2016年12月19日月曜日

長いおつきあい

半年ぶりに友人が板橋まで来てくれた。
彼女とはカラオケ好きという共通点があり、時々二人で歌いまくる。

このような時、それぞれについてくれる介助の方は、サポートに徹してくれることになる。

もうお互いに何を歌うかはわかりきっているので、それぞれ好きな歌に集中する。
たまに互いの持ち歌を入れあって、互いの表情を見ながら歌ったりもする。

「長い付き合いになったね」という話題になり、出会いの頃を思い出して見た。
彼女との出会いは1999年12月。私は東京に越して、職場を変えた頃だった。

「1999年だよ」と彼女に言いながら、そんなに時が過ぎたんだな、と改めて思った。
友人とは、私が障害者支援の仕事をしていた時に知り合った。仕事を辞めても変わらずに付き合ってくれた、人だ。


今月はお別れする機会もある。
介助という仕事をやめると、その方が決めた時、それはお互いにとって「別れ」になる。
もちろん、お仕事を離れてもおつきあいが続けられる場合もある。でもそれができるかどうかは、介助という仕事が介在しなくなった後、お互いがどうしたいかということなので、今私がこうしたいとか決められることではまったくない。それは経験上、よくわかっている。だからこそ、ちゃんと別れることは大切なんだと思う。

私は甘い人間だから、「介助を離れても関係性は変わらない」などと勝手に考えて、また会えるのだからお別れなんて言わない、と思っていたこともあった。そういう時はちゃんと感謝の気持ちも表しきれないまま、その後にお会いする機会も逸していくということもあった。

立場の違いを、私は認識していなかったのだった。


介助を通して月に何回もお会いしていた関係が変わるということは、いつ会うかも自由になるということ。やっぱりそれは、大きな環境の変化なんだと思う。

お仕事で会いに来てくれて、私を支えてくれた人。
だんだんと理解してくれた人。

色々なことが、別れということを通して心を巡っていく。
だからこそ、別れるときはちゃんと別れることをしたいと思う。

本当に本当に、いい時間だったからこそ。
かけがえのない日々だったからこそ。

その方といつかまた出会いますように。
そのときは、話の花が咲きますように。

どうぞ、幸せでありますように。
感謝を込めて。


全は一、一は全

先日、知人に尋ねられて、そういうこともあったかなあということがありました。 銀座の歩行者天国のおはなしです。 数年前、ストリートパフォーマンスをそこでみたという話を、知人に私はしたらしく。 覚えていないのです、悲しいことに。 書きたいことは、忘れっぽくなったということで...