長年お世話になっているヒーリングサロン Medicine Wheel で、
年末に受けた、遠隔での実習レポートを、順次転載させていただいています。
長年お世話になっているヒーリングサロン Medicine Wheel で、
年末に受けた、遠隔での実習レポートを、順次転載させていただいています。
長年お世話になっているヒーリングサロン Medicine Wheel で、
年末に受けた、遠隔での実習レポートを、順次転載させていただいています。
5回目は、第五チャクラです。
毎回リポートを書き、それに対しての返信を読む時間は、私にとってとても有意義な時間でした。
学生の時、低学年の頃にそうして手厚くみてくださった先生がいました。
その時のことを思い出しながら、取り組んだ時間でもありました。
よろしかったら、読んでいただけると嬉しいです。
長年お世話になっているヒーリングサロン Medicine Wheel で、
年末に受けた、遠隔での実習レポートを、順次転載させていただいています。
今日は、第四チャクラの実習リポートです。
実習のさなかも、感じることがありましたが、リポートを通してのやりとりも、毎回充実したものでした。
数年前の自分だったら、冷静に取り組めなかったかも知れないとも感じました。
昨年末、ヒーリングサロン Medicine Wheel で受けた、遠隔でのチャクラヒーリング実習。
受け手になってくださった方は、ヒーリングサロンの主宰者、私にとっての、「師」です。
noteに掲載されたものを、転載させていただいています。
実習のお話の時に、セッション時(今はリモート(Skype)ですが、直接アドバイスが受けられます。)がいいか、遠隔で自分だけの時間で行うか、選ぶことができました。
私は今回は、遠隔で、一人の時間の中でヒーリングさせていただくことを選びました。
個人セッションは月一回だし、時間も限られているので、自分自身の問題に取り組む時間に使いたかったのです。
希望通り、遠隔での実習となりました。
いざ、取り組んでみると、判断に悩むことがたくさんありました。
いままでたくさんの時間、習ってきたことでしたが、その経験を生かすということの難しさを今回体験しました。
もしその場その場でアドバイスを受けていたら、違うやり方を選べたかも知れません。
受け手の方にとってどちらが良かったのか、今も思い起こすことがあります。
読んでいただけると幸いです。
昨年末、ヒーリングサロン Medicine Wheel で受けた、遠隔でのチャクラヒーリング実習。
受け手の方は、ヒーリングサロンの主宰者、私が教わってきた、「師」です。
私はこのサロンで十数年、霊的心理の理論を学んだり、グループで協調性を大事にしながらお互いのことを学びあったり、ヒーリングの担い手としてのトレーニングを受けたり、ときにヒーリングをしていただいたり、有意義な時間を過ごさせていただいてきました。
以前は月2回、学ぶ時間をいただいていましたが、数年前から月一回の授業になりました。
サロンに来ることで安心してはいけない、一人で考えていく時間も大事、ということでした(甘えてはいけない、ということでしょうか)。
最近は、コロナ禍で、リモートで授業を受けることが多くなりました。
自由にスクールに通えた日々が、どんなに恵まれていたか、身に染みて感じています。
実習レポート2回目は、第二チャクラです。
読んでいただけると幸いです。
年末に、ヒーリングサロン「Medicine Wheel」で、遠隔でのチャクラヒーリングの実習を受けました。
受け手になってくださった方は、サロンの主宰者のかた。長年お世話になっている、私にとっては「師」といえるかたです。
なので少し緊張も汗
でも、いい経験をさせていただきました。
コロナ禍の中、自宅にいたまま一人の時間に実習でき、充実した年末を過ごすことができて、感謝しております。
毎回リポートを提出したのですが、そのレポートと、受け手の方の感想がnoteに公開されています。
リンクを貼りますので、よろしかったら読んでいただけると幸いです。
順次紹介させていただきます
明け方、気になる夢を見ました。
一面はたけのところに立っていました。
遠くの地域で火事があったらしく、地平線に煙が登るのがみえました。
火事だよ、という声が遠くで聞こえて、私も煙の立つ方をぼんやりみていました。
そうしていると、ケータイがなりました。
電話に出ると、知人のSさんの声です。
「火災に気づこ」
そう一言言って、電話は切れました。
そこで夢は終わりました。
私が何か気づいていないのか、今の現実で見えていないところがあるのか、
人間関係のことなのか、心のうちのことなのか、
今のところ、判断がつきません。
なんとなく、昨今の社会の現状をさしているようでもあり、警告もあるのかなあと、ぼんやり考えております。
今月のヒーリングサロンでの個人セッションでは、前から気になっていたことに取り組むことにしました。
なんとなく、感じてはいたのですが、ここ何週間で明確に感じるようになったこと、
ある人と会うことで、数日後に体調を崩すことが多いと言うこと。
もともと自律神経が弱く、更年期になってからそれが頓着になって、ストレスがそんなにないと思われる日々を過ごしていても、頭痛が酷かったりする日もあって、
老化というものは、今までの感覚からでは判断できないことが多いものだと感じていました。
気づいたきっかけは、コロナ禍の中でつけるようになった、体温の記録を見た時でした。
その日にどこに行ったか、長い時間一緒にいた人は誰だったか、簡単に毎日記しているのですが、
どうも、あることの後数日後に、自律神経のバランスを崩しているらしい、ということに気がついたのです。
その日の夜セルフヒーリングに取り組むと、確かに、そのかたのイメージが。それも、私を恨んでいるというか、私をお嫌いらしいのでした。
思い当たるできことはありまして、私もその時分、今よりもっと人間的に浅はかで力量不足ということもあり、相手の方が求めることを差し上げることができませんでした。
その時のことは今も心に残っているのですが、どうにもならないまま今日まで持ち越してはいました。
気がついただけでも良かったと思いながら、その日の晩はセルフヒーリングで出来る限りのことは行ったのですが…。
私の感じたことは果たして本当だろうかという疑問が残りました。
見えない部分での人との関係は自分の感性だけが頼りです。確かに表面的にも嫌われているということは、そのかたも態度に出しているので理解できるのですが、実際自分の調子を崩している原因として考えてしまうのは危険なのではないかと感じていました。
個人セッションの日、事情を話すと、師は、ただ、その人がどんな人であるかを説明してくれました。
私が感じたことがあっているか間違っているかという答え合わせではなく、その人の性格を踏まえて、私がなぜ彼女の思い(念)を受け取ってしまったかという説明をしてくれたのです。
私はその方に対して、もしかしたら助けられたのに助けられなかったのではないかという思いを引きずっていました。それは罪悪感でした。
いろんなことを考え合わせると、本当に私にはできないことだったし、力量不足でできませんと答えることは、当時の私にとってできることでした。
なのに心のどこかでは、本当に何もできなかったのか。しようとしなかっただけなのではないかと、自分を責めていたところがありました。なのでそういう私の罪悪感とその方の被害者意識の波長が合い、私はその方の思いを受け入れてしまっていたのでした。
罪悪感というものは、相手の方を加害者にしてしまいます。無意識の中で。
今回、それを学びました。私がこのことに関係する思いを手放せば、日々の体調も改善し、相手のかたを意識しなくてもすみます。
私も体調を崩すなど思いもよらないところで支障が出てしまったけれど、相手の方も実は私の姿を見るたびに、気まずいことを思い出して嫌な気持ちになっていたのかも知れません。
本当は顔を合わせないで過ごすことができたら、お互いに良いのでしょう。
罪悪感といえば、昔勤めていた職場に対して、運営状態が大変なことを知っていながら退職してしまったことに罪悪感をずっと持ち続けていたようです。
障がい者福祉の分野は私の生活に密着していることなので、いろんな面で、話が耳に入り、一喜一憂してきました。
でも、今回の個人的な出来事が契機となり、ああ、この焦燥感も罪悪感から来ているんだと自覚できました。
私はもっと仕事ができたはずなのに、しなかった、してこなかった、しなくてはいけなかったのではないか、という思いは、
できなかった原因が力量不足や、不向きだったということを忘れて、もっとできるぐらいの力量があったのではないかと思いたい傲慢さが元になっているように思います。
罪悪感というのは、傲慢さなのかも知れないと思いました。
私は、仕事をやめた時、自分の力量の現実を知ったのでやめたのです。
その感覚に嘘はなかったのです。当時悪化した体調も、それを教えてくれていました。
私は罪悪感を手放しました。そして、自分にできることをせいいっぱいやり続けようと改めて思いました。
私は、今でも、経済活動に乗れなかった自分の生き方を心のどこかで卑下し、引け目を感じているようです。
もともと、仕事をもつことで自分を保っていたところもあり、全て手放した時は、もしかしたら違う道にたどり着くかも知れないという淡い期待を抱いて、就職活動をしたりしました。
なにか、誰かに「がんばっている人」と思われていないと、自分がなくなってしまうような気持ちになったりもします。
気持ちというものは、弱いものだと思います。
このような気持ちが湧いてきてどうしようもない時は、文章を書いてみたり、なにかチャンスが転がっていないかとネットにはまって落ち着かなくなったりすることもあります。そうしながら、今の私ができることは何か、改めてまた振り返るのです。
最近そんな中で気がついたことがありました。
ああ、私が今いただいているものは、福祉手当等の生活費だけではなく、介助の方への人件費も入るのだ、と。
全てが、私が生きることに対する報酬なのだと、ふと思えたのです。
仕事でもらう報酬は我慢料だという話を聞くことがあります。
忍耐が必要な事態を、お金をいただいて経験させていただいているという意味でしょうか。
私はどうしても、経済活動をしていない自分を責める気持ちがありましたが、全てが私の報酬なんだと思いついた時、
ああ、それならば日々の生活でベストを尽くしてみよう、
と心から思えたのです。
報酬をいただいているということは、私も相応の物を提供する必要がある、
変な考え方かも知れませんが、そう考えた時、自分が生きる時にいただいている全てのものに意識して、ありがたく思えたのです。
今の私の力量でできることは、とても小さなことかも知れないけれど、私なりのベストで生きてみようと、思えました。
いただいているものに対して、それがなくなるかも知れないという不安や、もらい過ぎてはいないかという疑いや、もっと違うものが欲しいという思いを、うまく整理して、
今日の分の自分なりの働きをすればいい、やっとそう思えました。
そう、その役割は、私にしかわからないことでいい、誰かの期待通りにならなくていいし、誰かに認められることを欲しなくていいのです。
大事なことは、私らしく行動すること。私の愛を表現すること。それだけ見失わなければいいのです。
生活が変わっていくのならば、仕事が変わっていくなどと思えばいいことでした。
思えばいつも一つ一つ整理しながら、四半世紀を超えて地域で生活させていただきました。
今の私の生活は、思い起こせば一番穏やかです。この穏やかに過ぎていく時間を、大事に生きていきたいと改めて思いました。
本当はコロナ 禍は落ち着いたわけではないけれど、以前より落ち着いているように見えるこの頃です。
日常生活の中で+アルファの部分であった、動的なボランティア活動が難しくなり、空いている時間は、動画鑑賞と本に依存しています。
時折Zoomで友人と話したりできているのはありがたい限りです。
この数ヶ月、身近な人との関係を見直す時期でもありました。
なぜ自分は今の家族と巡り合ったのか、
自分は家族の中でどんな役割だったのか、
私はその役割が果たせたのか、そしてどんなふうにこの先を生きていけば良いのか。
霊的心理を学び続けている身である立場から、ヒーリングサロンの時間をいただいて、少し振り返る作業をすることになりました。
私の生きてきた過去性の多くは、いろんなものを背負ってしまう結果になったものが多いのですが、今生で家族になってくれた人たちの中にも、私と同じような過去を持ったり、私と同じような課題を残してしまったりした人たちがいるようです。
特に私は、遠い昔の過去生の中で、ただ自分の権力にしがみつき、周りで世話をしてくれる人を人と思わずただふんぞり返っているある人物の生き方に憧れ、その生き方を後の人生で追求し、想いを達成してしまったことがあったようなのです。
その人生で実は多くの人を苦しめた上、その後もその思いはネガティブエレメンタル(エゴイズム)として私の中に残り、たくさんの人生を狂わせました。
今回私は多くの人との出会いに恵まれて、物事をネガティブに考えないことと、思いやりのありかというものを学びました。多くのことを知った今、私欲に流されたり、自分のことばかり考えて行動することはやめようと決めています。
その目で見てみると、未だ気付けずに自分が正しいと信じて、周りの思いに気づかないまま生きている人が哀れにも見えます。いつか気がついた時、その人はきっとひどく悲しむと思うからです。
自分がどんなに周りの人を苦しめてきたかということを自覚した時は、とても苦しいからです。そんな思いをこれからいつか自分から飛び込んで感じる日が来るんだと思うと、その人に対して複雑な思いになります。
でも私にとっては、その人たちは身近な存在であり、そういう利己的な考えを持つ人を身近かに感じることがどんなに辛いかという経験をくれた人たちでした。なかなか得られなかった感情を今回味わうことができました。
私も、誰かにこのような思いを与えていた、このような苦しみを与えていたと気づかないまま、毒を吐いていた時代がありました。人の意見を耳にせず、気にかけてくれた人を悲しませながら、自分本意に生きていた時代がありました。
そのことを忘れてはいけないと思いました。
何千年の魂の旅の中で私が気づけたように、いつかみんな気がつく日が来るのです。誰かの声が心に届き、自分から自分を見直せる日が来ます。
今はその意味も信じられるのです。
いろんなことを知ったとしても、日々の課題が消えたわけではありません。
一日一日を、どう生きるかなのだと、やはり今回も思いました。
何度も悩み迷い、何度も思い出し確認する、その繰り返しの中で、いい部分が強化されていくといいのですが…。
最近、いくつかの出来事の中で、自分の生活を振り返る機会がありました。
福祉制度を活用して生きる、と一言で言っても、考えてみるといろんなことがあったなあと。
25年以上たった今、ひとつ一つの出来事はそのほとんどが小さなことのように感じられます。
今の生活は、とても等身大の感覚で暮らせていて、時間も私なりのスピードで流れていっているように感じています。
ただ考えてみると、いろんなことがないわけではなかったのです。
ホームヘルパー制度の中で、一日置きにしか介助が受けられなかったり。
モデル的な制度の中で、私の介助内容が市の福祉課の問題になってしまったり。
引っ越すたびに一から行政と話し合わなければならなかったり。
福祉精度が変わるたびに混乱したり。
支援団体が変わったり、職場が変わるたびに介助体制も変化したけれど、大丈夫、何も問題ないという格好をつけてしまったり。
思いもよらないところで人と別れることになったり、嫌われてしまったり。(私も自分が見えていなかった時間が長かったです。)
もちろんたくさんの人たちに助けていただいた人生だったけれど、私なりに、何も苦労していなかったわけではなかったかもしれないと、最近感じたのです。
やっばりね、いきなり、制度があるからってそれを行政に申請しようと思っても、自分らしくうまくいくようになるには、それなりの体験が必要なんだと思います。
自分に必要な介助がどんなものなのかということも、体感の中で培っていくものもあるのだと思います。
自分の障がいをどう捉えるか、体が動くのか、動かないのか。自分でやろうと思えばできると感じているのか、できないと感じているのか。
生活に対する物理的な考え方は、やがて、自分はどうこの人生を生きるかという難題に向かっていきます。
どのような世界で生きていても、それは簡単ではない、ということ。
それを私は今とても実感しています。
だから目の前の人の生き方を、心から知っていきたいと思っています。できる限り、理解しようと努力したいのです。
私が日常の中で無意識に受けている、「上から目線」を、学びとして、目の前にいる人に向けることをしないように。
失礼な態度をとる人と出合ったら、私も誰かにそうしたことがあるのかもしれないということを心に思い出して、
できる限り、知りたい、理解したいと思っています。
私が人からの「上から目線」を不快に感じるということは、私もその要素を人に晒しているということなのでしょう。
失礼な態度に心を揺さぶられるのは、その部分をまだ整理できていないと、その人を通して教えていただいているのでしょう。
そのことを忘れずに歩いていきたいのです。
私が選んだこの地域、生きていくことを選んだこの地域で、なんでもないことのように日々の迷いを乗り越えて生きること。
あの人は能天気ねえ、と噂されながらも、見えない部分でしっかり生きていきたいと思うのです。
しっかりと生きる、誰の目がなくても、あっても、そうありたい自分を見失わずに生きていきたいです。
しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...