積極的に生きて、心により良いものを追求する気持ちです。
その生き方が光の道と言うならば、今生から私は光の道を歩きます。
二度と闇の道には戻りません。






新しい家での暮らし

 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...