2014年6月22日日曜日

なぜなんだろう

乗り越えてきたはずの出来事が最近また身の回りに起こり、対応に戸惑っている自分がいます。
なぜ今、こんなに来るのか。
私が改めた方がいい考えはなんなのか。
なぜこんなにものごとにいちいち反応し、憤慨してしまうのか。

相手に悪気があるわけでもないので、いつもの私の悪い癖が出てしまっているのかも知れません。
なぜ今なんだろう。
もう少し考えてみます。

2014年6月20日金曜日

まだ気が抜けないけれど

二日間の面接授業が終わり、ホッとしています。
心理学実験のリポートはわんさか書かないといけないので、書き終わったあとの開放感を想像しながら、早いうちに成し遂げようと思います。
心理学のリポートの書き方は、私が普段書く好き放題の文とまったく違う書き方なので、不得意分野の文章を書くトレーニングにもなるのです。

今日感じたことは、実験の面接授業をもし入学した頃に選んでいたら、私は適応できなかったかも知れないと言うことでした。
今日の実験、2つのうちひとつは時間が追いつかずデータとして生きなかったし、もうひとつはみんなと同時進行に出来ませんでした。
たぶん入学したての頃にこういう場面にあったら、私はきっと憤慨するだけだったかも知れません。
差別意識の観点からしか物事をみられなかったかも知れません。

別に除外されているわけでもなく、そこにいて出来る限り参加しようとしたことに変わりなく、そして指導して下さった先生のお考えのように進行していったのですから、それを受けとめて、私は私でベストを尽くせばいいのかな、と思いながら参加していました。

人並みに出来なくても、それが私。出来ることをすればいいのです。

すべて授業が終わって、その場でリポートを提出していった人たちもいらっしゃって、人はさまざまだなと改めて思いました。
自分の身体的・感覚的能力が観られたのも、計3回受けたこの面接授業のおかげです。介助の方がサポートして下さればなんでも出来ると心のどこかで考えていた私は、見事にくずれました。

人のサポートがあって初めて出来ていく日常生活のさまざまなことは、サポートがなければ叶わないのだと言うことを、私はわからなければならなかったのでした。だからサポートして下さる人を集めなければならないと考えるのではなく、サポートを受けることが出来る今日をまず感謝すると言うことなのでした。
そこのところが、以前の私には足らなかったのだと思うのです。なのでその頃にこうした実験の授業を受けても、心を怒りに燃やすばかりで、学べなかったかも知れません。

物事の順序というものは、よくできているものです。

こんなにうまくできているのに、わたしの心はまだまだです。

こんなことを書いている間に、リポートに向きあわないと。それこそ今私の出来ることですね。

2014年6月18日水曜日

幻の光 ひとこと感想3

 祖母の失踪、夫の自死を静かに静かに癒やしていく。「なぜあの人は死んでしまったのだろう」この問いかけへの答え方に、心が落ちつきました。是枝監督だったんですね。見終わったあと気がつきました。

天国からのエール ひとこと感想2

他人だからこそ、何かをしてあげたいんだ、昔はそんなおとながたくさんいた…、
こう言いながら行動してしまう心は、すごいなと思った。

引き出しの中のラブレター ひとこと感想1

ホッと心が温かくなる映画でした。主人公に忠告する女友達のぞくっとするような一言がよかったなあ。

2014年6月17日火曜日

独りよがりをやめて

自分の予想と反したことが起こると、私は一瞬、気持ちがかたまってしまいます。
まるで、自分の中にシナリオがあり、一字一句合ってないと気が済まない人のよう。
アドリブがまるで効きません。

どのぐらい長い間、こうして無意識に自分のシナリオの中で生きてきたのか。

そこには私の世界しかなく、人の存在は幻想に似ていました。
理解していると思っていた、私の中の登場人物。

その人がその人のままであることは、その人らしいことなのに。
自分だけ、自分らしくあればいいと思っていたみたい、長い間。

無意識の世界はとても怖い。
自分で意識できない、無限の世界だから。

この、独りよがりな独自の生き方を見直したとき、少し世界が広がりそう。
さあ、変われるかな。

2014年6月15日日曜日

マンデラ 自由への長い道

イオンシネマでやっていたので先ほど見てきました。

すこし心の中にかたまりが出来てほどけない感じです。

あまりにもひどくてつらい思いをしたあと、人は本当に人を許せるのか、
心の激しさを忍耐強く昇華させるとはどういうことなのか。
身近にいる人への愛を忘れないとはどういうことか。

もう少し考えないとうまく感想が書けないのです。

なんか、人は完璧ではないというか、マンデラさんの人間くささがちゃんと描かれているように思いました。

奥さんの哀しみをおもんぱかれというほうが酷なのかも知れないし、

心が重くなりました。それもいい体験なのかも知れません。

この項、書き直すかも知れません。

差別を受ける側は謙虚で賢くないといけない。

映画「42」を観たときの、そんなことを思い出しました。

2014年6月14日土曜日

それでも人生にイエスという メモ

上記の本を読みました。
夜と霧 という本も読みたかったんですが、貸し出ししていないみたいで。あとでもう一度探してみようと思っています。


「人生は絶えず、意味を実現するなんらの可能性を提供しています。ですから、どんなときでも、生きる意味があるかどうかは、その人の自由選択にゆだねられています」

『生きるとは、とわれていること、答えること
ーー自分自身の人生に責任を持つことでである。」

『ですから、生は今や、与えられたものではなく、課せられたもののように思われます。生きることはいつも課せられた仕事なのです。このことだけからも、生きることは、困難になればなるほど、意味あるものになる可能性があることはあきらかです。」

「そもそも、愛は功績ではなく、恵みなのです。それで、愛を通っていくことによって、『恵みの道で』、他の場合には働いて得なければならないもの、活動によって手に入れなければならないものが与えられるのです。つまりそれぞれが唯一であり1回きりであると言うことが実現されるのです。」

「彼は、活動的でやりがいのある職業生活を送っている最中でした。多忙な広告デザイナーだったのです。ーー略ーー腫瘍のせいで、すぐに手足がマヒ状態になりました。そこで、彼はもう、それまで主として自分の人生を意味のあるものにしてきた活動的な生活という方向を維持することが出来なくなりました。ーー略ーー
 病院で横になっているとき、彼は猛烈に読書に取り組みました。ーー略ーー せっせと音楽を聴き、他の患者さんのひとりひとりと活発に会話を交わしました。ーー略ーー 
 ところが、それから病気が進行して、もう書物を手にすることも出来なくなるときが来ました。それほど筋力が衰えたのです。そのときには、もはやヘッドホーンの重みにも得られませんでした。ーー略ーー その患者さんは、自分の命がもう長くないことを、それどころかあと数時間しかないことをまったく正確に知っていました。ーー略ーー ベッドのそばを通りかかったとき、彼は合図して私を呼び寄せました。そして話すのに苦労しながらこう伝えました。午前の病院長の回診の時に聞いて知ったのだが、G教授が、死ぬ直前の苦痛を和らげるため、死ぬ数時間前に私にモルヒネを注射するように指示したんです。だから、今夜で私は『おしまい』だと思う、それで、いまのうちに、この回診の際に注射を済ましておいて下さい、そうすればあなたもしく直の看護婦に呼ばれてわざわざ私のために安眠を妨げられずにすむでしょうから、と。このようにして、この人は人生の最後の数時間でもまだ、周りの人を『妨げ』ずにいたわろうと気を配っていたのです。」
            (いずれも「それでも人生にイエスという 春秋社」から抜粋)
この本を読んでいると、瞬間瞬間、大切に生きたいという気持ちがわいてきます。好きな箇所をメモしました。
 さりげないけれども、人間らしい業績。できればそういうものを残して生きられる人間になってみたいです。

2014年6月12日木曜日

雨と夢のあとに

すこし前に放映されたドラマですが、今頃観ました。

人の思いって、自分が生きていても死んでいても変わらないんだなって。
性格も、思い込みも、視野も。

そして、人を大切に想い愛しているひとを心から愛していくことって、誇り高い行為なのだと、
このドラマを全部視て思いました。

フィクションだし、ホラーという分類らしいし、好みもあるとは思いますが、私にとっては、
ああ、こう思うとこういう行動になるんだ(この行動はこういう意識から始まっているんだ)

相手のことを考えていないと言うことは、こういう行動のことなんだ、と自分の今までの似たような行動とドラマの出来事を照らし合わせている感じです。

柳美里さんの原作とのこと。小説とドラマとは違うようですが、小説も読んでみようと思います。

2014年6月11日水曜日

昼飲み

懐かしい友人が家まで訪ねてくれたので、贅沢にも昼飲みを。
お互いに近況報告しあい、ゆっくり話せていい時間でした。

今月は本当に恵まれた月です。
風邪をひいてしまったことだけが想定外ですが。

そうですね。あとは、つい自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう癖を、どうにかしないと。
友人に、知人に恵まれていると言うことをいつも忘れないで感謝できる自分でいられますように。

自分の心に不安が舞い込むと、私は人の気持ちがまったくわからなくなります。
これも経験の中でひとつひとつ考えていくしかないのですけれども。

昼飲みで友人の話を聞きながら、ふとそんなことを思ったりしました。

2014年6月8日日曜日

花菖蒲

浜離宮に初めて行ってきました。
雨もそんなに降らなくて、涼しく過ごしやすいひとときでした。

おしゃべりも楽しく、3人で花菖蒲と緑を満喫。

少し背高の白や薄紫の花は、やわらかでしとやかで、誇り高いような感じがしました。

こうしてひとつひとつ新しい時間を体験していくと、いつの間にか少しちがう自分にあえるのではないかとおもうような、そんなかけがえのないひとときでした。

そうですね。焦ることなく、心に遊びを持って、
ひとつひとつの体験を楽しめばそれでいい。
心から楽しめるならば、それでいい。

きっと、そんな大切な時間が増えていく、そんな予感がしました。

東上線と、有楽町線、大江戸線。
地下鉄、私鉄は本当に乗りやすい。
車いすに乗っていることを一瞬忘れます。

大江戸線の完全バリアフリーには、まだまだ不慣れな私ですが(*^_^*)
障がい者扱いに慣れすぎているものですから……。

新しい家での暮らし

 しばらくぶりの更新です。 9年間住ませていただいた古い家と別れて、春から新しい家での生活が始まりました。 小さな一軒家。築50数年だそうですが、全リフォームしてある家です。 南側には大きなひさしがあり、玄関からは出入りできませんが、キッチン側の大きな窓が地面から低い位置にたまた...