2014年5月11日日曜日

今更ですが

ゲゲゲの女房を観始めてしまいました。
ドラマはほとんど敬遠してみないのですが、どうしたわけだか。
ちなみにリアルタイムでは一度もみませんでした。

日本の『家』の有り様や、家族の役割みたいなものがすごくわかり、自分の立場とは切り離して「そうなのか…」と思いながら観ています。

自分と絡めてしまうと複雑になってしまうけれど、客観的に見ると日本の家、家族、はこんなふうに営んでいるんだよなあ、って。

背か高いともらい手がないとか、早く嫁に行かないと幸せになれないとか、そうだな、ここで協調される幸せとは、自分の役割(役に立つこと)をはっきりさせることなのかも知れません。

こういう日本的なドラマを見るときは、やはり自分の感情、自分中心の見方はそこには混ぜないほうがいいのかも知れません。

全は一、一は全

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